お金について
「美味いっ!」
私はテレビ画面にでかでかとテロップが貼られるほどの大きな声で叫び、気持ちを表に出した。
やはりパンに小麦って大事なんだなと、改めて思った。
パンを作る時の土台と言ってもいい小麦がこんなに美味しいとなると、私が持ってきた食材を入れたパンはどうなってしまうのだろうか。考えただけでもお腹が鳴る。
「お、オリーザさん。このパン、美味しすぎませんか……」
コロネさんはオリーザさんに向って言う。
「あ、ああ……。いつものパンの素材の中で小麦を変えただけで、ここまで美味しくなるのか。じゃあ、嬢ちゃんが持ってきた食材を入れたらどうなるんだ……」
「だ、駄目です。オリーザさん。止まらなくなります!」
コロネさんはオリーザさんの体を持ち、制御していた。
「そうだな……。ただでさえうまいのに、これ以上の段階があると思うと、恐怖だ……」
オリーザさんは苦笑いを浮かべていた。握り拳を作り、動きを止める。
「イーリスさん。この小麦の値段を教えてくれ」
「はい。一キログラムで金貨四枚です」
「い、一キログラムで金貨四枚!」
コロネさんが叫ぶ。まあ、普通の小麦なら銀貨数枚だろう。質がまあまあ良くて金貨一枚とかだ。叫ぶのも無理はない。
「なるほどな……、良い値段だ。他の農家が潰れなくて済む」
「で、ですけど、小麦が一キログラムで金貨四枚は流石に高すぎませんか……。パンの値段が一気に上がっちゃいますよ」
「だが、こんなに美味い小麦に出会った覚えが無い。すべての商品を、この小麦を使って作ることは無理だが、銀貨一枚のパンにこの小麦を使うのは悪くない選択だ」
「でもでも、銀貨一枚のパンだって儲けはほぼ無いじゃないですか。ここからさらに高い品を使ったら、お店が回らなくなっちゃいますよ!」
「安心しろ。美味い品は売れる。どんなに美味くても皆が買いたいと思わなければ値段が高い品は買われない。俺のパンは人を幸せにするパンだ。たとえ儲けが銅貨一枚だったとしても一〇〇個売れれば金貨一枚の儲けになる。一日で金貨一枚稼げたら三〇日働けば金貨三〇枚だ! それだけあれば十分だろう! 」
「十分じゃないですよ!」
コロネさんは家計簿などを付けているのかオリーザさんの暴走をどうにかこうにか抑え込んでいた。
そうしないと、パン作りにお金をふんだんに使ってしまうのだろう。彼女の苦労がよくわかる。
私もお母さんの無駄遣いを止めるのに必死になることがあるのだ。
「だが、コロネ。お前も、この小麦の美味しさがわかっただろう。こんなに美味いパンが売り出せるんだ。多くの者がパンを食べて幸せになってくれる。それで十分じゃないか」
「うう……。でもですね、オリーザさん。赤ちゃんのこともありますし、お金は残しておかないと、あとで大変なんですよ。お父さんとお母さんも凄く苦労して私を育ててくれました。知識を身に着けるどころじゃなかった。でも、これからは知識が必要になってくるんです。だから、お金を貯めて子供を学園に通わせないと」
「学園……、子供をそんな良い所に行かせようとしているのか? 初めて聞いたぞ」
コロネさんとオリーザさんは家庭内のお金の使用方法についてもめていた。すでに喧嘩に発展しそうになっている。私が止めようと思ったのだが……。
「二人共止めてください! 話しを聞く限り、コロネさんのお腹の中には赤ちゃんがいるようですね。なら、オリーザさんは子供のことを一番に考えるべきです。それが親になるってことですよ。自分の欲求はいったん脇に置いて子供の将来をしっかりと考えてください!」
いつも笑顔で温厚なイーリスさんの珍しい怒り口調が、料理場に響く。
「私にも二人の子供がいます。夫は二人目の子を見て間もなく三年ほど前に亡くなりました……。原因は働きすぎでした……。貧乏だったので働いてお金を稼いでまた働いて……。食べて行くだけでも精一杯。そんな中、夫を失い、私も死に物狂いで働いて子供を育ててきました。お金は本当に大切です。今、貯められるのなら、貯めておいた方が良い。経験者だから言えます。子供が生まれたら仕事どころじゃなくなって夫婦仲も悪くなるでしょう。今から、しっかりと話し合っておくべきです!」
イーリスさんの発言にオリーザさんとコロネさんは黙る。心に相当深く突き刺さったのだろう。私が言うよりも確実に説得力があったはずだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。す、すみません。仕事に関係の無いことばかり……」
「い、いや。色々と考えさせられました。すまなかった、コロネ。少し冷静じゃなかった」
「わかってくれたのなら、それでいいです」
「パンの値段を少し上げて利益を上げるか……。皆、理解してくれるだろうか……」
「オリーザさんが作る美味しいパンなら少しの値上げなんて今の好景気なら問題ありません。いつか、この景気が良い日が終わります。その時までにお金を稼いで貯めておいてください。それだけで、後の生活の楽さが全然違います。お金は回すも貯めるも同時並行に行うのが効果的です。人を幸せにするのは大切ですが、今は身の回りと自分を幸せにしてあげることが大切なんじゃないですか?」
私は、お金が大好きなので軽く教授する。
「確かに……、コロネ。俺はお前を幸せに出来ているだろうか?」
「そうですねー、私としてはもうちょっと一緒に遊びに行きたいですけど、一緒に仕事をしているだけでも案外幸せですよ」
コロネさんはオリーザさんに抱き着き、微笑む。両者抱き着き、なごんでいた。
――どうせなら、誰もいない所でイチャついて欲しい……。ラブラブすぎて目が痛いんですが……。
「はぁ、では、本題に戻りますけど、イーリスさんの小麦は買ってもらえるんですかね?」
「ああ。もちろん、買わせてもらう。だが、今はまだ大量に買えない。月一〇キログラムくらいなら、問題なく購入できるはずだ」
「はい。それで構いません。では、小麦を月一〇キログラムの契約と言うことで、よろしくお願いします」
イーリスさんは頭を下げ、感謝していた。大きな胸も弾み、存在を主張しているように見える。
「おお……、デカい……。イでっつ!」
オリーザさんは目のやり場に困った瞬間、コロネさんに横腹をつかれた。大麦の話はせず、あくまで小麦だけの契約となったものの、ショウさんのお店ですでに多額の利益が出るため、イーリスさんはオリーザさんとコロネさんの経済状況を見て判断すると決めた。
「じゃあ、オリーザさん。私の分のお金を支払ってください」
「ああ。持ってくる」
オリーザさんは私に金貨が入った袋を渡した。ベスパに重さを計測させ、しっかりと正しい枚数が入っていることを確認したのち、転移魔法陣の中に入れた。
「牛乳やバター、生クリームの値段が下げられるようになると良いんですけど、周りの農家さんの矛先が向いてしまうので、まだ先になりそうです。技術が飛躍的に向上し、多くの農家さんが私達と同じ水準で売り出せるようになったら下げられると思うので、それまで我慢してください」
「まあ、嬢ちゃんの品は十分金を払う価値がある。だから、気にしなくてもいい。なんなら、今の値段で、もっと味を向上させてくれたら万々歳だ」
「はい。私達も今以上に良い品を作ります。オリーザさんの夢を叶える手伝いをさせてもらっている身として、努力し続けますよ」
「ありがとう、嬢ちゃん。俺も、腕を磨き続ける。王都で俺のパンを売り、世界一美味いパンだと言わせてみせるんだ!」
オリーザさんは握り拳を作り、やる気を燃やしていた。美味しいパンを作ると言う燃料が未だにふんだんに残っているのがすごい。
「その前に、子供の世話の方法を覚えてくださいよ。私は男性にも容赦なく子育てさせますからね」
コロネさんは大分近代的な考え方をしていた。子供は女が育てるものと言うのがこの世界の普通なのだが、彼女の考え方は現代人のそれだ。頭が良いのかな……。
「あ、ああ。もちろんだ!」
オリーザさんも常識にとらわれず、コロネさんの負担を減らそうと考えられている。きっといい父親になるだろう。
私とコロネさんはオリーザさんのお店から、出る。
「嬢ちゃん。お願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
「はい、なんでしょう」
「パンを教会の子供達に届けてほしいんだ」
「時間もありますし、構いませんよ」
「ありがとう」
オリーザさんはパンが入った木箱を荷台に乗せて行く。お金はレイニーから纏めてもらっているらしい。大量に購入している分、値段が安くなっているそうだ。
「イーリスさん。すみません。帰るのが少し遅くなりそうです」
「構いません。もう、物事が全て上手くいって最高な気分なので、少し遅れるくらい気にしませんよ」
「ありがとうございます」
私とイーリスさんは荷台の前座席に座り、レクーに教会に向かうようお願いする。
教会に到着すると、レイニーが綺麗になった柵の入り口で待っていた。
「あ、レクー。キララも。あと……、超美人なお姉さん……」
「あら、口が上手い……」
イーリスさんはレイニーに言われ、普通に嬉しがっていた。子供に言われたら嬉しいのだろうか。まあ、純粋な子に可愛いと言われた方がチャラ男に言われるより何倍も嬉しいのはわかる。
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