一年ぶりの帰還
「ちっ! スキルを使ったらどうだ、爺さん!」
「使う必要もありませんよ」
「なめやがって……」
フロックさんはバレルさんに素の状態で押されていた。やはり、経験の差と言うのが大きいのだろう。無駄を省いているフロックさんの攻撃も、さらに無駄を省いているバレルさんの前では、まだまだ甘いようだ。
「おらっ!」
フロックさんは大剣を大振りする。バレルさんにいったん距離を取らせ、大剣の攻撃範囲を確保するためだろう。だが、バレルさんは低くしゃがんでやり過ごすと大剣の鍔を木剣で跳ね上げ、手から離させる。
「まだだっ!」
フロックさんはバレルさんに殴りかかった。短い腕だが、バレルさんがすぐ近くにいたため、十分届く。ただ、バレルさんは後方に下がるのか、身を引いていた。
「んっ!」
バレルさんの背後の地面に大剣が刺さり、後方に逃げられなくなる。どうやら、フロックさんが『武器操作』のスキルを使い、手から離れた大剣を操ってバレルさんの移動を阻害させるために使ったのだろう。自分の最大の武器を手放して大きな隙を作っていた。
「はあああああああああああああああっ!」
フロックさんの拳がバレルさんの体に打ち込まれる。バレルさんは木剣を振れるだけの動作範囲が無いため、木剣を使った防御と攻撃が両方とも不可能。確実に一撃が入ったと思った。だが……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。たく、ここまでしたのに、そりゃないぜ」
「あと少しだったな。フロック君」
バレルさんも木剣を手放し右手でフロックさんの手を掴んでいた。手が光っていので『剣速強化』のスキルを発動し、フロックさんの拳よりも早く動かし、防御に回したのだろう。互いにスキルを使ったことで、戦いが終わった。引き分けと言うことかな……。
「はぁ……、バレルさん、なぜここにいるんですか?」
フロックさんは一気に脱力し、尻もちを搗きながら地面に座る。
「私は死人なのでね、王都にいるわけにはいかなかった。今はクレア様の護衛と言う形でこの村にいる」
「クレア……。ああー、ルドラの嫁か……。なるほどな」
フロックさんは指先を軽く動かし、スキル発動時に見える光を最小限にして大剣を操作し、身の横に移動させた。立ち上がり、大剣を背中に取り付けられた大剣ホルダーに入れる。
「にしても、キララとバレルさんのつながりが見えないんだが……」
「まあ、色々あるんですよ。とりあえず、入口の掃除をよろしくお願いしますね」
「あ……」
バレルさんとフロックさんが戦った影響で当たりの地面は窪み、柵は切られ、一面土砂塗れだった。戦った後始末はしっかりとつけてもらわないと困る。二人共、遊びたいだけ遊んではい、おわり、なんて言っていい子供じゃないのだ。
「じゃあ、レディー。私と優雅な朝を……」
「カイリさんも二名を止めなかったということで同罪です。一緒に掃除してください。私はカイリさんが大貴族だろうと容赦しませんよ」
「はは……、手厳しいレディーだ」
私は三名に箒や塵取り、スコップ、バケツなどを渡し、村の入り口を綺麗にしてもらう。バレルさんがここにいると言うことは……。
「うおおおっ! 師匠とフロックさんの戦い凄かったです!」
案の定、シャインが木陰に隠れており、飛び出してきた。
「ほんとほんと! 私、キララちゃん以外にバレルさんを追い詰めている人を初めてみました!」
セチアさんも飛び出してきた。セチアさんの憧れている冒険者の職と言うこともありフロックさんとカイリさんに興味津々だ。
「す、すごい……。僕も、あんな風に強くなれるかな……」
ガンマ君は二名の戦いに感銘を受けていた。それだけ、洗礼された戦いだったのだろう。そりゃあ、元剣神と現役Sランク冒険者の戦いだ。見ごたえがあるに決まっている。
「嬢ちゃん、今、キララがバレルさんを追い詰めたとか言わなかったか?」
フロックさんはセチアさんの方を向き、目を丸くさせながら話し掛けていた。
「キララちゃんはバレルさんに勝っているんですよ。ほんと、凄かったです」
「なっ! 本当なのか!」
フロックさんとカイリさんは私の方を見ながら声を荒げて聞いてくる。
「えっと、えっと、私は不意打ちに加え、スキルを全開、バレルさんの戦いを見たうえで弱点を突きました。対してバレルさんはスキルを使っていませんでしたし、鍛錬後だったので……」
「いやいや、不意打ちとかの問題じゃないだろ……。一一歳の子供が元剣神に勝ったらおかしい。勇者や剣聖ならまだしも、不遇スキルのキララが……。俺だってまだ一度も勝ててないんだぞ!」
フロックさんは私の肩を掴み、悔しそうに言う。夏の暑さと動き回った影響で汗を滴らせている顔が近い。
「そ、そう言われましても……。と言うか、ち、近いです……。ちょっと離れてください」
「断る。どうやってバレルさんを倒したか教えてもらおうか!」
フロックさんは私のデコに汗まみれのデコを近づけるくらい近づいていた。ここまで来るのに汗をすでに掻いているから、服からフロックさんのにおいが……。まだ、明け方とは言え、夏場に黒い服を着ているから汗を沢山掻くだろうに……。
――こ、困るなー、フロックさん。そんなに近づかれたら、逃げられないよ……。このまま近づかれたら倒れちゃうし……、だ、抱き着くしかないじゃん。
私はフロックさんにムギュっと抱き着き、一年ぶりの懐かしい温もりを得た。
「お、お姉ちゃんが自らフロックさんに抱き着いた……」
「な、なんなら、喜んでる……」
「あの男っ気の無いキララさんが……」
三名は私の行動を見て、興味深いと言わんばかりに凝視してきた。
「おい、キララ。俺の質問に答えろ」
「よかった、死んでなくて……。フロックさんが死んでなくて本当に良かった……」
「キララ……」
フロックさんは力を少々弱めた。その瞬間、私は彼の拘束を抜け出し、顎に拳を打ち込む。
「げふっ!」
フロックさんは後方に倒れ、顎に手を当てながらのたうち回った。
「こういうことです。相手の弱点を突いた攻撃を的確に打ち込む。フロックさんはまだまだ甘いですね~」
私は戦法を教えるとともに、抱き着けてちょっとラッキーと心の中で握り拳を作る。一年間、連絡が無い状態で過ごしていた私の心のもやもやを一瞬で解消した。
「いやはや、さすがキララさん。フロック君。少女にしてやられましたね」
バレルさんは両手を叩き、私の見事な不意打ちを褒めてくれた。
「本気で殴ることないだろ……。視界がぐわんと揺れたぞ……」
「ま、力が抜けている状態の男性になら、こんな細腕でも急所への一撃で確実に致命傷を与えられると言うことです」
私は筋肉が付いていない真っ白な肌の細腕を見せながら言う。
「はぁ……。キララに殴られたせいで、掃除が出来なくなってしまった……。あとは、カイリとバレルさんに頼む……」
フロックさんは倒れたまま不貞腐れ、情けないくらいいじけた。バレルさんに勝てず、自分よりも年下の女子に一撃を速攻で受けてしまったのだ。落ち込んでも仕方ない。
「もう、フロックさん。そんなんじゃ、Sランク冒険者と言っても笑われますよ。頑張ったら美味しい料理を作ってあげますから。掃除を終わらせてください」
「なに……、美味しい料理だと。しゃっ! やってやるぜ!」
フロックさんはすぐに復活し、仕事をこなした。ほんと、扱いやすい人だ……。こんな人に私の命を何度も救われていると思うと、ギャップがすごい。でも……、逆にそれが良いのかもしれない……。
フロックさんとカイリさんが村に戻って来て、私も気分が上がっているのだ。戦場に行っていた自分の知り合いが無事に帰って来た時のような気持ちを胸いっぱいに膨らませている。
フロックさんとカイリさん、バレルさんの三名は掃除を終えた。バレルさんと他の三名はフロックさん達に挨拶した後、ブレーブ平原の方に向かい、ハンスさん達の稽古に向かう。
「キララ、美味しい料理ってなんだ! 早く食べさせてくれ!」
フロックさんは子供がお母さんに聞くように、元気よく言った。身長が低めなので、二〇歳を超えているにも拘らず、料理を食べたがる姿は未だに子供っぽい。
「フロック。もう少し大人らしくしないか。子供みたいだぞ」
「うるせえな。一年前に食ったキララの料理が忘れられないのは、お前も一緒だろうが」
「ううむ……、確かにあの時の料理は最高に美味しかった……。仕事中に何度食べたくなったことか」
「あの時よりも、断然、食材が増えましたから、楽しみにしていてください」
「わかった!」
フロックさんとカイリさんは少年かとつっこみたくなるほど、元気よく返事した。私の料理を相当気に入ってくれているらしい。
「二人は朝食をとりましたか?」
「いや、キララの料理が食べた過ぎてかっ飛ばしてきた。朝食はまだとっていない。と言うか、眠たい……」
フロックさんは夜更かししてバートンをかっ飛ばしてきたらしく、寝不足だと言う。
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