小さな心が折れる音…
「ブラックベアーらしき怪物周りの瘴気が、今の一撃で晴れている! この瞬間を逃すな! 冒険者たちは瘴気を食い止めよ! 聖職者たちは一斉に奇跡を放て!!」
聖職者達は手を合わせ拝み、全身が白く光り出す。
そして合わせていた両手をデカブツの方に向ける。
すると、デカブツが苦しみ始め。
『「グゥオオオオオオオオオオ!!!」』
もう一度雄叫びを上げた。
そのままデカブツは動き出しドロドロの右前足を持ち上げ…こちらに向って攻撃してくる。
「攻撃範囲が広すぎる!! 誰か! 手の空いている者はいないか! 」
冒険者、聖職者共に全力で事態に当たっているため、誰も手を放せない。
「キララ様!!!」
ベスパはいつの間にか前に飛び出しており、私の名前を呼んだ。
「ベスパ!!」
ベスパは私の右頬を掠めながら、飛び出したようだ。
あまりに一瞬の行動で、私はベスパを眼で追えなかった。
私の耳に残る嫌な羽音は、べスパの声に遅れて脳を蝕む…。
そしてベスパの羽ばたきによって巻き起こった風は、私の長髪を一気に靡かせた。
たった一匹の蜂が、巻き起こしていい風では無い。
それほど私の頭は風圧で揺らいだのだ。
そんな現象、弾丸でも普通起らないだろう。
私の動体視力では未だにベスパの移動を捉えられず、発光した光の道筋をたどり何とか目線を前方へと向けた。
すると、超高速で空中を飛び一直線の軌跡を描きながら、デカブツの右前足へ向うベスパを、私は眼で捉えた。
「ベスパ! いつの間に!」
「キララ様! 早く私に魔法を放ってください!!」
既にベスパとデカブツの前足は接触寸前だった。
デカブツが黒いお陰か、ベスパの光は凄く良く見える…。
例え、視界は揺らいでいたとしても、べスパを見間違えようが無い…。
――私の体に残っている魔力が少ないのは、もう…分かっている。でも…ここで私がやらないで誰がやるの!!
「分かった、行くよ。 ベスパ!!!」
「はい! ドンと来いです!」
「はぁ…、っつ!」
私の体から、発する魔力を…何とか、指先へ……。
――苦しい…また吐きそう…、でもダメ…これだけじゃあのデカさを吹き飛ばせない…。もっと…もっと! …もっと!! どこからでもいい、かき集めろ、足の先端から頭のてっぺんまで、汲まなく全てを…。
私の体はベスパと同じように光り輝き、呪文によって指先へ魔法陣を展開する。
『ファイア!!!』
呪文を発した瞬間、魔法陣の放つ光は中心から外円まで紅色に染まった。
私は勢いよく魔力を押し込む。
押し込むなんて意識していない。
ただベスパに届けと、届かせると、ただそれだけを思っていた。
放たれた『ファイア』は炎々に燃えながら、射線の軌跡がはっきりと見える。
軌跡の先には、いつも通りベスパが飛んでいた。
『ぶっ飛べ! デカブツやろうがーーーー!!!』
何とも下品な発声練習である。
元アイドルとして恥ずかしい…。
しかし命の危機なのだ、これくらいプロデューサーも許してくれるだろう。
『ボッガァアアアアアン!!!』
私の『ファイア』はデカブツの前足よりも先にベスパへ直撃し、大爆発が起きた。
爆発は、デカブツの前足を抉り取るように広がり、眩い光を放った。
しだいに光から黒煙と爆炎が生まれ、デカブツの右前足を一部損失させる。
『「グオオオオオオオ!!」』
「クッ!!」
爆風と共に届く轟音と雄叫びに似た叫び声…。
互いの音は相殺されず、共に反響しながら皆の耳に届いただろう。
私の耳は既に、鼓膜が破れているのではないかと、錯覚するほどの激痛が走り続けている。
――『ファイア』を放ってから、耳鳴りがずっと止まらない…。一気に魔力を消費したからかな…。しかもこの音…、頭にガンガン響く…。工事現場の比じゃないよ…!
爆発によって抉れたデカブツの右前足がその重さに耐えられず、関節部分からグズグズに崩れ落ちていく。
地面に大量の瘴気を拭含んだゲル状の液体が飛散し、私達の方へ降りかかってくる。
「く! 聖職者の皆! 聖水を掛けろ! 奇跡を放てる者は、瘴気を消滅させるんだ!」
ゲル状の瘴気は、聖職者さん達によって消滅させられたが…、たった右前足の前関節だけで、ほぼすべての聖職者さんたちは全力を出し、瘴気の消滅を行わなければ成らない程の瘴気量だった…。
「まだだ! 聖職者の皆! 一斉に奇跡を放ち、奴にそのまま奇跡を浴びせ続けろ! 欠損部分の再生を許すな!!」
『「グォオオオオオオオオオオ!!!」』
3度目の雄叫びを上げ、デカブツはいきなり突進を始める。
見境なしに全ての建物を圧し潰し、自身のグズグズになった体を崩しながら、その巨体を私たちの方へ進ませているのだ。
「いかん!! このままでは皆、あの瘴気に飲み込まれてしまうぞ! 聖職者の皆! 死ぬ気で奇跡を絞り出せ! ここで聖職者人生を終わらせても構わん!! 奇跡を出せるだけ、出し切るのだ!!」
「み…皆さん…」
――デカブツが突進を始めた…それだけ追い詰められている? と言う事なの…。いや…そう思いたい。
確実に奇跡は効いている。
しかし、デカブツの突進を止めるすべがない。
私の攻撃でもきっと、体から崩れ去っている瘴気に飲み込まれてしまうだろう。
「くっ! ……ここまでとは。皆の者! 退避するんだ! このままでは、皆瘴気に飲み込まれてしまうぞ!」
皆が私の脇を走り去っていく…。
それはもう…一目散に…。
自分の命が一番大切なのは、私にもよく分かる…。
だから私も動けないから、助けてくださいとは…言えない…。
「姉さん! 早く! 早く立って!」
「キララちゃん、何しているんですか! そのままでは、瘴気に飲み込まれてしまいますよ!」
「ライト…リーズさん…」
――そうだ…私も早く逃げないと…、流石にあれを止める方法は、今の私には無い…。無理だ…絶対に無理…。
そう思っているのに…。
私はただその場で座り込み、唯々目の前に広がる…恐怖…を全身に感じている…。
深く脳裏に焼き付いた、黒いトラウマは…速度を増しながら私に押し寄せてきていた…。
「はは…どうしよう…。どうしようって…、もう…どうしようも出来ないか…よく頑張ったよ私…」
私の心は…ぽっきりと折れてしまった…。
その時だった…。
「いや! …その判断は間違ってるぜ。 キララ!!!」
そこに現れたのは…、全身真っ黒な服装、そして低身長男性…。
持っている大剣の方がデカい…あのシルエット…。
私はその姿をした人を、たった1人しか知らない…。
「フロックさん!! どうしてここに!」
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