懐かしい香り
姐さんのブラッシングを終えたカイト君はレクーのブラッシングも行う。
私よりも、カイト君が行う頻度の方が多いような気がするくらい、カイト君はバートンと触れあうのが好きだ。なので、この村にいる子供の中でバートンの背中に唯一乗れる。
私を振り落とさんとした姐さんの背中にすら乗れてしまうのだから、なかなかの才能だ。伸ばさない手はない。
お爺ちゃんもカイト君の才能を薄々感じているようで、弟子のように扱い、バートンに対しての仕事を教えていた。きっとカイト君は良いバートン使いになるだろう。
私はレクーをカイト君に託し、別の場所を見に行く。他の子供達もしっかりと働き、私の帰りを喜んでくれた。
「ふぅー、さてといったん帰るかー」
私はお母さんに顔を見せに家に行く。お父さんは倉庫の整理でもしているのか、牧場の中で会わなかった。まあ、夜になれば必然的にあえる。
私は家の前に到着し、扉を数回叩いた。その後、名前を言う。
「キララ・マンダリニアでーす。帰ってきましたー」
私が名前を言うと、扉がバンっと開き、飛びついてくる者がいた。大きな胸が顔に押し付けられ、一瞬窒息しそうになる。
私に抱き着いてきた者は懐かしい実家の香りが付いた継ぎはぎが多い普段着を着ており、毎日付けているブラジャーの肩紐が少々浮かんで見えるほどくたびれている。でも、見慣れているため落ちつく服装だった。
「もう、キララ。村に着いたのなら、最初に家に来なさいよ……」
私に抱き着いていたのはお母さんだった。
家族の中で一番心配性のお母さんは私の帰りを待ち望んでくれていた。現在の時刻はすでに夕方に差し掛かっている。さすがに遅くなりすぎたかな。
「ただいま、お母さん。心配かけてごめんね。でも、五体満足で帰ってきたよ」
「そうね。本当に良かった……。ずっと心配していたんだから……」
お母さんは感極まって涙を流す。私が無事に帰ってきたのがそれだけ嬉しいのだろう。
「もう、お母さん。一ヶ月でそんな泣いちゃってたら、学園に行っている間はどうなるの。少なくとも三カ月は帰ってこれないよ」
「本当にそうね……。私だって泣く気は無かったのだけれど、キララの間抜けな顔を見たらうるってきちゃったのよ」
「間抜けな顔って……。まあ、驚いていたから間抜けだったかもしれないね……」
私はお母さんに抱き着き、無事に帰ってきたことを知らせた。
夕方なので子供達は仕事を上がり、家に帰るころだ。
シャインとガンマ君は仕事終わりにも鍛錬をするのが日課なので、バレルさんのもとに行ってボロボロになって帰ってくるだろう。
ライトにもバレルさんと同じくらいの魔法の師匠をみつけてあげたいが、そうそう簡単にはいかない。なんせ、ライトの実力は普通にぶっ飛んでいる。もう、ドラグニティさんくらいにしか、師匠になれないのではないかと言うくらいだ。
でも、師匠とは技術だけでなく、心の面も重要だ。師匠と言うのは超えていく者を育てるのが役目。自分の技術を教え、更なる高みへと弟子を上り詰めさせるのが悦びでもある。自分が抜かれたくないと思っている者に師匠は向かない。
ライトは心がいつまでも綺麗であってほしい。悪に染まらないよう、清く正しい心を持った師匠を付ければ、おのずとすさまじい成長をするのではないか。そんなこんな考えていると、河川敷の方から爆発音が聞こえてきた。
「な、何が起こったのかしら……」
お母さんは私の体をぎゅっと抱きしめてくる。
「えっと……。多分、化け物たちがおっぱじめたんだよ」
「化け物たち?」
お母さんは首をかしげる。
「ライトの警報が鳴っていないから、危険はないよ。ちょっと煩いかもしれないけど、害はないから、大目に見てあげよう」
一時間もすると、全身ボロボロのシャインが家に戻ってきた。
「いやー、楽しかったー。こんなに剣を楽しめたのは久しぶりだよー」
もとからボロボロだったシャインの服は胸もとがぱっくりと裂け、胸を締め付けているさらしが見えている。手も血豆が出来ており、喧嘩後の少年のようだった。
「ちょ、シャイン。何があったの!」
お母さんはシャインの頬を両手で挟み、問い詰める。
「えっとー、バレルさんって言う凄く強い人が村にやってきたの。仕事終わりに剣の指導をしてくれたんだよ。私、力がすごく強くて体力が多いんだけど、技とか動きがガタガタなんだって。だから、正しい剣の振り方と脚の運び方なんかを教えてもらって何度も打ち合いをして来た!」
「もう、女の子がそんなにボロボロになっちゃ駄目でしょ。顔に傷でも残ったらどうするの。お嫁さんになれないわよ」
「べ、別にお嫁さんなんかにならなくていいもん。私は強くなりたいの。女でも強くなれるって証明するんだから」
シャインは大きな胸を張り、お母さんに真っ向から挑む。
「何言ってるの。お嫁さんにならなかったらどうやって生きていくつもり!」
「冒険者になっていっぱいお金稼ぐもんっ! お姉ちゃんよりもたくさん稼いでやるんだから!」
「冒険者がどれだけ危険な職業かわかっているの! 今のシャインにはカッコよく見えるかもしれないけど、あんな血なまぐさい職業につかせる気はありませんからねっ!」
「お母さんは冒険者を誤解してるよ! 冒険者はすごくカッコいいんだから!」
お母さんとシャインはぎゃんぎゃんと親子喧嘩をしていた。
シャインは私よりも先に反抗期が来てしまったのだろう。シャインの性格をよく思っていないお母さんがシャインに目をかけるのもわかる。
まあ、私としても冒険者と言う危ない仕事にシャインについてほしくはない。なんせ、大量のブラッディバードに出くわしたり、巨大なブラックベアーと戦わないといけなかったり、死と隣り合わせの職業だ。
逆に私のように会社を経営をしていれば、安全極まりない。牧場の周りに魔物や悪人を蔓延らせない限り、品質のいい牛乳を売り続け、なかなか膨大な量の富を得られる気はしている。
そんな中、自分の力で強敵をうち破り、伝説の秘宝や高級食材、高級素材を集め、大金を手に入れると言うトレジャーハンター的な役職の冒険者に憧れる者もいるのは確かだ。なんせ、一発逆転が狙える職種であるため、多くの者が夢を見て素材を集めている。ドラゴンの素材なんていったいいくらで売れるのか想像がつかない。そう言ったお宝目当ての者や血気盛んな若者は冒険者になりたがる。
シャインもそう言うたぐいだろう。でも、私達の家はすでに大きな事業になっている。なら、このまま働き続ければ食いっぱくれることはない。ただ、全く変わらない作業をずっと行い続けるのと同じだ。だから、シャインにとってはつまらないのかもしれない。
人には向き不向きがあるし、シャインほどの強さがあれば、バレルさんレベルの敵と当たらない限り死にはしないだろう。
冒険者を簡単に言うなら、海外を飛び回り危険な動物を倒しに行くと言っているようなものだ。漁師や猟師などが一番わかりやすいかな。女の子がなるような職業ではないのは一目瞭然だ。でも、シャインがしたいと言うのであれば意見を尊重したい。
私は言い合いをしているお母さんとシャインの仲裁に入った。
「お母さん、お母さん。ちょっと落ち着こうよ。シャインはまだ八歳だし、冒険者になるためには一五歳にならないといけないんだよ。あと、七年もあるんだから今からとやかく言っても仕方ない。あと七年経ってシャインの気持ちが変わらないのならその時、また考えよう。今は喧嘩するよりも、夕食の時間」
「そ、そうね……。ごめんなさい、シャイン。頭に血が上っちゃってたわ……」
「……私の方もごめんなさい」
お母さんとシャインは仲直りをして、家の中が少し平和になる。
ベスパやビー達が子供達とクレアさん、バレルさんのもとに夕食を配っていった。最近は卵も配れるようになり、ゆで卵や目玉焼きと言った品が一日三個ほど提供されている。そのおかげか、体の調子がとてもいいと言う。やはりタンパク質は偉大だ。
「今日の夕食は干し肉とビーの子のスープと白パンとチーズ、バターのエッグル焼き、暖かい牛乳よ」
「おおー、凄く美味しそうっ!」
テーブルには初めて食べた時の料理と比べ物にならないほど、豪華な料理が並んでいた。調味料が無いのはいつも通りだが、バターや胡椒などで全て同じ味と言う訳ではなく、しっかりと美味しい料理になっていた。
私とお母さんは料理をテーブルに並べ、シャインは体を拭き、新しい服に着替えてくる、ライトとお父さんは残業中だ。もうすぐ午後七時なので、残業終了時刻だ。すぐに帰ってくるだろう。
私は王都の思い出と家族に対するお土産を用意する。
午後七時を過ぎたころ……。
「ただいまーっ! お腹空いたっ!」
ライトとお父さんは扉を開けてすぐに椅子に座った。ライトの『クリア』で手洗いうがいをすませ、今にもがっつきそうになっている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




