生産者の気持ち
「確かにトゥーベルを食べる者達もいますが、マルチス殿はあまり好いていませんでした」
元剣神で村に移住してきたバレルさんは優しい顏になっており、もう村に溶け込んでいた。着ている農作業の服も全く違和感が無い。でも、腰の掛けている剣を握れば性格が熱血コーチに変わってしまうイケオジだ。
「お爺様が食べたがらない品を作っているなんて……。キララさん、どういうつもり?」
クレアさんは腕を組みながら視線を向けてくる。
「まあまあ、一緒に掘って楽しんだあと、美味しく食べましょうよ」
私はかぎづめのような農具をクレアさんに渡した。
「わ、わかったわ。何事も挑戦、経験しないといけないものね」
クレアさんは農具を持ち、私と一緒にトゥーベル掘りに参加する。
「じゃあ、土を優しく掘ってもらっていいですか」
「ええ、おやすい御用よ」
クレアさんは農具で土を掘っていく。少しすると、トゥーベルの頭が……こんにちはっ! と現れた。「今年もこんにちは! よく大きくなったね!」と私は褒めてあげる。
「え、ええ……、えええ……。な、なにこれ? これがトゥーベル……」
クレアさんは頭がこんにちはっ! と現れているトゥーベルを手で掘り起こし、両手で大切に持った。
「こ、これがトゥーベル。普通の品と比べて大きさが段違いだ……」
バレルさんはクレアさんが手に取ったトゥーベルを見て目を丸くしていた。
「トゥーベルの名前を男爵にしようかなと思うくらい立派ですよね」
「立派と言うか、もはや別物……。通常のトゥーベルは長さ五センチメートルもありませんよね。なのに、このトゥーベル、長さが一八センチはありませんか?」
「いやー、今年も栄養を沢山溜めこんで大きくなってくれたみたいですね。もう、頑張って成長してくれたトゥーベルをよしよししてあげてください」
「よ、よしよし……」
クレアさんは私のボケを本当にしっかりと行い、トゥーベルの頭をよしよししてあげていた。素直で可愛い。
「じゃあ、バレルさんはクレアさんからトゥーベルを受け取って土を軽く落としてから、ブラウン色のシートの上においてください」
「は、はい」
バレルさんはクレアさんからトゥーベルを受け取り、ブラウン色のシートに乗せた。
「クレアさん、どんどん掘らないと時間がかかります。でも、出来るだけ傷つけないよう、丁寧に掘ってくださいね」
「わかったわ! なんか、土の中に埋まっているお宝を探しているみたいで楽しいわね!」
クレアさんは黄色の瞳と頬に浮かぶ汗をキラキラと輝かせ、土の中に眠る特大トゥーベルを探し、掘り起こしていく。
大半が一〇センチから一二センチほどのトゥーベルで、先ほど掘り起こした個体が最も大きかった。それでもどの子も質が良く、とても美味しそう。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぅー。一つの茎に二八個もトゥーベルが埋っているなんて、凄い大豊作ね。このトゥーベルの葉があとどれくらいあるの?」
「ざっと八〇〇茎くらいですね」
「…………今日中には無理なんじゃない?」
「別に全部人の手で行うとは言っていませんよ。クレアさん達は楽しむだけ楽しんでくれれば構いません。残りは私達で行うので、宝探し気分で頑張りましょう!」
「ほんと? じゃあ、楽しんじゃうわよ!」
クレアさんはやる気を取り戻し、トゥーベルを掘り起こしていった。八か所ほどトゥーベルを掘り起こし、二〇〇個ほどのトゥーベルを収穫した。
「ひやー、腰が壊れちゃうわ……。やっと一〇〇分の一が終わってこの疲労って、農家の人ってどれだけ大変なのよ。もう無理……」
クレアさんは土にドカッと座り込み、息を整える。
「クレア様。今まで食べていた料理はこのようにして多くの農家が丹精を込めて作物を育て、体力を消費しながら運んできてくれてようやく料理になるのです。食のありがたみがわかりましたか?」
バレルさんはクレアさんの両脇に手を入れ、だらしない恰好を止めさせる。そのまま、本当のお父さんのように食のありがたさを伝えていた。
「ほんと、そうね……。全部魔法でポンポン出せる品じゃないし、一つの食材にこんな大変な思いをしながら育てているなんて……、逆にこの品を売る商人もしっかりと大変さを理解しないと駄目ね」
「その通りです。クレア様。マルチス殿は多くの場所を回り、人々の気持ちを理解したことで多きな商会を作り上げました。なるべく安く仕入れ高く売るというのが基本ですが、マルチス殿はなるべく適正価格で仕入れ、適正価格で売るという商人らしからぬ方法を取り、成功しました。多くの生産者と消費者が質の良い生活が出来るようになり、人々を笑顔にしていたのです。すると、巡り巡ってマルチス殿の商会もどんどん大きくなっていきました」
「で、お爺様を守っていたバレルは定年で仕事を辞め、この村に移住することにしたと」
「ま、まあ、そんなところです……」
バレルさんはマルチスさんと共に大きく育ててきた商会を自分の手でぶっ壊そうとしていたことは墓場まで持っていく気だろう。
「じゃあ、私もマルチス商会、時期頭首であるルドラ様の妻として生産者と消費者の気持ちを理解しないと駄目じゃない。今、生産者の気持ちはある程度理解したわ。次は消費者の気持ちを理解しないといけないわね!」
クレアさんはトゥーベルを持ちながら、いきなり食べようとした。さすがに生では食べられないので、止めさせる。
「クレアさん。もう少し待ってください。お昼ごろには美味しい料理を作りますから」
「え、キララさんが作ってくれるの! うわー、楽しみ! キララさんが作る料理はどれもこれも美味しくて仕方が無いのよね。もう、家専属料理人になってほしいくらい!」
クレアさんは私を大変買ってくれているようで、作る料理をどれもこれも大げさなくらい喜んでくれる。私も嬉しいし、クレアさんも嬉しい。ウィンウィンの関係ってわけだ。
朝七時から四時間、トゥーベル掘りを続けた。
結果。三分の一が終了。三〇〇箇所トーベル堀りをして八八〇〇個以上のトゥーベルが掘り起こされた。
もう、ただの遊びじゃない。ほぼ農家だ。
一個のトゥーベルの重さが平均一八〇グラム。大きい個体で二八〇グラムもあり、平均の重さだけで考えると一五八四キログラムとなり、一トンを超えた。こりゃ、家庭菜園の域を超えているな。私達だけでは消費しきれないので、街に売りに行かなければならない。
これでまだ三分の一なので普通に考えて最終的にこれの三倍。ジャガイモは日持ちすると言っても六カ月が限界なので、大量に安く売るか……。でも、通常のトゥーベルよりもおいしくて大きな個体が他の品よりも安かったらさすがに他の農家さんが死んじゃう。簡単には売れない。
――今度、イーリスさんにトゥーベルと野菜を交換してもらおうかな。なんならルドラさんに王都に持って行ってもらう。まあ、柔らかくして動物の皆に食べてもらうのも悪くないな。エネルギーが豊富だし、冬のたくわえになるかも。クロクマさん達にもあげようっと。
「姉さん、さすがに子供達が疲れてきたから、休憩にしない?」
ライトは私のもとにやって来て話しかけてくる。
「うん。私もそのつもりだよ。えっと、私は今から料理を作ってくるから、子供達をお願い」
「姉さんが料理! わかった! 子供達の方は任せておいて!」
ライトは私が料理をすると言っただけで察し、子供達のもとへと走って行く。
「ひゃふううううううううっ!」
ライトから事情を聴いたのか、私が料理をすると言っただけで子供達はおおはしゃぎ。全く、私がどんな料理を作るかわかっているのだろうか。
「じゃあ、クレアさん。一緒に料理しませんか?」
「いいの? キララさんの秘伝を盗んじゃっても……」
「別に秘伝でも何でもないただの料理ですよ。トゥーベルを美味しく食べるために少し細工するだけです。バレルさんはシャインやガンマ君と鍛錬でもしてお腹を減らしていてください」
「わかりました。では、クレア様。キララさんにくれぐれも失礼の無いように、貴族としての……」
バレルさんは口うるさい父親のように話出した。
「もう、わかったわ! 心配しないでさっさと運動してらっしゃい!」
クレアさんはバレルさんの腰をグイグイと押し、別の場所に追いやる。
――ベスパ。パンとエッグル、植物性油、小麦粉、バターを家の料理場に用意しておいて。
「了解しました!」
私の頭上で小さめのトゥーベルを盗み食いしていたベスパはぴゅぴゅーっと移動し、私がお願いした食材を集めて家に向かう。
「じゃあ、クレアさん。好きなトゥーベルを二、三個選んでください」
「わ、わかったわ」
クレアさんは大きめのトゥーベルを三個選び、バケツに入れる。
私は紙でトゥーベルを包んで暗闇に保存してとビー達に向って命令した。すると、ビー達は蚊柱のように集まり怖気がするほど元気に飛び回りながら仕事を始める。
私とクレアさんは家に帰り、体を『クリーン』で綺麗にしてから、料理を始める。家の料理場には私がお願いした品がすべてそろっていた。
「ありがとう、ベスパ」
「いえいえ、私はキララ様のためならどんな仕事でも請け負う完璧な存在ですからね! じゃんじゃん命令してください!」
ベスパは窓際で胸を大きく張り、堂々と言う。私は面倒なので無視した。
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