初めての営業
「じゃ、おじさん」
「ちょ、嬢ちゃん、なんか、怒っていないか」
私はおじさんの横をさっさと通り抜けていき、街の中に入る。
生誕祭はすでに終わっており、巨大なブラックベアーの建物も取り壊されていた。でも、以前と変わらない笑顔が絶えない街のままで、祭りの余韻がところどこに残っている。
人だかりは減っていたが、街の住みやすさから獣族や他種族もちらほらと残っていた。移住したのかな……。
バートン車が通りやすいように土製の道路が石畳で舗装され、少しずつ街中も移動しやすくなってきた。
街を住みやすい場所にするために、多くの人々から募った税金で舗装工事が行われているのだろう。ものすごくいい調子だ。
一年前に壊された住宅街もすっかりと直っており、爪痕は埋まっている。
ドリミア教会があった場所は未だにゴミ捨て場になっていた。まあ、ゴミは処理しないといけないから、ゴミ捨て場は必要なので仕方がない。
「なんか、街の雰囲気が穏やかになりましたね」
「そうですね。でも、昔より活気がある街になったんですよ。麦を買う余裕が生まれてきた時期ですし、本当に稼ぎ時です」
今、街はバブル状態だ。
弾ける前に出来るだけ稼ぎたい。弾けても、その後を上手く乗り切れば、去年のような結果は起こり得ない。
必要なのは、先をしっかりと考えること。
私はバブルと言う状態をすでに知識として心得ているので、大金をはたいて住宅や会社を建てたりしないのだ。まあ、大金をはたいて土地は買ったのだけど……。
私とイーリスさんはウロトさんのお店に向かった。交通整備は緩く、お店の近くに駐車しても周りの人に迷惑を掛けないので、荷台をお店の近くに止める。
「じゃあ、イーリスさん。行きましょう」
「は、はい。行きましょう!」
イーリスさんは緊張しているのか、ガチガチに固まった状態で大きく頷く。
私はイーリスさんと共に、ウロトさんのお店の前に移動した。
「おお……、高級感溢れるお店ですね。こんな場所で、私が育てた麦を買ってもらえるのでしょうか」
「それはわかりません。でも、買ってくれたら運がいいと言う気持ちで行きましょう」
私はウロトさんのお店の扉を叩き、名前を言う。
「おはようございます! キララ・マンダリニアです! ウロトさんはいますか!」
私が声をあげると、扉の鍵が外れる金属音が鳴り、扉が開かれる。すると、前掛けを付けた料理人のウロトさんが姿を現した。
「おはよう、キララ。ん……ええ、え、えええ?」
ウロトさんは私を見た後、後方にいるイーリスさんを見てどぎまぎし、混乱している様子だった。
「は、初めましてイーリス・ラベンスと言います。よろしくお願いします」
イーリスさんはウロトさんに向って自己紹介した後、頭を下げた。大きな胸も頭を下げた影響で動いたように見える……。
「は、初めまして、ウロト・コンブルと言います……」
ウロトさんは、いつもすました感じなのに、今日はものすごくたじたじになりながら、自己紹介していた。いったいどうしてしまったのだろうか。
「ど、どうぞどうぞ」
ウロトさんは私達をお店の中にすぐ入れた。
「キララ、イーリスさんとはいったいどういう関係なんだ?」
「私は良い麦を売っているイーリスさんをウロトさんに紹介しに来たんです」
「紹介か。なるほど……。麦は俺の料理に欠かせない食材だからな、良い品をそろえたいと思っていた。今以上に良い品なら、もちろん買わせてもらおう」
「ほ……、本当ですか。よかった。えっと、今日は営業に来ただけなのでたくさん持ってきたわけじゃないんですけど……。じゃ、じゃあ、まず大麦を見てください」
イーリスさんは大麦が一キログラムほど入った袋をウロトさんに渡す。
「拝見しましょう」
ウロトさんはテーブル席に座り、閉められた袋口を開け、まず大麦を見た。
「うむ……、凄く綺麗な色ですね……。えっと、大麦の種類は?」
「えっと十八条麦です……」
「なるほどなるほど」
ウロトさんは大麦が入っている袋に手を入れ、八粒ほど手に平に乗せた後、口内にパクリと入れた。
素材そのものを口内で味わうようだ。そのまま食べたら硬いはずなのに……。そんなのでわかるのだろうか。
「おお……、香り豊か。大粒で触感もしっかりしている。舌触りも良い……。こりゃ、凄く良い麦だ」
ウロトさんが言うと、もの凄く説得力があり、イーリスさんが育てた麦は良い麦だと言うことがわかった。
「イーリスさんが一人で全部育てたんですか?」
「いえ、ここにいるキララちゃんと一緒に育てました」
「ああ、なるほど……。そりゃ、美味しいのも裏付けられていますね。普通の麦に比べて断然美味しいです。渋みや雑味が無く、このままでもバクバク食べられちゃいますよ」
ウロトさんは大麦をピーナッツ感覚で食べて行く。
小麦の方も拝見して、大麦と同じように吟味していた。大きく頷き、口角をぐっと上げている。その表情だけで、どんな気持ちなのかわかった。
「え、えっと……、この小麦と大麦、買ってもらえますか?」
イーリスさんは少し下手に、呟いた。営業としては素人丸出しだが……。
「もちろん。もう、使いたくて仕方がありません。いやー、こんなおいしい麦は初めてですよ。料理の案がどんどん浮かんできます!」
ウロトさんはイーリスさんに対し、少し甘すぎる気もしたが、麦の美味しさは本物だったようだ。まぁ、イーリスさんの美貌に当てられた可能性も無くはない。でも、いい。
イーリスさんの美貌も含めて麦が美味しいと感じるのなら、商品の印象は悪くない。
「値段の方なんですけど、小麦と大麦ともに、一キログラムで金貨三枚はどうでしょうか?」
ウロトさんは自分の方から、値段を提示してきた。
「き、金貨三枚……」
イーリスさんは驚いているのか、少ないと思っているのかどっちだろう。でも、口があんぐりと開いて閉じないくらい顔が驚いているから、高額なのかな。
「こ、小麦と大麦に金貨三枚って……もが」
「ウロトさん、その小麦と大麦の価値が金貨三枚とお思いですか?」
私はイーリスさんの言葉を遮り、訊いた。
すると、ウロトさんは怪訝そうな表情を浮かべた。その表情から察するに、営業素人のイーリスさんに吹っ掛けたらしい。
イーリスさんが優しそうだから、出来るだけ安い値段で買いたたこうとしていたと思われる。
「な、なにを言っているんだ。キララ。始めはこのくらいが適正価格だろう。美味い麦はこの世の中に沢山ある。キララが売ってくれる幻の牛乳とは別の食材なんだ。やはり、一袋金貨三枚と言う値段が妥当なんじゃないか?」
「そうですね。確かに、小麦と大麦の値段は他の品よりも安いのが一般的。ですが、ウロトさん、この麦を作っているのはイーリスさんしかいません。彼女に低賃金を渡し、麦が作れないようになってしまったら、もう二度と今回の麦は買えなくなるんですよ」
「むぐぐ……」
「いい品を作るものの手に妥当な金品を送る。そうしないと、全て安いだけの劣悪品だらけになってしまう。そうなったら、ウロトさんの料理も評価が下がり、いつしか、食べてもらえなくなる日が来るかもしれません」
「はは……、ほんと、キララには敵わないな。わかった。一袋金貨四枚で買おう」
ウロトさんは金貨一枚増やした。もともと小麦と大麦の一キロの値段が金貨一枚行くか行かないかくらいの値段なので、初回にしては十分すぎる値上げだ。
「ありがとうございます」
私はウロトさんに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 感謝します!」
イーリスさんも盛大に頭を何度も下げ、大きな胸をバルンバルンと動かした。ウロトさんの鼻から血が流れ、私は目を細める。このエロスケめ。
「んんんっ。あーっと、イーリスさん。いつ、小麦と大麦を持って来てもらえるだろうか。とりあえず一〇キログラムずつほしいので、早急にお願いできますか?」
ウロトさんは小麦と大麦を一〇キログラムずつ頼んだと言うことは、金貨八〇枚。麦を育てるために使ったお金をもう越え、利益が生まれた。
苗の値段が金貨一〇枚分だとしても十分すぎるほど元が取れている。小麦と大麦はまだまだあるので相当儲けられそうだ。
「は、はい! 明日、持ってきます!」
イーリスさんは大きな声を出して軽く泣き、ウロトさんに何度も感謝していた。
――やっぱり、欲しい人に良い品を見せれば、品は売れる。私のコネを使ってイーリスさんを小金持ちにすれば、デイジーちゃんが学園に行ける。才女にしてライトと結びついてくれればいいんだけど、うまく行くだろうか……。
「じゃあ、私は牛乳とトゥーベル、ビーンズなど、もろもろ卸しますね」
――ベスパ。品を運んでくれる。
「了解です」
ベスパは私の命令を聞き、ウロトさんに購入してもらえる品を持ってきた。牛乳は言わずもがな、トゥーベルとビーンズはおまけで渡す。大量生産できるようになれば、普通に買ってもらえるように提案する算段だ。




