永遠の友
「えっと、聴き間違いじゃなければ八八八八メートル先の的に魔法を当てたと聞こえたんだが、あっているかい?」
「は、はい……」
「は、はははっ! 面白い冗談だ……と言いたいが、嘘を言っているわけではなさそうだ」
フリジア学園長の表情が苦笑いで固まる。長距離射撃は私の得意分野なので、おかしいと思われても仕方ないか。仕方ないって何だよ。
「フリジア学園長はどれくらい先の的を狙えるんですか?」
「私の放つ、魔法の矢は私が視界でとらえた者を追尾し射抜く。だから、視界の範囲内だな」
「なるほど。すごい魔法を使えるんですね。さすが、学園長……」
「ふふふっ、まーなーっ!」
フリジア学園長は無い胸を張りながら言う。
「だが、キララちゃんの飛距離には負ける。まあ、今言えることは他の学生とキララちゃんの間に大きな差が開いていると言うことだ。もちろん知識の面でいれば、三年間先に勉強している者の方が有利だろうが、実力で言えば、キララちゃんの方がずいぶんと上だろう。魔物を倒した経験はあるかい?」
「ブラックベアーを二〇体ほど。あと、低級の魔物を八〇〇体くらいですかね。新種の魔物を一体と別の新種の魔物を八体倒しました。あ、えっとえっと、多くの者の手を借りてますけどね。私の戦果なんてほんのちょっぴりしかありません」
私は親指と人差し指を近づけ、小ささを強調していう。
「だ、だろうね。そうじゃなきゃ、生き残れるわけがない……」
フリジア学園長はスキルを切った。どうやら、私の本心を聞くのが怖くなったのだろう。
「まあ、死線を潜った回数なら、他の学生に負けないと思います。少なくとも三、四回は死んでいてもおかしくない経験をしました」
「なるほどなるほど、キララちゃんの落ち着きの理由はそこにあるわけだね。それだけ、死地を経験しているなんて、並の冒険者より心が据わっている。ほぼ熟練冒険者のような風格じゃないか。だから、私を前にしても堂々としていられる訳だね」
「いや、それはただたんにフリジア学園長が子供っぽ過ぎて可愛いなーって思ってるからですよ」
「なぁーっ! 私は子供じゃないっ!」
フリジア学園長はお湯をバシャバシャ掻き、私に怒って来た。可愛すぎて萌えそう。
「もう、フリジア学園長。お風呂場でそんな暴れちゃ駄目ですよ」
私はフリジア学園長にお湯を掛ける。友達とお風呂に入っているようで楽しかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。いやはや、これだけ遊び疲れたのは何百年ぶりか……。やはり、キララちゃんと友達になってよかった。私の楽しみが尽きることが無さそうだ。あと八〇年は楽しく暮らせそうだ」
「はは……。ベスパ曰く、私はほぼ不老らしいので、フリジア学園長と末永くいようと思えば一緒にいられますよ。でも、そんな気は無いですけどね」
「なっ! なんとっ! すごい、永遠の友を見つけてしまったわけか!」
「あ、いや、永遠を生きるつもりはないですから」
私は無駄なことを口にしたと後悔する。
「キララちゃーん、私の永遠の友達になっておくれー」
フリジア学園長は素っ裸のまま、私に抱き着き、頬擦りしてくる。
「お、お断りしまーすっ!」
私は彼女と一緒にいたら永遠に生きさせられそうな気がしたので、丁重にお断りした。
長湯したせいで、軽くのぼせた。お風呂から出て体を洗う。別にクリーンで良いと思ったが、手で洗うことに意味があるのだ。堕落すると、人はどんどん駄目になっていく。
体を洗い終わった後、少し冷えた体をお湯で温め直し、お風呂場を出た。
「ふぅ……。心地よかった……」
フリジア学園長はホッカホカになり、ゆで卵のようなツルツルの肌になっていた。私の汗入り……じゃなくて、魔力入りのお湯につかった影響だろう。
「お、おお。このすべすべ感。八〇年くらい若返った気がするぞっ!」
フリジア学園長は脱衣所の鏡を見ながら、ぷるぷるに潤っている肌を見て言う。
「多分、私の魔力が溶けだしたお湯に浸かった影響だと思います。私の魔力量が多いので汗なんかにも魔力が滲み出しちゃうそうです」
「す、すごいぞキララちゃん。キララちゃんが入った後のお湯に浸かったら、ここまで美肌になれるのか! こりゃ、毎日でも入らなければ!」
フリジア学園長は自分の肌をモチモチと触り、ツルツルの綺麗な肌を堪能していた。まあ、彼女も女性だ。綺麗な肌は憧れなのだろう。そんなことを思っていると、待ち構えていたメイドたちが一斉に服を脱ぎ始め、お風呂場に直行する。
「皆、キララちゃんの美肌湯を堪能したいのだなっ! わかるぞ、わかるぞその気持ち!」
フリジア学園長は布を体に巻き付けた状態で大きく頷いていた。
「はは……。さすがにあの人数が入ったら、魔力がすぐに消えちゃうと思いますけどね」
私は脱衣所の汚さを見て苦笑いを浮かべた。多くのメイド服が脱ぎ捨てられている。メイド長が見たら、激怒するだろな……。
「はぁー、気持ちよすぎるわぁーっ!」
メイド長は完全に美肌湯の虜になっていた。
「め、メイド長まで……。はぁ……、ベスパ、綺麗に畳んでおいて」
「了解です」
ベスパは数匹のビーと共に、メイド服を綺麗に畳み直し、整頓した。
「おお、凄い。なんて、便利な使い方」
フリジア学園長は綺麗になった脱衣所を見て目を見開きながら驚いていた。
「まあ、こんな感じのことが出来るスキルです」
「なるほど。とても従順な下部が沢山いると言う感じだな」
「そうですね。そう考えてもらったほうが早いです。じゃあ風呂上りの一杯と行きましょう」
私はベスパが用意してくれた冷えた牛乳瓶を手に取り、フリジア学園長に渡す。
「これは?」
「牛乳と言う飲み物です」
「牛乳……。ああ、ルークス王の坊主がこれのおかげで流行病に打ち勝ったとかなんとか」
「それはルークス王の思い込みなので、病気に打ち勝つ効果なんてありません。ただ、生き残って飲みたくなるほど美味しい飲み物だと言うことは確かですね」
「そ、そこまでか……」
「原材料名はモークルの乳です。商品名が牛乳と言う名前ですから、フリジア学園長も飲んだことがあると思いますよ」
「モークルの乳を加工した飲み物と言うことか?」
「はい、生乳を熱湯消毒し、保存性を高めて美味しく仕上げているようです」
「キララちゃん、牛乳について大分詳しいんだな」
フリジア学園長は私の方をジト目で見てくる。
「あ……。まあ、ルドラさんから聞いたので……」
私は視線をそらし、呟いた。
「まあいい、飲ませてもらうとしよう」
フリジア学園長は蓋を開け、中身を見る前に飲み口に口を付ける。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
フリジア学園長は牛乳を飲み始めてから一度も止まらず、一気に飲み干す。
「ぷぱーっ! うんまいっ! なんだこれはっ!」
フリジア学園長はエメラルドグリーンの瞳を目一杯輝かせ、白いひげを鼻の下に作りながら、言う。
布がばさりと落ち、裸体をさらしながら背を反らせ、牛乳瓶を両手で持ち逆さにし、舌を出してもっと欲しそうにしている。その姿が少々卑猥だった。
私は落ちた布を拾い、フリジア学園長の体にくるりと巻き付ける。
「はぁ……。牛乳がもうなくなってしまった。こりゃあ、坊主が虜になってしまうのもわからんくない。ここまでうまいモークルの乳は初めて飲んだ。いやはや。こんな美味い飲み物があるなんて、長生きしてみるもんだな!」
フリジア学園長は物凄く元気になり、大口で笑う。
「フリジア学園長が元気になってくれてよかったです。じゃあ、私は一〇日後のドラグニティ魔法学園の試験に向けて勉強をしたいと思います」
「そうか。じゃあ、私は邪魔しないよう、帰るとするかな」
フリジア学園長は下着を着た後、白いローブを身に纏い、帰る準備をする。
私とフリジア学園長、マドロフ家、メイドたちは外に出る。皆でフリジア学園長のお見送りをするようだ。
フリジア学園長がピーっと指笛を拭くと、巨大な鷲のような生き物が星の輝く空から舞い降りてきた。
「大きな鳥……。フリジア学園長はテイマーなんですか?」
「いや、そう言う訳じゃない。まあ、スキルで話しをして肉をやる代わりに私の脚になってくれている相棒だ」
「なるほど……」
――私と同じ感じか。
「では、また来る」
フリジア学園長が背に乗った大きな鳥は巨大な翼を羽ばたかせ、空を飛んだ。
「お気をつけてお帰りくださいませ」
マドロフ家の者たちとメイドたちは頭を深々と下げ、フリジア学園長を見送る。
「はぁー、なんか行動力が高い方だったな……」
「どこか、キララ様に似ておられましたね。特に体型とか……」
ベスパは私に言い放つ。怒られたいのだろうか? まあ、事実なので、燃やしたりしない。
私達は借りている部屋に戻る。現在の時刻は午後九時ぐらい。
フリジア学園長が来たせいで、勉強する時間が遅くなってしまった。まあ、あの方から悪意は感じなかったので、仕方ない。これも仕事の内だと考えてしまおう。
私は一番分厚い冊子をトランクから取り出した。




