麦茶
「えっと、キララちゃん。イーリスさんを連れてきたのはなぜ?」
「イーリスさんは小麦と大麦を売っているんです」
「小麦と大麦……。なるほどなるほど……」
「もうすぐ夏ですし、カロネさんのお店で麦茶を出すのはどうかな、と思いまして」
「麦茶ねー。うんうん、確かに麦茶と言う飲み物はあるけど……、あれはあんまり売れないんだよなー」
カロネさんは麦茶をすでに知っていた。麦を焙煎し、お湯に浸して風味を溶け出させると言う質素な作り方だが、日本人なら普通に好きな味だ。
夏の風物詩と言ってもいいし、なんならいつも飲んでいると言う人がいるくらい皆に好まれているのに、売れていない……。
「えっと、麦茶って人気が無いんですか?」
「そうだね。と言うのも、緑茶や麦茶なんかは味が雑草っぽいから嫌う人が多いんだよ」
「へぇ、まあ確かに雑草と言えば雑草ですもんね。一回、麦茶を作ってもらえませんか?」
「うん、いいよ」
カロネさんは通気性が良さそうな布に炒ったあとの大麦が入った品を取り出し、ポットの中に落とす。そのまま、熱せられたお湯を入れ、三分ほど待ち、完成した。
「はい、麦茶。冷ましたかったら氷で冷やすけど」
「大丈夫です。魔法で飲みやすい温度まで下げます」
私はカップに入った麦茶に『フリーズ』を掛け、温度を下げる。キンキンに冷えた状態で口に含んだ。
「…………普通に不味い」
何とも渋みと言うか、苦味、麦茶のむの字も無い。そんな飲み物がこの世界の麦茶だった。
「だよねー」
カロネさんは思っていた通りの反応だと言わんばかり。
「えっと、キララさん。私にも飲ませてもらっていいですか」
「どうぞ」
私はイーリスさんにカップを渡す。彼女はカップを受け取ると、そのまま、グイッと飲み。顔をしかめた。
「苦い……。と言うか、麦の匂いが全然しません。これじゃあ、麦茶じゃありませんよ。簡単に言って雑草汁ですね」
「うん、私ももうちょっと良い具合の味が出せるようになりたいんだけど、何とも言えないんだよね……。なんでなんだろう」
カロネさんは少々困っていた。なので、私が手を貸す。
「カロネさん。まず、麦の品質で変わってくると思いますよ」
「そうだよね。でも、結構いい品を使っているんだよ。だから、これでもましな方なの」
「なら、もっとおいしい麦を使えばいいんです。あと作り方もコツが必要なのかもしれませんね。でも、そんな面倒な作業はしたくないですから簡単に美味しく飲めるようにしましょう」
「え、どうやってするの……」
「料理場を借りますね」
私はイーリスさんが育てた大麦をフライパンの上に乗せ、炒っていく。焦げ付かせないことが一番大切だ。
だいたい一五分炒ると、大麦の良い香りが料理場中に漂う。
「うわ……、良い香り。大麦からこんなに良い香りがするんだ。知らなかった……」
カロネさんは感動しており、大麦を炒っている場面を覗き込んでくる。後頭部に大きな胸が押し付けられているのが何とも腹立たしいが、私の身長が低いから仕方ない。
薪コンロからフライパンを放し、炒った大麦を容器に入れて荒熱を取った。その後、魔法で粉々にして水に色素や味、匂いが映りやすいように配慮する。
炒った大麦をしっかりと粉末状にしたら、水分は通すが粉は通さない紙パックに大麦粉を入れる。
カップに紙パックを入れ、お湯を注いだ。すると、透明だったお湯が綺麗な紅色に変わり、紅茶とはまた違った香りが湯気に持ち上げられて料理場を飽和させる。
「す、すごく良い香り……。これが麦茶なの……」
カロネさんはカップを覗き込み、乱れた赤っぽい髪を耳に掛け直しながら私の方を見て来た。
「はい。正真正銘の麦茶ですよ。もう、香りだけでさっきの麦茶とは比べ物にならないほど質が良いとわかりましたか?」
「う、うん。さっきの大麦はもう匂いなんて全くなかったのに、イーリスさんが作った大麦はとんでもなく香り高いよ。まず、暖かい状態で一杯……」
カロネさんはカップの持ち手に指を通し、持ち上げる。品のある飲み方で、さすが元王宮茶入士。もう、何かの審査のようで私も心臓がバクバクする。
「うーんっ! 美味しい! あったかくて、湯気に乗った麦の香りが鼻に直接入ってきて凄い新鮮。ゴクゴク飲めちゃうよ」
カロネさんは麦茶を飲み切ってしまった。まだ、冷たい方を飲んでいないのに……。でも、炒った大麦はまだあるので、二杯目を作った。今度はイーリスさんにも飲んでもらい、感想を聞く。
「うわぁ……。まるで麦畑にいるみたいです……。香り高い麦が辺り一面に広がっている光景を思い出しました」
イーリスさんはほっとした顔で、視線を遠くに向ける。
麦畑が視界の奥にあるのかもしれない。彼女が少し飲んだあと、私は『フリーズ』で麦茶をキンキンに冷やした。
麦茶にはミネラルや食物繊維が含まれており、脱水症状や便秘に効くらしい。ただのお茶だから、どこまで効果があるのかわからないが、毎日飲む品だからこそ、少しでも健康になれるのなら続けられる習慣かもしれない。
「じゃあ、冷たい麦茶をいただくね」
カロネさんは新しく入れた冷たい麦茶を飲んだ。
「んっ! こ、これは……。す、すごく深い味わいだ。冷たくなったことで苦味とか麦感が薄れたんだけど、のこっている強い香りが鼻に入ってきてスッと体に沁み込んでくる感じ……。こりゃ、夏に飲みたくなるね。炎天下の中、冷え切った麦茶があったらゴクゴク飲んちゃう!」
カロネさんは物凄く高評価だった。
「じゃあ、私も一口……」
イーリスさんは冷えた麦茶をグイッと飲んだ。喉が動くとエールを飲んだあとのようにクーっと、身を縮め、力をぱっと抜き脱力した。ものすごく美味しいと身振り手振りだけでわかる。
「こ、これが麦茶……。今まで飲んできた麦茶が雑草茶だったとわかる味ですね……」
「ほんとほんと、今までの麦茶は全部雑草茶だったんだよ。これこそ、本物の麦茶だ!」
イーリスさんとカロネさんは麦茶に太鼓判を押した。そこまで喜んでもらえると私も嬉しい。ただ、麦茶にウトサは合わない。なんならレモネも合わない。
そのため、麦茶と言う商品をこれ以上昇華させられないのだ。つまり、完成形とでも言える。麦茶にこれ以上何もしなくても、世界で生き残れると思いたい。
「カロネさん。麦茶は他の品よりも安く販売できるようにしたら売れますかね?」
「んー、どうかな。例え美味しくても、不味いと言う感情が人の中に残っていると、わざわざ麦茶を買おうとならない。その点が物凄く難しいんだよ。どうしたら買ってくれるかな」
「ほしい人に必要な品を持っていくと言う作戦が効果的です。麦茶を欲しがっている者達に麦茶を買ってもらうんです」
「麦茶を欲しがっている人たちに麦茶を買ってもらうって……。いったいどうやって麦茶が好きな人を探すの?」
「麦茶が美味しいとわかれば買ってくれる人はいます。必要なのは購入するまでの工程をなるべく下げること。あと、喉が渇いている者にこそ麦茶は本領を発揮します」
「そりゃあまあ……そうだけどさ。そんな人をどうやって見つけたらいいの?」
「別に人じゃなくてもいいんですよ」
「あ……。もしかして、ドワーフとか、獣族の方に売ろうとしているの?」
「はい。その考えもありです。ドワーフ族は暑い夏の中でもせっせと働いていますから、そんな方達に麦茶は大変喜ばれるはずです。獣族もビースト共和国では麦飯が主食らしいですから、麦茶と馴染みが深いはずです。なので、狙ってみるのも面白いんじゃないですか?」
「なるほど……。キララちゃんはやっぱりすごいなー。ライト君のお姉ちゃんなんだもんね、そりゃあ、頭がいいか」
「ほんとですよね。キララさんは子供にしては頭が良すぎると言うか……、もう、大人の域に達しているようにすら思えます」
「わかります。私もキララちゃんに大人っぽさを感じますよ。なんなら、私よりも大人っぽいんです」
カロネさんはイーリスさんの方を見て言う。
「はい、私なんかよりもずっと逞しくて大人なんです。いつも私が助けられちゃって……」
イーリスさんとカロネさんは年が近いからか、とても仲良さそうに話していた。友達の友達がすぐに仲良くなってしまったような疎外感を得る。
「えっと、カロネさん。たくさんとは言わないので、イーリスさんの麦を買ってみたいと思いませんか?」
「うん、買ってみたい! 今年の夏は麦茶で儲けちゃうよ!」
カロネさんは両手を握りしめ、高くつき上げる。やる気は十分あるようだ。
「じゃあ、イーリスさん。カロネさんに麦の値段とこれからの話をしてください。私が全部やると、イーリスさんの力になりませんからね」
「は、はい! わかりました」
イーリスさんは大麦と小麦の袋を持ち、カロネさんに見せる。
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