ラルフさんの状態
私達はレクーが引く荷台に乗り、リーズさんの病院に向かった。
病院に到着後、一年以上眠り続けているラルフさんがいる病室に行く。
街に来るたびに私はラルフさんのお見舞いに来る。昔の自分と今の自分を比べ、今の自分ならもっと賢明な判断が出来たのではないかと当時を悔やむのだ。その過去の自分に対する怒りを活力に変えて努力してきたと言っても過言じゃない。
駄女神はラルフさんがいずれ目を覚ますと言っていた。なので、心配はしていないが、あの駄女神が言うことだ。信頼していいかわからない。
病室に到着すると、いつもと雰囲気が違った。
「あれ……。ラルフさんの呼吸器が外れている……」
ラルフさんは自力で呼吸できるまで回復していた。こうなれば、回復が早いかもしれない。
「ああ……、ら、ラルフ……。ラルフ……」
一番嬉しがっていたのはセチアさんだった。まだ、目を覚ましたわけじゃないのに、泣き崩れ、クレアさんを困らせていた。
私はメリーさんとクレアさん、セチアさんを病室に残し、リーズさんのもとに駆けた。
「リーズさんっ! えっとえっと! ラルフさんの呼吸器が外れていて、点滴も無くって!」
「キララちゃん。病院内では静かに」
白衣を着ている医師のリーズさんは緑色っぽい髪の位置を手で直し、緑色の瞳をわたしに向け、人差し指を口元に当てる。
「す、すみません……。えっと、ラルフさんは回復しているんですか」
「私も驚いているよ。少しずつだけど、回復の兆しがある。ときおり手を動かすときもあるんだ。小さな声を出すときだって一度や二度じゃない」
「そ、そうなんですか……。よ、よかった……。無事なんですね」
「ええ。命に別状はない。ただ、長い間眠っていたこともあり、意識障害や合併症を越している可能性はある。以前の彼と全くの同一人物と考えるのは少し高望みしすぎかも知れません」
「でも、生きているなら、万々歳です。目を覚ましたら奇跡ですよ」
「はは……、そうですね」
私はリーズさんに王都に行ったと言う話をした。
「リーズさん。私、王都のウルフィリアギルドに行ってきたんですけど、凄く大きくて驚きました。あと、フェンリルさんもいておしっこをちびりそうになるくらい驚きました」
「キララちゃん……、あなたって人は……」
「あ……」
私はリーズさんには悪魔の話や正教会がらみの話をしていたんだと思い出した。なんなら、霊安室に領主の魂の抜け殻が置いてあるのに、私はなぜ言ってしまったのだろうか。
私も女の子だし誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
私はリーズさんに威圧された後、ため息をつかれ、反省した。
「キララちゃんが無事に戻って来てくれたのでよかったけど、王都はキララちゃんにとって危険な所なんだよ」
「は、はい……。すみません。でも、病気の影響で正教会の意識が分散していた時期だからこそ、いけたと思っています。あの時期を逃したらもう、いけないと考えたんです」
「まあ、確かに王都は人口が多く、他の街も流行病のせいで正教会に頼るほかなかったからね」
「その、王都に行ったとき『聖者の騎士』に会いました」
「そうなんだ。元気そうにしていたかな?」
「はい。皆さん、ウルフィリアギルドのギルドマスターに怒られていました。その話し合いが漫才みたいでとても面白かったです」
「はは……。相変わらずだね……。Sランク冒険者の貫禄はあったかな?」
「そうですねー。なんか、近所のおじさんみたいでした」
「なら、大丈夫そうだね」
「え? どういう意味ですか」
「『聖者の騎士』にSランク冒険者なんて肩書は似合わない。どちらかと言うと自警団と言ったほうが近いかな。貫禄が出てしまったら仕事を頼みづらいでしょ。そんな冒険者集団になっていないと言うことは、昔と変わっていないと言うこと」
「なるほど。昔から、あのような冒険者パーティーだったんですね」
「ええ。実力はさることながら、努力を積み重ね、多くの依頼をこなしてきました。今も行えているのは多くの経験を積んできたからに違いない」
「その『聖者の騎士』に会った時、私、気づかれそうになったんです。一度も会った覚えがないのに……」
「『聖者の騎士』とキララちゃんはこの病院で会っているんだよ」
「え……。そうなんですか?」
「もう一一年近く前。病院を開き、聖者の騎士を止めた日。八月八日、八時八分八秒にキララちゃんはお母さんから産まれました。もう、産まれた時から可愛くて天使の子でも産まれたのかと勘違いしたよ。『聖者の騎士』も病院の開設とジークの結婚祝いなんかをしてくれた時があった。その時、キララちゃんは『聖者の騎士』に抱かれていたんだよ」
「へえー。生まれた時の記憶なんて覚えていませんから、私は初対面だと思ってしまいました。でも、赤ちゃんの顔と私の顔が重なるってなかなかすごい記憶力ですね」
「まあー、冒険者はそう言う記憶が残りやすいんだろうね。あと、単純にキララちゃんが物凄く可愛かったから、目の奥に焼き付いてたんだと思う。挨拶はしたのかな?」
「いえ、ちょっと怖かったので、していないです。と言うか、普通に名前が気づかれたくなかったので、逃げました」
「賢明な判断だね。きっと彼らに捕まったら、自分の子のように甘やかされるだろう。皆、結婚していないし。そろそろ引退しないと婚期を逃しそうだけど……、冒険者は辞めないだろうな」
リーズさんは腕を組み、苦笑いをしていた。彼らの性格上、結婚よりも、仕事を選ぶと考えているようだ。
「私、王都の学園にも言ってきたんですけど、冒険者で一番凄い、ドラグニティさんに会いました」
「な……。つまり、ドラグニティ魔法学園に行ったと……。大丈夫だったかい? 何もされてないかい?」
リーズさんは私の肩に手を置き、心配そうに訊いてきた。
「だ、大丈夫です。生徒にいじめられたり、けなされたりはされませんでした」
「生徒の話じゃなくて、あの変態爺さんの方にだ」
「…………」
私はドラグニティさんの厭らしい視線が、大人の女性に向いている現場を何度か目にしていた。なので、リーズさんの言葉を信じるに値するだろう。
「なにもしてきませんでした。さすがに少女に欲情するような方ではありませんでしたよ」
「そうか……。よかった。でも、キララちゃんくらい可愛かったら、学生になったとたん、多くのセクハラ行為が行われるかもしれないから、気を付けるんだよ」
「は、はい……」
私はドラグニティさんを普通に尊敬していたが、リーズさんの印象の悪さから、私の思っているドラグニティさん像まで崩れていくような気がした。
まあ、お爺さんは性欲が無いと長生きできないか。
「確かにドラグニティさんは変態だけど、冒険者や指導者として優秀なのは確かだ。彼以上に依頼を攻略した者はいない。獲得した報酬も未だに彼が一位だろう。今でさえ働いているのに……。普通の人間が八〇年毎日依頼を受けても到底追いつけないはずだ」
「そんなに……。改めて、ドラグニティさんの凄さがわかった気がします……」
「本当にすごい方だよ。でも、あのお爺さんから自分の身はしっかりと守るように」
「はいっ! 体を触られたら、ブラッドディアの檻の中につっこんでやります」
「ブラットディア? なぜ、そこでブラットディアが出てくるんだい」
「あー、えっと、そのー。気持ち悪いじゃないですか、ブラットディア。あれに埋もれさせたら苦しむかなーと思いまして」
「ドラグニティさんはドラゴンにも勝てると言われている方だ。そんな方が、ブラットディアごときで悲鳴を上げるとは思えないけど……」
――上げるんだよなー。もう、一匹のブラットディアだけで失神しちゃうくらい苦手な生き物なんだよ。まあ、内緒だけど。
「キララちゃんは来年、学園に行くことになるんだよね?」
「はい。もう、毎日勉強ばかりしています。たくさんたくさん勉強して、必ず三学園受かって私を選ばせてやります」
「ん? どういう意味……」
私はリーズさんに三学園を受け、一番待遇の良い学園を選ぶ予定と言いうと、苦笑いをされた。さすがの私でもやりすぎだと言わんばかりに、頭を撫でてくる。頑張れの意味だろうか。
「じゃあ、リーズさん。私はこれくらいで失礼します」
「うん。ラルフ君のことは任せて。目を冷ましたら、手厚く看病しておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
私はリーズさんに頭を下げ、ラルフさんの部屋に戻る。
「ラルフ……。愛しの私が待っているんだから、早く目を覚ましなさいよ……」
セチアさんはラルフさんの隣に寝ころび、抱き着いていた。まあ、治療中じゃないから問題ないだろう。
「唇にキスしたら目を覚ますかもよー」
メリーさんはセチアさんをからかった。
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