除雪作業
「キララちゃん、頑張ってっ!」
メリーさんが大きく叫び、私に手を振る。
「キララさんなら、絶対に大丈夫です!」
ガンマ君も大きな声を出し、私を応援してくれている。
「キララちゃん、牧場の仕事は任せてよっ! だから、安心してがんばってきて!」
セチアさんは両手を振り、見送ってくれた。
「キララさん、お気をつけて」
バレルさんは娘を送るような悲しそうな瞳をしている。
「キララちゃん! 学園の先生たちにあなたの力を見せつけてきなさいっ!」
クレアさんは握り拳を作り、笑っていた。
他にも多くの子供達が私を応援してくれた。私、結構慕われているみたい……。
――応援してもらえると、やっぱり力が出るな。頑張らないとっ!
「皆、ありがとう。私、良い報告が出来るように頑張ってくるねっ!」
私は皆に手を振りながら出入り口を通る。ベスパやビー、ブラットディア達が、雪道をある程度除雪してくれたらしく、レクーでも走りやすくなっていた。
雪道を丁寧に丁寧に走り、私達は街まで六時間かけて移動する。その間に、お母さんが作ってくれたサンドイッチを食し、お腹を満たした。
「ふぅ……。やっと着いた」
私は街の東門に立っている兵士のおじさんの前に来る。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。嬢ちゃん、こんな豪雪なのに、よく来たな」
「あはは……。雪だろうが、雨だろうが、今出発しないと王都の学園の試験に間に合わないんです」
「学園の試験……。たまげたな……、嬢ちゃん、そんなに頭がよかったのか。まあ、昔から知っているが、そうか、王都の学園か。頑張ってくるんだぞ」
兵士のおじさんは握り拳を作り、力をくれた。
「はい。頑張ってきます。あと、三カ月はここを通りません。代わりに弟が来るので、その時はよろしくお願いします」
「ああ。わかった。気を付けていきなさい。王都までの道は整備されているが、大雪で多くのバートン車が立ち往生している。時間が掛かるかもしれない」
「そうですか。でも、大丈夫です。私には仲間がいるので」
「そうか。まあ、モークルの雄を手名付けるくらいの力量があるんだからな。嬢ちゃんなら、王都の学園にも受かっちまいそうだ」
兵士のおじさんは苦笑いをしながら門を通してくれた。
私は兵士のおじさんに頭を下げ、街の中に入っていく。多くの人が雪かきをしており、道がいつも以上にガタガタだ。
日本人だったころ、お爺ちゃんお婆ちゃんの家がある福井の田舎を思い出す。ダンプや除雪機械が無いととても車で移動できたもんじゃない。
魔法や魔道具がある世界と言っても大量の雪を除雪するほどの魔法が使える者がそこら中にいるわけじゃないので、どこもかしこも真っ白け。バートン車すら通れないのはきついよな。
「ベスパ、大通りだけでも除雪してあげて。街の物流が止まっちゃう」
「了解ですっ」
ベスパはビー達を使い、雪を川に運び、大通り以外の脇道の雪すら除雪した。そこまでしなくてもいいのにと思った……。やりすぎてしまうのはベスパの悪いところだな。
私達は何事もなかったように街中を通り、北門に向かう。
「はぁ、はぁ、はぁー。さむっ、さっむ……」
手を擦り合わせ、白い息を吐き、門周りの雪かきを行っていたのは女騎士のロミアさんだった。
よく見たら多くの騎士が雪かきをしている。やっぱり、王都に向かう通りだからかな……。
「ロミアさん、明けましておめでとうございます。今年は大雪ですね」
「ああ、キララちゃん。あけましておめでとうございます。いやー、ほんと大雪だよ。もう、平原が真っ白なの。怖いぐらいだよね」
ロミアさんは北門を見る。北門の奥は王都に繋がる長い長い道があるのだが、真っ白な絨毯を引いたのかと言うくらい雪が積もっていた。雑草の一本も見えやしない。
「バートン車が通れなくて、どうしようか皆、頭を抱えているんだよ。王都までの道は長いし、ここまで積もるとは思ってなくてさ。去年だって数センチメートルだけだったからよかったのに多いところでは一メートルや二メートルを超えているらしい」
ロミアさんはスコップを持ちながら私に説明してきた。休んでいるのを見るに、サボっているのだろう。
「えっと……。私が積もった雪の中に道を作りますから、王都に行きたい方は私の後を付いて来てください」
「え? キララちゃん、今から王都に行くの」
ロミアさんは目を丸くしながら、平野の方を見て、私をもう一度見る。
「はい。王都で学園の試験が行われるんです。なので、どうしても行かないといけないんですよ。だから私が道を作ります。除雪しておきますから、多くのバートン車を通してください。雪が降っている間にもバートン車を走らせれば、雪が積もるのを多少は緩和できます」
「な、なんかよくわからないけど、王都に行くなら、道に迷わないようにね。これだけ大雪だと、ふぶくし、方向感覚が鈍る。日が昇っていても見えないし、星も無い。外の薪は湿って使えない。夜になったら極寒で凄く危険だよ。準備は大丈夫?」
「大丈夫です。雲の上を行けば、日はありますから」
「な、なんかキララちゃんとは話が噛みあわないな……。えっと、死なないでね」
「王都まで一度行ったことがありますし、宿が所々にあるのも知っています。今日も王都までの間にある休憩所で一泊する予定なので、安心してください」
「まあ、キララちゃんはそこらへんの冒険者より優秀だし、問題ないか。じゃあ、試験、頑張ってね! 応援してるよ!」
ロミアさんは微笑み、私に元気をくれた。
私は北門を通り、真っ白な平野を見る。目の前にあるは地平線。ざっと四キロメートル先まで雪が積もっているようだ。
「ベスパ、ディア、さっさと除雪しちゃうよ。レクーは全力で走らなくてもいいから、こけないように気を付けて」
「了解ですっ!」
私の仲間たちは皆、大きな声を出した。ビー達は積もった雪を道脇に飛ばしていく。ディアたちは滑りにくくなるよう、地面に固まった雪を食す。大量の虫達が蠢き、真っ白な豪雪地帯に一本の道が生まれた。まるでモーセの海割りのようだ。まあ、海よりはちっぽけだけど。
レクーは石造りの道路を走り、私はチェーンによるガタガタの振動を身に受け、少々酔いそうになっていた。雪焼けしないよう、魔力で紫外線を防ぎ、荷台の上で勉強する。
「ふぅ……。ハァ……。ふぅ……。ハァ……。ベスパ、私の魔力、羽虫程度になった?」
「んー、どう見てもブラックベアー八〇〇体くらいの魔力量に見えます……」
ベスパは苦笑いをしながら言う。この寒さにより、多くの虫が冬眠に入った。加え、死亡し、次なる個体に生命を託しており、私の体の中にあまりに多くの魔力が戻ってきていた。
「えっと。これじゃあ、さすがに悪魔に気づかれちゃう。もう、羽虫程度の魔力量になるよう、制御しているんだけどな……」
「おそらく、世界中の虫達が大量の死を迎え、キララ様のもとに魔力が戻ってきている影響でしょう。もう、空まで魔力が……」
ベスパは私の頭上に伸びる魔力ののろしを見ていた。空にぽっかりと穴が開き、完全に晴れている。
「このままじゃ、やばい……。受験中、化け物が座っている状況と同じになる……。何とか制御しないと」
私は自分の魔力の質に悩まされていた。通常、魔力は体外に放出されると、地脈に戻り、世界に還元される。
だが、私自身が地脈でも言いたげな魔力たちは私がタダの魔力を放出すると、戻って来てしまうのだ。なので何かしら魔法を発動し、私の魔力を他の魔力に変換しなければならない。
魔力体を作っても作ってもきりがないし、勉強にも集中できない。言うなれば、ずっとムラムラしている感じだ。別に性欲はないが勉強に集中できないと言う点に関しては同じだろう。
「ベスパ、何か魔力を大量に消費する魔法って無い?」
「そうですね……。キララ様の魔法はなにもかも燃費がいいですから、今の魔力量を使えば、大概どんな魔法でも出来そうです。でももったいないですし、全部魔力体にして保管しましょう。その方が合理的で後々便利です」
「そう言っても……。ビー以外の魔力体を作ると目立つんだな……。そうなると、ビーしか作れないし」
私は手の平を握り合わせ、魔力を込める。バケツの中に水蒸気を詰めこんでいく感じだ。水蒸気が一定量集まるとなかなか入って行かない。でも、無理やりねじ込んでいく。超圧縮された魔力体を生成すると、手の平の中に光るミツバチが現れる。もう、眩しいくらい輝いており、家がある方角に飛んで行った。彼らは家のある場所がわかるのだ。
「今、どれくらい減った?」
「そうですね。ブラックベアー八頭分くらい減りました」
「八頭……。はぁ、後九九回もしないといけないのか……」
一体の魔力体を作るのに費やす時間はざっと八分。増えて減って増えて減ってを繰り返していくと、終わりが見えない作業となった。
ビーとディアたちは除雪作業、レクーとフルーファは荷台を引っ張り、クロクマさんは私を暖め、私は魔力体を作る。
そんな分担作業を行っていたら、一日がアッと言う間に過ぎてしまった。一件目の宿泊施設が見えてきた時にはもう午後八時。危なかった。クロクマさんがいなかったら凍え死ぬところだったよ。
私はレクーを厩舎に入れた。完全に密閉された空間らしく、暖かいのでレクーも安心だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。すみません、一泊、一人お願いします」
私は宿泊施設の中に入り、受付で椅子に座り毛布やマフラーなどで繭のように厚着をしている受付の男性に話しかけた。




