コロッケパン
私はお母さんが商人から購入したサラダ油をフライパンの底から四センチメートルほど埋まるまで入れ、加熱。
エッグル液が付着した箸を油に入れ、パチパチと音を立てながら焼けたらざっと一八〇度になった合図。
パン粉塗れの具を油の中に投入。ばちばちばちっ! と言う揚げ物の音が聞こえると、心が無性に躍った。
ブラッディバードの肉を使ってから揚げも作れそうな勢いだが、今日はコロッケだけにとどめておこう。このまま、から揚げまで作ってしまったら私の体重が爆増してしまうかもしれない。
元アイドルとして体の調和を保つのが日課になっている。揚げ物は天敵だ。この世界には揚げ物が無いと思っていたのに、私自身で行ってしまったら本末転倒ではないか。
いや、子供達にとっては高カロリーな品が体を動かすために必要不可欠。なんなら、運動すれば食べてもすぐに太ったりしない。最高に美味しい料理を食べてもらうんだ、という言い訳を作りながら自分が食べたくて仕方ない感情をうやむやにする。
油に具を四個入れて四分揚げる。
両面が綺麗な狐色になり、パン粉から水分が完全に抜けてぱりぱりになったら底が上がっている油切りに置き、余熱で中までしっかりと火を通す。第二陣も入れ、八個を揚げ切った。
「は、はわわ……。はわわわ……。こ、こんなの駄目よ。見た目からして美味しそうじゃない! はぁ、はぁ、はぁ……。た、食べたい……」
「まあまあ、クレアさん。まだ待ってください」
私はパンを半分に切り、チーズを乗せてからコロッケを入れる。ミグルムを軽く振り、香りと味を付け足したら完成だ。
「てってれー、ソース無しコロッケパン!」
私は神様に自作のコロッケパンを見せた。味はわからないが、具材が美味しいのはわかっている。
加えて見かけも美味しそうなので、完璧の出来だ。パンが汚れないよう、紙で包み、チェーン店のような見た目になるも、高級感がグッと増した。
「さ、クレアさん。出来立てのコロッケとコロッケパンを、お召し上がりください」
「わ、私がとったトゥーベルちゃんがこんな見た目になるなんて……」
クレアさんはトゥーベルに愛着が湧きまくり、美味しそうな見た目になって感動していた。ただの芋から貴族をも魅了する料理になってしまったのだ。田舎の芋娘が東京で大活躍するくらいの感激だろう。
「か、神様に祈らなきゃ」
クレアさんはコロッケとコロッケパンをテーブルに移動させたのち、両手をぎゅっと握り合わせて神様に祈り始める。
「い、いただきます!」
クレアさんの大きな声が家の中で響き、フォークとナイフでただのコロッケを切り裂く。ザクッと言うパン粉が弾けた快音と共に白い湯気がふわっと広がり、緑色のビーンズの色鮮やかなこと。塩っ気は無いが、品その物の味を堪能してもらおう。
「はむ……。んんんにゃああああっ!」
クレアさんは猫みたいに叫んだ。熱すぎて舌を火傷しかけたらしい。しっかりとふうふうと熱を冷まし、再度口に運ぶ。彼女が咀嚼するたびにパン粉がざくざくと音をたて、触感と聴覚を楽しませてくれた。
「うんんんんんんんんまあああああああああああああああああっ!」
クレアさんの咆哮が家の天井を突き破るほど放たれ、食べる手が止まらなくなってしまった。一個のコロッケを全て食べきると、チーズ入りコロッケパンに齧り付く。
「うわああああああああああああああああああああああああああんっ! おいじいよぉ!」
クレアさんはあまりの美味しさに涙を流し、コロッケパンを包んでいる紙まで食べてしまいそうな勢いで齧り付く。
「よし、味は問題なさそう。じゃあ、ベスパ。五〇人分くらい用意してくれる」
「了解です! 作成方法を見ましたので、すでにビー達が作成しております」
ビー達は私の動きを完全に再現し、完璧な作業をこなしていた。丁度お昼時にコロッケとコロッケパンが大量生産され、多くの者のもとへと配られる。
「ああ……。こ、コロッケがもうない。どうして。いったいいつの間に食べてしまったの……」
クレアさんは八個のコロッケを全て平らげていた。口周りが油でてかり、食いしん坊感満載だ。私も食べたかったが、仕方ない。
「じゃあ、クレアさん。私達は牧場の方に戻りましょうか」
「うう、キララさん。もう、コロッケは無いの?」
「残念ですが、残りは子供達の分なので、ありません」
「もう、食べられないの……」
「夕食時に出せれば出します。油が少々高いので頻繁に出せませんけど、八が付く日は楽しみにしていてください」
「…………私が油を買うわ! そうすれば、コロッケ食べ放題も夢じゃないわよね!」
クレアさんは暴走しそうになったので、私は止める。そんなに毎日コロッケを食べていたらデブまっしぐらだ。ルドラさんの妻であるクレアさんをデブデブに肥やすわけにはいかない。
「クレアさん。美味しい品は体が動くときに使われる燃料の量がとても多くて、消費しきれずに体に溜まりやすいんです」
「体を動かす燃料が溜まるのならいいじゃない。たくさんコロッケを食べたらたくさん動けるってことでしょ」
「そう単純だったらいいんですけど、そうもいかないんです。人の体は油と言う形で燃料を溜めます。なので、太っている方は体に油を溜めこんでいるんですよ」
「え、あの体がぶくぶく太っている貴族たちは油を纏っているの?」
「簡単に言えばそうなります。でも、ああなったら最後、痩せるのは至難の業です。体に溜めこまれた油を燃やすためにいくら運動しても少量しか使われません。なので、油ものや美味しすぎる品を食べすぎると簡単に太って後戻りできなくなります。クレアさんはデブデブに太ってルドラさんから愛想をつかされても良いんですか?」
「そ、そんな。い、いやよ。絶対に嫌」
「なら、我慢してください。八日に一回くらいなら問題ないので、八が付く日に作って夕食に出しますから、それで心を満たすようにしてくださいね」
「は、はい。わかったわ」
私はクレアさんに太るとどれだけもったいないのかを熱弁するとともに、家を出る。
――私も食べ過ぎには気を付けないとな……。
「キララ様。キララ様の体はどれだけ熱量が多い品を食しても問題ありませんよ」
ベスパは私の頭上に飛んできて私が知らないことを言った。
――そうなの?
「はい。キララ様の体は常に魔力を生み出しています。その際、多少なりとも熱量が消費されているんです。なのでキララ様がどれだけ食事をとってもなにもかも魔力へと変換されてしまいます。でも、生み出された魔力は私が別の虫のもとへと送るので、キララ様自身の体は一向に太らず、魔力過多にも陥りません」
――ええ、私の体、燃費悪い……。でも、魔力を作るのにも食材って有効なんだ。そりゃあ、食べないと強くなれないよな。ん、でも待って。私が大きくならないのってそう言うこと?
「キララ様の食事は全て魔力へと変換されるため、成長に必要な要素が体に吸収されていない可能性はありますね……」
――そ、そんな。体を大きくするための栄養素まで魔力に変わっちゃってるってこと。じゃあ、一生このチビ体型なの?
「いえ、魔力過多の状態で食材を食べれば体で作られる魔力は少量になりますから、魔力が満タンの状態で食事をしていただければ体は成長するかと……」
――ほ……、よかった。体中の油が全て魔力に変わってしまうところだった。だから、胸もお尻も大きくならないのか。ほんと、燃料を食いまくる体だな……。でも、たくさん食べられると言うのは良い情報だ。美食家なのに、小食じゃあ、もったいないよね。
私は沢山食べられるらしいが、普通に小食系なのでドカ食いはしない。私がコロッケを楽しみに牧場へ向かうと大騒動が起こっていた。
「うわああああああ、これは僕のだっ!」
「いや、これは私のっ! 絶対食べる!」
ライト、シャインを含め、多くの子供達が余ったコロッケの争奪戦をしていた。いや、残ったコロッケは私のなんだが……。
「み、皆。落ち着いて。一人一個のコロッケとコロッケパンが回ったはずでしょ。喧嘩しないの!」
私は大きめの声を出し、皆に言う。
「あ、姉さん! なんて品を作ってくれたんだ!」
「あ、お姉ちゃん! なんて料理を作っちゃったの!」
ライトとシャインは光の速度かと思うほど速く移動し、私の腕を掴む。
「今回作ったのはコロッケって言う料理だよ……。トゥーベルにパン粉をまぶして油で揚げた料理……。なんで、そんなに興奮しているの?」
「もう、泣いちゃうくらい美味しかったからに決まってるでしょ! 僕の舌がどんどん肥えて行っちゃうよ! ああ、舌に乗ったコロッケの味が忘れられない!」
ライトは頭を抱えながら美味しすぎた料理名を連呼し始めた。いや、狂い方よ……。
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