生誕祭の時期
「はぁ、はぁ、はぁ……。つ、疲れた……。もう、なんでこんなに疲れるの……って言うくらい疲れた……」
私は全身の力が抜けたのではないかと錯覚し、地面に背中から倒れ込む。
視界に広がる空が青く、とても透き通っていた。
この地上がどうなると空はあまり変わらないんだろうなと思いながら、顔をもたげ、腹筋に力を入れる。プルプルと震えながら腕を真っ直ぐ伸ばして上半身を持ち上げた。
「キララさん、お疲れさまです。やはり筋が物凄く良いですよ。このまま続けていけば確実に力になります」
バレルさんは褒めて伸ばしてくれる人だった。
そのおかげで私のやる気は上がり、明日も頑張ろうと思える。
私は乾燥したビーの子の粉末が入った水を飲み、タンパク質を補給。それだけで筋肉の疲労が減ったような気がした。
「じゃあ、次は脚運びをしましょうか」
「え……」
バレルさんに満面の笑みで言われ、私はたじろぐ。すでにヘロヘロなのに絶対疲れる鍛錬なので正直したくなかった。
「あ、怖がらないでください。別に大したことじゃないので」
バレルさんは両手を振り、程度の低さを表す。
「剣を振る時、脚がついてこないと何の意味もないです。脚運びを覚えておけば、相手の攻撃をいなしたり、胸元に踏み込んだりと、もっと接近戦で有利に戦えますから頑張って覚えましょう」
「は、はい!」
私はバレルさんの脚運びを見ながら、真似して脚を動かす。
右足を前に出し、左足を外に回すように移動させ、敵の横に着く。そのまま敵の横を抜け、背後から切りかかると言ったある程度法則が決まった型を数個覚えた。ただ……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。か、体の中が痛い……。変な筋肉を使ってるよ……」
剣術の動きは体幹を物凄く使うのか、全身が痛かった。ほんと、こんな鍛錬ばかりしていたら体が悲鳴を上げてしまう。
「キララさん、お疲れ様でした。基礎の基礎はだいたい出来るようになりましたね」
「は、はい。でも、全身が痛すぎてもうくたくたですよ……」
「それが剣を振った証です。喜んでください。筋肉痛は最大限努力した証ですから」
「わ、わーい。いたたっ……」
私は腕を上げて喜んだ結果、腕に激痛が走り、五十肩のお婆ちゃんみたいになってしまった。
「初めは皆、筋肉痛に悩まされますが子供のうちはすぐに治ります。私の歳になると、もう年中筋肉痛のようなものです。若いうちから慣れておきましょう」
バレルさんの剣術指導が終わると私はちょっとだけ強くなった気がした。
魔法だけではいけないと、心のどこかで思っていた自分がいたので、近距離戦闘の剣、拳、中距離の弓、長距離の魔法。三つを兼ね備えておけば、そこそこ戦えるのではないだろうか。何事も続けることが大事。
私は心にそう言い聞かせ、休憩という名の鍛錬を終えた。
五月一一日。王都を出発してから一五日が過ぎ、見慣れた街の城壁が視界にようやく入った。
「キララさん。城壁が見えたわ。あれがキララさんが言っていた街ね」
荷台の前座席に座っているクレアさんは黄色い瞳を輝かせ、城壁を指さした。
「はい。あそこからあと六時間ほど移動すれば私が住んでいる村に着きます」
「ま、まだあるのね……」
クレアさんは苦笑いを浮かべ、落ち込む。さすがにバートン車の移動も億劫になっているようだ。
「はは……。でも、六時間なんてあっと言う間ですから、すぐにつきますよ」
私は顔パスできない北門にやってきた。バレルさんを荷台に乗せてビーとブラットディア達で覆い、姿を隠す。
――ベスパ、ウォーウルフ達を東側の平原に連れて行ってくれる。
「了解です」
私はウォーウルフ達が人々の混乱のタネにならないよう、前もって移動させておく。
ベスパはウォーウルフ達を新たな牧場建設地帯に連れて行った。
北門にいたのは女騎士と門番の方だった。
「あ、キララちゃん。久しぶり。元気だった?」
私に話かけてくれたのは街の騎士で四人しかいない、女騎士の一人、ロミアさんだった。ショートカットの茶髪で全身を銀色の鎧に身を纏っている。背中に大きな斧がベルトで付けられており、なかなか厳つい。でも、顔は美人で今年で一七歳の若々しい方だ。胸はもちろんデカい……。
「ロミアさん。今日は何かあったんですか? いつもは騎士なんていませんけど……」
「今月は生誕祭だから、人がたくさん行き来するの。悪い人たちも入ってくる可能性があるし、騎士はしっかりと見回りをしているんだよ。私は門で問題があった時に止める役。品の調査も請け負ってるんだ」
「ああ、生誕祭。懐かしい……。もう、そんな時期ですか」
よくよく思い出してみれば五月は街の生誕祭だった。街が作られた記念の月で、街中でいろいろな催し物が開催される。去年はトラウマばかりだったが、今年の盛上りようは去年の比ではなさそうだ。
「キララちゃんと言えど、仕事は仕事だから、荷台の中身を見せてもらうね」
「はい。もちろん構いません」
私とクレアさんは門番の方に身分証明となる、テイマーのプレートと身分証明書を見せた。
「うん、荷台にも問題なし。じゃあ、通っていいよ」
私はロミアさんから了承を貰い、街の中に入った。
「うわあああああああああ、何あれ……」
城壁を抜けると巨大なブラックベアーの像が立っていた。
位置的にドリミア教会があった場所だ。城壁にギリギリ隠れる大きさなので、四八メートルほどだろう。超巨大なブラックベアーの再現だろうか。一ヶ月であのような大きな模型を完成させてしまうなんて……。
「凄い、凄いっ! 何あの大きなブラックベアー!」
クレアさんは興奮しており、前座席で足をバタつかせているが、私からすれば足がすくんで仕方がない。
「ど、どうしてあんな品を作ったんだ……」
街中を走っていると、皆笑顔で生誕祭を楽しんでいた。
去年の生誕祭と全く違うため、私は別の街に迷い込んだのではないかと錯覚する。でも、絶対に今のほうがいい。子供達や大人、男女関係なく楽しそうだ。
「キララさん、せっかくだし、回りましょうよっ!」
クレアさんはもう、早く動きたくて仕方がないのか、私の体を揺らしながら叫ぶ。
「わ、わかりました。でも、用事を済ませてからにしましょう」
私はバルディアギルドに向った。一〇日ほど前、森の中でウォーウルフの群れと魔物の群れを討伐した。冒険者さんは帰らぬ人となってしまったので、代わりに私が依頼を受け、依頼書を戻しに来たわけだ。
この際、街のバルディアギルドや王都のウルフィリアギルドどちらでもいいらしく、ついでに魔物の素材を売れるので丁度よかった。
バルディアギルドに向かうのも人の流れが多すぎて一苦労。周りには人、獣族、亜種族が沢山……。もう、なんでこんなに多いのと疑問が浮かんだ。新しい政策でも始めたのだろうか?
「皆さん、慌てず騒がす、移動してください」
「ミナサン、アワテズサワガス、イドウシテクダサイ」
街中ではルークス語と獣族や他の亜人種でもわかるビースト語が話されていた。もう王都よりも先に他国の種族を招き入れる体勢を取っているらしい。あまりにも先見の明がありすぎるのだが、いったい誰が……。
「どうも皆さん、こんにちは、生誕祭を楽しんでいらっしゃいますかー。多くの人々に支えられ、この街は新たに生まれ変わりました。人々に寄り添い、多くの種族と共に暮らしていく街。そんな願いを込めて開催された今年の生誕祭、楽しんでいただけたら幸いです!」
空に浮かぶ少年が声の音量を増大させるように、魔法陣を展開し、堂々と演説をしていた。もう、空に浮かんでいる少年という情報だけで見なくてもわかるわけだが……、今日は牛乳を運ぶ日だっただろうか……。
「だ、誰あの子、空を飛んでる……」
クレアさんは口をぽかーんと開けながら、空を見ていた。まるで地面に立っているかのように浮かぶ少年に私は見覚えがあった。さすがに少々目立ちすぎのような気もする。でも、あまりに洗礼された生誕祭を見るに、彼が一枚噛んでいるのは間違いない。
よくよく見れば、地面に魔法陣の文様が浮かんでいる。悪人が入ったら燃えるとかそんな罠魔法だろうか……。私が知っている少年ならやりかねない。
「去年の七月、この街では巨大なブラックベアーが暴れ、大変な騒動になりました。ですが、その苦い経験を忘れないよう、今年の生誕祭はより厳重な注意を払い、無事開催にこぎつけましたことを皆様に御礼申し上げます。あ、ねえーさんっ! お帰りなさーいっ!」
少年が頭を下げ、下を向くと、あまりにも早い速度で私を見つけた。今、この街全体を見渡しているはずだ。それにも拘らず、ここまで早く見つかってしまうとは……。
私は視線を前に向け、真っ白で大きなバートンがいることに気づく。
――レクーか。
私はレクーほど白くカッコいいバートンを見た覚えが無かった。そのため、少年の視界に映った白いバートンで私だと気づかれたらしい。
「空に浮かんでいる少年が、誰かに手を振ってるわよ。いったい誰に振っているのかしら?」
クレアさんは私の弟の状態を教えてくれた。
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