彼女がいないウォーウルフ
「ライト、あなた、いきなりがっつくのは行儀が悪いわよ。料理の食べ方は家柄が出ちゃうんだから、しっかりと気を付けなさい」
お母さんはライトとお父さんを叱る。
「は、はい……」
どんなに天才のライトやお父さんでも、お母さんには絶対に勝てないので、椅子の上でシュンと縮こまり、料理を見つめて涎を垂らす。
「じゃあ、皆そろったことだし、いただきましょうか」
お母さんは椅子に座り、神に祈りを捧げる。私も手を合わせて駄女神に祈った。
「いただきます」
祈り終わった後、皆、料理を食す。私も久しぶりに家の料理を食したが、王都で食した料理と大して変わらなかった。
調味料がないものの、素材の味をしっかりと感じられる。エッグルを焼いた品やチーズ、牛乳はさることながら、ビーの子と干し肉を使用したスープもなかなかいける。
とても美味しい料理を食べているさなか、私は質問攻めにあった。「王都はどんなところだったのか」とか「どんなことをして来たの」とか「学園はどうだった、楽しそうだった、今度はいつ行くの」とか、もう、数えたらきりがない。なので私は学園のこととだけを話す。他の話は皆に関係のないことだからだ。
「えっとね。エルツ工魔学園で魔剣を作っている副生徒会長に会って魔剣の面白さを聞いたの。男の人が確かに多かったけど、女の人も思ったよりはいた印象がある。成績が良いと自分の研究室を持っていろんな研究が出来るみたいだよ。努力すればどんな人でも入れるみたい」
「へえー、魔剣か。面白そう」
ライトは少々興味を持っていた。ライトなら努力しまくっているので、エルツ工魔学園でも余裕で合格だろうな。なんなら、特待生になってしまうかもしれない。
「フリジア魔術学園では半日間くらい授業を受けさせてもらったんだけど凄く楽しかった。周りは女性の方ばかりで、居心地も悪くなかった。私が普通の人間だったらフリジア魔術学園を選ぶかなってくらいいい場所だったよ」
「へえ、私も行ってみたいなー」
シャインは脚をぶらぶらとさせながら、料理を食し、頬を押さえて微笑む。
「ドラグニティ魔法学園はやっぱり一番すごかった。何がすごかったかってとにかく大きくて施設がバカみたいに広いの。レクーに乗って移動してもいいくらい広くて個性を大切にしてくれる学園だった。強力なスキルを使いこなせるようになるために通う子も多いみたいだよ」
「なるほどなるほど」
お父さんとお母さんは頭を縦に振りながら、考え込んでいた。特に考えることは無いと思うのだけど……。
「キララはどこに行くかはっきりと決めたのか?」
お父さんは質問してきた。
「んー、私はね、雰囲気がやっぱりフリジア魔術学園が一番良かったから、選んじゃうかも。まあ、一応全学園を受ける予定ではあるから、あまり気負ってはいないよ。もう、入学試験まで一年もないし、勉強を頑張らないとって自分に言い聞かせてる」
「ま、姉さんなら問題ないよ。自信をもって」
ライトは暖かい牛乳を啜りながらぽつりとつぶやいた。他人行儀みたいだが、本気で余裕だと思っているのだ。私は物凄く怖いのに……。
「ふうー、お姉ちゃん、聞いていいのかわからないけれど、買って来てくれた?」
シャインは私の方を見て何かを欲していた。欲しがりさんなんだから。
「もう、焦らなくてもいいのに。お土産はしっかりと買ってきたよ。食べた料理は片付けてね。そうしないとお土産をあげないから」
「はーいっ!」
お父さんやお母さんまでも、お土産に期待しているのか、皿を子供のように調理場に持って行った。綺麗になった食卓に皆戻ってきて、まだかまだかと言いたそうに見つめてくる。
「じゃあ、ライトとシャインに」
「うんっ!」
ライトとシャインは全く同じ言葉を吐き、同時に頷いた。
私はライトに羽ペン。シャインに腕輪を渡す。
「おおー、いい羽ペンだっ! ありがとう、姉さん。これで勉強のやる気がさらに倍増したよ!」
ライトは羽ペンを持ち、満面の笑みを浮かべる。金貨一枚の品ながら、やはり作りがしっかりしているらしく、とても喜んでくれた。
「腕輪……。すごい、完璧だ」
シャインは手首に腕輪を嵌めた。これで手首を切られて落とすと言う被害が無くなる。なんなら、ウォーウルフなどの猛獣に襲われても手首を守れる。
シャインも泣きそうなくらい喜んでいた。
「えっと、二人にはもう一個あって。この黒い杖と黒い木剣だよ。森の近くを移動していたら、マンドラゴラが出てきたの。その素材がものすごく硬くて魔力の流れが良いから、杖や木剣として使えるって思って作った。ライトとシャインに使ってもらえると嬉しい」
「もちろん、使うよ。もう、振りすぎてぽっきりと折れるくらい使う」
「私だって木剣を何度折ってきたかわからないけど、大切に使うね」
ライトとシャインはとても喜んでくれた。お土産を買ってきたかいがある。
二名にお土産を渡したので、あとはお父さんとお母さんに葡萄酒を送る。お父さんとお母さんは私がお酒を買ってきたことに驚いていたが、私は知り合いの成人女性にお願いしたと言って誤解を解く。
二名は早速試飲し、美味しすぎて泣きだしていた。金貨一枚分なんだけどな……。
「私が話せるのは今までに話したくらいだよ。王都に行って楽しかったこともあるし、大変だったこともあった。でも、成長できた。ライトとシャインも大きくなったら王都に遊びに行ってみるといいよ。世界観が変わると思う。まだ、難しいかもしれないけど、人生は長いし、この村で一生を終えるなんてつまらない終わり方をする必要もない。まあ、牧場が好きならいてくれても良いからね」
「はーい」
ライトとシャインは私があげたお土産を持ち上げ、返事をした。
夕食はお開きになり、私達の家族会議と言う名の説明会は終わった。
私は体を拭いて歯を磨き、勉強をしてから布団に入る。もうすぐ梅雨の時期だ。じめじめとした空気にまけず、しっかりと眠る。ただ、目覚めはいつも普通に悪い。しっかりと眠っているはずなのに、疲れが残っているのはベスパが大量の魔力を使用し、体が破裂しないようにしているからと言うのと、普通に私の眠りが浅いのが原因だ。
しっかりと寝尽きたいが、周りの虫が気になって仕方ない時もある。耳栓やアイマスクなどをしながら出来るだけ睡眠の質を高めた。
でも日中眠たいのはもう仕方ない。今までの間に、睡眠負債が溜まっているのだから、解消しないと沢山寝ても意味が無い。何か心地よい眠りに誘ってくれる者はいないだろうか。
「フロックさんに頭をよしよしされながら、体にギュって抱きしめて匂いくんかくんかしたい……」
私は気持ちの悪い妄想をしながら、頭を振るい。
バレルさんでも同様の妄想をしてぐへへと顔を緩ませる。別に大人の方やお爺さんが好きなわけじゃない。二名の方の安心感がとんでもなくやばいと言うことだ。
何と言えばいいのだろうか。絶対に死なないで眠ることが出来ると言う安心感は睡眠の質に大きく影響してくる。周りが荒野で野ざらしの状態、もしかしたら猛獣が通ると言われたら眠れるだろうか。きっと国民的な睡眠大好き少年でもすぐに眠ることは無理だろう。なら、私でも不可能だ。でも、そこにとんでもなく強い男性の方がいたらどうだろう。抱きしめて眠りたくならないだろうか。滅茶苦茶強い女性でも同じこと。ただそれだけのこと。
そんなふうに思っていたら、私の背中をグイグイと押す存在がいることに気づく。
「ここがキララ女王様の部屋ですか。すごく質素ですね」
私の背中をグイグイと押していたのは、角が折れたウォーウルフだった。いつの間にと思ったが、窓が開いている。ベスパが開けたのだろう。私はウォーウルフの頭を撫でながら、食事を与えていなかったことを思い出す。
「ごめん、親玉さん。皆に魔力を上げるの忘れてた」
「いえいえ、キララ女王様の魔力はベスパさんからすでに受け取っているので、空腹は一切感じていません。逆に心地よい気分です」
「あ、そうなんだ。ベスパ、ありがとう。助かったよ」
「餌やりは私の仕事の一部ですからね。キララ様のお手を煩わせる必要もありません」
ベスパは出来る上司になり切っており、部下のウォーウルフの前で堂々と話す。
「親玉さんに少し聞きたいんだけど、彼女がいないウォーウルフがいたよね?」
「はい、いますね。一番捻くれたウォーウルフが一体います」
「親玉は奥さんや子共を守らないといけないわけだし、彼女がいないウォーウルフを連れてきてくれる」
「わ、わかりました」
親玉は窓から飛び出し、とあるウォーウルフを連れて来た。
「はぁ……、おかしら、何の用があって俺を呼んだんですか……」
眠そうな瞳を見るだけでやる気がなさそう。加えて覇気がない。
「キララ女王様が、彼女がいないウォーウルフを連れて来いと言ったから、お前を連れて来ただけだ」
「…………帰っても良いですか?」
彼女がいない悲しいウォーウルフは怪訝そうな顔をして、家の窓から出ていこうとした。
「まあまあ、ちょっと待って。君、私に飼われる気は無い?」
私はベッドから降りて手を広げて話しかける。
「…………帰りますねー」
彼女がいないウォーウルフは私の隣をすり抜けながら逃げようとする。
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