働きすぎ
「美味しいです……。沢山働いたかいがありました……」
私はプディングを一口、また一口を口の中に入れていく。少しすると、小山が盆地になり、まばたきの内に皿の上から消えてなくなっていた。いったい誰が……。
「も、もう無くなってしまった……。うう……。ショウさん。ものすごく美味しかったです。これからもお菓子作り、頑張ってください」
「はい。私の方こそ、キララさんが美味しそうに食べてくれて、凄く嬉しいです。多くの人を笑顔にしていると実感できました。これからも頑張っていきます」
私はショウさんから牛乳とバター、チーズ、エッグルなどの料金を貰う。私一人じゃ持ちきれないほどの金貨の枚数で、ベスパに荷台に運んでもらった。
「はぁー。本当に美味しかった……」
「ですですー。あのほろりと溶ける甘さ……。格別でしたねー」
ベスパはプディングを食べていないはずだが、私の舌と繋がっているので、味覚を共有していた。
虫をもうならせる美味しさ。やはり、ショウさんのお店のお菓子は甘さが丁度良い。卵の味が感じ取れるくらいの控えめな甘さだからこそ、今も心を暖めるほど良い余韻を引き出してくれている。
王都で食したパウンドケーキの甘さはやりすぎだ。海鮮丼にイクラやウニ、ホタテ、アワビ、マグロ、タイ、イカ、エビ、サーモン、ウナギ、ヒラメ、カツオ、タラコなどなどがごちゃまぜで乗って出てきても、うわっ……と思うのと同じだ。
「ショウさんのお菓子がまた食べたくなっちゃう街の人達の気持ちがわかるよ。ほんと美味しかったー。私もプディングもどきは作れるけど、ウトサが無いから、作りようがない。いつか、作れるといいな……」
私は牛乳プディングやチーズプディングなどを想像し、涎が出てきてしまう。ゆくゆくはプディングアラモードなども作りたい。妄想を膨らませたら、今の仕事が全く苦じゃなくなるのだ。お金を稼ぎ、いつか、いつかと言い続け、本当に叶えて見せると決意を固める。
「さてと、最後はオリーザさんのパン屋さんだ。おやつ時を過ぎたし、少しは数が減っているといいな」
私はオリーザさんのパン屋さんに向かう。すると、案の定、人込みだらけだった。私は時間を食うと思い、裏の扉から呼びかける。
「すみません。キララ・マンダリニアです。商品をお届けにまいりました」
私が呟いて経った八秒。扉が開き、汗だくのオリーザさんが現れる。
「嬢ちゃん。待ってたぜ……」
オリーザさんは目の下を真っ黒にして、やつれていた。そのせいでまだ三〇代にも拘らず物凄く老けて見える。明らかに疲れが溜まっているのに、なぜか笑ってる。
「オリーザさん。寝たのはいつですか?」
「ざっと三日前だ」
「……四の五の言わずに寝てください」
「こんな稼ぎ時はないからな。今、稼いでおけば、のちの生活が楽になる」
「はぁ……。働きすぎは体に毒ですよ。体を壊したら意味がありません。今月休みなく働いていますよね?」
「当たり前だ。休日など無い」
「少しは休まないと、パンの味に支障をきたしますよ。美味しいパンを作り続けるためには体調管理もしっかりとしないと」
「だが、俺以外にパンを作れる奴がいない。もう、パンが売り切れそうになって仕方が無いんだ。今、多くの者が俺のパンを欲しがってくれている。一年前と比べたらもう人の入りが八〇倍くらい違うんだ。こんな夢みたいな時間を楽しまないでどうするってんだ!」
オリーザさんはとても嬉しそうに語る。だが、大きな声を出した瞬間に足元をふら付かせていた。今にも倒れそうだ。
「はぁ……。私もパン作りを手伝います。一番きつい仕事は何ですか?」
「そりゃあ、生地を作るところだが……」
「なら、私が請け負いますから、その後の仕事をお願いします」
私はショウさんの時と同じように、オリーザさんのお店でも手を貸すことにした。パンの生地とお菓子の生地は全くの別物で、酵母の発酵を利用しなければならず、時間が多少かかる。
なら、魔力で酵母を活性化させ、時短を試みた。思った通り、普段は三〇分かかる寝かせの時間が、ものの八〇秒で終了した。超時短である。小麦粉と水、卵黄、バター、牛乳と言う具合に混ぜ込んだ生地に、ベーキングパウダーっぽい酵母菌を入れるとすぐに発酵しモチモチのパン生地が出来上がる。
ビー達がせっせと混ぜ込み、パンを一個の大きさにちぎっていく。オリーザさんはパンの形や焼き加減を見て、一人で行うより格段に速い動きでパンが出来上がっていく。
「ははははっ! なんだこりゃっ! 仕事の速度が八倍以上になっている気がするぜ!」
オリーザさんに私の魔力を流し、少しの間、体を活性化させる。そうしないと、彼の体がもたないと思ったのだ。
魔力を外部から注ぐと言う行為がどこか、エナジードリンクを決め込む行為と酷似しており、体にいいとは思えない。活力の前借りとでも言おうか……。この後、しっかりと休んでもらわないとな。
大量のパンが出来上がり、お店の売り上げは上々。客足が減るどころか増えているにも拘わらず、品薄になることはなかった。
「ふぅー、終わった終わったー。って、キララ……」
オリーザさんのパン屋でアルバイトをしている長身の男、レイニーが料理場に入ってきた。
体を常日頃から鍛えているため、腕が太くなり、胴体も男らしく成長している。そこらへんにいる日本の中学生なんかと体の出来が違った。高校生と言われても信じる。大学生と言われたらさすがに顔が幼すぎるか。
「レイニー、お疲れ様。すごい数のパンが売れたんじゃない?」
「ああ。もう、数えきれないくらい売れた。にしても、後半の伸びがすごいと思ったら、キララの影響か。後半から、パンが増えだすなんてほぼ無いから、驚いたぜ」
「品薄になったらお店の評判が下がるかもしれないし、売り上げに問題が起こるからね。あと、普通にオリーザさんが死にそうだったから、手を貸したんだよ。えっと、オリーザさんはいつもあんな感じ?」
私は調理台に突っ伏しながら倒れているオリーザさんを見つめる。
「まあ、ここのところ仕事終わりはいつもあんな感じだ。死力を尽くしてぶっ倒れているんだよ」
「このままじゃ、オリーザさんが仕事中に倒れるのは時間の問題だと思うけど……」
「俺とコロネさんも休んでほしいと言っているんだが、オリーザさんが頑固すぎてな。全然いうことを聞いてくれないんだ。生誕祭の間、ずっと働きっぱなしで、さすがにやばいと俺も思ってる」
「多分、仕事が中毒になっちゃっているんだと思う」
「仕事が中毒?」
「そう。仕事をしないと、体が気持ち悪くなるの。だから、オリーザさんは仕事がしたくてたまらなくなっちゃうんだよ」
「仕事がしたくてたまらなくなっちゃうなんて、恐ろしいな……。でも、オリーザさんが楽しんでいるならいいと思うけど……。さすがに、倒れるまで行うのはやりすぎているよな」
「うん。だから、お休みの日を作った方が良い。私でも七日に一度休んでるし、休みなしで働き続けるのは不可能だよ」
「なるほど……、休みか。でも、オリーザさんは病気にならないと休まないんだよな。どうにかして休みを作らせねえと……」
レイニーはオリーザさんの体を持ち上げ、寝室のベッドに運ぶ。オリーザさんの体は大きめで、推定体重は八〇キロ以上あると思うのだが、レイニーはやすやすと持ち上げていた。
昔はもやしみたいに線が細かったのに、今では大柄な男を持ち上げられるくらい力を付けちゃって……。
「キララちゃん、助けてくれてありがとう。ほんと、オリーザさんはやると決めたら最後までやり切っちゃう性格なの。休むって言うことができないおバカなオリーザさんに手を貸してくれて本当にありがとう」
カウンターからやってきたコロネさんがお腹を摩りながら感謝してくる。
私は各食品の料金をオリーザさんの代わりに払ってもらい、確かに受け取る。
「コロネさん。休日を作るようにオリーザさんに強く言ってください。コロネさんのお願いなら聞いてくれるかもしれません」
「そうだね……。あのまま倒れちゃっても困るし、七日に一度は休みの日を作ろうかな。ちょっと強めに言うよ」
コロネさんとオリーザさんの関係は亭主関白気味なのか、コロネさんの方が立場が弱いらしい。
でも、子が生まれてからはどうなるかな……。オリーザさんの性格だと、子育てはしてくれそうだけど、仕事ばかりやっちゃうお父さんになるかもしれない。優しいのはわかるが、仕事が大好きすぎるのも問題だな……。
「オリーザさんにお願いするときは是非とも、オリーザさんの体を労わっていると言う点を重視してお願いしてみてください。自分は妻に心配されていると思えるだけで男性は嬉しいものです。あと男性は未来についてよく想像できません。なので目先の利益を取ろうとします。長い目で見てもらえるよう、しっかりと説明してくださいね」
「わ、わかった。ありがとう、キララちゃん。なんか、お母さんに話しを聞いてもらっているような感覚なんだけど……、本当に一一歳だよね?」
「そ、そうですとも。見てください、このすっとんきょんな胸を。この胸を見て私が一一歳じゃないとお思いですか?」
「胸は関係ないと思うけど……。えっと、キララちゃん色々教えてくれて、私達を支えてくれて本当にありがとう」
コロネさんは私にぎゅっと抱き着き、大きな胸を私に当ててくる。この巨大な脂肪の塊の中に母乳でも詰まっているのだろうか。
まあ、日本でも一八歳で親になると言うのはあり得ない話じゃない。この世界だと普通らしいし、少し複雑な気持ちになるけど、応援しよう。
あと、コロネさんの赤ちゃんが生まれるころには粉ミルクも作れるようにしておかないとな。
私はコロネさんのお腹に耳を当てる。まだ大きくなっていないが、この中に新たな生命があると思うとなぜか心が暖かくなった。臨月まで大きくなるのは後八〇日後くらいかな。
「元気に生まれてくるんだぞー」
私はコロネさんのお腹を摩りながら呟いた。
「は~い」
コロネさんは可愛らしい猫なで声を出す。生まれてくる子が男の子だろうが女の子だろうが、溺愛する姿が余裕で想像できる。
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