成長の過程
「レイニー、美人なお姉さんを見てボーっとしすぎ」
「ああ、ごめん。何となくマザーに雰囲気が似ていて……」
「まあ、言われてみたらわからなくもないけど、ただたんにおっぱいが大きくて美人で、優しそうってだけじゃない?」
「キララ、偏見過ぎないか……。お前の悪い所だぞ。憧れているのもわかるが、憧れすぎるのも問題だ」
レイニーは神父かと言うほどド正論を私に突き刺してくる。
「うぐ……。ごもっとも……」
「で、キララ達は、なにしに来たんだ?」
「オリーザさんに頼まれて、パンを届けに来たんだよ」
「ああ、そう言うことか。じゃあ、開ける」
レイニーは教会の入り口まで続く通りをせき止めていた柵の鍵を外し、開けた。
「じゃあ、レクー。教会の入り口まで歩いてくれ」
レイニーはレクーの頭を撫でながら、言う。
「わかりました」
レクーはレイニーの命令を素直に聞き、ゆっくりと歩いて教会の入り口まで向かった。
「えっと、初めまして。イーリスと言います」
「初めまして、レイニーと言います。イーリスさんはキララとどういった関係なんですか?」
「仕事仲間? と言うのが一番しっくりきますね。友達の母親と言っても良いけど、今は仕事仲間かな。レイニー君は?」
「なるほど。俺は……、キララの兄貴?」
レイニーは私の方を見ながら言った。
「まあー、兄貴と言われても別に不服はないけど……、私からしたら弟なんだよなー」
私は腕を組みながら言う。なんせ、レイニーの方が、私よりも精神年齢が年下なのだ。
「なんで、俺がキララの弟なんだよ。まあ、年が離れた友達か、協定を組んだ仲間、師弟って感じです。キララには色々お世話になっていて、感謝してもしきれない恩があります」
「そうなんだ。じゃあ、私と同じだね。私もキララさんには返せない恩が沢山あるの。もう、子供だと思えないくらい賢くて困っちゃうわ」
「ですよね。さすがに一一歳だとは思えません。心が大人すぎます。まあ、それでキララを否定する気はないですし、それも個性だと思って接していますよ」
「そうね。キララちゃんが、甘えん坊になったら逆に怖いものね」
レイニーとイーリスさんは仲良く話し合っていた。
「えー、私が甘えん坊になったらなんで怖いんですかー。私だって誰かに甘えたくなる時くらいあるんですよー。にゃんにゃーん」
私はぶりっ子のように甲高い声を出しながらレイニーとイーリスさんに猫のようなにゃんにゃんポーズを見せる。
「…………」
レイニーとイーリスさんは私のにゃんにゃんポーズを見て、ものすごく引いていた。子供がやったら可愛い仕草なのに、なんで私がやったら引かれるの……。
「ちょ、ちょっと。そんなに引かないでくださいよ」
「い、いや……、あまりにも可愛すぎて腰が抜けるかと思ったから身が引けたんだ……」
「う、うん……。可愛すぎて悶え死にそうでした……」
「あ……、そっちですか……」
逆に私の方が恥ずかしくなった。精神年齢三〇歳を余裕で超えている私は先ほどのにゃんにゃんポーズをとってしまったという、気持ちが悪い大人になってしまった。今すぐに忘れたいのに忘れられない。頭の中で先ほどの光景がありありと浮かんでしまう。
――うう、やっぱり何かを突発的に行動に移したらダメだ。しっかりと考えてから行動しないと痛い目を見る。
私は頬が熱くなるのを感じながら、教会の門を通り、レク―の後を追った。
「じゃあ、レイニー。パンが入った木箱を教会の中に入れるから、扉を開けて」
「ああ。わかった」
レイニーは教会の扉の鍵穴に鍵を差し込み、開けた。
「ベスパ。教会の中にパンが入った木箱を運んで」
「了解です」
ベスパは教会の中にパンが入った木箱を運んで行く。すべて運び終えた後、私達は神様に祈りを捧げるため、教会の中に入った。
「キララさん! こんばんわっ!」
「こんばんわ。皆元気が良いねー」
教会の子供達に挨拶され、皆と一緒に神様に祈りを捧げる。イーリスさんも神に祈りを捧げるようだ。
子供達とイーリスさんは両手を握り合わせるようにして神に祈り、私は手の平を合わせるようにして神に祈った、
――おっぱいを大きくしてください。おっぱいを大きくしてください。おっぱいを大きくしてください。おっぱいを大きくしてください。おっぱいを大きくしてください。
私の頭上に神なる光は降りてこなかった。あの駄女神……、無視してやがる。
私はある程度祈った後、面を上げた。どうやら、私が一番長い間お願いしていたらしい。周りの者が私の方をみて、微笑んでいた。長い間拝んでいたから面白がっているのかな。
「キララさん、凄い真剣に祈っていましたね。そんなに神様にお願いしたいことがあるんですか?」
イーリスさんは私の方を向きながら聞いてきた。
「ま、まあ……、それなりに……」
私はイーリスさんの胸を見ながら言う。ほんと、あんな乳が実った女になってみたい……。欲望丸出しのお願いしかしておらず、相手に話せるわけもなく、黙秘権を使う。
「レイニー、私達は帰るけど、何か困ったことでもある?」
「いや、今のところはない。順調すぎて怖いくらいだ。ああ……、でも、力が伸び悩んできた感ははする……。どうしたら、もっと成長できるんだ?」
今、レイニーは無詠唱で右手の平に電撃を発生させた。加えて左手に水球を発生させる。そのまま手の平を合わせ、水を電気分解し、水素と酸素に分けた。
魔力操作で水素と酸素をまとめた後、火属性魔法を使おうとしたので止める。大爆発を起こさせるライトが教えた高火力の魔法の仕込み作業を完璧にこなしていた。もう、ここまで行ったらさすがに普通の魔法使いより強いでしょと言いたいが、レイニーはライトを手本にしているため、成長出来ていない自分に嫌気がさしているようだった。
「えっと、レイニー。今、普通に凄いことをしているからね。もう、十分すぎるほど強いと思うよ」
「でも……、なんか、強くなった気がしないんだ……。去年の今頃、俺は無力で、何もできなかった。今、なら抗えるかもしれないが、あの巨大なブラックベアーが現れても、倒せる気がしない」
――いや、だからハードルが高すぎるって。あんな化け物を倒せるのはルークス王国にいるSランク冒険者と各武器の称号を持っている者達、勇者、剣聖当たりのやばい人だけだって。そこに並ぼうとしているって、少しは自覚できないのかな。まあ、レイニーの目標が悪魔を倒すことだし、もっと強くなりたいという気持ちはわからなくもない。
「レイニー。急ぐ気持ちもわかるけど、真っ直ぐ上にずっと成長するわけじゃないの。何度も何度も停滞を繰り返して少しずつ成長するんだよ。レイニーは成長の一段階目を上り切っちゃった状態だから、次の成長を感じられるまで長い時間がかかるかもしれない。これは私じゃどうしようもないしライトにも無理。ただ……」
「ただ?」
「成長を加速させるための方法はある」
「なんなんだ。教えてくれ」
「駄目。言ったら、レイニーはやろうとするから、私は言わない」
「な、なんでだよ。言ってくれてもいいじゃないか」
私は死地に行くという最も効率よく強くなれる方法を知っている。死地を潜り抜けた数だけ、成長を越えたと言っても良い。だけど、レイニーにこの助言は出来なかった。
「地道に研鑽を積み、気が付いたら頂点に立っていたって言う、武道の極みを目指した方が良い。レイニーは守らないといけない存在がいるんだし、まだ若い。焦る必要はないよ」
「だが……、世界はそんな長い間待ってくれないだろ……」
「…………どうだろうね」
駄目神が言うには賢者と聖女がいないと世界は持ってあと一〇年だそうだ。なので、今年、現れてもおかしくない。もしくは来年。駄女神の裁量を信じるのは心もとないが、神様たちも頑張って世界の存続に努めているはずだ。
私は好機が来るのを信じて待つしかない。
「昨日の自分を一ミリメートルでも越えたら成長している。自身をもって毎日自分を超える鍛錬をすることが大事だよ。いい、レイニー」
「ああ。わかってる……。地道にやるしか、強くなる方法は無いんだよな……」
レイニーは両手を握りしめ、意欲を強めた。でも、薄い瞳の奥に力がもっと欲しいと言ったような憎い欲求が見えるようで……、少々不安だ。
私とイーリスさんは教会の外に出る。
「今日はありがうございました。子供達がイーリスさんに懐いていたし、良い方なのはすぐにわかりましたから、また来てください」
「ええ。私も街に来ることが増えるから、毎回教会に寄るね」
イーリスさんは背が高いレイニーにぎゅっと抱き着き、優しく背中を撫でてあげた。好青年と色気のあるお姉さんの組み合わせは心臓に少々悪い。
「……イーリスさん、えっと、何を?」
「レイニー君、毎日毎日子供達の面倒を見て辛いでしょ。たまには誰かに甘えたくなる時もあるのに、よく頑張っているわね。すごいわ」
イーリスさんはレイニーの母親のように優しく声を掛ける。レイニーの辛さを見透かせるその観察眼は母親だからだろうか。それとも、レイニーの雰囲気そのものが辛そうだったからだろうか……。
「…………」
「レイニー君も孤児なのでしょ。私でよかったら、目一杯甘えてくれても良いからね」
イーリスさんはレイニーの背中を撫でながら呟く。彼女の身長は一六五センチメートルほど。対するレイニーの身長は一八〇センチメートル行くか行かないかくらい。一年前よりも伸び、だいぶ差があるものの、レイニーの年齢は一四歳。来年で一五歳になるのかな。でも、背は高い方だ。まだまだ伸びるだろう。




