特別講師
「じゃあ、いただこう」
フロックさんはスプーンでオムレツを掬い、口に運んだ。
「うわっ、うわっ、うわっ……。うっま! うっま! うっまあ! キララ、このオムレツ、めっちゃう美味い!」
フロックさんはオムレツを食べる子供そのもので、可愛らしい表情で叫ぶ。
「はぁ……、もういいや。ハム……。んんんんっ!」
カイリさんはフロックさんの料理名を間違えても容認したらしく、オムレツを口に運んだ。そのまま、目を見開き、震えだす。
「えっと……。ソラルムソースをかけた方が美味しいですよ」
「いや、要らないっ!」
フロックさんとカイリさんはオムレツを口内に掻き込み、口の周りを卵で汚した。全く、この人たちは大人と言う自覚が無いのか。
私は美味しすぎて方針状態になっている二名の口もとを布で拭き取り、新鮮な水を与える。
「う、うう……。美味い、美味いよ……」
フロックさんは感無量で泣きそうになり、パンを摘まむ。黒パンの焼かれた表面部分からサクサクと言う快音が響き、オムレツプレートが八分もしないうちに無くなってしまった。
「ああ……、美味かった……。これは王都で食べるオムツレではなく、全く別の品だ……」
美食家のカイリさんでも舌を巻くほどの美味しさだったらしく、眼がしらに手を当てた。
「レディー、無理は言わないが、王都で料理屋を出した方が良い。国の者が皆、こぞって食べに来る。その未来がありありと見えた」
「へー、カイリさんは未来予知まで使えるんですか?」
「ただの勘だ。でも、私の勘はよく当たる」
「なるほど。でも、美味しく食べていただいてありがとうございます。エッグルも喜んでいると思います」
「ああ、これでまた一年間頑張れそうだ。キララの料理を食べるために生き延びなければ……」
「私の料理がフロックさんの生きる気力になるなら、来年はもっともっと美味しい料理を作ります。だから、絶対に死なないでください。そうしないと、超美味しい料理が食べられませんからね」
「こりゃ、死ぬに死ねないな。まったり寛いでいる場合じゃない。鍛錬しないとな!」
「全く……、フロックと同感なんて珍しいこともあるものだ」
フロックとカイリさんは元気よく立ち上がった。
――私の料理が二人の生きる活力になれたのかな。なら、万々歳だ。私の料理を食べるために生き延びてほしい。それだけで料理を作る価値がある。
「じゃあ、フロックさん。カイリさん。鍛錬に丁度いい相手がいますから、一緒に森に行きましょう」
「ああ。丁度動きたくなったところだ。どんな奴でも、掛かってきやがれ!」
「そう言って死に急ぐとあっけなくやられるよ。冷静な判断はいつも持ち合わせていなければね」
フロックさんとカイリさんは通常装備ではなく、鍛錬の際に動きやすいよう、革製の防具を見に纏い、家の外に出た。
「私はフルーファに乗って移動します。お二人は走って付いて来てください。体力の無い、カイリさんはスキルや魔法を使ってもいいですよ」
「わかった」
私はフルーファの背中に乗り、フロックさんとカイリさんを連れて、ハンスさんと元盗賊たちのもとへ向かう。
☆☆☆☆
「はあああああああああああああっ!」
ブレーブ平原で鍛錬中のハンスさんは両手で木剣を持ち、地面を勢いよく跳躍。
「ふっ!」
ウォーウルフの親玉は素早い身のこなしで、ハンスさんの攻撃を回避。
ハンスさん達だけではなく、他の元盗賊たちもウォーウルフの群れと戦っていた。二カ月前より格段に動きがよくなり、もう少しでバレルさんからの許しが貰えそうだ。
「こ、こりゃ、どういう状況だ……?」
「黒色のウォーウルフが何体いるんだ……」
フロックさんとカイリさんはウォーウルフ達の数を見て、明らかに驚いていた。
「ウォーウルフの数はざっと二〇〇体います。戦っている人たちは八〇人です。どちらも私達の仲間ですよ」
「キララ、お前は軍隊でも作る気か?」
「いえいえ、これがさっき言っていた。魔物の暴走を止めるために結成された冒険者パーティーです。あの、一番大きなウォーウルフと戦っている方が冒険者パーティーのリーダー。ハンスさんです。お二人と、年が近しいので仲良くなれると良いですね。皆さん、集合!」
「はいっ!」
戦っていたウォーウルフと元盗賊たちは戦いを止め、私の前に整列した。あまりの速度に、軍隊かよと本当につっこみたくなったが、ぐっと押さえる。
「えー、今日は特別講師に来てもらいました。Sランク冒険者のフロックさんとカイリさんです。冒険者の先輩として聞きたいことや疑問に思っていることをどんどん聞いてください。あと、普通に戦ってもらいますからそのつもりで。今、ルークス王国のSランク冒険者は八組ほどしかいません。なので、とっても貴重な機会なので無駄にしないようお願いします」
「ちょ、キララ、いきなり言われてもよくわからないんだが……」
「フロックさんとカイリさんはここにいる人達と一対一、又は複数対一で戦ってください。彼らは元剣神のバレルさんから直々に指導を受けている者ですから一筋縄では勝てません。彼らに勝てたら、ウォーウルフと戦ってもらいます。加えてウォーウルフ何体まで倒せるのかと言う挑戦もしてもらいます。複数対の敵と戦う練習になりますし、ものすごく実践的ですから、身の力になるはずです」
「そ、そりゃあ、ここまでされちまったらな……。死なないのか?」
「死なないのか? そんな甘っちょろいことを言っていて良いんですか。Sランクなんですから、負けまくったらフロックさんとカイリさんは夕飯抜きにします。逆に皆さんはこのお二人を倒せたら、夕飯はブラッディバードの肉を与えましょう。もちろん、ウォーウルフ達にもね」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッツ!」
元盗賊たちとウォーウルフ達は大きな報酬に歓喜の雄叫びをあげる。まだ、勝てていないのに調子がいい者達だ。
「ぐぬぬ……、夕食抜きは死ぬよりもつらい……」
「ああ……、しかもレディーが作る夕食ときた。そんなの抜かれたらたまったものじゃない」
「どちらのやる気もあがったと言うことで、早速始めましょうか。フロックさんとカイリさんの武器を木製に変えますね。重さや耐久力は魔力で補完します」
「わかった」
フロックさんとカイリは頷き、皆の鍛錬に協力してくれることになった。
――ベスパ。フロックさんの大剣とカイリさんの槍を木で作って。重さと耐久を上げるために、魔力で密度を増やして。
「了解しました」
私の頭上にいたベスパは光り、ビーとアラーネアに武器を作成させる。ものの八〇秒で作られ、重さ、耐久性共に問題なさそうだ。
「では、こちらの武器を使ってください。切れませんし、過度な力が相手に入りにくいですから強めに打っても死にません。ある程度は魔力で直せますから、頭を狙うのだけは控えてください」
「ほんと、何でも出来るな……」
フロックさんは空中に浮いている木製の大剣を手に取った。
「出来ることが多すぎて、一体何が出来ないのか、逆に知りたいよ」
カイリさんは槍を手に持ち、振りながら魔法を発動させる。
「うわっ、なんだこれ。魔力の通りが良すぎる……。えっと、レディー、魔力伝導率って……、専門用語だけどわかるかな?」
「その槍の魔力伝導率はざっと八〇パーセントですかね。通りが良すぎるとやばいとルドラさんから教えてもらいました」
私は魔力伝導率一〇〇パーセントの白い杖を持ち、上にファイアを打つ。もう、魔力を完璧に伝られるので速度と威力が段違い。弾丸と言っても過言じゃない速度だった。空に放たれたファイアはパンっと弾け、魔力に戻り、空気中に散り散りになる。
「この杖は魔力伝統率が一〇〇パーセントになっています。でも危なすぎて使う機会はありません。護身用には良いですけどね」
私は杖をドラムスティックのように指先でまわしながら、杖ホルダーに一発で戻す。
「魔力伝導率八〇パーセントの槍なんて聞いた覚えが無いけどね……。まあ、あまりつっこまないことにするよ」
カイリさんは『水球』と唱えた。するとバスケットボールほどの水の玉を空中で八個ほど生み出し『冷凍』で一瞬で凍らせる。水を急速に凍らせた影響で体積が膨らみ、水球がパンッと割れ、大量の菱形の氷が空中に浮いていた。そのまま、魔力操作で射出し、氷が整列している者達に放たれる。
ウォーウルフ達は皆躱した。いきなり攻撃を食らうと思っていなかった者は革製の防具に氷が衝突し、うめき声をあげる。勘が鋭い者、反射神経が良い物は木剣で氷を弾いた。
ハンスさんは当たり前のように手で掴み、スキルで消す。
「うん……。やっぱり、質が良さそうだ。フロック、気を抜くと負けるよ」
「わかってる。じゃあ、俺は一番強い奴から相手させてもらうぜっ!」
フロックさんはまだ開始の合図も出していないのに、自ら突撃した。




