魔造ウトサとハンスさん
「いえ、私が作ったんじゃありません。その白い粉は正教会、またはドリミア教会が作った品になります」
「ちっ! そう言うことか……。あいつら、こんな危険な品まで作ってやがるのか」
「その魔造ウトサを多くの国や地域に分布させようとしているんです。いったん、その粉をスキルで消せるか、やってみてください」
「おいおい、無茶言うなよ。俺は現物を消せるわけじゃねえ」
「その魔造ウトサは八種類の魔法を組み合わせて作られた品なので、実質魔力なんです」
「ああ、そう言うたぐいの品か。なら、出来ないことも無いな」
ハンスさんは小皿に入った魔造ウトサに手を重ね、光らせた。
「くっ! きっつ!」
ハンスさんは小皿一杯の魔造ウトサを消せた。だが、それ相応の疲労が蓄積するらしく、跪くように倒れ込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こりゃ、一人の魔法使いが生み出せる品じゃねえな。八人同時の魔法攻撃を一撃で消すのと同等に疲れやがる……」
「なるほど……。魔造ウトサ自体を消すのは相当疲れるようですね。なら、ブラットディアに食べさせたほうが得策だとわかりました。じゃあ、次に行きます。フルーファ! 来て!」
私が大きな声を出すと、眠たそうな目をしたフルーファが、春風が過ぎ去るころに現れる。
「キララ様、どうかしましたか……」
「これ、食べて」
私は小皿にもう一度魔造ウトサを盛ってフルーファの前に差し出す。
「ちょ、これは……」
「主の命令は?」
「絶対……」
フルーファは皿に盛られた魔造ウトサをチロリと舐める。
「うぐっ! なんか、美味い……。けど……、うぐぐぐ……」
フルーファは苦しみ出し、目が血走っていく。どうも、狂暴化が始まったようだ。
「クロクマさん。フルーファを拘束」
「はいっ!」
クロクマさんはフルーファに抱き着き、行動を止めた。
「ベスパ、フルーファの中にある魔造ウトサはどうなった?」
「魔力を狂わせていますね。すでに効果が表れているかと」
「よし。じゃあ、ハンスさん。フルーファの体にある質の悪い魔力を消してください」
「あ、ああ。わかった」
ハンスさんはフルーファの体に触れ、光を出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう、キララ様、酷い……」
フルーファは元に戻った。
「こりゃあ、驚いたな。体内に入るとただの魔力と変わらねえ。形状が変化したから」
どうやら、ハンスさんは他者の体内に入っている魔造ウトサを無理なく消せるようだ。
ベスパも吸い出せるが、体がゲル化してしまうため難しい。
だが、ハンスさんは振れてスキルを使用するだけで消せる。なんて便利なスキルなんだ。加えて多くの人々を救えるスキルだと、確信した。
「ハンスさん、やはりあなたは救世主になれるようです。多くの人々を助けられますよ」
「な……、俺が救世主? バカいえ。話が飛躍しすぎなんだよ」
「はは……。でも、そう思えるくらい凄いことなんです。私は狂暴化したブラックベアーに何度も殺されかけました。そりゃあもう、悪夢だったら良いのにと考えるくらい」
私はフルーファとクロクマさんを撫でながら呟く。
「その割には仲が良く見えるがな……」
「この子は特別です。えっと、この魔造ウトサは魔力耐性を持っているブラックベアーにも効果があります。ブラックベアーが見境なく暴れたらどうなるか、ハンスさんは知っていますか?」
「ああ、よく知っているさ。小さな村なんてあっという間に腹の中に消える。弱い者なんてただの餌だとしか思ってねえくらい蹂躙してやがったな」
どうやら、ハンスさんもブラックベアーに襲われた経験があるらしい。彼のスキルでは太刀打ちできなかったのだろう。
「ハンスさん。同じような被害が大規模で起こったらどうなると思いますか?」
「なに?」
「この魔造ウトサは食べた者が死んでも残り続けるんです。なので、死体を食す虫や生き物に移り、他の生き物が食して移り、森の生き物が全員この魔造ウトサに害されたら」
「ば、バカ言うな。そんなの、魔物の大量発生と変わらないじゃないか。いや、暴走しているなら、さらにたちが悪い」
「はい。今、この世界に魔造ウトサがどれだけ広がっているかわかりません。でも、恐ろしいのがたとえ少量だとしても遅効性の暴走効果があるんです」
「な……、はは、まてまて、何年なんだ?」
「早くて一年、長くても五年くらいかと……」
「ま、まじなのか?」
「大まじです。なんなら、私は魔物八八八体ほどの暴走に襲われました。加えて突然変異種にまで……。生きているのは私の仲間のおかげです。私だけだったら死んでいたかもしれませんね」
「魔物八八八体と戦って生き残った? とんだ化け物だな……。にしても、そんな危険な仕事を俺達にさせようとしているのか……」
「勘違いしないでください。ハンスさんには魔物の暴走が起こる前に止めてほしいんです。だから、あなたのスキルは多くの者を救えます」
「さっき、質の悪い魔力を消させたのはそう言う訳か……」
「あと、大量に魔物が現れた時は倒してください。そうすれば、完全な魔法耐性を持つ私の友達が全て食い尽くしてくれます」
私はブローチに擬態していた、ディアを手の平に乗せる。
「うわーい、キララ女王様!」
ディアは手の平を超高速で移動し、私の体を這いまわった。
「ぶ、ブラットディア……。相変わらず気持ち悪い動きだ……」
「ブラットディアはどんなものでも食い漁ります。それなのに、お腹を壊すどころか、自分の魔力に変えてどんどん増殖することが可能な虫です。この子達の力を借りて、暴走しかけている魔物の肉を食べてもらいます」
「ん……、ブラットディアがそう上手く働いてくれるのか?」
「ええ。私は多くのブラットディアと友達なので、広く命令を受け取ってくれます。なので、ハンスさん達が倒した腐った魔物の肉だけを食べてもらうことも可能です。魔物を解体する手間が省けて楽ですよ」
「そんなうまいこと行くわけないだろう。さすがに、嘘臭いぞ」
「そう言うんでしたら、実践しましょうか。ベスパ、死んだ魔物を持って来てくれる」
「了解です」
ベスパは死んで間もないボワの死体を持ってきた。形や毛皮、牙などがしっかりと残っている。
「ボワの死体か……」
「じゃあ、ディア。ボワの死体の毛皮と魔石、牙以外を食べてもいいよ」
「わっかりました!!」
私はディアを地面に降ろした。
すると小さなディアは体長が八〇〇倍はありそうなボワに付いている傷口から肉を抉っていき、骨や内臓まで消化液でどろどろにしながら啜るようにして食らっていた。
大きなボワの体がみるみる縮んでいき、毛皮と魔石、牙以外が消えてなくなった。黒い血液まですべて食したのか、一滴も残っていない。
あんな小さな体のどこに入っているのか不思議だ。
「ふぅー、美味しかったですー」
ディアは魔石の上で高速回転したあと、六本の足をバカみたいに早く動かしながら一瞬で移動し、私の体を這い上ってくる。
ディアがボワを食べきった時間は八分。一匹のブラットディアでこの時間なら、上出来なのではないか。二倍、三倍と増やしていけば、時間はもっと短縮されるだろう。
「ほ、本当に、綺麗に取れてやがる……。こ、こんなの、俺達がやるよりもキララが仕事をした方が早いんじゃないか?」
「えっと、そうしたいのはやまやまなんですけど、私は学園に行きたくてですね……。丁度人手が足らなかったんです。でも、ハンスさんと盗賊の皆さんが現れてくれてよかった。私の手足になって死ぬまで働いてください」
「おいおい……。さらっと怖いこと言うんじゃねえよ。俺達は元盗賊だが、戦闘経験はほとんど無いぞ。大丈夫なのか?」
「なら、ここに沢山の魔物がいるので、彼らと戦って勝てるくらい強くなったら十分冒険者としてやっていけるはずです。彼らは殺してこないので、とても良い相手になると思いますよ」
「か、彼らって?」
ハンスさんは苦笑いを浮かべながら、私に訊いてきた。
「彼らと言ったら、もう、ここにいるウォーウルフ達に決まっているじゃないですか。ここにいる個体は皆魔力を踏んだんに受け取っているので、通常個体よりも強いです。戦闘の練習には持ってこいの相手ですよ」
「だ、だからと言ってだな……。魔物と訓練するなんて聞いたことねえぞ。訓練中にかみ殺されたらどうするんだ……」




