本腰を入れる
「バレルさん、この魔法陣って冒険者が使ったらどうなりますか?」
私は冒険者歴が一番長いバレルさんに聞いた。
「そりゃあ、どうもこうも……。超便利ですよ。と言うか、死亡率は本当に下がると思います。冒険者はいきなり死ぬことよりも怪我を負って助けが来ず、体力がジワジワと削れて行き命を落とすことが多い。光量で残りの魔力がわかるなら、死にかけていることもわかる。加えて助けに行く場所がすでにわかっていると言うことは死亡率が一気に減る。冒険者と言う職業は死亡率が高い職ですから、人の入れ替わりの激しさや人材不足が問題なんです。今、ビースト共和国の者も簡単に入れるくらい深刻なのはキララさんも王都のウルフィリアギルドを見てもらってわかったと思います」
「ですよね。死亡率が減るなら、冒険者を行う人も増える。大量の依頼が出ても処理できる。それだけ、被害が無くなり、街が安全になる。良い循環が作れそうです。何なら、冒険者を増やすことにもつながりますし、大量の魔物が出てきても対処できる」
「問題は位置を知らせる魔法陣を取り入れてくれるかどうかだな」
フロックさんは顎に手を置き、呟いた。
「死亡率が下がるのに、取り入れてくれないんですか?」
「冒険者ギルドも頭が固い奴らが多い。自分の命は自分で守るなんて言う頭でっかちのやつらばかりだ。他人の力を借りるなんてありえないとか言いそうだよな」
「じゃあ、魔道具として渡せばじゃないですか。皆さん、魔道具なら使いますよね?」
「確かに……。ありだな」
フロックさんは抜け道を見つけ出し、微笑んだ。
「ウルフィリアギルドのギルドマスターにお願いすれば、多くの系列ギルドで使用されます。使用されれば、他のギルドも使うでしょう。作成者はカイリさんでお願いしますね」
「ええ……。私の経歴になるのかい……。冒険者達の死亡率を一気に低下させた天才魔道具を作り出した魔法使いと言う名が刻まれてしまうのか……」
カイリさんは自分が作ったわけじゃないのに、すでに嬉しそうだった。何とも調子がいい人だ。ライトが作ったなんて世間に知られれば、ライトは一躍天才魔法使いと言う名が知れ渡ってしまう。だが、すでに頭がいいカイリさんが作ったと公表すれば『やっぱり、Sランク冒険者は凄い!』で終わりだ。冒険者の生活を変えられれば、正教会の思惑も少しは防げるかもしれない……。
「ライト君。この魔法陣をどうやって描くんだい」
「えっとですね。今の話を聞く限り、出来るだけ小さい魔法陣の方が良さそうなので、まずボタン程度の大きさの円に八個の円を描きます。外枠に距離、内枠に魔力、更に内枠に感知など呪文を書き込んでいきます。もちろん、魔力でですからね」
ライトは神業を皆の前で披露してみせた。簡単に言えば、針を使い、一文字もたがわずボタンに大量の文字を刻み込んでいるような姿を見せられたわけだ。カイリさんや皆は微笑みながら、お酒を飲み、これを普及させるのは中々大変だと言いたそうにしている。でも……。
「皆さん、何を諦めた顔をしているんですか? この魔法陣を模写するように他のボタンに移せばいいんですよ」
ライトは自分で描いた魔法陣を複製し別のボタンに張り付け(ペースト)した。これが出来るのが魔力で描いた魔法陣の真骨頂。難解な魔法陣が簡単にコピー&ペーストが出来てしまう。ここまで精密な魔法陣を魔力だけで描けるライトはすでに人間の域を出ているっぽいけれど……。
「ライト、今すぐ世界を取りに行った方が良いんじゃないか」
「私もそう思う……。今すぐドラグニティ魔法学に入学してきた方が良い」
「はははっ、フロックさん。カイリさん、僕はまだまだですよ。姉さんの足下にも及びません。僕はもっともっと賢くなって姉さんを助けられるように努力します。あと、三年だって一二歳になったら学園に入学しますよ」
ライトは私に抱き着いてきて堂々と言った。
私は彼に未だに天才だと思われている。天才に天才だと思われている凡人の辛さと言ったら半端ではない……。
「キララ、頑張れよ」
フロックさんは私の肩に手を置き、慰めてきた。
「うう……。はい……」
ライトは私を追っていたのに、いつの間にか抜かしてしまったため、後方にいる私に気づいていない状態だ。こうなってしまったら一周の差がついても彼は気づかないだろう。
ライトはフロックさん、カイリさん、ルドラさん、クレアさんの四名に観測魔法陣を渡した。クレアさんに渡した理由は単純に彼女が誘拐される可能性が高いからだ。村にいる子供達は安全なので、渡さなくても問題ない。
私はライトがくれた懐中時計についているため、必要ない。
「ライト、ボタンをできるだけ作ってカイリさんに渡しておいて。転写の魔法はカイリさんもできるから、一〇〇個くらいで良いよ。ベスパにボタンを作らせるから転写して行って」
「わかった」
ライトは観測魔法陣を大量のボタンに転写し、地図の上に浮かび上がらせるための魔法陣も掻きこんでいく。もう、この世界の魔法はライトに後れを取っているとしか言いようがない。ライトの作業が終わったのはたった八分後だった。
「じゃあ、カイリさん。冒険者ギルドにこの観測魔法陣を届けてください。ギルドマスターが優秀な方なら、どれだけ凄い品かわかってもらえるはずです」
「ええ。もちろん。でも、この観測魔法陣は個人もわかるのかい?」
カイリさんはライトに聞いた。
「個人の魔力の光方はそれぞれ全く違います。姉さんは魔力の質が高すぎて白。カイリさんは青っぽく、フロックさんは黄色っぽい白、クレアさんは黄色ですね。観測魔法陣を付けるなら、個人の魔力の色を記載した方がわかりやすいでしょう」
「わかった。じゃあ、そう伝えておくよ」
カイリさんは魔法の袋に観測魔法陣と白紙の地図を入れた。
死亡者数が減って志望者数が増えると言うダジャレすらいえそうなくらい凄い装置が私を観測したかったライトのストーカー性質が生み出してしまった。
ライトはこの世界にどれだけ貢献する気なんだろう。もう、万能の天才って呼びたくなっちゃうな。まあ、音楽の才能はからっきしだけど……。
大人たちは驚きすぎて酔いが冷めていた。そのため、温め直すとともにケーキを食す。子供達はワイワイ騒ぎ、大人たちも甘すぎないケーキを得てお酒を飲み、心を穏やかにしていた。
「はー、姉さんが作ったケーキ、美味しすぎてもう無くなっちゃった。僕が作る魔法なんかよりも、姉さんが作る料理の方がすごいんだよなー」
「ほんとほんとー。ライトが作る魔法なんて、ただのガラクタと一緒だし、お姉ちゃんの料理はどれもこれも国宝級なんだよー。はむ。んんーっ! おいひーっ!」
ライトとシャインはケーキを食し、心の底から美味しそうな声を出す。どう考えてもライトの方がすごいんだけどね……。まあ、二人にとっては魔法と料理が同じ用にとらえているのだろう。私としては全然違うのに。
私の誕生日会はライトの新作魔法発表会のように変わり、また私の誕生日会に戻る。そんなわちゃわちゃした雰囲気が楽しめるのも今まで努力してきた結果だ。きっとライトも私が魔法の練習をしていなかったらずっと平凡な子共だっただろう。彼の才能を開花させた私は偉い。そう、神様から褒められそうな気がする……。
私は酔いつぶれているだらしない大人たちをビー達で運び、会場の片付けに入る。子供達は大人に近いメリーさんやセチアさんに任せ、先に返ってもらった。地面に落ちたゴミはディアたちに食べてもらい、飾りつけは取って保管しておく。
☆☆☆☆
後片付けを終えた私は家に帰り、寝る準備を終えて部屋であることを考えていた。
「私、このまま仕事をして勉強できるだろうか。受からなかったらどうしよう。不安だ……」
私はフロックさんから預かったペンダントを握りながらベッドに横たわり、自問自答していた。自分の実力で王都の学園に入れるのか不安だったのだ。だから、しっかりと考えたのち決断する。
八月九日の朝、二日酔いをせず、すっきりとした表情のお父さんとお母さん、フロックさん、カイリさん。しっかりと眠れたシャインとライトの前で私は話す。
「皆さん。私はあと半年、学園の入学試験に向けて本腰を入れたいと思います。もう、ここで大々的に言っておきます。そうした方が気が引き締まるので仕事の方は少し顔を出す程度にとどめ、ビー達に変わりをしてもらおうと思っています」
「ああ、そうした方が良いだろうな。平民が王都の学園に入ること自体難しいことだ。あそこに集まっている奴らは皆優秀で、努力を惜しまない猛者ばかり。仕事をしながらだと本気になるのも難しいだろう」
フロックさんは腕を組みながら言う。
「ライト、朝の牛乳配達と街への牛乳配達。新しく出来た牧場の管理を任せたい。ベスパも手を貸してくれるから、比較的楽だと思う」
「うん。任せて。ベスパの力を借りれば僕でも姉さんの役割をこなせるよ。だから、安心して勉強に集中して」
「ありがとう。助かるよ」
「はぁー、とうとうお姉ちゃんも学園に行っちゃうんだー。寂しくなるなー」
シャインはテーブルにべたっと倒れ込む。大きくなっている乳が押しつぶされ、苦しそうだ。
「シャイン、キララの学生時代は短くて三年。長くても六年。最長八年だ。まあ、留年しなければの話しだがな」
フロックさんは苦笑いを浮かべながら言う。
「まあ、フロックでも留年せずに卒業出来たんだ。レディーなら心配しすぎる必要はないさ」
カイリさんはとても安心する言葉を言った。でも、その言葉を過信しすぎるのもいけない。




