餓えた狼
「だめだめ。君は今から私のペットになるの」
「…………はい? ペットとは?」
ウォーウルフは首をかしげながら訊いてきた。
「えっと、ペットと言うと語弊があるかもしれない。君はモテないわけだから、私が可愛がってあげようかなーって思ったんだよ」
「……なんともまあ、俺はみじめな存在ですね」
ウォーウルフは床にへばり、やる気の無さを見せる。
「じゃあ、親玉さん。この子は私が預かりますね」
「わかりました。キララ女王様に失礼のないようにな」
ウォーウルフの親玉は窓から飛び出して行った。
「はぁ、俺は飼い犬に成り下がるのか……。たく、やってられねえぜ……」
ウォーウルフは床に寝そべり、後ろ脚で顔を掻く。そのまま、大きくあくびをして、横に転がる。あまりにも駄犬すぎる……。
「んー、君の名前を何にしようかなー」
「えっ……、キララ女王様が俺に名前を付けるんですか。えっと俺でいいんですか?」
ウォーウルフは目を見開き、口をぱっかりと開けながら尻尾を振る。
ウォーウルフはすでに成犬になっているのだから、地道に育てる手間も省けるし、魔物なので動物よりも長生きするから愛着もわく。きっと生涯のペットになるだろう。そうなると、名前をどうするか……。私の苦手分野なのでとても迷う。
「んー、ウォーウルフ。ウルフ、狼……、お腹がペコペコだった。餓死寸前だった狼、餓狼。餓えた狼ってことでフルーファにするよ」
「フルーファ。わかりました。俺はフルーファと言うことですね……」
フルーファは床にお座りし、びしっと形を決める。やればできる子なのだろう。
「安直のような、安直じゃないような……。いや、フルーファが餓えた狼を意味するのなら、とんでもなく安直じゃないですか!」
ベスパは私の周りをブンブンと飛びながら喋っている。両手で羽虫を倒すように潰してやりたいが、私には不可能だ。
「別にいいでしょ。じゃあ、フルーファ。よろしくね」
「はい、キララ女王様。俺はだらだら生活できる環境を望みます!」
「残念だけど、そう言う訳にもいかないんだよ。フルーファには私の抱き枕になってもらわないといけないだ」
「…………なぜ?」
「なぜって、フルーファはモフモフで抱き心地が良さそうなんだもの」
私はベッドに移動し、フルーファにベッドに乗るよう伝える。ベッドは補強済みなので、体重が一〇〇キロほどある大型の狼が乗っても大丈夫だろう。
「はぁ、仕方ないですね……」
フルーファは私のベッドに上がり、寝そべる。二メートルと抱き枕に丁度良い大きさで、毛並みフサフサのモフモフだ。彼は賢いため、私に噛みついたり、顔をベロベロと舐めてきたりしない。
私はフルーファの顔をしっかりと見る。すると、目がとろんとしているが、なかなかのイケメン狼だった。
――そう言えば、ウォーウルフは大概滅物凄くイケメンの魔物だったな。
「フルーファは何でモテなかったの?」
「なんでと言われても、俺にもわかりませんよ。仕事はしたくないと言っていたらいつの間にか番がいませんでした」
「…………なるほどね」
フルーファは駄目駄目な紐男属性だったようだ。だが、ペットなら最高の仕事場なのではないだろうか。私に甘やかされていれば仕事になるのだからね。
「うん、抱き心地は問題なし。あとは蚤とかダニがいないか調べないと」
私は病気を運ぶ害虫がいないかベスパに調べさせる。見つけるとパクパクと食し、抱き着いても安全なぬいぐるみが出来た。あとはブラッシングをして毛並みを綺麗に整えれば抱き心地の良い抱き枕の完成。
「ほらほらー、ほらほらー、櫛で梳かれるの気持ちいいでしょー」
「きゃうんきゃうんー、あはははっ、ちょ、滅茶苦茶擽ったい。でも、なんか癖になるー」
フルーファはブラッシングの後、床でのたうち回り、お腹を撫でられて悶えていた。雄なので下半身にそう言う物体があるわけだが、無駄な繁殖を防ぐために去勢した方がいいだろうか。でも、魔物の去勢とか聞いた覚えがない。
「ま、気にしなくてもいいか」
私はフルーファの体を撫でてベッドに戻る。フルーファはグデーッと溶けたスライムのように床に寝そべったまま。私が眠ろうとすると、むくりと起き上がり、私の傍にやって来て丸まる用にして眠る。ベッドが圧迫されるのでやめてほしい。
抱き枕にはなりたくないが、ベッドの上では寝たいと言う駄犬の考えるような行動で、角を引き千切ってやろうかと考えたが、気にしないことにした。
私の部屋には天井にアラーネアのネアちゃん、木の柱の穴にベスパ、天井裏にブラットディアのディアが眠っている。なんなら、魔力体の浮遊物体が天井に巣を作り、住みついているので、部屋の中が虫かごのようになっていた。その状態から、新たに駄犬が一頭増えた。
「ふわぁー、良く寝た。朝になっても蕁麻疹が出ていないし、私の体は犬アレルギーじゃないみたいだね」
「ふわぁー、むにゃむにゃ……。ものすごく眠りやすくて最高です……」
フルーファはベッドに頭をのせ、大きな体を床に落としながら堕落しきった格好で眠っている。寝相が悪すぎだ。
「これはこれで可愛いか。さあ、散歩に行こうっ!」
昔の私は動物が飼えなかった。忙しすぎて面倒を見ることが出来なかったのだ。実家でも動物を飼っておらず、犬か猫が欲しかったのだが、お母さんに断固拒否された。やりたかったことをやる手前、フルーファには私の鬱憤を晴らす仕事を手伝ってもらおう。
私は服を着替え、フルーファの首についている首輪にリード用の縄を取り付けて準備完了。
「フルーファ、散歩に行くよー」
「俺はまだ寝ていたいんですけど……」
「つべこべ言わない。行かないと撫でてあげないからね」
「…………はあ、仕方ないな」
フルーファは私の後ろを移動し、玄関から外に出る。ランニングのついでにフルーファの散歩も済ませるのだ。一石二鳥の行動で、効率が良い。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
「キララ女王様、脚が遅くないですか。俺、普通に歩いているだけなんですけど」
フルーファは私の隣をのっそのっそと歩いていた。虎のような動きで威圧感があるが、襲われる心配はない。
「フルーファの一歩が大きいだけ。私は一歩が小さいから遅く見えるの。気にしないで」
「……わかりました」
フルーファと一緒にランニングをしていると、眠たそうな眼を擦りながら飛んでいるベスパが頭上に現れた。
「キララ様、今日は朝早いのにやけに元気ですね」
ベスパは私に話かけてくる。
「散歩できると思ったら、嬉しくてさ。少し張りきりすぎてるかもしれない。ランニングも出来るし、とても効率が良いでしょ。この後、鍛錬をして勉強、そのまま仕事に行くと言う流れだね」
「なるほど、キララ様がその習慣を続ければ、さぞかし成長されるでしょう」
「だと良いけど……。続けられるのかが問題だね」
「じゃあ、俺の散歩を続けていれば自然と全部できるんじゃないですか?」
フルーファは何とも当たり前の発言をした。でも、確かにそうだ。
フルーファの散歩を行ってしまえば次の鍛錬と勉強を続けられる。仕事中に眠くなったら無理せず仮眠を取ればいいし、散歩さえがんばれば必然的に強くなれるのではないかと考え付く。
「うん……。そうだね。じゃあ、私は散歩を頑張るよ。そうすれば、一年後には今以上に力がついているはず!」
「キララ様。その意気です。私も応援しますよ!」
私は村を一時間以上かけて一周した。私が起きた時刻は午前四時頃。なので、今は午前五時過ぎだ。村に住む子供達が牧場から牛乳瓶を乗せた荷台を皆で引き、配り始める。
バレルさんとクレアさんは子供達の手ぎわの良さにあたふたしていた。
「バレルさん、クレアさん。落ち着いてください。僕が教える手順道理に行ってくれれば構いません」
バイトリーダーことしっかり者のガンマ君は新人のバレルさんとクレアさんの指導を行っていた。バレルさんはほぼ七〇代、ガンマ君は八歳。あまりにも差が開いているものの、バレルさんは文句を言わず、ガンマ君の指導をしっかりと受けていた。
「おはようございまーす! 牛乳のお届けにまいりましたっ!」
ガンマ君は牛乳を毎日定期的に買ってくれるお客さんの家に向かい、扉を叩いて出て来たお年寄りの方に挨拶をした後、牛乳を渡す。満面の笑みと元気のいい挨拶で、老人たちの一日は始まるのだ。そのおかげか、皆、活気がよく廃れていない。
「ガンマ君、今日もありがとうね」
「いえいえ。牛乳を買ってくれてありがとうございます。今日も一日頑張りましょう!」
ガンマ君は爽やかな良い笑顔で、老人たちの心を暖めていく。
「あぁ……、ガンマ君……」
なんなら、シャインの心を奪っていた。
ガンマ君はバレルさんとクレアさんのもとに戻り、実践させる。
「お、おはようございます。牛乳のお届けにまいりました」
バレルさんは恥ずかしそうに声が小さかった。まあ、初めてなのだから仕方ない。
「あら、イケメン……、じゃなくて。新人さんですか?」
家から年寄りの女性が出て来て目の前にいるイケオジを見る。すると、あっという間に頬を赤らめさせる。
「は、はい。今日から仕事をさせてもらいます。よろしくお願いします」
バレルさんは頭を軽く下げた。
「私と年が近そうなのに、大変ね。体を壊さない程度に頑張って」
「はい。ありがとうございます。では今日も一日頑張りましょう」
バレルさんは多くの年老いた女性に人気が生まれた。さすがイケオジ。同年代の女性にモテモテだ。
「おはようございますっ! 牛乳のお届けにまいりました!」
大声すぎるクレアさんは扉を吹き飛ばす勢いで挨拶する。




