ククーミスのソウル漬け
「キララ様……、目がお金になっていますよ」
ベスパは私の顔を見ながらブンブンと飛び回り伝えて来た。
「おっと……、いけない、いけない。ルドラさんみたいになっちゃう」
「キララさん、私みたいになるってどういう意味ですか?」
ルドラさんは目を細め、私の方を見ながら言った。ルドラさんの瞳もお金になっており、ソラルムが相当売れると言うことがわかってしまったようだ。
私は屋台の畳み方をデイジーちゃんに教えた。すると、てきぱきと動き骨組みや台を簡単に片づけてしまった。屋台だった台が手車になり、デイジーちゃんが引きながら家に帰る。
「キララさん、今日はありがとうございました。まさかあんなに売れるなんて思っていませんでしたよ。えっとソラルムだけじゃなくてククーミスやメロンゲーナの方も収穫を手伝ってもらいたいんですけど、良いですか?」
「もちろんです。とことん付き合いますよ! ね、ルドラさん!」
「はいっ! もう、キララさんのいるところお金有り! と言うことがわかりましたから、お供させていただきます!」
ルドラさんはお金のためなら商売相手が年下であろうと関係ないらしい。売る側と買う側は、普通なら買う側の方が強いと思うが、今、ルドラさんは弱い立場にいる。良い品を売っている私が他の相手に乗り換えると言ったら終わりなので、下手に出ているのだ。
まあ、良い関係を築けているので今更鞍替えする気は無いが、彼が潰れると牛乳の販売や他の品の販売の収入源が経たれてしまうため、潰れないようしっかりと支えよう。
☆☆☆☆
私達は市場から、イーリスさんの畑まで戻って来た。
今、巷で一番高い野菜はソラルム(トマト)だ。なので、ソラルムを丁重に扱うのは当たり前。対してククーミス(きゅうり)はただの野菜としか思われていない。と言うか、普通に嫌われているらしい。
「えっと、なんでこんなに美味しそうなのに、みんな嫌うんですか?」
私は棘がピンと立ち、ぱっつぱつで弾けそうなほどみずみずしいククーミスを見る。
「えっと、売っているククーミスはどれも苦いんです。なので子供が嫌がって食べられないんですよ」
「苦い……」
私はククーミスを一本収穫し、棘を軽く取ってからかぶりつく。
「うっまああっ。水分補給かと思うほどみずみずしくてザクザクとした触感がたまりません。ほんのり香る青っぽいククーミスの匂い。これのどこが苦いんですか?」
私は完全にキュウリをまるかじりしながら言う。
「苦くないんですか?」
「苦くないですよ。ほとんどがSランクのククーミスだと思いますし、皆、完全に最高の状態で実っています。まあ、何かで味付けしないとただの水分の多い野菜を食べているだけにすぎませんけどね」
私は取れたての超美味しいククーミスをぼりぼりと食べていた。だが、苦味は一切無く、とても食べやすい。当然、ソウルを掛けた方が美味しいのはわかっているが、生の野菜をここまで美味しく食べられるのも珍しいだろう。
「じゃあ、人気が無い野菜と言うことで、袋に二、三本詰めて売りましょう。もちろんソラルムよりも安い値段でね」
ソラルムは取るのが難しい野菜らしく、美味しい品は滅多にないとルドラさんは言った。逆にククーミスは結構取れるそうだが形、色艶、味の三拍子そろった品はほぼ無いらしく、形良し、色艶良し、味良しの三拍子がそろったイーリスさんが育てた品は商品価値が十分あると言う。
「ばりばり、もぐもぐ……」
キララとルドラさん、イーリスさん、家から戻って来たデイジーちゃん、ルイ君はククーミスの収穫していたのにもかかわらず、一本齧り、滲み出てくる水分の美味しさと触感の楽しさに夢中になっていた。
「はっ! いつの間にか一本食べ終わっていました」
ルドラさんはククーミスを食べきり、もう一本手を伸ばそうとしている。
「ルドラさん。これは商品なんですから、食べ過ぎはいけません。でも、これだけ美味しいククーミスが取れたのなら、安売りするのももったいない気がしますね……。ソウルを金貨五枚で買って。大量のソウル水を作ってからソウル漬けにした方が売れるかもしれません」
「ソウル漬け……。何とも美味しそうな響きですね。えっと、イーリスさん。小麦と大麦をソウルと交換しませんか?」
ルドラさんはローブの裏からソウルが入った小袋を手に取った。スキルを使った光が見えたので『アイテムボックス』から取り出したのだろう。
「良いんですか?」
「はい。小麦と大麦が両方合わせてソウルと交換できるのなら安いものです」
ルドラさんとイーリスさんは物々交換を行った。
イーリスさんはざっと一〇〇グラムのソウルを受け取り、私に渡してくる。
「キララさん。これで美味しい品を作ってください」
「わかりました!」
私はククーミスを三本手に取り、簡易の調理場をベスパに作らせ、ナイフとまな板、料理台、綺麗な袋などを用意。
出来るだけソウルを無駄にしように最小限で作る。
「よし! まずはククーミスにソウルを掛けてまな板の上でしっかりと擦ります」
私はククーミス三本をまな板の上に並べ、ソウルを振りかけたのち、手の平でころごろと棒を転がすように表面を擦っていく。こうすることでククーミスのアクを抜き、表面を色鮮やかにする。
蔕や尻尾の部分をナイフで切り、ククーミスの頭から尻まで薄く皮を切る。こうすることで味がしみこみやすくなるのだ。ピーラーがあると楽だったが、ナイフでも可能だった。二カ所薄く皮を削いだら、一センチ幅の斜め切りを行い、笹の葉のような形にする。
三本とも切ったらポリ袋のような木製の薄手袋の中に入れ、ソウルを小さじ一杯程度入れる。
よく揉み込んで緑色の水分がじんわりと滲み出して来たら捨てる。ここで深い味わいを出せる昆布やカツオ出汁、粗砂糖を加えられたら最高なのだが、そんな高級な品は持っていないので、ただのソウル揉みの状態で出すしかない。これを魔法の『コールド』で冷やし、夏に食べたら最高の一品を作りだした。
「出来ました! エールのお供に最高のククーミスのソウル漬けです!」
私は木製の皿に綺麗に盛りつけ、水分がにじみ出て表面がつやつやに光っている調理されたククーミスを皆に見せる。
「ククーミスをソウルで味付けするなんて……。何て贅沢な一品でしょうか」
ルドラさんは恐る恐るつまようじを持ち、ククーミスのソウル漬けを突き刺す。そのまま口に運んだ。
「ぐはっつ!」
ルドラさんは後方に倒れた。どうやら、美味しすぎたらしい。
「ル、ルドラさん、大丈夫ですか……」
私は流石にオーバーリアクション過ぎると思い聞いた。今時、塩漬けされたキュウリを食べてひっくり返る芸人なんていない。
「こ、これは凄い……。美味しすぎます……。ひんやりとしたククーミスのぼりぼりとした触感にうま味の塊であるソウルが加わることで、野菜の中の水分と調和し、ククーミスのドクドクな香りすら美味しく感じてしまう」
やはり説明はプロ級なので、私が作った料理の出来栄えは完璧なようだ。
「じゃ、じゃあ。私も一口……」
イーリスさんも恐る恐る、つまようじを掴み、ククーミスを口の中に入れる。
「んんっーーーー! おいっしぃい!」
イーリスさんは両腕をぎゅっと内側に縮めているため、大きな胸がさらに大きく見える。むっちりとした内股を擦るように身を震わし、全て飲み込んだ時、暑い吐息をぷはっと出した。美味しがり方が何とも厭らしい。
「はむ……。うっまぁああ˝っ!」
デイジーちゃんは子供っぽさ全快で飛び跳ねた。成長した胸が弾んでいるように見える……。
「な、なにこれ、なにこれ……」
ルイ君は始めての刺激に興味津々。目をかっぴらいており、大人びた表情に見えた。
「これがククーミスのソウル漬けです。野菜はソウルとの相性が各段に良いんですよ。なので、こういう食べ方が出来ちゃいます」
「こんなの売ったら爆売れ間違いなしじゃないですか。えっとえっと日持ちは……」
「冷蔵保存でざっと二日です」
「ガックシ……」
ルドラさんは保存が利かないとわかり、残念がっていた。
「でもルドラさんのスキルを使えば、長い間楽しめますよ」
「はっ! そ、そうですね! 私だけの楽しみにしちゃいましょうか!」
ルドラさんはスキルのことを思い出したらしくククーミスの塩漬けを大量に作りたがった。
「ルドラさん、ここのククーミスはイーリスさんの品ですから、何本も取っちゃ駄目です。購入して、ソウルを渡してくれたら作ってあげますよ」
「わ、わかりました! イーリスさん、売ってください!」
ルドラさんは食とお金に目が無いらしく、イーリスさんの肩を持ち、強めに言う。
「は、はい。二本で銅貨一枚です」
「なら、一〇〇本買います!」
ルドラさんは『アイテムボックス』に入るギリギリの量を提示した。彼は一〇〇本のククーミスを収穫し、購入。Sランクのククーミスが二本で銅貨一枚なんて超お得だ。買わないと言う手はない。一〇〇本の購入に掛かる金額は銀貨五枚。やっす……と思ってしまうのもククーミスが美味しすぎるが故だ。
収穫したククーミスとソウルを私に渡してくる。
「じゃあ、ベスパ。作業よろしく!」
「了解です!」
私の作業工程を見て覚えたベスパは完璧に真似してククーミス一〇〇本分のソウル漬けを短時間で作った。水分が漏れ出さない木製の袋が一〇袋生まれ、ルドラさんに渡す。
「この袋の中は真空になっていて、腐りにくいです。でも最悪腐っていたら捨ててください」
「大丈夫です。私のスキル内に入っている品は何年経とうが腐りません。なので、食べきれるまで新鮮な状態を維持できます」
「ほんと、そういう面では便利ですね。でも、ストレージを全て使い切ってしまうんじゃないですか?」
「その点も大丈夫です。全て袋として一つの空白に入れられます。ああ……、毎日の楽しみが増えてしまいました。ありがとうございます」
ルドラさんは私に頭を下げ、銀貨三枚を渡してきた。きっとチップのような物だろう。ありがたく受け取っておく。




