動物が沢山いる牧場
「では、シャイン。好きな所に打ち込んできなさい」
「はいっ!」
シャインはウキウキだった。もう、水の中に入った魚みたいに元気になる。
どれだけ強い相手と戦いたいんだ……。まあ、自分より強い相手に挑めばそれだけ成長出来る。シャインも成長するのが大好きなので、その手前、強い相手を求めているのだろう。
「ふうぅ……。行きますっ!」
シャインは木剣を構え、右足を後ろに引く。左足で地面を蹴り、加速。あっという間に八メートル先にいたバレルさんの真後ろに移動し、真上から木剣を振り抜く。
バレルさんは右肩と右足を引き、シャインの攻撃を後方を見るまでもなく回避。
シャインも躱されるのがわかっていたのか地面を叩いて土柱を上げた。
地震が起こったかのような振動が辺りに伝わり、私はよろめく。
ウォーウルフ達は恐怖から縮こまり、クレアさんは目を見開いていた。
シャインが土柱を折れた木剣で切り裂くと、辺りに砂粒が飛び、私達の顔にも降りかかる。周りをしっかりと見て戦ってほしいな……。
「あれ……、どこに行ったんだ……」
シャインはバレルさんを見失っていた。だが、すぐ真後ろに剣を持った男性が立っていた。砂利の上なのに音もなくシャインに忍び寄り、背後から心臓の部分を一突き。
やはり、バレルさんの実力は本物のようだ。
「ま、また負けた……。うわわわ……、凄い、凄いっ! 師匠凄いっ!」
シャインは子供っぽく飛び跳ね、はしゃぐ。まさか、そこまで喜ぶとは思っていなかった。
「いやはや、私に初めから剣を当てるとは……」
バレルさんの頬に小さな切り傷がついていた。
私の裸眼では見えなかったが、シャインは何回も剣で切り裂いていたようだ。
バレルさんは攻撃を一撃も入れられない予定だったようだが、すでにシャインの強さに眼を光らせている。元剣神の血が騒いでいるのだろうか。
「シャイン、君は巨大な原石だ。その強大な力は研ぎ澄ませば私を軽々超えるだろう。だが、力を向けるべき相手はしっかりと考えるんだ。わかったかい?」
バレルさんはシャインの肩に手を置き、目を見てしっかりと話した。やはり教育者としてしっかりとしている。
「は、はいっ!」
「シャイン、良い師匠が見つかっていいなー。僕も良い相手いないかなー」
「ライト君は剣をやらないのかい?」
バレルさんは体に付いた砂埃を叩き、ライトの方にやってきた。
「僕は魔法専門なので、剣は全く使いません」
「へえ、キララさんと同じ魔法使いか。どのような魔法を使うんだい?」
「そうですね……。特に苦手な魔法はないので、全属性使えます。神級魔法は無理ですけど、超級魔法くらいなら、ちらほらと。上級魔法なら全属性使えますよ」
ライトは杖を振り、七種類の属性全ての上級魔法を無詠唱で発動させた。
空が真っ赤に染まり、大雨が降りながら、雷鳴がとどろき、台風化と思う暴風の中、地面が振動し、暗転からの白飛び世界。
私達の頭の中がどうにかなってしまいそうなほど、ライトの魔法はぶっとんでいた。
バレルさんも苦笑いしか出来なくなっていた。
「まるで、かつてのドラグニティ殿を見ているようだ……」
ライトはこの世界で随一の誉め言葉を言われていてもピンと来ておらず、自分なんて村の少年ですよと謙遜する。
「キララさん、大変でしょう」
バレルさんは私の心を察してくれたのか、ぽつりとつぶやいた。
「ええ、そりゃあもう……」
ライトが本気で戦えば街くらいすぐに壊せる。ただライトの魔力量が私ほど無いと言う点によって人をギリギリとどめている。もし、魔力量が無限になったら、ライトは世界を静めてしまえそうだ。
シャインも同様に、力や体力が化け物だが、魔法系統がからっきしなので人の領域内にいる。
私も大量の魔力量を有しているだけで、人の領域内にとどまっていた。まあ、他人から見たら化け物なのかもしれないけど……。
「師匠、師匠っ! 早く剣の鍛錬をしましょうっ!」
「まあまあ、落ちついて。何事にも焦りは禁物だ。私とクレア様は村の村長さん挨拶に行かなければならない。まだ、やるべきことが沢山あるから、それが終わった後、剣の鍛錬をしよう。シャインだけでもいいが、どうせなら、剣を使いたい子、全員をいっぺんに見よう。その方が楽しいだろう」
バレルさんは子供が好きなのか、とても優しいお爺さんになっていた。実力はさることながら人格者……。まあ、少し前まで負の感情で埋め尽くされていたけど、こののどかな村で余生を安らかに過ごしてもらいたいな。
「じゃあ、バレルさん。クレアさん。村長さんの家に行きましょうか。クレアさんはずっと生活する予定はないですけど、バレルさんの方は長い間住まれますよね。開いている家を借りれるはずなので、付いてきてください」
「わかりました」
「わかったわ」
バレルさんとクレアさんは私の方を向きながら頷いた。
「シャインとライトは牧場に行って仕事の続きをお願い」
「わかった」
「はーい」
ライトとシャインは子供っぽい返事をして牧場の方に戻る。
「ウォーウルフ達は荒野に戻って環境に慣れておいて」
「わかりましたっ!」
ウォーウルフ達は村の外に駆け、荒野に向って走り去る。
私とバレルさん、クレアさんの三人はレクーが引く荷台に乗り、村長の家に向かった。
「これはこれは、キララちゃん。今日はどうしたんだい?」
頭がツルツルのお腹ポッコリ体型の村長さんは家の扉を開き、外に出て来た。
「村に移住してくれる男性と、一年間、村に滞在する方を連れてきました。借り家の鍵を貸してもらおうと思いまして」
「なるほど。わかった。少し待っていて」
村長さんは私に開いている家の鍵を渡してくれた。挨拶を終え、バレルさんとクレアさんの家を探す。
「クレアさん、どんな家が良いですか?」
「そうね……。大きすぎず小さすぎない家が良いかしら」
「わかりました。えっと、バレルさんと一緒に住みますか?」
「私は別に構わないけれど、バレルはどう?」
「私も構いません。クレア様の身を守るのが私の一つの使命ですし、クレア様一人では何もできないと思いますから、私がついていないと不安です」
「な……。私だけでも生活くらい出来るわよ。バカにしないでくれる」
「ですが、クレア様は料理や洗濯、掃除など一切されないではありませんか。家事全般、メイドに行わせていましたよね。家事は一朝一夕で身につく代物じゃありませんよ」
バレルさんはクレアさんの駄目っぷりをよく知っていた。
「うぐぐ……。じゃあ、この一年間で、家事を滅茶苦茶うまくなって見せるわ! ルドラ様に料理を振舞えちゃうくらい、腕を磨いてやるんだから!」
クレアさんは切れ、バレルさんをぽこすかと殴る。バレルさんへのダメージはゼロ。だが、あのバレルさんに攻撃を当てているだけすごいのではないだろうか。
私達が選んだのは平屋。広すぎず狭すぎず丁度良い家。子供達が住んでいる家と近く、何かあればガンマ君が助けてくれる。まあ、バレルさんがへまをするようなことはないと思うが、保険を掛けておいて損はない。
「じゃあ、住む家が決まったと言うことで、家の中の掃除は私のスキルがやっておきますから、仕事の方を見学してもらいます」
――ベスパ、ディア。バレルさんとクレアさんが住む家の掃除をよろしく。
「了解です」
「任せてくださいっ!」
ベスパはビー達を呼び、家の中のごみや傷ついた箇所をアラーネアと共に修復していく。
ディアは大量のブラットディアと共に、隅々まで綺麗にする。カビている家屋は食し、ベスパ達に新しく作らせ、全て新しい家具に置き換える。その間に、私はバレルさんとクレアさんを牧場の方に案内した。
「うわあああーっ、広い、広いっ! たくさんのモークルとメークルがいる! バートン達も走ってるわっ!」
クレアさんは動物が大好きなので、飛び跳ねながらはしゃいている。
「これだけの数のモークルの飼育を行っている牧場は見た覚えがありません。ここまで繁殖させ、色艶、性格の安定化などを行えているなんて……。すごいです」
バレルさんはルドラさんのお爺さんであるマルチスさんと多くの商売を行って来たからか、牧場に詳しかった。長い間、見てきた中でモークルをここまで増やした牧場はないのだとか。
「キララちゃーん、お帰りなさーい」
大きな胸をブルンブルンと震わせながら、雄モークル達にお尻を追われまくっている女性が柵の向こうから私達のもとにやってきた。
「メリーさん。ただいま帰りました。お元気そうで何よりです」
「な、何と……。雌モークルの獣族ですか……、何と厭らし、じゃなくて麗しい」
バレルさんは男の眼をメリーさんに向けていた。笑いを取ろうとしたつもりか? それともおバカなふりか? バレルさんがそんなことするわけないか。
まさか、老いたバレルさんに男の目をさせるとは。さすがメリーさん。
「あはは……、すみませーん。私、獣族じゃないんですよー。や、もぅー。甘えん坊すぎるよー」
雄モークル達はメリーさんのお尻や胸を鼻で突いて遊んでいた。まだ子供なので、しかたないが、この変態っぷりは誰の子かすぐにわかる。
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