繁盛しているパン屋さん
「シグマさん。私を勧誘しないといけないくらいバルディアギルドの経営が大変な状況なんですか?」
「別に大変と言う訳ではない。ただ、キララちゃんには冒険者の素質がある。だから、勧誘しているだけだ。優秀な者は冒険者養成学校に推薦状も出せる。お金が浮く可能性があるんだぞ」
「へぇ、なかなかいい制度があるんですね。私は使う気がありませんけど、知り合いの子に教えてあげようと思います」
私はシグマさんの申し出をやんわりと断った。
加えてクレアさんの自己紹介も終え、ルドラさんの嫁だと知り、たまげる。もう「はぁっ!」の一声だけで屋根が吹っ飛んで行きそうなくらい驚いていた。
ルドラさんにこんな可愛らしい奥さんがいたことが衝撃だったようだ。
ルドラさんの知り合いは案外多いんだなと感心する。
「じゃあ、私達はもう行きますね。クレアさんに街を案内する予定なので」
「そうか。じゃあ、トラスにここにある素材の鑑定をしてもらうから、後日、金を貰いに来るといい」
シグマさんはトラスさんの頭を撫でながら頼んでいた。
トラスさんは大好きなシグマさんに頭を撫でられて何でも言うことを聞いちゃう状態になり、簡単に了承していた。
「わかりました。では、失礼します」
私とクレアさんはバルディアギルドを出てフリーマーケットの品を見る。
売り残りの品を安く売ると言う誰にでも考え付きそうな作戦を大々的に行い、成功させてしまうのがライトの凄い所だ。
まあ、こんな大量の品を盗みが横行している世の中で行うこと自体異例だろう。だから、多くの人の目に留まったのかもしれない。
至る所に固まっている人物がおり、盗もうとしたんだなとすぐに分かる。固まっている人がいた場合、騎士によって拘束され名前やら住所、個人情報を抜かれた後、三回以上捕まったらそのまま留置所行だと言う。
クレアさんはフリーマーケットの中を歩きまわり、大層楽しんだ。普段、このような場所に来ないと思うし、初めての体験なのだ。楽しいのもわかる。私がお金を持っていたら大量買いしてしまいそうだが、冒険者用品ばかりで、いらないので買わない。
クレアさんが楽しんだあと、私達はレクーがいる駐車場に戻る。
バレルさんにずっと荷台の中にいてもらうのも可愛そうだと思ってしまう。出してあげようかとふとよぎるも、どこに何が隠れているかわからないので徹底して隠す。
「じゃあ、次はどこに行きましょうか」
「私、お腹が空いた。何か食べたいわ。パン、料理、お菓子、紅茶、全部食べたい」
「……なんて食いしん坊なんでしょうか。この人数だとどれかに絞らないと時間が足りません。一番食べたい品を選んでください」
「ええ……。んー、そうね……。手持ちを考えたらパンが良いかしら」
「なるほど。パンですね。了解しました」
私は一番お勧めのパン屋さんに移動する。もちろん、オリーザさんのパン屋さんだ。
レクーに荷台を引かせ、オリーザさんのパン屋さんの近くに来ると、もう良い匂いが香って来た。バターと牛乳の甘い香り。出来立てパンの食欲をそそる匂いが、私達のもとにとどく。
「な、何これ……。すっごく良い香り……。こんなに良い香り、王都でも滅多に嗅いだ覚えがないわ。なんでこんな街でここまで良い香りがするの?」
元大貴族のクレアさんも顔を蕩けさせるほど、良い匂いのようだ。
匂いに敏感な獣族さん達が大勢集まり、大混雑。
人族と獣族の乱闘が起こっているような押しくらまんじゅう状態だ。人族の言葉がまだ理解できてない獣族さん達がパンの良い匂いにつられてお店の前にやって来ているのだろう。
「お、落ちついてくださいっ! 落ち着いてくださいっ! パンは沢山ありますから、押さないでくださいっ!」
お腹が少々大きくなっているコロネさんが、大きな声を出しながら叫んでいた。妊娠五カ月目くらいだろうか。安全第一だと言うのに、こんな大勢の前で仕事していたら危険だ。
「コロネさんは会計担当ですよ。ここは俺が何とかしますから!」
「でも、この数を一人でさばくのは無理があるよ。レイニー君も一人じゃ疲れると思うし」
「いえいえ、妊婦さんを危険な場所に置いておくわけにはいきません。他の子供達もいますし、大丈夫です」
「そう……。わかった、ありがとうね」
コロネさんはレイニーにデコキスしたあと、お店の中に戻っていった。
「よ、よしっ! 頑張るぞ!」
レイニーは大人の女性にチュッチュされ、気合いを燃やした。よく見れば、教会に住んでいる孤児の子供達も働いていた。
まあ、これだけ大量のお客さんがいれば従業員も雇える。隣を見ると、この行列に並ぶのかと言う心の声がだだ漏れのクレアさんがいた。
「クレアさん、ここは街一番の人気パン屋さんです。美味しさは保証しますよ」
「うぅ、パンの香りだけで美味しいと言うのはわかるのだけど……。この人数を並ぶのは」
「でも、今はどこもかしこもお客さんだらけで、お店が人でパンパンです。少しくらい待つのは仕方ないですし、待っても価値がある美味しさです。まあ、売り切れたら元も子もないですけど……」
「そうね……。じゃあ、早速並びましょうか」
「はいっ」
レクー達を騎士達が誘導する駐車場に止め、私とクレアさんは荷台から降りてオリーザさんのパン屋さんに向かう。
行列に並んでいると、子供達が集まってきた。
「キララお姉ちゃんっ! お帰りなさいっ!」
私は教会の子供達に名前を覚えられ、元気よく「お帰りなさい」と言われてしまった。オリーザさんのパン屋さんで働いているとわかるエプロンを付けており、何とも可愛らしい。昔は顔色が最悪だったのに、今は皆、顔の血色がよかった。良い品をしっかりと食べられているようだ。
「ただいま。皆、お仕事頑張っていて偉いね。たくさん働いて沢山儲けるんだよー」
「はーいっ!」
子供達は大きな声で返事をすると、行列の後ろに人々を並ばせていく。
「キララさんは子供にも慕われているね。子供に慕われるなんて相当優しくないと無理よ」
クレアさんは感心していた。クレアさんも子供に好かれそうな性格をしていると思うのだけれど、どうなのだろうか。
「はは……。まあ、色々ありまして……」
私は苦笑いをしながら、頭を掻く。ほんと、色々あったので説明する気力は起きなかった。
「割り込まないでくださいっ! 最後尾に並んでくださいっ!」
レイニーは大声で叫ぶ。
「パン、メチャクチャタベタイ。モウ、イマスグタベタインダ。ハヤクカワセロッ!」
(パン、滅茶苦茶食べたい。もう今すぐ早く食べたいんだ。早く買わせろっ!)
獣族のオラオラしている男性がビースト語を使いながら早口で話す。
「な、なんて言ってるんだ……。くっそ、ライトがいれば……」
「クレアさん、知り合いが困っているようなので、ここで少しだけ待っていてもらえますか? 何かあったら叫んでください」
「ええ、構わないわ」
レイニーが困っている様子だったので、私は手助けをする。
「スミマセン。ココノパンヤサンハナラバナイトパンガカエナインデス。サイコウビニマワッテクレマセンカ?」
(すみません。ここのパン屋さんは並ばないとパンが買えないんです。最後尾に回ってくれませんか?)
私はビースト語で話し、獣族さんに説明する。
「ソ、ソウナノカ。ドナッテスマナカッタ」
(そ、そうなのか。どなってすまなかった)
獣族の男性は頭を下げながら、最後尾に向っていく。きっとお腹が空いてイライラしていたのだろう。会話がしっかりと出来れば案外素直に聞いてくれる。
「き、キララ……。戻ってきたのか」
レイニーは清潔な長袖長ズボンにエプロンを付けたパン屋の服装をしている。一ヶ月ほど会っていなかった私を見つけ、驚いていた。
「久しぶり、レイニー。元気にしてた?」
「ああ、元気だったぜ。それにしても、少し大人っぽくなったか? やっぱり王都に行くと人は変わるんだな」
「まあねー。私の色気もそろそろ出てくるころだし、メリーさんみたく可愛くなるよ」
「はははっ! そりゃないだろうっ! キララの色気なんてゼロに等し……ぐごっ!」
私は鳩尾にグーパンを叩き込み、レイニーを撃沈させる。その後、クレアさんのもとに戻った。
「えっと……、あの男性、ぶっ倒れているけどいいの?」
クレアさんは苦笑いをしながら、レイニーに視線を向ける。
「大丈夫です。あの程度で死ぬたまじゃありません。ちょっと殴っただけですし、すぐに生き帰りますよ」
レイニーは八〇秒ほどしてから、立ち上がり、仕事に復帰する。私の方を睨んでいるが、女性に対しての言葉の使い方が悪かったのが悪い。まあ、私も手が出てしまったのは悪い。軽く反省……。
私とクレアさんは三〇分ほど待ち、次にお店に入れる番が来た。
「レイニー、さっきは殴ってごめん。謝っておく」
「俺も悪かった。キララは子供みたいで可愛いぜ。ぐおっ!」
私はレイニーに褒められても全く嬉しくないが、褒め方が妙にうざいので、また手が出た。
「ごめん、レイニー。でも、女性を褒めるときはもっと言葉を選ぶべきだよ」
「お、お前は女と言うよりブラックベアー。ぐはっ!」
レイニーに悪気がないのはわかるが、私のどこがブラックベアーなのか教えてもらいたい。
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