エイトビート
私はゆっくりと立ち上がり、皆の心を癒すための聖なる歌声を放つ。静かなオーケストラ風の音楽が鳴り、皆の盛り上がり疲れた心を癒す歌だ。雨音が神聖な雰囲気を醸し出し、私の声をより一層際立たせる。
「ああ……天使の歌声……、キララちゃん、天使だったの……」
金髪や瞳がしっとりと濡れているクレアさんは両手を握りしめ、泣きそうになっていた。
「美しい……。何て沁みるんだ……。歌声が心を癒していく……」
バレルさんは胸に手を置き、すでに泣いていた。
「ああ……、心地良い歌声だ……。もう、ここは天界なのか……」
ハンスさんはフルーファを抱きしめながらまったりしていた。
「ふわぁあああ……。キララ様、超良い声……」
フルーファまでうとうとしており、気分が少々緩やかになっている。
乱高下の激しい今回のライブ。私は踊って歌った影響で疲れていた体を今の歌で回復し、またしても皆の気分を上げる曲調を選んだ。
少々アップテンポの曲調に合わせ、激しい衝撃音が特徴的な大きな太鼓がドンドンと叩かれているかのようなビー達の翅音によって心臓が震える。もう、今から何かと戦うのかと言う時に流れそうな音楽に、心が静まっていた者達の胸に火がともっているかのような表情が広がっていた。
小さな小さな火種は身の中にある熱い思いを燃料にして、燃え上がって行った。
ある者は雨具を脱ぎ捨て、ある者は大声を出し、ある者は天幕を退かそうとする。危険行為はビー達が未然に防ぎ、小雨になりかけていたので私は天幕を外させた。空は真っ白。雲が一面を覆っているものの雲の上は快晴だと言わんばかりに強い光を発していた。どうやら、駄女神も楽しんでくれているらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。皆っ! 楽しんでくれてるっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
会場が一体となり、多くの村人たちはブラックベアーも驚くほどの咆哮を放った。建物が揺れ、地面が跳ね、空気がひりつく感覚が私の体に襲ってくる。この感覚は本当に何物にも代えがたい。
「キララちゃん最高っ!」
クレアさんは私に大きく手を振り、自分の存在を主張していた。
「うおおおおおおおお! キララさんっ!」
バレルさんは自分が年よりだと言うことを忘れ、完全に周りの空気に飲まれ、最高に楽しんでいた。
「もっともっと! もっとあげてけえっ!」
ハンスさんは乗りに乗り、彼も踊っていた。
「わうっ! ふわうっ! わううっ!」
フルーファは飛び跳ね、くるくると回り、楽しんでいる。初めて私の公演を見る者達は皆、楽しんでいた。もちろん、私の公演を知っている者達も楽しんでいる。年寄りたちが飛び跳ねたり、踊ったり、何とも力強い人達だが、私の魔力や歌、踊りが心を燃え上がらせているのだ。
私は歌い終わり、四曲目が終わった。衣装をアイドルのフリフリ衣装に変更し、ユニットだったころの楽しい音楽を晴れそうな今だからこそ、歌う。
降りつけの身振り手振り、視線の送る場所、カメラ位置、そんなことを考えているのは私の職業病だろうか。とりあえず、常に笑顔。これだけは完全に死守し、絶対どの時間を切り取ってもキセキの一枚になる笑顔を見せびらかす。私の売りは屈託のない笑顔だ。
「みんなっ! もっともっと、楽しんで行って!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! きららちゃーんっ!」
村人や子供達は叫び、ライトとシャインは完全にオタ芸を披露していた。知っている者は共に踊り、辺り一面、蛍が超強化されたような明りを放つベスパに教育されたビー達が飛び交っているため、とても色鮮やかで華やかな楽しい雰囲気を醸し出していた。空を見れば、わかる通り、雲がどんどん薄くなっていく。もう散り散りになる寸前だ。
「キララちゃんっ! こっちむいてーっ! もっともっと可愛い所見せてっ!」
クレアさんはノリノリですぐに楽しい雰囲気に順応し、周りをはばからず叫ぶ。
「クレアさん、ありがとーっ! 大好きだよっ! チュっ」
私は踊りながら投げキッスをクレアさんに飛ばす。
「ぐはっ!」
クレアさんは散弾銃を打ち込まれたかのように吹っ飛び、ルドラさんに抱きかかえられていた。
「キララさんっ! がんばれーっ!」
バレルさんも手を振り、娘の学芸会を見ている父親のように笑顔だ。
「バレルさんもありがとうっ! しっかりと声援、受け取ったよ!」
イケオジの笑顔はドキリとしてしまうお年頃の私は微笑み、ウィンクを飛ばす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
バレルさんは両手を振り、燃え上がる。何とも、お茶目なイケオジだ。
「キララー、滅茶苦茶可愛いぜーっ!」
ハンスさんは少々恥ずかしそうに叫ぶ。
「ありがとうーっ! ハンスさんもー、滅茶苦茶カッコイイですよー!」
私はグーサインを見せながらハンスさんを褒める。本音と建て前は半々だ。
「うぉ……、めっちゃ嬉しい!」
ハンスさんは飛び跳ねながら喜んでいた。
「キララ様、お美しいっ! さすが俺のご主人様だっ!」
フルーファは頭を振り、あらぶっていた。
「フルーファ、登場っ!」
「へ?」
フルーファは頭に疑問符を浮かべ、いきなりの無茶ぶりに驚いていた。だが、ビー達がフルーファを持ち上げ、ステージに投下。すぐさまフルーファの体に衣装が巻き付けられる。男の子なのに、女の子ものの衣装を着ており、とても可愛らしい。
「キララ様、聞いてませんよっ!」
「良いの良いの! さあ、一緒に踊ろう!」
私はフルーファの周りを回ったり、フルーファの背中に飛び乗ったり、自由気ままに楽しんだ。楽しむ心は相手に伝わり、楽しさが膨れ上がる。
型にはまった公演も良いが、奇想天外な公演があっても楽しい。それがライブの良い所だ。ビデオやテレビ、インターネットでは味わえない、現実だからこそ味わえる快感を、私は皆に与える。
「わうーーっ! わふわふっ!」
フルーファはアクロバティックな動きで観客を魅了した。私が歌って踊る中、バックダンサーのように駆け回り、五曲目の間、ずっと観客が飽きないように精一杯努力してくれた。
私はピースサインを天に掲げ、五曲目を終える。
「はぁ、はぁ、はぁ……。五曲目「楽しんじゃいな」でした」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
会場の盛り上がりは上々。このまま、駆け抜けられるかどうかは、私の体力に掛かっている。
「ありがとう、フルーファ。助かったよ」
私はフルーファの頬に軽くキスした。ペットへの愛情表現は重要でしょ。ペットになら簡単にできる。自分の家の犬にキスしちゃ駄目なんて法律はない。
「わう……」
フルーファは私のキスで眼を回し、その場に倒れた。まあ、元はつがいがいなかった売れ残りの子だったので少々刺激が強かったかな。伸びてしまったフルーファはビー達が回収し、六曲目に移る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。私の公演も残るところ三曲となりました。残り少ないけど、最後まで全力全開で行くよっ!」
私が手を掲げると、ステージの両脇から巨大な火が吹き出し、燃え上がるような夏と人の暑さと小雨の涼しさ、散り散りになっていく雲の隙間から伸びる日差し。
――もう、私の誕生日って感じがする! ほんとキラキラだ!
私の視界は全て光り輝き、眩しすぎて顔を顰めそうになるのをぐっと堪える。目が焼けるのは魔力で保護し、水分補給を軽くしてからの六曲目の歌が流れる。
六曲目を歌い終わるころには七曲目の準備が始まり、会場の盛り上がりを助長した。七曲目が始まってほんの五分。歌と踊りを全力で行った私の体力は八パーセントも残っていない。最後の最後、私の全体力を使い果たしても歌い切って見せる。
「はぁ、はぁ、はぁ……、皆、とうとう最後の曲になってしまいました。皆さんとの最後の曲、一緒に楽しんでくれますかっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
観客は皆、大声を出し、喉ガラガラな者、泣いている者、発狂している者、人それぞれ違いがありとても面白い。空を見たら、点滅信号かと思うくらいチカチカしていた。
「八曲目、皆と楽しんで行く曲は「キラキラ・キララ!」」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
私の代表曲を最後に持ってきて金属音と聞きなれたリズムをビー達が派生させる。音が乗ってくると、八音の速い曲調に変わる。もう、疲れている時に持ってきていい曲じゃないが、心が乗っている今なら出来る。
――私は出来る! 私なら出来る! 私だから出来る!
心揺さぶられるままに、歌い、踊り、自分の過去の人生すら乗せてこの場にいる者達に元気と勇気、楽しさを届け、儚いけれど広く大きな夢を見せた。私は多くの子供達や大人に生きる気力を与え、生きていると言う生を実感する。この時間は私が生きている時間なのだ。
私が私であるために、今、全身全霊で多くの人達を応援する。それが私の生きざまだ。
曲の終了に合わせ、ピースサインを天に突き刺す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「……………………」
会場は私の言葉を待っていた。今すぐにでも爆発したい気持ちをいったん止め、震えながら我慢している。その時間がまた、皆の心を膨れ上がらせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。すぅ……。ありがとうざいましたっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
私の感謝の言葉と共に、多くの人達が雄叫びと上げながら拍手喝采。会場の空気の熱がざっと八度上がったんじゃないかと思うくらいの熱気を放ち、私は天を向きながらやりきたと言う強い達成感を得る。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとうっ!」
私は全方位に手を振り、人々に感謝を伝える。私が生きていられるのは皆のおかげだ。感謝の気持ちをどれだけ伝えても足りないくらい、本当に何度も何度も感謝した。
「…………」
空からふりそそぐ大量の光は私に集まった。もう、空から降り注ぐ光が全て私に集まっているわけだから暑くて仕方がない。身が焼けるかと思えば、ビチャビチャの服や髪が乾き、体力まで少し回復する。どうやら、天界の方々が私にもっと歌ってほしいとアンコールを送っているようだ。




