理性
「うわ、すっげえー。魔物に乗るなんて初めての経験だ。こりゃ、移動が楽だな」
「この程度なら、どの個体でも問題なく移動できます」
親玉はハンスさんを乗せながら悠々と歩く。
「よかった。じゃあ、親玉はウォーウルフたちの中から、戦いが大好きな八〇頭を選んでくれる。あと、人を監視ししながら従うように事情を話しておいて」
「わかりました。しっかりと伝えておきます」
ウォーウルフの親玉はハンスさんを降ろし、私達の村がある方向に走って行った。
「キララは魔物と話ができるのか? それとも、ウォーウルフ限定のスキルなのか?」
ハンスさんは私に質問してきた。
「まあ、そんなところです。別に気にしなくて結構ですよ」
「じゃあ、気にしない。にしても、あっと言う間に丸め込まれてしまった。俺達は結構荒くれものだったんだがな……」
「人が変わる瞬間はいつ訪れるかわかりません。ちょっとしたきっかけで変われるんですよ。なので、皆さんがすぐに変われたのは、私と言う起爆剤と心のどこかにあった変わりたいと言う小さな小さな火種のおかげです。もちろん今までの残虐非道な行いが消えるわけじゃありませんから、これから真っ当に生きて神様から慈悲が少しでも貰えるように頑張ってください」
「神様からの慈悲……。俺は神なんて信じてねえよ。だから、教会のやつらも大っ嫌いだ。家も仕事も、居場所も全部奪っていきやがる……。神の思し召し? ふざけるな」
ハンスさんは教会に怒りを持っていた。何か辛い過去でも抱えているのだろう。
私は教会全体が嫌いなわけではなく、正教会関連が嫌いだ。なので、彼と少し通ずる部分がある。
「神はいますよ。あと、私もとある教会は嫌いです」
「へえ、キララは神を信じているのか。とある教会なんて、どうせ、正教会だろ。あいつらは辛気臭すぎて本当に嫌いだ」
――信じていると言うか、あった覚えがあると言うか……。まあ、スキルを貰えている時点で信じてもいいと思うけど、信仰心が無い者は一定数いるよな。
「私はどこの教会とは言っていません。ハンスさん、忠告しますが、とある教会に噛みつくのはやめておいた方が良いですよ」
「まるで噛みついた覚えがあるかのような言い方だな。キララもその口か?」
「私もってことは……、ハンスさんも?」
「まあ、盗賊になったきっかけと言えば、何となく察しがつくだろう」
「はは……、何をしたんですか?」
「正教会の教会をぶっ壊した」
「……何が理由で?」
「村に正教会の教会が立てられてな。もともと正教会じゃなくて、カトリック教会に入っていたのに、皆、正教会信者になっていったんだ。あまりにも恐ろしくてな。だから、教会をぶっ壊した。そうしたら、殺されそうになって村を追い出されたんだ」
「もともとあった教会を乗っ取って多くの村人を正教会信者にした……」
――七年前、ドリミア教会が街にやってきた状況と同じだ。もとからあったカトリック教会を乗っ取って街の人びとを正教会信者にした。そうやって勢力を拡大しているんだ。なんてずるい。江戸時代にやってきたキリスト教信者みたいだ。でも、あの時は日本人の忠誠心が強すぎて何とかなったんだよな。
この国は絶対な存在がいない。なんなら、どの教会も信仰しているのは女神だし……。乗り換えるのは携帯電話くらい簡単だ。
「キララは正教会信者か?」
「いえ、私の村にあるのはカトリック教会だったと思います」
「そうか、じゃあ、村に正教会のやつらが来たら気を付けろ。何をされるかわからない」
「えっと……。一年前、村に正教会の神官が来ました。私と一緒に聖典式を受けた知り合いが剣聖のスキルを持っていて、連れていかれたんです。その後は音沙汰がないと言うか、剣聖を生み出した村と言うことで優遇されているような気さえします」
「剣聖がいた場所か……。なら、奴らからの侵略を受けるようなことはないな」
どうやら正教会は神が選んだ『勇者』や『剣聖』などが現れた村は神聖なる場所として手出しされなくなるらしい。なら、正教会からの恐怖を感じる必要もない訳だが、何がおこるかわからないので警戒しておく必要がある。
「ハンスさん。私はこの後、仕事があるので皆さんと共に街の冒険者ギルドに行って冒険者登録してください。その後、村に一度戻ってきてもらって本題を話しますね。私のバートンを貸します。ざっと四時間くらいで到着するはずです」
「はあ、仕方ねえ。冒険者をするならギルドカードが必要になってくるもんな……」
ハンスさんは立ち上がり、元盗賊だった者達を引き連れてレクーが引く荷台に乗る。入りきらなかった者はもう一台新しい荷台に乗ってもらう。
レクーは八〇人の大人を引っ張っても何ら問題なく移動でき、ハンスさんはレクーを完璧に操った。どうやら御者も出来るらしい。
昔から、そう言う仕事をしていたのかもしれない。
「キララ様。レクーさんを彼らに貸してもよかったんですか?」
ベスパは私の頭上にやって来て、呟いた。
「今はまだ午前六時前だよ。往復で八時間。普通のバートンで移動したら一日かかっちゃうけど、レクーなら私達が作業している間に帰って来られる。だから、貸したの」
「まあ、レクーさんなら簡単に殺されたりしないでしょうし、私の仲間も見張っているので安全でしょう」
「そう言うこと。じゃあ、私達はデイジーちゃんの家に行くよ」
「了解です」
私とベスパはデイジーちゃんの家に向かった。
デイジーちゃんの家の前ではライトとシャインが立っており、用心棒のようだった。
「あ、姉さん。大丈夫だった?」
ライトは茶髪を靡かせながら、私のもとに駆け寄ってくる。
「うん。問題ないよ。逆に仲間になってもらった」
「お、お姉ちゃん……。ほんといろんな人とすぐに仲良くなれるね……。その力、羨ましいよ」
シャインは私のコミュニケーション能力を羨んだ。まあ、私が長年培ってきた前世の技術だ。神から受け取ったスキルと言っても過言じゃない。
「はは……、まあ、いろんな人とお話をしていればいつの間にか多くの人と仲良くなれるようになるから、シャインも積極的にいろんな人と話すようにすれば、私みたいになれるよ」
「うう……、私、初めて会う人と話すのは苦手なんだよな……」
「実は僕も……」
ライトとシャインは社会経験が少ないため、身内ではよく話すが、知らない人とはなかなかコミュニケーションが取れないようだ。
内側に引きこもられるとせっかくの才能がもったいないので、いろんな人と広く深い仲間を築いてほしいのだが、まだ難しいかな。
「ライトとシャインは学園に行けば少なからず人と拘われる。それまでに、社会の規則はしっかりと覚えておいて。会話で相手に不快感を持たせないようにすることが重要だからね。今は身内だけでもしっかりと話して仲を深めていこう」
「うん!
双子は私の手を握り、にっこりと笑う。
彼らの誕生日は七月七日。もう、恐怖の日として私の記憶の中に残っている。梅雨が明ければ二名の誕生日がやって来て九歳になるわけだ。まだ、九歳なのか……。
私達はデイジーちゃんの家に入る。
「ガンマ君……。私、怖い……」
「大丈夫ですよ。僕とシャインさん、ライトさんがデイジーさん達をしっかりと守りますから」
ガンマ君とデイジーちゃんはぎゅっと抱き合っていた。
デイジーちゃんはガンマ君に頭を撫でられ、頬を赤らめながら微笑む。
「…………」
私とシャイン、ライトはその姿を見て口を開けていた。仲良しにも程があるだろ。
「あ、キララさん。無事だったんですね。よかった」
ガンマ君は屈託のない笑顔を浮かべ、私に見せてくる。
きっと、デイジーちゃんを抱いているのも、彼女を安心させるためであって、下心は一切無い。
だから、綺麗な心を持つデイジーちゃんもイケメン清楚お兄ちゃん属性を持ったガンマ君に惹かれちゃっているのだろう。
「が、我慢、我慢……」
シャインとライトはガンマ君の下心の無さを知っている。
二名は下心丸出しなので、今は耐える必要があった。
シャインだってガンマ君に抱き着いてよしよしされたいだろうし、ライトもデイジーちゃんを抱きしめてよしよししたいはずだ。
だが、ここで騒げば子供と同じ。二名の大人っぽい心が理性を芽生えさせる。
「キララさん、お待ちしてました。えっと、盗賊が出たと言うのは本当ですか?」
デイジーちゃんのお母さんこと、美人な未亡人であるイーリスさんが私のもとに歩いてきた。
「はい、盗賊が出ました。でも、私達が丸め込んだので、安心してください」
「ほっ……。よかった……。昔は貧乏すぎて盗賊に襲われるなんて被害はほぼ無かったんですが、さすがに豊作だと害虫みたいに寄ってきますから、最近は怖かったんです……」
イーリスさんは大きな胸に手を当て、呼吸を整える。
「キララお姉ちゃん、いらっしゃい」
しっかりと踏みしめて走ってくるのはデイジーちゃんの弟であるルイ君だ。一年前よりも成長し、言葉もしっかりと喋れるようになっていた。ペンギンのようなヨチヨチ歩きが本当に可愛らしい。
「おはよう、ルイ君。今日は一緒に頑張ろうね」
「うん!」
ルイ君はイーリスさんのもとに戻っていき、脚に抱き着いた。
「じゃあ、皆さん。今日は麦の収穫の日です。気を引き締めていきましょう!」




