夢じゃない
「ま、まず、こちらのメロンゲーナをしっかりと洗ってください。蔕を切ったら、縦に半分に切ります。水の入ったボウルに切ったメロンゲーナを入れ、三分から五分ほど待ちます」
イーリスさんは黙ってしまった。
「イーリスさん、ここからが腕の見せ所ですよ。待ち時間を作らないようにするために、すでに用意していたものがこちらとか、相手に話しを振るなどして時間を持たせましょう」
「は、はい。えっとえっと、じゃあ、そこの超絶可愛い女の子に聞きます、メロンゲーナを食べたことはありますか?」
「えー、ないですぅー」
私はぶりっ子になりながら言う。こんな子、この世界にもいるのだろうか。
「そ、そうですか。じゃあ、ぜひ食べて行ってください。きっと大好きになってしまいますよ」
「えぇー、私、野菜苦手なんですぅー。こんな黒っぽい野菜、美味しくないに決まってますぅー」
私は手を握りながら口もとに持って行き、体をくねらせる。
「もったいないですねー。野菜はとても美味しいですよ。私が作った野菜を食べたらきっと野菜が大好きになりますからね。騙されたと思って食べてみてください」
「良い感じですね。じゃあ、続きをどうぞ」
私はイーリスさんの接客に返答し、続きを行わせる。
「では、メロンゲーナのあく抜きが終わったので炭火焼にしていきたいと思います」
イーリスさんは使い慣れない箸を使い、メロンゲーナを網の上に置いて行く。
「ここから、両面しっかりと焼き、焦げ目がつき始めたら出来上がりです。そこのイケメンなお兄さん、普段、料理はしますか?」
イーリスさんは私の発言を守り、場を持たせようとする。ルドラさんをイケメンと言うのは本心かな?
「いえー、私は中々料理しないんですよ」
「そうなんですか。でも、大丈夫です。このメロンゲーナは生でも食べられちゃうんですよ」
「ええ、そうなんですか! そんなメロンゲーナは初めてです」
イーリスさんは新しいメロンゲーナを切り、一口の大きさに切った後、つまようじを刺し、差し出す。
「どうぞ、試食してみてください。皆さんもどうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
私達とルドラさん、デイジーちゃん、ルイ君は差し出された品を手に取る。
小さく切ったメロンゲーナを口にすると、ほんのり甘く、細胞内に溜められていた水分がじゅわっと広がり、口の中がメロンジュースを飲んだのではないかと錯覚する。
「う、うわあ、美味しい! こんなメロンゲーナ、初めて食べました!」
ルドラさん迫真の演技を見せ、まるで本当に初めて食べたような表情をしていた。
「あ、丁度良い具合にやけましたね。では皆さん、ご賞味ください。熱いので、気を付けてくださいね」
イーリスさんは焼けたメロンゲーナを切り、さらに移したあと差し出してくる。
「ありがとうございます。いただきます!」
私達は焼けたメロンゲーナを口の中に入れた。
熱々でふわふわ。口の中に入れた瞬間、蕩けてしまい、あっと言う間に無くなってしまった。焼いたおかげで無駄な水分が抜け、美味しい甘味だけが残り、加えてメロンゲーナを焼いた香ばしい炭の匂いが食欲をそそる。
「美味いっ!」
「ありがとうございます。生でも良し、焼いても良し、他の料理を合わせても良し。いろんな食べ方が出来て栄養満点のメロンゲーナ、今回は何と三本で銅貨二枚になっております。私が丹精込めて作ったメロンゲーナ、ぜひぜひ、お買い求めください」
「買いますっ!」
私達は皆、手を上げて堂々と言う。メロンゲーナはもちろん美味しいが、美人過ぎるイーリスさんが作ったと言う事実に破壊力がありすぎる。
「イーリスさん。最後の方はノリノリでしたね。とても良い感じでしたよ」
「ありがとうございます。私、なんか出来る気がしてきました!」
イーリスさんは両手を握りしめ、良い顏を浮かべていた。
「いやー、イーリスさんくらい美人な方がこんな美味しい品を売っていたら誰でも買ってしまいますよね。美味しいのにそれ以上の幸せがありますよ」
ルドラさんはイーリスさんの胸と顔を見回しながら言う。これだから男は……。
「ルドラさん、視線には気を付けてください。結構気づくんですからね」
「え、何の話しですか?」
「…………」
私とイーリスさんはルドラさんの無神経さに少々イラっとしながらも、一応結婚している方なので、とやかく言わず、男はこういう輩だと思い直し、怒りを静めた。
「じゃあ、明日、私はいませんけど、イーリスさんとデイジーちゃんは街で屋台を出して野菜を売ってきてください。上手くいくかどうかわかりませんが、失敗したり売れ残ったら街の教会に住む子供達にあげてください。そうすれば無駄にはなりません」
「わかりました! なにからなにまでありがとうございます!」
「じゃあ、私は傷物の品を三種類買わせてもらいますね」
「はい! なんなら、タダでも構いません!」
「い、いや。ただは流石に……。なので、お金はちゃんと払わせてもらいます。あと、ソラルム程とはいかなくとも、ククーミスとメロンゲーナを売れるように準備をしましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
イーリスさんは頭を下げ、お願いしてきた。
——ベスパ、ソラルムと同じように、ククーミスとメロンゲーナの傷物を集めて。あと、ククーミスとメロンゲーナを三本ずつ包に入れて傷がつかないように梱包。それをざっと一〇〇品くらい用意しておいて。
「了解しました!」
ベスパは光り、多くのビー達をかき集めてあっという間に収穫と梱包を終わらせた。かかった時間はものの八分。さすがの早業だ。
「キララ様、傷物の品が両者共に四〇〇本ほどありました」
「なるほど。ソラルムよりも少ないね。まあいい。両方で八〇〇本。三本で銅貨一枚だから、ざっと金貨二枚と銀貨七枚か」
私はイーリスさんに金貨二枚と銀貨七枚を支払う。
「ありがとうございます。もう、感無量です」
「イーリスさんの頑張りが実ったんですよ。今度からは全てソラルムにしても良いですし、全て採取し終わったら、もう一度耕して魔力を注ぎ、大麦と小麦を植えても構いません。その時になったら私も手伝います。まあ、来年は学園に入る予定なので簡単にはこれませんが、長期休みには顔を出しますね」
「はい、わかりました。えっと……。まだ手を付けてないんですけど、SSランクはどうしましょう……」
イーリスさんはSSランクの野菜の場所を全て知っているらしく、私を連れて行く。先ほど見たソラルムはもう食べてはいけない禁断の果実くらい神々しかった。
「これが、ククーミスのSSランクです」
「お、おお……。立派……」
私の視界にはドンッと存在感を放つククーミスが実っていた。大きさは他の品とほとんど変わらないが、色や艶、棘の張り具合、そもそも見た目が超綺麗。触れてはいけない存在と言う雰囲気を放ち、食べていいのかすらわからなかった。
SSランクのククーミスを見た後、SSランクのメロンゲーナを見に行く。
「これです」
「おぉ……。これまた立派な……」
表面の色艶はもちろん、パンパンに膨れあがり、今にも爆発してしまいそうなくらい大きなメロンゲーナが見えた。私の口では到底咥えきれず、とても大きい。もう、匂いから甘い。きっと果物以上の甘味があるのだろう。
「えっとSSランクの野菜の種を採取し、育てましょう。この子達の種は来年植えて大量に増やし、王様への手見上げにしたらどうですか」
私はSSランクの野菜たちを魔力で保護。滅多に現れない幻の素材並みに丁重に扱う。
たとえただの野菜だとしても、これが量産出来たらさぞかし美味しい料理が作れるはずだ。料理は素材からが基本中の基本。美味しい野菜を食べた動物もまた美味しい品を作り出す。相乗効果を狙い、良い品は選ばなければ。
「ええええ! ひ、飛躍しすぎですよ!」
「飛躍しすぎじゃありません。ルドラさん。もうSランクの野菜でも十分王様が食べても良いくらい美味しいですよね?」
「はい。もう、泣いて食すでしょうね。特にククーミスのソウル漬けは大変お気に召すと思います。イーリスさん、覚悟しておいてください」
「え、ええ、えええ……。な、なんか話しが飛躍しすぎて、夢でも見てるんじゃ……」
「お母さん、夢じゃないよ! 頬を抓ったら物凄く痛いもん!」
デイジーちゃんはルイ君を抱きしめながら満面の笑みを浮かべている。
「さて……。美味しい品は作れました。でも、この美味しさを伝えるのはイーリスさんとルドラさん達です。なので、努力と改善、失敗してもくじけない心を持ち、どんとぶつかっていきましょう! じゃあ、一杯売ってやるぞー!」
「おおおおっーー!」
ルドラさんとイーリスさん、デイジーちゃん、ルイ君は私の掛け声に合わせ、夕方になり気温が少々下がった畑の中で叫ぶ。
私とルドラさんはネード村を出て、私達が住んでいる村に返る。その途中。レクーにソラルムを食べさせてみた。
「レクー、美味しいソラルムが出来たんだけど、食べてみて」
「ソラルム……?」
レクーは結構大きめのソラルムを一口で食べた。口から血を吐き出したように果汁が現れる。一瞬焦ったが、
「んんんんっーーーー! 美味いっ!」
レクーもお気に召したようで、動物達にも十分食べてもらえることがわかった。まあ、ソラルムは柔らかく腐りやすいから簡単にはあげられないけど、ご褒美や熱中症対策として適度にあげればいいかな。
ソラルムを食べたレクーは元気よく走り、あっと言う間に村に到着した。
レクーを厩舎に戻し、私とルドラさんは牧場の様子を見て回る。ルドラさんは牧場に残ると言ったので、そのまま見学してもらい私は学園に受かるために適度に鍛錬を行ってから家に帰る。




