良い話の後の悪い話
「遠慮せずに食べてください。この珈琲は近くの街にあるフラワーローズと言う、ルークス王国の王室で侍女をしていた者が一種類の味より美味しくなるように混ぜ合わせたしたコーヒー豆を使い、淹れた品になります。同じく、紅茶もフラワーローズの店長が調合した品なので、味は間違いないです」
「ああ……、香りだけでも十分すごさが伝わる」
「色、香り、熱……、全て完璧……、熟練されたような淹れ具合。レディーは侍女の経験でもあるのかい?」
「いえ、時間をきっちり図っているので、綺麗に作れるんです」
「なるほど。じゃあ、飲ませてもらおうか」
「ああ、そうだ」
両者はそれぞれカップを口元に持って行き、男性特有の薄い唇をそっと近づけて傾ける。さらりと流れる液体をこくりと飲み込んだ。
「うぐっ! う、美味い……」
フロックさんとカイリさんは仲が良いのか、一言目の発言が全く同じだった。
「苦味がさっと引いて後から来る果実のような甘味のある香りが鼻に抜ける……」
「さっぱりとした味わいの中に、大草原を駆けるような豊かな渋み……」
二名はよくわからない説明をしていた。でも、とても喜んでくれているようで、飲み物を味わいながら微笑んでいた。
「こちらのパンケーキはネード村産高級小麦を使用し、村で取れたエッグル、牛乳、乳油を使った一品です。バターをしっかりと塗り、味もそうですが、小麦の焼き上がった芳醇な香りを楽しんでお召し上がりください」
「もう、どうなっても知らねえ」
「ああ、そうだな」
フロックさんとカイリさんはナイフとフォークでパンケーキを切り、口に含んだ。
「ぐああああああああああああっ!」
フロックさんとカイリさんは毒を食わされたかのような苦しそうな声をあげる。
「な、なんだなんだ!」
フルーファは床に寝そべり眠っていたのだが、フロックさんとカイリさんの咆哮を聞き、飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。う、うっま!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。こ、これは、一般で出していい味ではないね……」
フロックさんとカイリさんは物凄い食いつきを見せ、お腹にパンケーキを入れ込み、油と風味が残っているであろう口内に香りが強い飲み物を入れてすっきりと飲みほした。
「おかわり!」
「了解です」
私は残った生地を焼き、珈琲、紅茶をビー達に運ばせる。加えて今回は生クリームも添えておいた。
「キララ、この牛乳みたいな白い液体はどうするんだ?」
「珈琲に入れたら、苦味がまろやかになりますし、紅茶に入れても美味しくなる、生クリームです。入れれば入れるだけ口当たりがよくなるので少しずつ入れながら好きな量を見極めてお楽しみください」
「生クリームだってよ」
「はあ……、生クリームって……、菓子職人がこぞって欲しがる超高級食材……。それをさらっと出された。しかも、色が白すぎて恐ろしい……」
フロックさんとカイリさんは飲み物に生クリームを入れ、意を決し、飲む。
「はわ……。舌を刺すような苦味が緩和された……。こりゃたまらんな……」
「爽やかな飲み口から、まろやかな風味に変わった……。これはこれでいい」
両者が楽しんでいる時に、おかわりのパンケーキがしっとりと焼き上がり、両者の空いた皿にフライパンから直に盛りつける。夏場で暑いが、白い湯気が見えた。こうすれば、出来立てほやほやの美味しさを味わってもらえる。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐっ! うめーっ!」
フロックさんとカイリさんはウトサが一切入っていないパンケーキを食しながら飲み物を飲み、寝不足が完全に解消されたいい笑顔を浮かべ、明らかに満足していた。
「はあぁー、食った食った……。キララ。とっておけ」
フロックさんは中金貨一枚を弾く。私は両手で受け取り、二度見した。中金貨はさすがにやりすぎなんじゃ……。
「えっと、無料で提供したんですけど……」
「バカ野郎、この品を出されて金を払わずにいられるか!」
「フロックの言う通り!」
カイリさんも中金貨一枚をテーブルに叩きつけ、私のもとに滑らせる。どうやらパンケーキと飲み物のセットが金貨五枚の価値があると言われているようだ。
ウトサを使わずにこの値段は破格だろう。まあ、バターなどを色々使っているわけなので、私以外の者が作ったら赤字だが、私が作れば黒字だ。
「ありがとうございます。ありがたく受け取っておきます」
私はお小遣いが増えた程度に考え、二名をしっかりともてなせたと一安心。お金は感謝を伝える用途として便利だなぁ。まあ、中金貨二枚なんて村の子供にあげて良い小遣いじゃないけど。
「ふぅ……、話す前に食っちまったから、気分の浮き沈みが激しいが話させてもらう」
「はい。聞かせてもらいます」
「カイリ、結界を張ってくれ」
「了解だ」
カイリさんは長々と詠唱し、魔法で強めの結界を張った。周りから盗聴されるのを防ぐ。
「俺達は魔造ウトサや正教会を調べてきた。まずわかったことは魔造ウトサの研究は一〇八年以上前から行われている」
「一〇八年以上前から……。とんでもなく前ですね」
「ああ。だが、今まで大きな問題が無かったと言うことは、相当優秀な魔法使いたちに作らせてようやく成功したってところだろうな」
「一〇八年の長い月日を掛けて作って来た魔造ウトサを一人の研究者にあっけなく解読されちゃったのも、なんか悲しいですね……」
「言わないでやれ。天才は突然現れるもんだ。神の計らいだな」
「……確かに。神様の計らいかもしれませんね」
――やっぱり、スグルさんは天才じゃん。まあ、ゼロから作るのと解析するのでは辛さが違う気もするけど、その対抗策を作れる辺り優秀すぎ。
「二つ目に各地で悪魔らしき生物を見たと言う報告が相次いで報告されている」
「嫌な話ですね……。被害は?」
「今のところない。訳は分からないが、暴走しているわけではないらしい。忽然と姿を消している」
「うう……、じゃあもう、この世界に多くの悪魔がいると思ったほうがいいですね」
「ああ。そうだな。キララも金を貯めて聖水と銀製の武器なんかは買っておいた方が良いだろう。まあ、奴らに効果があるのかは謎だがな」
「聖水と銀製の武器が効くと言う話しがあるんですか?」
「歴史書に記されているんだ。悪魔に対抗できるのは聖なる力を持った聖水や聖職者の攻撃。また、聖なる力を宿していると言われている銀の武器。まあ、定かではないけど、正教会が悪魔を使役していると言う話しが本当なら、現実味を帯びている」
カイリさんは魔法の袋から銀製のナイフを取り出した。すぐに錆びそう……、などと呟きそうになったが、無駄に高価な品だと言うので、いざとなれば銀貨でも投げつければいいんじゃねと言う結論に至った。
「三つ目が魔造ウトサの研究所を見つけた。だが、すでにもぬけの殻で、大量の魔物が湧いていてな、もう、暴走寸前だった」
「魔造ウトサの研究所を見つけたんですか。どこで……」
「王都から近いフレイズ領の森の中だ。あの地域を収めているフレイズ家はバカみたいに強い奴が多いからな。魔物が暴走しても問題ないと踏んだ可能性が高い」
「フレイズ領、フレイズ家……。えっと、大貴族ですよね?」
「そう。私のクウォータ家と並び、クウォータ家よりも歴史の長い大貴族になります。もう、建国当初から王家に仕えている由緒正しき名家ですよ」
「へ、へぇ……」
――ニクスさんの実家、結構ヤバい家だったんだなぁ……。
「あの、えっと、その……。見せていいのかわからないんですけど……」
私は肌身離さず持っているフレイズ家の家紋だと思われる記章を持ち、二人になら見せても問題ないと思い、すーっと見せた。別にやばい物じゃない。
「はい? フレイズ家の家紋……。と言うか、これは記章……。レディー、いったいこれをどこで」
「えっと、去年、一緒にブラッディバードの大量発生を止めた時、助けた者達の中にフレイズ家の方がいて……、受け取った物です。チンピラにいびられたらこれを見せるといいと言われました」
「キララ、そんなものをチンピラに見せたらチンピラ共はション便漏らしてべそ掻きながら逃げていくぞ」
フロックさんは苦笑いしながら言う。ニクスさんを見てもそんな現象は起こらないと思うけどな。
「フレイズ家ってそんなに恐ろしい一家なんですか?」
「…………」
二名は無言になり視線を合わせた。
「熱い」
フロックさんとカイリさんは同じ言葉を呟いた。
「熱い?」
「ああ。色々熱い奴らだ。カイリとは相性が合わないな」
「そうだね……。私は水属性魔法とか、氷魔法が得意だからか、彼らは苦手だ」
「カイリさんは熱い方達と相いれないと言うことですか?」
「まあ、多少は許すけど、さすがに度が過ぎているとね……」
「度が過ぎている……。私の知っている方は別に髪が赤いだけで熱すぎはしませんでしたよ。まあ、メイドさんと叔母さんとは熱々でしたけど……」
「な、熱々だろ」
フロックさんは苦笑いしながら言った。そう言う意味も含まれているのか。
「ともかく、レディーがフレイズ家と仲が親しいとわかった。これはとても大きな収穫だ」
カイリさんは顎に手を当てながら呟く。
「私とフロックはSランク冒険者だが、フレイズ領の森に独断で立ち入れない場所もある。フレイズ家の許可がいるんだ。はっきり言って私とフロックはフレイズ家と繋がりがあまり無い。フレイズ領の森に魔造ウトサの研究施設があったのは間違いないんだが証拠らしい証拠が見つからなくてね」
「その立ち入れない場所に正教会が何か隠しているかもしれないと言うことですか?」




