それが見たかった
「姉さん、これは何?」
知識が欲しくて欲しくてたまらないライトは初めて見る三角形の包を見ながら、私に聞いてくる。
「大麦を使った大麦おにぎりだよ。味はついていないけど、パンよりも栄養があってお腹に溜まりやすいの。まあ、食べられるように加工するとパンより長期保存できないのが難点なんだけどね」
「へえー、この包を剥がして食べるの?」
「そうだよ。でも、今食べたらお母さんの料理が入らなくなるよ」
「それもそうか。パンケーキもたくさん食べちゃったし、料理を残すと母さんが怒るからな……。ちょっと我慢しよう……」
ライトは大麦おにぎりをローブの内側にしまい、大切に保管した。
「お姉ちゃん、また何か美味しい料理を作っているの! 私に食べさせて!」
シャインは木製ラップで包まれた大麦おにぎりに齧り付いた。
私は、ラップは食べちゃ駄目と言い損ねたのだが、自然由来の安全性抜群なラップなので、問題ないかと思い、反応を見る。
「ムムム……。なにこれ……。変わった触感、変わった味……。美味しいのかな? これ、魚とか、お肉とかと一緒に食べたらもっと美味しいかも。って、ごめん、お姉ちゃんが作った料理なのに……酷いことばかり言っちゃってる」
シャインは至極真っ当な反応をした。
米は何種類もあり、味や風味、触感などによって美味しさが違う。でも、どれも美味しく感じる。素人には味の違いなんて全くわからないように、シャインも麦飯の美味しさがわかっていない。
もちろん、私もわからない。でも、確実に言えることはまた食べたくなり、味が濃い目のおかずと一緒に食べたくなる味と言うこと。
「全然酷くないよ。その感情が普通だと思う。その大麦おにぎりは何かと一緒に食べると真価を発揮するんだよ」
私は干し肉を取り出し、シャインに食べさせる。
「んんんんっ! なんか、干し肉がいつも以上に美味しく感じる! はぐはぐっ!」
シャインは麦飯と干し肉を交互に食し、口の中をパンパンにしながら満面の笑みを浮かべていた。
とても美味しそうに食べるため、可愛くて仕方がない。彼女は大ぐらいなので、この程度の食事なんて屁でもない。
「シャインさん、凄く美味しそうに食べますね」
「が、ガンマ君……。や、見ないで……」
シャインは大麦おにぎりと干し肉を美味しそうにモグモグと食している場面を思い人のガンマ君に見られてしまった。肌がどんどん赤面し、両手で顔を隠しながら背を向けている。
――別に美味しそうに食事しているだけなんだから、気にしなくてもいいのに……。
私はガンマ君とデイジーちゃん、イーリスさんにルイ君の四名に大麦おにぎりを渡した。
「今渡した品の包は剥がして、中身だけ今日中に食べてください。お腹が空いた時に食べるのが美味しさを一番感じられるはずです。食べられなかったら食べられなかったで構いませんから」
「食べますっ!」
ガンマ君とデイジーちゃん、イーリスさんは包をさっそく剥がし、大麦おにぎりに齧りついた。
「んん……。変わった触感……、なんだろう……」
「モグモグ……、んんー、お腹に溜まる感じがする」
「大麦にこんな食べ方が……、不思議な感覚ですね」
やはり食文化が違うからか、水で炊いた大麦の感覚に戸惑っていた。
「はむ、はむ……。んー、おいちい!」
ルイ君はイーリスさんから受け取った麦飯を手でつまみながら、食していた。まだ心の中で食が定着していないからか、純粋に美味しさを爆発させているように見えた。
子供が美味しいという品は美味しい。まあ、感性もあるが、子供が美味しいと口にすれば信じてもいいだろう。
なんせ、子供は嘘が上手くつけないからだ。
五歳にもなっていない子供が、満面の笑みを浮かべながら、心の中で糞不味いと思って美味しい~と言えるだろうか?
今の私のような子共なら言えるが普通は言えない。だから、イーリスさんが作った大麦も美味しいと判断できる。
ルイ君一人に頼るのは信憑性が無いので、他の子供達にも食べてもらい、美味しさを確かめた方が、売りやすくなるかな。
小さな子供が唸る麦の味なんて聞いたら少し食べてみたいなって思えるだろう。
「ありがとう、ルイ君。その麦はお母さんが作ったんだよ」
「えー、お母さん、凄い凄いっ!」
ルイ君はイーリスさんに抱き着き、褒めた。子供に褒められるなんて、親はさぞかし嬉しいだろう。イーリスさんは今にも泣きだしそうだ。
麦飯を皆に食べてもらったが、パンケーキほどの爆発力は無かった。
まあ、私の自己満足なので他の人に共感を求めているわけではない。だから、特段気にする必要もない。
ただ、麦飯おにぎりがパン一個の値段と同じになれば、大儲けできると考えたのだ。
エールなどを作る時も大麦はキロ単位で売買されるだろう。そんな一気に在庫を減らしたら、初っ端の値段は物凄く安くなってしまう。そうならないために、初めは少数から売るべきなのだ。
牛乳の時もそうだった。少数で売り続け、ようやく大量に出荷できる算段が整った。一年以上かかったが、今では収入が安定している。
イーリスさんも長い年月をかけて、しっかりと儲けるために仕事を回す必要がある。
儲けるためには儲けるための場所が必要であり、相手が必要だ。
変な人と契約したら、適正価格とは全く違う値段で買いたたかれるかもしれない。そんな危険を冒してまで大量出荷する必要はないのだ。
だから、少しずつ売り、この麦でエールを作りたいと申しでてくる強者が現れるのを待つか、営業を続ける必要がある。
長い戦いになるか、短い戦いになるかは運要素が大きい。でも、私にはコネと言う最強の繋がりがあるので、運要素は排除できる。
今まで、私が培ってきた関係を大いに活用させてもらおうじゃないか。ここでも恩を売っておけば安い値段で高級な小麦や大麦を買わせてもらえるかもしれない。
そうすれば、自分で美味しい品を作り放題になれるかも、なんて甘い考えを持っている。
午後六時頃、ネード村に綺麗になった盗賊とハンスさんが帰ってきた。レクーが物凄く疲れており、さすがに引かせる人数が多すぎたか。
私は麦のもみ殻をレクーに食べさせる。加えて水も。
「うわああああああ、うめええっ!」
レクーは餌箱に顔を突っ込み、麦から取れた殻や枯草を食し、美味い美味い言う。お腹が空いていたからと言うのが、一番のおかずなのかな。
私は余っていた大麦おにぎりをハンスさんに渡した。
「ハンスさん、お疲れさまでした。お腹が空いていると思いますし、食べてください」
「ん? この形……。お結び」
――お結び、ハンスさん、おにぎりを知っているの?
ハンスさんは包を剥がし、中身を見た。
「大麦の麦飯お結びか。いやーありがたい。ビースト共和国でよく食べたんだよ。懐かしいな」
――あ、ビースト共和国って麦飯を食べるんだ。
ハンスさんは麦飯を躊躇なく食した。
「ぐはっ!」
ハンスさんは麦飯を口にすると、頭を殴られたかのように後方に動かす。
「う、うめえ……。な、なんだ、この麦飯お結び、完璧すぎるだろ!」
ハンスさんは、部活終わりの高校生かと言うくらいおにぎりを貪り食う。ああ、これが見たかった私もいたのか、胸の内側から血のめぐりを促進させる熱い感情がこみ上がってくる。
「キララ、もう無いのか? もっと食いたいんだが」
「すみません、今の一個で最後です」
「そ、そうか……。いやあ、美味かった。炊き加減、芯までしっかりと炊かれている触感、ふんわりした握り具合に、自然のうま味を感じる麦の美味さたるや、俺が食べた麦飯お結びの中で一番美味い!」
ハンスさんは麦飯が大好きのようで、超弁舌になった。
「そ、そこまで言われると、照れますね……」
私は無意識に頬が熱くなっていく。
「あー、またお姉ちゃんが大人の男の人に照れてる。やっぱり、そうなんだ」
シャインは私の後方から走ってくる。
「げ……、俺の頭をカチ割ろうとしたガキ……」
「だから、私はガキじゃなくてシャインって言うの。お兄さんは盗賊だった人でしょ。でも、お姉ちゃんに説得されて私達の仲間になったって聞いたけどほんと?」
「ああ、本当だ」
ハンスさんはギルドカードを内ポケットから取り出し、冒険者になったと証明した。




