藍色髪の青年
「へへへ、ここの村は大豊作だな。ありがたく奪わせてもらおうかー!」
どうやら、豊作の村を狙い、大金を荒稼ぎする悪い集団がネード村に眼を付けてしまったらしい。
「ベスパ、悪い人は何人いる?」
「そうですね。ざっと八〇人くらいいます」
「大規模な集団なんだ。きっとその分、多くの者を泣かせてきたんだろうな」
私達は盗賊がはびこる山道を堂々と移動する。
「あー、すみません、すみません。通してくださーい」
「あ……。なんだ、ガキか?」
盗賊たちはあまりにも奇怪な行動にあっけにとられ、動けなくなっていた。人は理解できないことが起こると思考を回すため、硬直するのだ。
私はネード村の入り口をデイジーちゃんのお爺さんに開けてもらう。もちろん、盗賊もゾロゾロと入ってきた。
何とも滑稽な行動だ。
お爺さんを黙らせようとしていた盗賊は武器がブラットディアに食われ、悲鳴を上げた。
「おいガキンチョ。わざわざ入りやすくしてくれてありがとうな。おかげで仕事が楽になったぜ」
質が良い毛皮の服を着た盗賊たちのボスっぽい藍色髪の青年が、剣を持ちながら言う。ほんと、相手の実力をもっと考えてほしい。私の隣にいるライト君なんて激おこなのに……。
「あのー、皆さん。あまり怒らないでほしいんですけど、騎士団に行く覚悟がありますか?」
「は?」
八〇人の声が被ったような気がした。
「姉さん、もう、どうだっていいよ……」
ライトは杖を振り、八〇人を一斉に拘束した。あまりにも早い。
普通の場合『拘束』は一人に対して一回の詠唱が必要なのに、ライトは無詠唱で八〇人分のバインドを一瞬で終わらせていた。まさに神業……。だが……。
「ふっ! ただの『バインド』で捕まる俺じゃねえぜ!」
魔力で作られた『バインド』の縄が、なぜか青年に破られる。
「面白いガキだな。ちょっと試させてくれよ。『加速』」
青年は質素な剣を持ちながら、地面を蹴って急加速。脚の回転が見えないほどの速度で近づいてきた。脚が光っていないため、スキルではなく魔法だ。
魔法が使える盗賊もいるんだな。
「『圧縮』『押す(プッシュ)』」
「くっ!」
魔法陣が展開されたと思ったら、地面が陥没するほどの高重圧が青年の体に降り注ぐ。そのせいで、青年は地面に埋め込まれた。目にも止まらぬ速度で走っていたのに……、ライトの攻撃範囲が広すぎて関係なかった。
「はははっ、良いね!」
青年は身体強化っぽい魔力の使い方をしながら身を持ち上げる。すると、光が発生した。どうやら、スキルが発動したようだ。魔法が打ち消され、剣がライトの顔に迫る。
「…………」
ライトは何もしなかった。どうやら、自分と相性が悪い相手だと判断したらしい。だが、何もしない判断を取れるなんて、肝が据わりすぎている。
「はっ!」
ライトが何もしないでいると、背後の帆から黒い木剣が突き出され、青年の鳩尾に打ち込まれる。
「んんんんんんんんんっ!」
青年は急所に強烈な一撃を打ち込まれ、勢いよく弾き飛んだ。
「もう、ライト。私はガンマ君と一緒に楽しくお話しをしていたのに勝手に面倒な役を押し付けないでよ」
「ごめん、ごめん。どうも、相手のスキルが魔法を消す能力っぽいから、僕と相性が悪いんだよ」
「だから、魔法以外も鍛錬しないと駄目って言っているのに……」
ライトとシャインは双子だからか、何を考えているのかだいたいわかるそうだ。まあ、ライトが相手の隙を作るために言葉を出さず、念話を使ったのかもしれない。
「はぁ、はぁ、はぁ……。またガキ? どうなっているんだ……」
青年は鳩尾を押さえながら苦笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「私はガキじゃないよ。シャインだよ。お兄さん、悪い人っぽいから、捕まえるね」
「なめんじゃねえよ。こちとら、ガキに負けるほどやわじゃ……」
シャインは一瞬で青年の前に飛び出した。もう瞬歩で八メートル以上移動し、頭上に黒い木剣を掲げ、振りかぶらんとしている。
青年は身動きすら取れず、あっけなく頭部を破壊……、されていないが面打ちを食らい、白目を向いて気絶。
盗賊たちはけらけらと笑いながら、子供に負けてやがるとか言い、全員、騎士団に行く覚悟があるようだ。今もライトのバインドが掛けられているのに……。
「皆さん、どういった経緯でここまで来たんですか?」
「は? 街で悪さが出来なかったから、来ただけだ」
どうやら、盗賊たちは頭が悪いようだ。
「もう、悪いことはしないようにしてください」
「嫌だね。悪いことだーい好きなんだ。子供に言われたくらいじゃ、止められねえぜ」
「じゃあ、どうやったら悪いことをしなくなりますか?」
「そうだなー、死ぬような思いをしたら、しなくなるんじゃないかーっ。まっ、ガキにそんな思いさせられるわけねえけどなーっ!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
盗賊たちはお酒を飲んでいるわけでもないのに、元気な高笑いを発した。
「姉さん、彼らはどうやら、空を飛びたいみたいだよ」
ライトは私の方を見ながら言った。
「そうだね。死ぬ思いをしてもらおうか」
「ん?」
盗賊たちは目を丸くして、今から何をされるのかまるで理解していない。
――ベスパは『バインド』で捕まっている者達を上空八八八八メートルに飛ばして。その後、縦横無尽に動かしてあげて。
「了解しました」
ベスパが光ると、森の周りから、大量のビーが現れ、盗賊一人に八匹のビーがくっ付き、気絶している青年以外を浮かばせる。
「ちょっ! な、なんで浮いているんだ!」
盗賊は脚をばたつかせ、大きな声を上げる。
「じゃあ、盗賊の皆さま。心持ががらりと変わる恐怖の空の旅をお楽しみください」
「ちょ、まてっ! ぐあああああああああっ!」
盗賊は時速八〇キロメートルの速度で空へとロケットが発射されるように飛んで行った。後に続いて七八人が叫びながら追っていく。
「さてと、話し相手は一人いればいいか」
私は地面に倒れながら気絶している盗賊のボスっぽい青年に近づいていく。目を回し、頭部にたんこぶが出来ていた。
シャインに面打ちを食らったら体が真っ二つになるはずなので、だいぶ手加減されたようだ。
服装は革と毛皮の品。まあ、全体的に茶色っぽい。首や腰回りにウォーウルフの毛皮が巻き付いている。毛皮で作った灰色のローブを肩から羽織っていた。一番派手な服装だったので盗賊のボスっぽいと判断した。
私は男性の体をネアちゃんの糸でぐるぐる巻きにしていく。加えて頭だけを出し、首から下は地面に埋めた。普通なら身動きが全く取れないはずだ。
「シャインとライト、ガンマ君は先にデイジーちゃんの家に向ってくれる。私はこの人と話があるから」
「姉さんだけで大丈夫?」
「お姉ちゃんだけで大丈夫?」
「安心して。私は簡単にやられないよ」
「いや、相手の方が……、大丈夫かなと思って」
ライトは苦笑いをしながら言った。私はどれだけ鬼畜な人間だと思われているんだ。
「私は人殺しなんてしないから安心して。あと、二人がいると余計に被害が広がりそうだから、先にデイジーちゃんの家に挨拶しておいて」
「わかった。じゃあ、僕たちは先に行ってくるね」
ライトとシャイン、ガンマ君はデイジーちゃんの家に走って行った。
「さてと……。この無駄にカッコいい盗賊さんに話でも聞きましょうかね」
私は藍色の短髪に切っとした眉、猫のように細長く一重が特徴的な目、韓流アイドルっぽいイケメンの男性の前に立ち、どうやって起こそうか考えた。
――頭を踏みつけて起こすのは流石に、悪人が過ぎる、かといって頬を叩いて起こすのもな……。デコピンしても私が痛いだけだし。
私は考えた末『ウォーター』を使い、頭から水をぶっかけて起こす。
「うわっ! な、何が起こった……」
「おはようございます」
「が、ガキ……。くっ、卑怯な真似を……」
藍色髪の青年は薄い唇を噛み、親を殺した仇に見せるような鋭い眼光を私に向け、体を動かそうとする。
「この糸、全然緩まねえし、切れねえ……。土も魔法が使われていない。どうなっているんだ」
「『ファイア』を使えば簡単に切れますけど、自分の体が焼け焦げるので、お勧めはしません」
「ちっ。こんなガキに捕まるとか情けなさすぎる……」
藍色髪の青年は視線を背け、呟いた。
「いえいえ、私に捕まる以前に盗賊なんてしている時点で情けないと思いますよ」
「うるせえ、俺達の生き方を侮辱するな!」
青年は吠えた。まあ、確かに……。盗賊を侮辱した気はなくもない。
「すみません。盗賊にも誇りを持っている方がいたんですね。謝ります。で、何しにこの村に来たんですか?」
「さっき、他のやつが言っていただろ、畑の麦やら、野菜が豊作だから狙った。ここまで豊作な場所は珍しいからな、久々に儲けられると思ったが、まさかこんな用心棒がいるとは……」
「まあ、私達は用心棒じゃありませんけど、その点は別にいいです。狙った理由はわかりました。じゃあ、どこから来たんですか?」
「俺達は各街で仕事を失った者の寄せ集めだ。最近はビースト共和国にいた……。少々いづらくなってルークス王国の王都に向かおうとしていたら、街でどんちゃん騒ぎをしていて……、このあたりは金が回っているようだったからな、村も金目の物を溜めていると思った」
「ビースト共和国から来たんですか……。珍しい。あそこは人族が寄り付かないと思っていました」
「普通の人間は行かない。俺達みたいないる居場所の無い物たちがよく行く場所だ。物価が安いからな、生活しやすいんだ。言葉はわからないが……」
藍色髪の青年は普通に話した。
会話してわかったが、青年は案外出来る人間のようだ。脳まで筋肉の男達とはわけが違う。しっかりと判断できる知能をもっていた。やはり、魔法が使えるだけのことはある。




