熱る頬
「うう……。イーリスさん……」
レイニーは涙腺が緩み、イーリスさんの体を抱きしめる。男子中学生と新米先生くらいの年齢。なんなら、弟と姉でもおかしくない。
「よしよし。毎日頑張っていて偉い。レイニー君は絶対に幸せになれるわ」
レイニーとイーリスさんは抱き合いながら鬱憤を軽く発散し、愛情を交換しあっていた。
「むぎゅっ……」
私は人と人の間に割り込んでいく猫の如く、二名に抱き着き、混ざっておく。私の身長は二名よりも低いので何とも言い難いが、心の疲れは取れた気がした。
「はぁー、ありがとうございます、イーリスさん。すごくすっきりしました。良い匂いがして俺の大好きな人を思い出します……」
「そう、ならよかった」
私とイーリスさんはレク―が引く荷台の前座席に座り、教会を去る。
◇◆◇◆
広くなった道を進んでいる途中……。
「…………」
イーリスさんは胸に手を置き、なぜか黙っていた。
「イーリスさん、どうかしましたか?」
「な、何でもないです。べ、別に、何でもないですから」
イーリスさんはなぜか頬や耳が赤くなっていた。瞳が軽く潤い、吐息が先ほどよりも熱くなっているような気さえする。
――嘘だろ……。
私は最悪の想像をした。それは駄目だ……。でも、顔が赤いイーリスさんの潤った唇がめっちゃ……エロイ。きっと久しぶりに大きな男性とハグして緊張してしまっただけだろう。
それか、母性が擽られてしまった可能性もある。
レイニーはなんだかんだ言って顔は良いし、正確も良い、ものすごく優良物件だが、すでに買い手が決まっている訳で……、って言っても、イーリスさんの姿はレイニーの好みに突き刺さってるんだよな。いやいや、さすがに未亡人と男子中学生は駄目でしょ。
「キララ様、心拍数が一八〇を超えております。少し興奮しすぎですよ」
ベスパは私の前に降りてきて、目を細めながら言った。いつからお前は心拍数計になったんだと言いたくなったが、確かに興奮している。それは認めよう。
――し、仕方ないでしょ。なんか、関係がドロドロしてきているんだもん。
「キララ様の考えすぎですよ。相手のレイニーさんの方が何とも思っていなければ、何の発展もしませんし、キララ様が首を突っ込む理由も無いでしょう」
――確かに……。まあ、私としてはレイニーとメリーさんがくっ付いてほしいんだけど、そう上手くも行かないかもしれないし……。そもそもイーリスさんがレイニーにどんな感情を抱いているのかもわかってないから、こんな妄想をしていること自体バカなんだよね。
「そうですそうです……。しっかりと理解していただけたようですね」
ベスパは腕を組み、頭を縦に振った。
「すみませんでした、イーリスさん。イーリスさんの反応があまりにも乙女だったので、レイニーのことが気になっちゃったのかと思ってしまいました」
「…………」
イーリスさんの顔がじわーっと赤くなっていく。そのまま両膝のズボンの生地をぎゅっと握りしめていた。閉ざされた唇の皴まで妙に色っぽいのは反則では……。
「…………まじっすか?」
私は心からの声を漏らす。
「その、何というか……、夫に似てて……」
「ああ……、なるほど……」
「なんでも一人で頑張って、努力して、周りの笑顔のために生きてた夫と何もかも似てて……。背丈とか、匂いとか、声、笑顔……、も、もう……、何が何だかわからなくなっちゃて」
イーリスさんは胸に手を当てる。
――ベスパ、イーリスさんの心拍数を測って。
「りょ、了解です」
ベスパはイーリスさんの体に触れ、心拍数を測り始めた。
「二、二〇〇……くらいですね。超早いです」
「イーリスさん、深呼吸をしてください。亡き夫と重ねるのは未練たらたらの証拠です。まだ、引きずっているわけですね」
「そりゃあ、大好きでしたから……」
イーリスさんは深呼吸しながら呟く。
「いったん、レイニーのことは忘れましょう。彼を考えて夫のことを思い出すと辛くなるのなら、考えない方が良いです」
「は、はい。そうですね」
イーリスさんは頬を叩き、レイニーのことを忘れようとする。
私は冷や汗と共に、こんなことになるなんて予想もしていなかったと少し後悔する。せっかく一歩踏み出したイーリスさんの心の傷を軽く抉る結果になってしまった。
東門に到着し、兵士のおじさんに挨拶を交わしたあと、私達はネード村に帰った。街を出た時刻は午後六時三〇分。四時間ほどかけてネード村に到着。
イーリスさんを家に送る。
「キララさん。今日はありがとうございました。すごく楽しい時間でした」
「いえいえ、イーリスさんが努力したからですよ。こうなると、夏野菜が楽しみですね」
「はい。もう、丹精込めて作ります! 絶対に美味しい野菜を作ってレイニー君に……、って、違う違う! 街で売ります!」
「はい、私も楽しみにしています」
私がイーリスさんと家の前でおしゃべりしていると、空からデイジーちゃんをお姫様抱っこするライトが飛んできた。背中にはルイ君も乗っている。
「ふぅー、到着」
「ありがとう、ライト君。今日は凄く楽しかった、ありがとう!」
「うん。僕も凄く楽しかった。また遊びに来てね」
「うん! 絶対に行く!」
デイジーちゃんはライトにぎゅっと抱き着いた後、ルイ君を抱きかかえてイーリスさんのもとに向かった。
私はライトとデイジーちゃんの仲が縮まっているように感じ、一体何があったのか、聞きたくなった。
「ライト、ライト……」
私はライトを手招きする。するとライトは私の方に寄って来た。顔にいつもの締まりがなく、超にやけ顔。先ほどまでずっと我慢していたようだ。
「姉さん見てた! 僕、デイジーさんをお姫様抱っこしてたよ!」
ライトも驚いていた。なぜ、ライトが驚いているのかわからないが、ものすごく嬉しそうだ。
「じゃあ、またねーっ!」
「キララさん、気をつけて帰ってくださいね」
デイジーちゃんとイーリスさんは私達の方に手を振り、家の中に入っていく。
「またねー」
「お疲れさまでした」
ライトと私は手を振り返し、今日の仕事を終えた。
私はライトを荷台の前座席に座らせ、一緒に帰る。
「姉さん、僕は飛んで帰ろうと思ったのに……」
「なにを言っているんだい、弟よ。あんな状況になった経緯を話してもらおうか」
「べ、別に普通だよ。ルイ君とデイジーさんを一緒に運ぶために、どっちかを抱きかかえないといけなかっただけで……。デイジーさんが前で言いと言ってくれたんだ。ああ、手の中にデイジーさんの温もりがまだ残ってるよ……」
ライトは手の匂いを嗅ぎ、にまにましていた。やはり弟だな。にやけている顔が私と同じくらい気持ち悪かった。イケメンのにやけ顔ほどうざったらし顏も無いだろう。
「ライト、にやけた顔が気持ち悪い。止めなさい」
「うう……、そんなはっきりと言わないでよ。仕方ないじゃん、あそこまでしっかりと抱きしめたのは初めてなんだから」
「まあ、嬉しい気持ちもわかるけど、そう言う気持ちは内に秘めておかないと駄目。やましい気持ちは案外すぐに伝わっちゃうんだからね。にやけるなら人目につかない所でやりなさい」
「は、はい……」
私とライトはレクーに引かれながら村に帰る。三〇分ほどで村につき、何とか今日中に帰ってこれた。
お母さんは今日中に帰ってこないと凄く怒るので、いつもRTAのように焦ってしまう。事故らないのは人が道に少ないのと、魔物や動物はビー達が追っ払っているためだ。
牧場にレクーを返し、食事を与え、感謝する。家に帰るころには午後一一時三〇分。ライトはすでに帰っていたので、お母さんの怒りは少なめだった。でも、普通に遅いと怒られるので理不尽だ。
帰宅後、夕食を抜き、ビーの子入りの暖かい牛乳を飲んでおく。体を魔法で綺麗にした後、軽く勉強。歯を魔法で綺麗にしてベッドの上で眠る。もう、趣味が仕事ですと言ってもいいぐらい今日は疲れた。眠りに着いたのは一時頃かな。子供の成長にはさすがに遅すぎる。これじゃあ、怒られても仕方がない。
◇◆◇◆
七月八日が過ぎ、仕事ばかりの日々を送っていると、辛くなってくるので息抜きにトゥーベル掘りをする。
「じゃあ、皆。去年と同じようにトゥーベルを掘っていくよ!」
「はーいっ!」
子供達の大きな声がトーベルが植えられている畑に響く。
私以外は五組に分かれ、メリーさん、セチアさん、ライト、シャイン、ガンマ君の五組で大量のトゥーベルを収穫してもらう。
私の畑は大きくなり、一面がトーベル(ジャガイモ)畑になった。少し遠くにビーンズ畑もある。
ビー達がせっせと良い花粉を運び、受粉させた結果ビーンズの房は大量。もう、大豆の大豊作となり、豆乳や枝豆は食べられるようになったかな。おからなんかも行ける。
日本食に重要な味噌や醤油の材料にもなるし、夢が広がる一方だ。でも、今はトゥーベルの方を収穫する。
「キララさん、トゥーベルを育てていたの?」
ルドラさんの奥さんで、今、村に居候しているクレアさんはどこの組にも属さず、私のもとに残っていた。作業服を着ており、金髪との相性の悪さに笑いが出そうになる。
「はい。ここに広がるはトゥーベルの葉っぱです。土の中にはトゥーベルが沢山実っていますよ」
「でも、トゥーベルってあまり美味しくないじゃない。あんな品を育てているなんて……。家畜の餌にでもするの?」
「いえいえ、私達が食べるんですよ」
「え……。トゥーベルを食べる……」
クレアさんは目を丸くし、隣にいるバレルさんに視線を向けた。
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