フェンリルの空腹
「わ、私が命名するんですか……。じゃ、じゃあ……。ホーンラビットとタルピドゥを合わせたような見た目をしていたので、ホーンピドゥで」
キアズさんは目を点にしながら、固まった。
「すみません、私、名前を付けるのが下手で……」
「い、いえ。わかりやすいので、構いませんよ。では、新種の魔物の名はホーンピドゥと言うことで決定いたします。今は魔物の討伐料と素材の買い取り金額です。今から、新種の魔物を発見し報告したさいの報酬を持ってきます」
キアズさんは腰を持ち上げ、また部屋を出ていった。
「金貨一二〇枚……。冒険者って儲かるんだな」
私は命を張る職業の重さをお金で理解した。
キアズさんは五分ほどで戻って来た。
「こちらが、新種の魔物を発見し、報告した際の報酬です」
キアズさんは金貨三〇枚を持ってきた。
「新種の魔物の情報を持ってくるだけで、金貨三〇枚も貰えるんですね」
「新種の魔物は危険ですからね。情報を持ってきてもらえるだけで、死亡者数は大きく減ります。それだけ情報が大切だと言うことです。キララさんが本体を持って来てくださったおかげで、体の大きさや、強さなどを正確に諮ることが出来ました。とても感謝しております」
「そうですか。なら、よかったです。でも、こんな大金を貰うのは助けられなかった冒険者さんに申し訳ない気持ちでいっぱいなんですが……」
「冒険者は死ぬ覚悟を持っているのが当たり前です。何も悲しむ必要はありません。キララさんのおかげで今後助かる人々の方が多いんですから、受け取っても何も思われませんよ。まあ、ただ、一二歳の少女がホーンピドゥと命名したとは思われないでしょうがね」
キアズさんは苦笑いを浮かべながら、私の前に金貨三〇枚の硬貨が置かれた黒い板を差し出してくる。
「えっと、沢山硬貨を持ってきてもらって悪いんですけど、一五〇枚中、一〇枚以外は中金貨に変えてもらえますか?」
「承りました」
キアズさんは金貨一〇枚を残し、一四〇枚を黒い板に乗せ、持ち上げ、部屋を出て行った。三分ほど経った後、キアズさんが戻って来た。手もとの黒い板の上に、少々大きめの金貨が一四枚乗っており、あれだけで金貨一四〇枚相当の価値があるとわかる。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
私は革袋に金貨一〇枚と中金貨一四枚を入れ、生活資金を手に入れた。これで、ルドラさんの家にお金を入れられる。ただで住まわせてもらうと言うのはあまりにも罪悪感があったので、よかった。
「キララさん、今からはギルドマスターではなくジークの知り合いとして話します」
「え? ああ、はい。どうぞ」
キアズさんは立ち上がり、両手に着けていた白い手袋を外し、ポケットに掛ける。そのまま、私の間に来てムギュっと抱き着きてきた。
「へっ?」
「いやーっ! キララちゃん、大きくなったねっ! 超可愛いっ!」
キアズさんは先ほどまでガッチガチのロボットみたいな人だったのに、いきなりギャルみたいな高い声を出しながら喋り出した。
周りにいる護衛の方達も目を点にしている。
「もう、一二年も経ったのか、はやいなー。そうかそうか、ジークもちゃんと父親をやっているんだー。うんうん、感動感動」
キアズさんは少々涙ぐみながら、喋る。お父さんってそんなに荒くれものだったの?
「えっと……。いきなり抱き着かれると怖いんですが……」
「ああ、すまない。ちょっと感動してしまって。キララちゃんが生まれた時、私も立ち会ったんだ。あの時はまだ冒険者だったからね」
「つまり、一二年の間にキアズさんはギルドマスターに昇格したと言うことですか?」
「まあ、私の性格が前ギルドマスターに気に入られたからこの役職に就いたんだ。ほんと、今では後悔しているけどね……」
キアズさんは疲れた表情を浮かべながら呟いた。
「キアズさん、相当お疲れのようですね。ちゃんと寝ていますか?」
「最近は忙しくてね……。ちゃんと寝られない時が多いかな。でも、キララちゃんを見たら、凄く元気が出たよ。ありがとう」
キアズさんは大人びた表情で微笑んだ。少々きゅんとしてしまうのは私の魂の年齢が三十路を超えているからだろう。
「えっと、私。キアズさんをもっと元気にさせることができるんですけど試してみませんか?」
私はこれだけたくさんのお金をくれたのだから、少々サービスしても良いかなと言う気持ちが湧いてきている。
「もっと元気に? いったいどうするんだい?」
「こうするんですよ」
私はキアズさんにぎゅっと抱き着き、軽く魔力を込める。
「キアズさん、辛いお仕事を頑張っていて凄くカッコいいです。キアズさんのおかげで多くの人が助かっているので、これからも一生懸命頑張ってください。応援してます」
「お、おおお、おおおおおっ! や、やる気がっ! やる気が漲って来た!」
キアズさんは私の魔力により、肌年齢が少々若返り、体力が向上した。そのため、顔に活気があふれており、仕事をバリバリこなしていたころに戻ったかのよう。
「キララちゃん、ありがとう。もう、今日は本当に良い日になった。私が見る限り、キララちゃんは冒険者の素質がある。冒険者に興味があったら、気軽に相談してほしい」
キアズさんは私の手を握りながらハキハキと喋る。
「は、はい。わかりました。考えておきます……」
私は愛想笑いをしながら頭を小さく下げる。
「えっと……、手を放してもらっていいですか?」
「ああ、すまない」
キアズさんは手を握っていたことを忘れていたらしい。手をパッと放し、咳払いをした後、仕事状態に戻る。
「では、キララさん、一階まで送りましょう」
「よろしくお願いします」
私はキアズさんと共に、ウルフィリアギルドの入り口まで戻った。
「あの、一つ質問しても良いですか?」
「なんですか?」
「ウルフィリアギルドの外にいる大きなフェンリルってキアズさんが使役しているんですか?」
「いえ、あれはウルフィリアギルド創設者、ウルフィリア殿が飼っていた神獣ですよ。このウルフィリアギルドで飼育しているただの居候みたいなやつです」
「えっと、その言い方だと邪魔みたいですね」
「そりゃあもう。あのデカい体が邪魔で邪魔で……。一日八〇〇キログラム以上の肉を食べますし、食費がかさむ一方ですよ。誰か持って行ってほしいくらいです」
「はは……。でも、あの子がいるからウルフィリアギルドなんじゃないですか?」
「そう言われればそうなんですけどね……。おっと、そんな話をしていたら……」
「グルウウウウッ!」
(おいっ、われの飯はまだか!)
外にいたフェンリルが目を覚まし、ウルフィリアギルドの入り口に大きな鼻を突っ込んでいる。
「はいはい、今、肉をあげますから大人しくしていてください」
キアズさんは外に出て魔法の袋と思われる魔道具から巨大な肉を取り出し、放り投げる。
「ハムハム、ハムハムハム……」
フェンリルは肉を食べ始めると大人しくなった。
私も外に出てキアズさんの隣に立つ。
「あの子、触っても良いですか?」
「キララさんは怖くないのですか? あれだけ巨体のフェンリルですから、多くの者が初めは腰を抜かすんですけど」
「別に怖くありません。悪い子じゃないとわかるので」
「まあ、むやみやたらに人を食ったりしませんから、触っていただいても構いませんよ。万が一食べられそうになったら肉と入れ替えます」
「わかりました」
私は伏せ状態のフェンリルの前にやってくる。
「あなた、お腹が空いているんでしょ。私の魔力を食べない?」
私は神獣のフェンリルと言う巨大な胃袋を使えば、大量の魔力を消費し、正教会に気づかれにくい羽虫程度の魔力量になれると考えた。
「小娘……。以前も会ったな……。やはり、わしの声が聞こえているか?」
「あんまり喋ると、気味悪がられるから、お腹が空いているか空いていないか教えて」
「われは常に腹が減っている。もう、何百年もの間な。確かに、小娘の魔力量は多いが、わしを満足させるだけの量ではあるまい。だが、食ってやらんでもない」
「よかった。じゃあ、ベスパ。フェンリルに私の魔力を分け与えてくれる」
「了解です」
ベスパはフェンリルに私の魔力を与えた。これで彼とも魔力で繋がったと言える。まあ、巨大なダムみたいな存在だと思えば良いかな。
「おお、おおおおっ! おおおおおおっ!」
フェンリルの毛並みがギンギラギンに輝き始めた。少々、やりすぎな気もする。
――ベスパ、腹八分目くらいで十分だから。
「了解です」
ベスパは私の魔力を操作し、フェンリルの満腹に届かない程度で止める。
「小娘……。お主、なかなかやりおるなっ! 腹が膨れたぞ!」
フェンリルはとても嬉しそうに口角を上げていた。尻尾が振れ、辺りに突風が起きている。お店や通行人が軽く吹っ飛んでいた。
「そう、ならよかった。ベスパ。私の魔力、どれくらい減った?」
「八割ほど減りました。フェンリルの魔力消費量とキララ様の魔力増幅量がほぼ一定となっています。ただ、キララ様の方が回復速度が少々速いです。そう考えると、フェンリルに魔力を送っていればキララ様の魔力を最小限に抑えられるようになるかと。ただ、キララ様は未だ成長途中ですから、フェンリルの魔力減少量をはるかに上回る可能性がありますね」
「…………なんか、私、化け物みたい」
「何をおっしゃいますか。キララ様は人知を超えた人間ですよ」
ベスパは悪魔のように薄気味悪く微笑みながら言う。
「小娘、お主の名は何と言う」
お腹が膨れたフェンリルは興味津々の眼差しを私に向け、私の目の前に顔を持ってきた。




