貴族と料理
「じゃあ、クレアさん。桶の中でトゥーベルを綺麗に洗ってください」
「はい!」
クレアさんは桶に入った水に三個のトゥーベルを入れ、土を洗い落とす。水を数回入れ替え、完全に綺麗にした。
「綺麗に洗ったトゥーベルを一口の大きさに切ってください」
「わかったわ。この私にナイフを渡すというのね。いいでしょう、私の料理の腕前、見せてあげるわ!」
クレアさんは物凄い張りきってナイフを手に取った。だが、持ち方が鬼婆のそれで、逆手持ち。なんでそうなるの。
「はあっ!」
クレアさんは私が止める間もなくナイフをトゥーベルに突き刺した。下のまな板にナイフの穂先が刺さり、魚の活〆の場面ですか……と言いたくなる。
「えっと、クレアさん。料理をする時、ナイフの持ち方は今の逆です」
「ああ、そうなの?」
クレアさんは鬼婆の状態から、まな板を回転させ、ナイフを逆に持った。もう、ギャグかな? その反対じゃないんだけど……。彼女は料理を相当してこなかったらしい。でもこれが貴族の普通なのだとしたら、やる気があるだけでも褒めてあげないとな。
「クレアさんは貴族さんでしたね。やる気は大変すばらしいので、私の真似をしてください」
私は刃がまな板と並行になるようにナイフの柄をしっかりと握り、トゥーベルをサクサクと切って見せた。
「おおー、そうやって切るのね。わかったわ」
クレアさんはトゥーベルを切り始める。だが、手の位置が怖いので可愛く教えた。
「クレアさん。食材を切る時は猫の手ですよ。にゃんにゃんって」
「にゃ、にゃんにゃん?」
クレアさんは頭をかしげていた。
「えっと、まあ、手を握り拳にして食材を押さえてください。そうすれば、手を切ったりしません」
「なるほど。わかったわ!」
クレアさんは猫の手をしながらトゥーベルを切っていた。一度見れば理解できる辺り、頭は良い。さすが、フリジア魔術学園の卒業生なだけある。
「では切ったトゥーベルを木製の容器に入れ、薄い膜を張ります」
私はクレアさんが切ったトゥーベルを木製のボウルに入れ、ラップのような空気穴が無い布を張る。ネアちゃんの粘液で作られた品で、ラップと同じような効果があった。半透明なので中身がよく見える。
「よし、クレアさん。『加熱』を使えますか?」
「もちろん。私は名門フリジア魔術学園を卒業している魔法使いよ。そんな初級魔法くらい使えるわ」
「では、ボウル内のトゥーベルに均一に『ヒート』をかけ続けてください。四分くらいですかね」
「ええ……、均一に……。あと、四分って、結構長いわね」
「難しいなら、ボウル内の空気を暖めるという気持ちで行ってもらっても良いですよ」
「そ、そっちの方がまだできそう」
クレアさんは杖を持ち、ボウルに穂先を向けた。
「『ヒート』」
ボウルの真下に魔法陣が浮かび、少しずつ温まっているのかラップが膨れる。
「く、うぐぐ……。ふぐぐ……」
ざっと二分ほど経った頃、クレアさんは苦笑の表情を浮かべた。結構きついらしい。魔法の出しっぱなしは魔力を常時放出しているのと同じなので、燃費が悪いのかな。それか息止めと同じなのかも。魔法を使っている間は魔力が回復できないから、息を吸わないと辛いみたいな。まあ、私はあまり関係ないけど……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう限界……」
クレアさんは三分で限界になり、息を荒げていた。額からの汗も凄い。魔法の常時発動は中々疲れるのだと知った。そりゃあ、魔法陣が搭載された魔道具を使ったほうが楽か。
私はラップを剥がし、串で刺す。残念ながらトゥーベルはまだカッチカチだ。
「じゃあ、後は私がしますね」
私はラップを戻し、ボウルを両手で持って三個のトゥーベルを『ヒート』で三分ほど温めた。
『ヒート』の原理は物体を微振動させて熱を発生させると言った電子レンジとほぼ同じ方法だとわかり、料理の時の使い勝手が良い。
ラップが膨らみ、ボウル内の気温が上昇。トゥーベルが超振動しながら水蒸気を発生させており、膨張した水分がラップを膨らませている。
「す、すごい……。私の時よりも高火力……。魔力量の違いかしら」
「まあ、空気を暖めるよりトゥーベルを暖める方が効率が良いですし、魔力量の違いも確かに関係しているでしょうね」
ラップを剥がすと、熱せられた水分が水蒸気となり、逃げていく。串を刺すとしっかりと柔らかくなっていた。ここまで柔らかければ、このままバターを付けていただきたい。でも、今日はトゥーベルバターを作りに料理場に来たわけではない。トゥーベルバターよりももっと料理っぽい品だ。
「キララさん、今さらだけど、なんて言う料理を作るの?」
「えっと……、コロッケです」
「コロッケ……。コロッケってどんな料理?」
「えっと、コロッケはトゥーベルを加工して油で揚げた料理ですね。まあ、ルークス王国にある料理の中にあるかわかりませんが、完成品を見て食べて理解してもらったほうがいいかと」
「確かにそうね。じゃあ、次はどうするの?」
「熱いうちにこのトゥーベルを潰します。でも、その前に、トゥーベルそのものの味を知ってもらいたいので、一口どうぞ」
私はスプーンでほくほくになっているトゥーベルを救い、クレアさんの口もとに持って行く。
「はむ……。んんんんっ! お、美味しい! 熱々ほくほく、なにこれ! これがトゥーベル……、信じられないわ……」
クレアさんはトゥーベルが入った容器を見ながら呟いた。
「ま、こんな味をしている食材を使って料理します」
「も、もうすでに美味しそうなんだけど……。こんな美味しい食材を使った料理なんて美味しいに決まってるじゃない……」
「まあまあ、作り方、使い方しだいですよ。じゃあ、このスプーンやフォークでトゥーベルを潰してください」
「わ、わかったわ」
クレアさんはボウルをしっかりと掴み、フォークをもってトゥーベルを潰していった。万遍なく綺麗に潰せたら、バターを五〇グラム加え、しっかりと混ぜ合わせた。少々粉っぽかったトゥーベルがバターによって油粘土のように纏まり、扱いやすくなる。
「では、魔物の肉、今回はブラッディバードの肉を使います」
私は冷凍されたブラッディバードの肉を八〇〇グラムほど、家に置いてあるクーラーボックスから取り出した。
「ブラッディバードの肉ってなかなかいい肉を持っているのね。魔物の中でも美味しい肉の一つじゃない」
「以前、大量発生した時がありまして、その時の品がまだ残っているんですよ。もう、少しで一年経ちますけど、冷凍してあるので、まだ新鮮さを保てています」
私はブラッディバードの肉をネアちゃんの糸で細切れにした。凍っている肉でさえ、ひき肉になってしまうのだから糸の切れ味が恐ろしい。豚肉や牛肉のように脂分が多い訳ではないので、上手くいくかわからないが、今、出せる肉がこのブラッディバード(鳥肉)しかないので、仕方なく使用している。なんちゃってコロッケだが、肉が入っている方が美味しく感じるはずだ。
「細切れ肉をフライパンで炒めてください。焦がさないように、慎重にですよ」
私は炭コンロを着火し、フライパンが温められるようにする。クレアさんの長い髪が心配なので、お団子状に丸め、料理しやすい形にした。
「よ、よし! いざ尋常に!」
クレアさんは軽くバターを敷いたフライパンをコンロに置き、細切れ肉を炒めていく。今回は玉ねぎやニンジンなどが無いので、ビーンズを使って彩を加えようと思い、青々しいふっくらパンパンの実を茹で、潰しておいたずんだを用意した。そのまま、鶏肉の中に加え、炒め合わせてもらう。
「ああ……、だめ、もうすでに美味しいそうな匂いがしてる……」
クレアさんは炒めている最中に頬を熱らせ、お尻をぷりぷりと振っていた。料理が楽しいのかな。
「キララさん、これくらいでどうかしら?」
「はい。ブラッディバードの肉に火がしっかりと通っていれば十分です。では荒熱を取ってトゥーベルが入っているボウルに移し替えましょう」
フライパンに濡れた布を当て、無理やり荒熱を取る。時間短縮には仕方がない。手で触れるくらいまで具材が冷えたらトゥーベルを混ぜ合わせる。粘土細工を作るように混ぜ合わせると、コロッケの中身が完成した。
緑色のビーンズが彩となり、とても綺麗だ。トゥーベルのクリーム色と白っぽいブラッディバードのひき肉がしっかりと混ざり合っている。
「ふぅー。中身は完成しました。これを手で楕円形にしてもらえますか? 四個か五個くらいに分けてください」
「わかったわ!」
クレアさんはいつも元気満々で楽しそうに料理してくれる。パワフル系お母さんのようで、とても面白い。友達と料理をしている感覚になり、いつも以上に幸せな時間だった。
薄い木製の板に楕円形の具材が八個並んでいた。量が結構多く、中くらいの大きさだ。選んだトゥーベル自体が大きかったのかな。
私はクレアさんが具の形成をしている間、パンを凍らせて割り、ボロボロにしていた。お手製のパン粉を作り、油で揚げたさいのザクザク感と香り良き風味を付けてもらうために必要だ。衣の無いコロッケなんてただの揚げたジャガイモだ。まあ、ジャガイモは薄く切って油であげるだけでも美味しいので、今度作ろうか。
「この形成した具材を小麦粉(薄力粉)、エッグル液、パン粉の順につけてください」
「よ、よし! やってやるよ!」
クレアさんは形成した具を真っ白な小麦粉に付け、おしろいを付けたような見た目にした後、エッグルを解いた液体の中に入れ、全身に衣が付きやすいようにする。
真っ白だった具はバラエティー番組の卵投げで顔がぐちゃぐちゃになったように黄身塗れ、そのまま、パン粉が入っている皿に入れ、たっぷりと塗した。
「な、なんか変わった料理ね。これで完成?」
「いえいえ、ここからですよ。ここからは油を使うので、危ないですから、私が行います。クレアさんは同じ工程を後七回繰り返してください」
「わ、わかったわ!」
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