料理人とトゥーベル
「交通事故でもあったのかな……。でも、ライトの魔法陣が発動しているはずだし、事故は起こらないはず。普通に数が多すぎで手信号じゃどうしようもないのか。仕方ない。ベスパ、十字路でビー達に踏み切りを作らせて。一定時間が経ったら棒が上がるようなやつ」
「了解しました」
ベスパは大混雑している十字路に四つの踏切を作った。と言ってもビー達が大量に集まり、四本の棒で道を塞いでいるだけだ。
時間経過と共に二本の棒が浮き上がり、進むことができる。曲がる者がいるときはビー達に臨機応変に対応させる。ほんと人工知能みたいに勝手に賢くなってくれるのでありがたい。
私が踏切を付けると、混雑していた十字路でも滞りなく通ることが可能になった。少し時間が経てば騎士達も対応するはずなので、一定期間だけ行わせる。
「はあー、やっと着いた……。これで、仕事が始められる」
私はウロトさんのお店の前にようやく到着した。三〇分くらい渋滞に捕まっていたので、時間を無駄にしてしまった。まあ、勉強ができたから無駄じゃなかったかもしれないけど待たされるのは気分が悪い。
私は荷台を騎士が指定する駐車場に止め、ウロトさんのお店の前に歩いてやってきた。黒色や濃い茶色の木材を使っており高級感溢れる建物で料亭のような場所だ。
扉を叩き、名前を言う。
「すみません。キララ・マンダリニアです。牛乳の配達に来ました」
すると、扉が開き、ウロトさんが現れる。
ウロトさんはさっぱりとした短めの茶髪。薄手の白い布を頭に巻きつけ、髪が落ちないように配慮している。
黒っぽい料理服と長ズボンを着ており、腰に前掛けを付けて汁が服に飛び跳ねるのを防止していた。
「キララ、待ってたぞ!」
いつも眠そうな表情をしているウロトさんだが、今日は健康そうな笑みを浮かべ、私をお店に招き入れた。
「きょ、今日はいつも以上に元気ですね」
「そりゃあ、キララの牛乳が飲みたくて……じゃなかった。使いたくて仕方がなかったからな」
「えっと……、私の牛乳と言うと卑猥なので、モークルの牛乳と言ってほしいんですけど」
「…………んんっ、そんなことは気にするな。牛乳は沢山持って来てくれたか?」
「もちろんです。いつもは牛乳パック一〇本ですけど、今日は三〇本持ってきました。牧場が増える見通しがついたので、試験的に行っています」
「おお、ありがたい。毎日多くの客が来て牛乳が全然足らなかったんだ。三〇本もあれば、俺が飲んでも何とかもちそうだな……」
スグルさんは顎に手を置き、どうやって自分の分を確保しようか考えているようだ。それじゃあ、自分のために牛乳を買っているのと同じような気もするけど……。まあ、牛乳を買ってもらえるのなら私はどちらでも構わない。
「ウロトさん。もうすぐ、トゥーベル(ジャガイモ)の収穫時期ですよね。そちらの状況はどうですか?」
「トゥーベルの収穫は見込めそうだ。そう言えば、キララもトゥーベルを育てているんだったな。今はどんな状況だ?」
「今はもう、いつでも収穫できます」
「そうか。なるべく早く収穫しないと、動物や魔物に食われちまうぞ」
「その辺は問題ありません。私の畑には動物や魔物は近づきません。なんなら、虫すら寄り付きません」
「何かの魔法でも使っているのか?」
「いえ、見張りをお願いしているだけです。魔法はトゥーベルが病気にかからないようにするためだけに使っています」
「キララが作ったトゥーベルか。さぞかし美味いんだろうな……」
ウロトさんは「持っているんだろ」と言うような期待する瞳を私に向けて来た。やはり料理人なだけあって嗅覚が鋭い。
「試しに一個持ってきました。食べてみますか?」
「ああ。貰おう」
「じゃあ、料理場をお借りしますね」
私はウロトさんの料理場に入る。体と手は『クリーン』で綺麗にしてあるので、靴裏ですら舐められるほど綺麗だ。
『転移魔法陣』からトゥーベルを料理場のまな板に落とす。土で汚れているので水で綺麗に洗う。
「ちょ、ちょっと待て。なんだ、その大きさ!」
私の料理行程を見に来たウロトさんは『転移魔法陣』よりも、トゥーベルの方に眼を向けた。やはり料理人なだけある。
「私が育てたトゥーベルは沢山の日光を葉が浴びて栄養を作り出し、根に溜めこんでいたのでこんなに大きい品が出来るんですよ」
私は男性のげんこつより大きなトゥーベルを持ち、ウロトさんに見せる。
通常のトゥーベルはピンポン玉くらい。よくて野球ボールくらいだ。
収穫後は芽がすぐに生えてしまい、街や王都で売られないが、貧乏な村をいくつも救っている土臭くて不味い食品と言う印象が強いのが、トゥーベルの実態だ。
だが、私が作ったトゥーベルはそんな想像を払拭するがために生み出されたと言っても過言ではない。大きく、収穫後も後処理を完璧に行って日持ちするように配慮し、でんぷんたっぷりで甘味が強い食品になっている。
「さてさて……。トゥーベル乳油を作っていきますか」
「トゥーベル乳油……」
「私が持ってきた乳油と合わせれば、このトゥーベルだけでも十分すぎるほど美味しくなります。調理法も簡単ですから、ささっと作ってしまいますね」
調理法はいたって簡単。鍋でお湯を沸かし、木製の笊を乗っける。その上に十字に切り込みを入れたトゥーベルを乗せる。あとはトゥーベルに当たらない蓋を乗せて、蒸し焼きにする。
一五分もすれば……。
「そろそろ良いですかねー」
私は箸をトゥーベルに刺し、しっかりと柔らかくなっているのを確認して笊ごと持ち上げる。
そのまま、まな板に持っていき、魔力操作を利用してトゥーベルを浮かせて皿に移し替えた。
一センチ角の乳油を十字の切込みに乗っける。
料理場の上に乾燥バジルとソウルが木製の容器に入っていたので、使わせてもらい、一摘まみずつトゥーベルの上から振りかける。
完成したので、テーブル席に座っているウロトさんのもとに持っていく。
「ててーん。トゥーベル乳油の完成です。不味い不味いと言われているトゥーベルがあっという間に美味しくなっちゃいました」
「ほ、本当に美味そうだな……」
ほくほくに蒸されたトゥーベルからは甘い香りが漂い、食欲をそそる。乳油が蒸されてホクホクになっているデンプンに沁み込み、美味しそうな汗を掻いていた。小腹が空いたこの時間帯だと、余計に美味しそうに見える。
「じゃあ、いただくとしようか」
ウロトさんはナイフとフォークでトゥーベルを切り、フォークに乗せて口に運んだ。
「ほ、ほろけた……。ソウルのうま味がトゥーベルの甘味と合わさって食欲がそそられる。乳油とトゥーベルの親和性が高いからか、口の中に乳油のうま味がじんわりと広がって舌に残る……。香草と乳油の香りが鼻に抜け、飲み込んだあとも美味しい。なんと言う完成度……」
ウロトさんは食べながら泣き、いくらでも食べられそうな勢いでトゥーベルを完食した。
「ああ……、幸せなひと時はどうしてこうもすぐに無くなってしまうのだろうか……」
ウロトさんはトゥーベルバターが美味しすぎて悟りを開いていた。それだけ心に沁みる味だったのだろう。作った私も喜んでもらえて感無量だ。
「キララ、このトゥーベルは通常の品よりもずいぶんと良い育ち方をしているな。俺も色々研究しているが、ここまで大きく育った覚えは無いぞ」
「一番気を付けているのは土ですね。もう、土から気を配って作りました。しっかりと成長してくれて嬉しい限りです」
私とウロトさんは土づくりの話を長々とした後、すでに三〇分以上たっていることに気づき、牛乳の料金を貰う。
「確かに金貨一五枚受け取りました。トゥーベルも大量に手に入ったらウロトさんのお店に卸しますね」
「楽しみにしている。ほんと、キララは料理人に向いているな」
「ありがとうございます。料理人になる気はありませんが、料理ができる女性になるために邁進していきますね」
「こりゃ、俺も負けていられない。まだまだ修行だな!」
ウロトさんは頭部に巻いていた三角巾をぎゅっと締め、やる気を上げる。私も彼の料理愛に負けないよう、食材の知識を高めながら商売をしなくては、いつか見放されるかもしれない。
私はウロトさんのお店を出てレクーとフルーファのもとに戻る。
「うりうりー。うりうりー」
「きゃうんきゃうん。くうーん」
レクーはフルーファのお腹を鼻で擦り、手なずけていた。フルーファの情けない鳴き声が、周りの者をクスクスと笑わせ、警戒心を解かせている。
「仲良しだねー。レクーとフルーファ」
「あ、キララさん。お帰りなさい。いやー、フルーファ君が角で弄ってくるから、僕も弄り返したんですよ」
「お、俺は突きたくて突いたわけじゃねえよ。当たっただけだって」
フルーファの角がレクーの体に当たってしまいレクーは遊ばれたと感じたようだ。まあ、どちらにしろ喧嘩にならなくてよかった。
「フルーファ。そんなに地面に転がったら砂まみれになっちゃうでしょ。誰がブラッシングすると思ってるの」
「す、すみません……」
私はフルーファの毛に着いた砂をブラシで落としていく。すると、心地よすぎたのか、フルーファは地面に寝ころんだ。いくらブラッシングしても寝転がったら体に砂が付き、綺麗にし直しになってしまう。
仕方がないので、帰ってからまとめて行うことにした。
今は砂を叩いて落とす。
時間を食ったので、急ぎでカロネさんのお店に向った。
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