結婚相手
「そうだね。お姉ちゃんには幸せになってもらいたいし、学園でカッコいい男の子、いっぱいはべらかして最高の相手を見つけてきてほしい」
「なっ……。なにを言ってるの、シャイン。私はそんな同世代の男なんて……」
「お姉ちゃんは学園に行けるんだから位の高い男と一杯出会って良い人と付き合って結婚出来るでしょ?」
「そんな簡単な話しじゃないよ。そもそも貴族が私みたいな平民と一緒に生活してくれるわけないよ」
「クレアさんは貴族の暮らしも凄く楽しいって言ってたよ。フロックさんやカイリさんも貴族だけど、平民のような生活が普通に生活出来てる。なら、平民のお姉ちゃんでも貴族の暮らしを満喫できるんじゃないの」
シャインは私よりも将来について考えていた。と言うか、私よりも男に興味を持っていた。こりゃ、私よりも先に結婚しちゃいそうだ。
「ん、んんっ。あー、キララの結婚相手はお父さん……」
「それは無い」
私はお父さんの方に向ってこれ以上ないくらいはっきりと断言した。
「しょぼん……」
お父さんは家の角に座り、暗い表情を浮かべていた。いつも通りお母さんに慰められており、体は大きくて強そうなのに精神的に弱いという何とも見掛け倒しな大黒柱だ。
「ま、結婚なんてしてもしなくてもどっちでもいいだろう。現に俺はしてないし」
フロックさんは後頭部で腕を組みながら胸を張って言う。
「結婚相手がいないの間違いだろう、フロック」
カイリさんはフロックさんに右ストレート級の一言を打ち込む。
「うぐっ……。お、俺に見合う女がいないだけだ。俺はいつでも結婚出来る」
「まったく、そんなことを言っているからいつまでたっても結婚できないんだよ」
「かくいうカイリ、お前の妻は何しているんだ。結婚してざっと一年だろ」
「会えてないからわからない……。ほんと、全然会えてない。リーファの方が妻に会っているんじゃないかな」
カイリさんは私が注いだ牛乳を飲み、呟いた。
「一年間も会っていないんですか? さすがに、愛想をつかされちゃうんじゃ……」
私は相手の方の立場になってカイリさんに話しかける。
「それはいないかな。でも会えないのは、今、普通に帰ったら冒険者が出来なくなるからだ。冒険者の仕事を無碍に出来るわけがない」
「ああ……、なるほど。カイリさんも家を継がないといけないんですね」
「そう言うこと。帰ったらもう、冒険者には戻れないだろう。妻には会えないが、今度手紙でも送るよ。そうしないとわんわんと泣かれそうだ」
カイリさんは苦笑いをしながら言った。
「別に、お前が冒険者を辞めても俺は一向にかまわないぞ。俺一人でどんな仕事でもこなしてやる」
フロックさんは腕を組みながら堂々と言った。なかなかの自信だ。
「はぁ、私が冒険者を止められない理由の一つに、君の存在があるんだけどね……」
「は?」
「フロックの仕事の手伝いを変わってくれる相手が見つからない限り、私は冒険者を辞められそうにないよ」
カイリさんはフロックさんのお尻を何度も拭いているっぽい。
家族会議はいつの間にか、男女混合の恋愛話へと変わり、お父さんとお母さんのなれそめ話から、ライト、シャイン、カイリさん、フロックさんへと話が回る。皆、いっぱしな恋愛の話があるのに、私には前世を含めても一つもなかった。
「次はキララか。ライトやシャインにも好きな相手がいるんだ。少しくらい話せることがあるだろう」
フロックさんは師匠を好いていた時期があるそうだが、相手にその気がゼロと言うのを知ってから、きっぱり諦めたそうだ。私は握り拳を作りながら喜びそうになるのを堪えていた。
「お姉ちゃんの恋愛話し聞きたい聞きたいっ!」
シャインは目を輝かせながら聞いてくる。
「一番恋愛と縁がない姉さんの話し、いったいどんななんだろうか……」
ライトも私に輝きの視線を向けてくる。
「昔はお父さんと結婚すると言ってくれていたんだがな……」
「あなた、まだそれ言ってるの……」
お父さんとお母さんすら私の話に興味津々だ。
「レディーのレディーたるゆえんをぜひ聞かせてほしい」
カイリさんのとても腹立たしい表情が視界に映る。箒で家から追い出したい。
「わ、私……。好きになった人がいません……。本当です」
私は両手の指先を弄りながら呟いた。前世は恋する方ではなく多くの者に恋させる方だったので、その感覚がよくわからない。
「もうすぐ一二歳になるのに、好きな人がいない……。まあ、キララには友達になるような男子がいなかったのか?」
「いたじゃない、アイク君」
「うんうん、アイクさんは?」
「そうだよ、アイクさんはどうなの?」
「アイクって誰だ?」
「アイクって……、剣聖の子じゃないか?」
お父さんのつぶやきからお母さんが察し、シャインとライトが目を輝かせながら聞いてくる。フロックさん、カイリさんはこの村であった覚えはないようだが、カイリさんは名前を聴いて当てていた。
「た、確かにアイクとは五年間くらい一緒に生活してたけど……別に好きとかそんな感情は持ってないよ」
だって、相手は一〇歳児だよ。私がときめくわけないでしょ。元の魂は二一歳だし、もうこの世界の年月を合わせれば三十路なのに……。おばさんが子供を好きになんてならないってのに。
「毎日一緒に鍛錬してたじゃん」
「そうだよ。毎日遊んでたし。なのに、好きになってないのはおかしいんじゃない?」
「そう言われても……。本当に興味ないんだってば……。私は年上にしか興味……、んんっ」
私はぼろが出そうになり、喉を閉めて住んでのところで踏みとどまった。
「じゃあ、好きな男ってどんな男なんだ?」
「な、なんでそんなことフロックさんや皆に言わないといけないんですか!」
「そりゃあ、キララの好きな男がどんな奴か知っていたら皆がキララの結婚相手を見つけやすくなるだろう。お前は放っておいたら誰とも結婚しなさそうだ」
「うう……、否定はできません……。そ、そうですね。私の好きな男の人は……、優しくて頼りがいがあって私よりも年上で……、話しが合って楽しくて……、って、言ってるといつまでたっても終わらないんですが」
「じゃあ、何が一番必要だ?」
「そりゃあ、一緒にいたいと思える相手ですかね……。な、なにこれ、ものすごく恥ずかしいんですが!」
私はアイドル時代にもテレビ番組で好きな男のタイプを何度か聞かれたことがある。ほんと、私の好きな男のタイプを聞いてどうするってんだ。毎回適当に答えていた気がするが、今回は本気で言った気がする。はぐらかし無しで、一緒にいたいと思える相手が好き。それが恋とか愛とかの類なのだろうと、自分の直感を信じる。
「一緒にいたいと思える相手か……」
「んーーーー」
皆、腕を組みながら険しい表情をした。そもそも結婚相手を見つけるとか言う無理難題を行おうとしている時点でどうなるかくらい察しがついているだろうに……。
「やっぱり、姉さんの結婚相手を見つけるのは新しい魔法を考えるよりも八八八倍難しい」
天才のライトでも私の結婚相手を見つけることは不可能のようだ。よかった。
「はぁ、もう、この話しはおしまい! もう、私の結婚のことは放っておいて!」
「放っておいたら俺と結婚することになるがいいのか?」
「あ…………」
私とライト、カイリさんは口を開けて変な声が出た。夏場だというのに顔が熱くなっていくのが手に取るようにわかってしまう。
「へ…………」
お父さんとお母さん、シャインは初耳のようで、耳を疑うような声をだしていた。
フロックさんはかつて、病院の一室で『お前が結婚出来なかったら、してやる』と言う話を今でも覚えていた。ほんと、一年くらい前の話だ。あの時はただの言い合いの中で言った言葉だったのに……。
「ほ、本気だったんですか?」
「俺は嘘をつく気はない。キララが結婚出来ず、俺も結婚出来なかったら結婚してやると言っただけだ。ま、まぁ、俺は結婚しようと思えばいつでも出来るけどな」
フロックさんは何とも恥ずかしい発言を家の中で堂々と言った。
「キララのことをよろしくお願いします」
お父さんとお母さんはテーブルに額を付けるほど頭を下げてお願いしていた。
「ちょっ! 何でそうなるの!
」
「だって、キララを守れるのはフロックさんくらいしかいないだろう。結婚する相手が見つからなかったらって言う条件付きだが、婚約くらいは……」
「そうよ。フロックさんは貴族なのよ。家柄もいいし、強いし、誠実じゃない。またとない優良物件だわっ!」
お父さんとお母さんは反対などする気はなく、完全に乗りきだった。
——は、八歳差だよ。八歳も差が開いていたらさすがに反対する家庭もあるよ。でもギリギリ許容範囲なのか……。
「キララは俺が守ります。何があっても必ず」
フロックさんは私の肩を抱き、言い放った。何を言っているんだ。未だに酔っぱらってるんじゃないだろうな。私のスーパーコンピュータ並みの集積回路を使っても何が何だかさっぱりわからない。
「ちょ、ちょっと待ってください。勝手に話しを進めないで……。心の準備と言うか、私はフロックさんについてまだ全然知らないですし、今話し合うことじゃないでしょ……。そう言うのはもっと互いを知ってから……」
「キララ、別に気にしなくてもいい。女は結婚しなければならないと言う法律なんて無いからな。だが、学園で面倒な男に絡まれた時、相手がいると言っておいた方が断りやすいだろ」
「あ、ああー、なるほど……。確かに……」
「レディーは王都でも珍しいくらい超絶美少女だ。貴族の者の眼を引くこと間違いなし。そんなレディーがどの男の物でもないとしたら、こぞってレディーを狙うだろうさ」
カイリさんは前髪をふぁっさーっと掻き上げながら言う。邪魔なら、切ってやろうか?




