去年の八倍
フラワーローズの前に来ると、天気が良いからかテラス席でも多くの方が飲食を楽しんでいた。
若い女性が多く、人気を獲得している。どこかの世代に刺されば、お店は持つ。カロネさんのお店は結構安泰だ。
私はお店の中に入る。昔は一人で切り盛りしていたのに、今は多くの女性定員さんが活躍していた。
どうやらカロネさんは人を雇ったようだ。まあ、大人数を一人でさばけるわけがないので、懸命な判断だな。
「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか? 店内で飲食されますか?」
女性定員と言っても、年齢はとても若い一二歳くらいの女の子。
ほぼ私と同年代くらいの子が働いていた。親を助けたい一心で仕事をしているか、お小遣い欲しさにアルバイトをしているのだろう。
まあ、日本で未成年を働かせたら違法だが、この世界ではごく普通に子供が働いている。一年前は子供が死ぬまで働くと言う事態が多発し、子供を働かせないようにしたらしいが、街や働き方が変わり子供でも安心して働けるようになっていた。
「えっと、店長を呼んできてくれますか?」
「ええ……、もしかして不手際ですか。店長を呼べだなんて……」
「いや、普通に知り合いですから、店長を呼んできてください。キララと言えばわかるはずです」
「わ、わかりました」
メイド服のような姿をしている少女はお店の奥に歩いていく。八〇秒ほど経つと、私のもとに少女が戻ってくる。
「カロネ店長が調理場に入ってもらってと言っています。ついて来てください」
「わかりました」
私は少女の後ろを歩き、初めてカロネさんの調理場に入る。大きな料理台にいくつもの魔石コンロ。湯沸かし用の細い注ぎ口が着いたポット。カップが沢山入った戸棚。紙コップの山。
カップを手洗いしている子供や料理を作っている子供、掃除を軽くしている子供などに交じって、てんやわんやしている店長のカロネさんがいる。
カロネさんは子供達と似たメイド服調の服を着ており真っ白なエプロンを付けている。赤茶っぽい長い髪をポニーテールにして邪魔にならないようにしていた。何個ものカップに紅茶をそそぎ、珈琲をそそぎ……、大忙しだ。
「ああ、キララちゃん。ごめん、今、びっくりするくらい忙しくて子供の手を借りないとお店が回せないの」
「私も、こんな忙しい時間帯に来てしまってすみません。えっと、この状況はなぜ起こったんですか?」
「それが……、ライト君が紅茶やコーヒーを売るならお菓子は店内で売った方が良いって言ったの。だから、ショウさんにお願いしてクッキーだけでも卸してもらったらこの通り……。最近じゃ、ケーキまで卸してくれるようになったのは良いんだけど、繁盛しすぎて人の手が足らなくなっちゃった……」
カロネさんはここまで繁盛するとは思っておらず、先のことを考えていなかったようだ。
「んー、願ったりかなったりの状況だと思うので、仕事の見直しが必要ですね。一番大切なのはカロネさんの気持ちです。優先事項を決めて切り捨てる行為も大切ですよ」
「うう……、そうなんだけどさ……。やっぱり、儲けられる時に儲けないとこの先、生きていけるか不安なんだよ」
「安心してください。カロネさんの腕は一級品です。どこの貴族に行っても雇ってもらえますし、王宮で働いていたと言う実績はそう簡単に落ちません。カロネさんは自分で思っているよりも価値が高い人間ですから、お金を生み出すことは容易ですよ。なんなら、その美貌を使ってお金持ちの男と結婚しちゃうなんて手も取れるくらいですから」
「な、なんかキララちゃんのおかげで不安が一瞬にして飛んだよ……」
カロネさんは吹っ切れたのか、てんやわんやしなくなった。
「私、落ち着ける場所を作ろうと思ってこのお店を始めたの。だから、沢山人がいて、がやがやしているのもいいけど、まったりした雰囲気をもっと大切にしたい」
「なら、人数制限を付けるとか、おしゃべりは外でしかできないようにするとか、色々対策はとれます。カロネさんのお店ですから、好きなように動かしてみてください。失敗して借金が膨らんだとしても焦らず、先を見て行動しましょう。お客さんの気持ちも大切ですけど、続けていくためには自分の気持ちも大切です」
「えっと……、キララちゃんは本当に一一歳?」
「ええ。正真正銘の一一歳です」
私はカロネさんと話し、忙しい時間を邪魔してはいけないと思ったので、牛乳パックを三〇本卸して金貨一五枚を受け取った後、美味しい美味しい珈琲を持ち帰り(テイクアウト)して、お店を出た。
受け取った紙コップと蓋が質素ながら硬さがあって持ちやすく、触り心地もいい。表面がデコボコしているので滑りにくく、紙コップの厚みがあるため熱もほど良い。
飲み口から白い湯気がふわりと漂う。鼻で軽く息を吸うと鼻腔に珈琲独特の爽やかな香りが入り、脳が休まるのを感じる。
息を吹いてから飲み口にそっとキスをして、紙コップを傾ける。口で空気を軽く吸いながら珈琲を口内に入れた途端、珈琲の苦味が舌に加わり、味でも脳が覚醒。
カフェインが睡眠を促すホルモンを阻害し、眠気を飛ばした。
味はさることながら、香りまで一級品の一杯。これが銀貨一枚で飲めてしまうのだから驚きだ。きっと王都に行けば金貨一枚は容易く超えるだろう。
「うぅ……。なんか、焦げ臭いにおいがする……」
フルーファは鼻を鳴らし、顔を顰める。魔物からしたら臭い香りにしか感じないのだろう。
「ま、仕方ないよね。舐めてみる?」
私は紙コップの蓋に珈琲を少量だし、冷ましてからフルーファに舐めさせる。
「うげええええ。なんじゃこりゃっ! 毒か! 女王様に毒を飲まされた!」
フルーファは毒を食らったように駆け回り、地面に転がった。そのまま、もう死ぬのかと言う雰囲気を醸し出しながら動かなくなった。
「毒は入っていないから安心して。ただ苦いだけじゃなくて奥にある香りを楽しむんだよ」
「……人間わけわからん」
フルーファは鼻で息を吸いながら仰向けになり、呟いた。
「珈琲に関しては同感かな……」
レクーもぼそっと呟いた。
「ほんと、おこちゃまな舌ですねー。私ほどの舌にならないと、コーヒーの美味しさはわかりませんよね」
ベスパは虫の癖に珈琲の味がわかりますマウント(自慢)をして、レクーとフルーファをあおる。
ベスパの舌は私と繋がっているので、感覚や脳まで似ている影響から、コーヒーの美味しさがわかるだけなのに……。
「さすがベスパさんです。やっぱりわかる者にはわかるんですね」
レクーは純粋な子共のように喋り、ベスパを持ち上げた。
「ふふふっ、そうなのですよ。わかる者にはわかるんですよ!」
ベスパは胸を張り、背を反らせる。そのまま後方回転しながら飛んでいた。
「ベスパさんがコーヒーの美味しさがわかったとして何になるんだ? 虫ですよね?」
フルーファはベスパに聞いた。あまりにも真っ当すぎてベスパは真顔になる。
「…………」
「ベスパ。論破されちゃってるよ……」
私はウォーウルフの頭がいいと改めて感じさせられた。
現在の時刻は午前一一時頃。もう、昼食がすでにそこまで迫っているが、街に配達に来るさい、私は毎回良い昼食を得られない。
出店のパンを買うか、干し肉を齧るなどして餓えを凌いでいるのが普通だ。
今回もいつも通り、干し肉を齧りながら、スグルさんのいる騎士団に足を運んだ。
ライトが月初めに一気に運んだらしいので、今回は牛乳を売りに来たわけではなく、祭りの概要と言うか、騎士団は役所紛いな場所でもあるので、土地の兼やライトが何かしでかしていないか聞きに行くのだ。
騎士団に到着すると、騎士に駐車場へと案内される。場所は騎士団の広い敷地内。そこらへんに止めておくと混雑の原因になるとのことで、駐車場を作った方が良いとの方針になったらしい。
フルーファは魔物だが、騎士には私がウォーウルフを使役していると言う嘘紛いな発言を信じてもらう。
レクーとフルーファには騎士団の敷地内で大人しくしてもらい、私は建物の中に入り、スグルさんの研究室に向った。
「はあ……。疲れた……。仕事が多すぎる……」
扉の向こうから、すでに疲れ切っているスグルさんの声が聞こえて来た。働き方は改善されたが、また何か仕事を押し付けられたのか、なまじ頭がよく容量が良いスグルさんは仕事に追われている。
私は扉を叩き、名前を言った。
「すみませーん。スグル・サイエンさんに用があってきました。キララ・マンダリニアです」
私が名前を言うと、スライド式のドアが開かれ、スグルさんが泣きたそうな顔で私を見て来た。何かあったのかな……。
「うう……、キララさん……」
今日のスグルさんはイケメンではなく残念イケメンになっていた。よれよれの服装の上から薄汚れた白衣を着て茶髪は何日お風呂に入っていないのかと思わされるほどテカテカしている。髭も軽く伸びており、手入れしていないから不衛生に見える。元はイケメンなのにもったいない。
「えっと、スグルさん、どうかしましたか?」
「どうもこうも、自分でもいったいどうなっているのか訳がわからないだ……」
スグルさんは紙に決算書と書かれた書類を見せて来た。至る所にお店の名前と売り上げ高、材料費、集客数などが書かれており、どれもこれも黒字ばかりだ。どうやら、街の景気は良いらしい。
「あの、全く訳がわからないんですけど……」
「俺はライト君に言われたようにしていただけなんだ。そうしたら、何もかも上手く行って、生誕祭がこんなことに……」
スグルさんは窓を見つめ、外の様子を見た。多くのお客さんでにぎわい、去年の八倍はいる。
「すでに集客数が去年の八倍なんだ……。売上も八倍、満足度も八倍……。いったいどうなっているんだか……」
「いいことだと思うんですけど、駄目なんですか?」
「全然だめじゃない。だが、全て俺の手柄になっているのが問題なんだ……」
「ああー、なるほど……」
スグルさんは騎士団に所属する研究員。
その研究員が超優秀とわかれば、王都の騎士団にヘッドハンティング(有能な人材を、より有利な条件で引き抜くこと)なんて話もあるようで、多くの話がきているそうだ。
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