八月八日、天候は雨
「はぁ、はぁ、はぁ……。つ、疲れた……。今日はもう、疲れすぎた……」
「キララ様、ソラルムをお持ちいたしました。魔力がふんだんに含まれておりますし、Sランクの野菜なので疲労回復に良いかと」
ベスパは少々傷が入った大きなソラルムを持ってきた。氷で温度を下げ密閉された巨大な野菜室に入っていた品だと思われる。
「ありがとう、いただきます」
私は熱い夏の時期に冷たいソラルムに齧り付いた。じゅわっと溢れ出てくるゲル状の果肉がもう果汁一〇〇パーセントのトマトジュース。なんなら、濃縮された品だ。
「う、うわぁ……、体に沁み渡るぅ……。がぶ……」
私はソラルムをほぼ全て食べつくした。すると、体が軽くなり、疲労が回復したと知る。
「おお、なんか体調が良くなった。さすがに気の持ちようか。でも、体に良いことには間違いないし、これで明日も頑張れそう!」
「なんか美味そうな品を食べてましたけど、俺にもくださいよー」
フルーファは家の床を転がりながら私のもとに来た。全自動モップみたいだが、さすがにグダグダすぎる。
「仕方ないな。ベスパ、もう一個持って来て」
「了解です」
ベスパはソラルムをもう一個持ってきた。
「お座り!」
「わうっ!」
フルーファは舌を出しながら尻尾を振り、一瞬でお座りした。すでにペットがいたについているようだ。私は彼にソラルムを与える。
「うわ、うっま! これ、野菜だろ! うっま! うまああ!」
フルーファは口元を真っ赤にしながら美味しそうに食べた。あまりにも恐怖映像だが、野菜を食べているだけなのでモザイクは掛けられないかな。
「もっとたべたーい!」
ソラルムを食べきったフルーファは私に飛びついてくる。私は巨体の彼の下敷きになり、食われかけた。
「はぁ、ただいま……。って、うわあああああああああっ!」
夕方ごろ、家に帰って来たライトはフルーファにじゃれられている私の姿を見る。
「あ、ライトお帰り」
「え、フルーファに食われてたんじゃないの?」
ライトはフルーファの口もとを見て私の最悪な状況を考えたようだ。
「ごめん、驚かせちゃったね。でも、安心して。私は怪我してないから」
「はあ、ほんと驚いたよ……。もう……」
ライトは私に抱き着き、死んでいないことを確認していた。
明日は私の誕生日なので、何かあったら怖いと思っているらしい。なんせ、去年は巨大なブラックベアーが襲ってきたのだ。何もないなんて言えない。
「ライト、私は大丈夫から、心配せずに休んでで」
「うん。そうするよ……」
ライトは夏バテ気味だった。こんな時にもソラルムだ。私が命令を出す前にベスパが用意してくれており、私に渡してきた。
「ライト、これを食べて。元気になるよ」
「ええ……。なにこれ、ソラルム?」
「そう、ソラルム。でもただのソラルムじゃない。超絶美味しいソラルムだよ」
「超絶美味しいソラルム……。でも、ただのソラルムでしょ。姉さんが調理したわけじゃないし、そんな美味しいわけなよ」
ライトは私からソラルムを受け取り、かぷりと食した。
「う、うっまああああ! な、なにこれ、体に沁みる美味しさをしているよ!」
「でしょでしょ。すっごく美味しいソラルムを手に入れたの。ネード村でね」
「姉さんだけネード村に行ったの……。ずるい! 僕も行きたかった!」
ライトは私の行動に不満を持ち、軽く怒って来た。
「ごめんごめん。でも、今日はルドラさんと一緒に行って販売の話とかして来ただけだから、あと、明日のために美味しい食材を沢山買ってきた。全部野菜だけど、皆喜ぶよ」
「野菜で皆が喜ぶのかな……」
ライトは少々不安を持ちながら話していた。でも、野菜だって主役になれる時があるのだと、教えてあげないとね。
午後七時、私は牧場に向かいルドラさんをクレアさんのいる家に送り、家に戻る。ルドラさんはクレアさんとすでに一緒に歩いていたので私が行く必要はなかったかもしれない。
☆☆☆☆
「明日の天候がどうも悪いそうだ。どうする?」
「雨なんて、魔法で何とかしましょう」
「でも、天候を変えるのは私達以外の村に住んでいる人たちが困っちゃう。お姉ちゃんの誕生日ってだけで天候は変えられないよ」
「ううん。確かにそうだけど、姉さんの誕生日に雨が降ったら姉さんが神のために舞えないじゃないか」
「まあ、心配するな。雨になったらそれはそれで、良い日になるさ。なんせ、あいつはキララだからな。たとえ雨でもあいつなら……、って、キララ、帰ったのか」
居間で、ライトとシャイン、フロックさん達が話し合っていた。皆、明日の天候を気にしているらしい。確かに明日は雨が降るかもしれない。そんなのわからないけど、雨だとしても私は構わない。
「皆、私のために色々考えてくれてありがとう。でも安心して。私は大丈夫だから。雨でも祝ってもらえるだけで嬉しいよ!」
私は作り笑いではなく、本心の満面の笑みを浮かべ、皆に言う。
「うう、さすが姉さん。いつ見てもカッコいい! 一生ついて行くよ!」
「ライト、何を言ってるの……。まあ、何とかなるよ」
私は軽視していた。きっと大丈夫だろうと。
明日の誕生日に踊る振りつけや歌、服などをしっかりと準備していた。ただ……、天候は気象現象なので、運しだい。
八月八日、午前五時。
私はしっかりと眠り、すっきりと目覚めてベッドから降り、木製の窓を開ける。
「う、うわぁ…………」
外はカビが生えまくったキャンバスのような鼠色だった。淀んだ空気の真っ暗な空を見ると気持ちが沈むし、蒸し暑い湿気と大量の雨水によりドロドロになった土のにおいが夏風に乗って窓から入り込んでくる……。
明らかに土砂降りで、今日、街に野菜を売りに行くと言っていたイーリスさん達は断念せざるを得ないだろう。まあ、一日なら野菜の質にそこまでの差は見られないと思われるので問題ないが、私の誕生日は今日しかない。
「延期にするのもな……。やる気が起きないし……。仕方ない、ベスパ、牧場の広間に広い天幕を張って。あと、舞台の頭上も屋根で雨を出来るだけ遮られるようにして」
「了解しました」
ベスパはただ飛ぶのも難しいと思われる雨の中、大量のビー達と共に、天幕を張ってくれた。そのおかげで会場の確保は出来た。
「台風とはいかないものの、大雨の中で歌って踊るのか……。電子機器が無いから雨天決行可能……。仕方ない……。ここは元プロとしての意地の見せ所だな」
私は大雨の夏フェスを思い出し、気合いを入れる。
部屋を出ると、ライトが天候を変える魔法の呪文を今か今かと準備していた。
「ライト、天候は変えずにこのままするよ。他の人たちに今日の誕生日公演は行われることを伝えて。今年は雨の中で優雅に舞ってあげる」
「わ、わかった!」
ライトは大急ぎで家を飛び出していき、私のライブを今か今かと待ちわびている村に人々に希望を届けに行く。
「こんな雨の中に出たら、キララが風邪をひかないか心配だわ……」
お母さんは私の頭を撫でながら心の底から心配そうに言って来た。
「大丈夫。子供は風の子。元気の子! こんな雨の中でも一二歳の誕生日公演を延期にするわけにはいかないよ。お母さんたちは、雨具を着て雨対策をしてね」
「ええ、わかったわ。しっかりと応援しなきゃいけないものね!」
お母さんも私の大ファンなので、今日の公演を楽しみにしている一人だ。すでに衣装まで作ってくれている。ベスパ達の衣装も良いが、色合いが綺麗なお母さんの衣装ももちろん使わせてもらう。
「ベスパ、街の人たちに雨具を渡せるように準備しておいて。私のせいで風邪をひかれたくない」
「了解です!」
ベスパは村の人が全員来ても問題ないように雨具をしっかりと用意してくれた。ほんと、気が利くマネージャーだ。
「ふぅ……。気持ちを作りますか!」
私は肌をパンパンを叩き、髪や衣装の準備をする。本番前は舞台の裏で最終確認をするので、焦らず騒がず、確実に品があるかを見た。
「良し。行きますか」
私はトランクに服を詰め込み、ベスパに運ばせて牧場の舞台に向かう。
牧場の広場には仮設の舞台が作られており、とても小さい。ほんと、大型トラック一台分もない大きさだ。
この小さな舞台で私は公演を行う訳だが、すでに多くの村人が雨具を着ながら待っていた。特に最前列に子供達とメリーさん、セチアさん、テリアちゃん、ガンマ君などの私のファンたち。少し後ろに、ルドラさんに連れられてきたクレアさんとバレルさん。両者共に何が始まるのかわかっていない様子で、どぎまぎしていた。
「キララ、控室に入りまーす」
私は控室の天幕に入る。中には誰もいない。日本では大量のメイクアップアーティストや衣装合わせのスタイリストなどが準備しており、私が入るや否や、なにもかもされていた。
このなにもかも自分でやる感覚は地下アイドル時代の下積みを思い出す。私はこの自分で準備をして舞台に立つと言う行為が意外に好きだった。アイドルの仕事をするのは嫌だったが、周りと自分を比べるまでもなく、ただただ一生懸命していた時代だと思いなおせた。あの頃も、皆に楽しんでもらえていたんだなと心のどこかで気づいていたのだろう。
「良し! 良し! キララ、準備完了! 仲間はいないし大雨状態! 最悪のコンディションだけど行けるよね! 行ける、出来る、大丈夫、絶対成功間違いなし! しゃっ! 完璧!」
私は舞台裏で大声を出しながら発声練習をした。大雨なのできっと聞こえていないだろう。私の通る声なら聞こえてしまっているかもしれないが、これも一種のファンサービスと言うことで、良いじゃないか。
現在の時刻は午前八時。まあ、公演時間だと考えると普通に早い時間帯だが、この世界の人達は大概早起きなので皆目を覚まし、準備万端の状態だった。
「ベスパ、今日は少し暗いから、明かりを強めにして。あと、音響班は雨の音を消す係りと私の声を拾う係り、楽器の音を鳴らす係りに分かれて手筈通りお願い!」
「了解です!」
ベスパは親衛隊のようなハチマキを付け、敬礼をした。そのまま、警ビー達が私の身の周りの衣装替えや音響の仕事を担う。皆私のことが大好きなので、やる気満々だ。
私は舞台の入り口に立つ。ここを出たら目の前に多くのお客さんが広がっている舞台の上だ。一年前はやっとこさで行っていた。でも、今年は違う。去年よりも準備に余念がない。




