剣の鍛錬
「二人共、もう出発の時間ですよ。起きてください」
私は親指と薬指で指パッチンを行い、破裂音を鳴らした。もう、薬莢内の火薬が撃針によって雷管から発火された瞬間と大差ない爆音が鳴り、両者共に飛び起きる。
「おはようございます。もう、午前九時頃なので、起きてください。出発しますよ」
「お、おはようございます……」
クレアさんとバレルさんは私がなぜここにいるのかわからないと言うような表情をしていた。
「クレアさんとバレルさんの部屋の鍵は私が開けさせてもらいました。午前九時には出発すると言っていたはずです。寝坊助だったのが悪いんですからね」
「す、すみません……」
クレアさんとバレルさんは頭を下げる。
二人とも寝坊するくらい寝心地が良かったんだろうな。それか、夜更かししすぎて朝起きられなかったかのどちらかだ。
クレアさんとバレルさんはさっと着替え、私達は宿を出る。ウォーウルフ達に魔力の含まれた水を飲ませ、全員が満腹になったのを確認したら、実家に向けて出発した。
四月の間、ずっと家族に会っていなかったがホームシックになかった。心がもう大人だからだろうか。心配がないからだろうか。
どちらにしろ、私は親から離れてもしっかりと生活することが出来ると言う証明になった。これなら学園の寮で生活しても問題ない。
移動しては宿泊。移動しては宿泊の毎日が繰り返された。そんなこんなしていたら、いつの間にか五月に入った。
五月一日。昼時。
私達は道のはずれで休憩していた。
「キララさん、剣の稽古でもしましょう」
バレルさんは昼休憩の時間に私に言ってきた。
「…………」
あまりにも唐突で、私は固まる。
「学園に通うとなれば、剣術は必修です。魔法術の方も必修ですけど、キララさんは問題ないでしょう。ですが剣術は一年次のころ、確実に学ぶ必要がありますし、入学試験のときでも剣術の学びがあるかどうかは大きな選考対象です」
「うぅ……。剣術が大切なのはわかっていますけど……。力が無い私にはとてもとても……」
「剣に力は必要ありません。なんせ、年老いた方でも剣がとんでもなく上手い者がこの世には存在します。私はまだ老骨とまでは行っていないと思いますが、それでも戦えますから、剣に力は必要ないんです」
「力は必要ないなら、何が必要なんですか?」
「そりゃあ、経験と頭ですよ。どれだけ剣を強く振れても、当たらなかったら意味がありませんからね。キララさんは魔法が使えるのですから、剣を覚えれば魔剣士になれます。引く手あまたの職業ですから、剣を覚えておいて損はありません」
「魔剣士になる予定はないですけど……。私の筋力の低さはどうにかしないといけない課題の一つです。少しずつでも変われるはずなので変わろうと努力しているんですけど、なかなかうまくいかなくて……」
「剣は体を作るのにちょうどいい運動になります。全身を使いますからね。剣以上に体を上手く使う武器も少ないでしょう。キララさんの場合は魔法で全て解決できる力量がありますから、体の筋肉が魔力に頼り切っているんです。その状態を打破するために、体は剣を振るためにあると言うくらいこじつけて鍛錬しましょうっ!」
バレルさんは私に剣術を教えたがった。ありがたい申し出を断るのも野暮だと思い、お願いする。
「えっと……、ふつつかものですがよろしくお願いします」
「わかりました。では、剣術の目標としてキララさんが学園に入学しても恥ずかしくないくらいに育てたいと思います」
「はい。その程度で大丈夫です」
私は月の変わり目から、来年の入学試験、その後に向けて剣術の鍛錬を積んでいくことになる。指導者は元剣聖のバレルさん。これ以上ない、最高の指導者だろう。
「では、何から始めるんですか?」
「そうですね。まずは剣を振る時の正しい姿勢を完璧にしましょう」
以前、フロックさんがシャインの剣の振り方を正していたように、バレルさんも剣を振り方を正してきた。やはり、型にはまると言うのは大切なのだろう。
私は黒い剣。魔力を流した時、鎖のように伸びたりする剣なので鎖剣と呼ぶことにした。
私は鎖剣を鞘から抜き出し、柄をしっかりと持って剣を振る。剣身が私の成長を見越しているのか、少々長く、縦に振ると体がぶれてしまう。
「脚を肩幅に開き、右脚を出しながら振りかぶってください」
「は、はい」
私は剣道の面打ちの如く、ただただ縦振りだけをずっと続けた。
鎖剣を振り続けて五〇回目にはもう顔から汗が出て、手が震えている。
完璧な体の使い方で剣を振るとここまで疲れるのかと初めて知った。
筋トレを適当に行うよりもどこの筋肉をしっかりと使っているのか理解して行うのとでは効果が全く違うように、私の体が筋肉を使ったことで驚いたのか汗がだらだらと滲み出して止まらない。
その状態でいたら、ウォーウルフ達が寄って来て今にも飛びついて来そうだ。私の汗に含まれている大量の魔力を舐めとりたくて仕方ないらしい。だが、そんな行動を取らせるわけがなく、全員伏せさせておとなしくしてもらう。
「はぁ、はぁ、はぁ……。剣を縦に八〇回振っただけで、もう腕が上がりません……」
「八〇回振れただけでも素晴らしいです。回数は問題ではありませんから、気にしなくて結構ですよ」
「回数は問題じゃないんですか?」
「はい。では実際に剣を八〇回振って敵を倒しますか?」
「相手が強かったら八〇回振るんじゃないですかね……」
「それでは新人剣士のままです。熟練者は一撃で仕留めます。ここぞと言う場面でしか剣を振りません。まあ、対人にかぎった話ですけどね。相手が魔物の場合は倒せるまで隙を突いて切り倒します。ですが、キララさんの場合は学園で使うだけなので回数よりも質を高めた方がいいでしょう」
「質を高める……。一回の振りに全力を掛けるとか言う話ですか?」
「その通りです。人は集中して剣を振れる回数に限界があります。剣を振れば振るほど、隙が生まれ、敵の攻撃に反応できず、バッサリ切られるなんて言うのはざらにありますよ。ですからキララさんの賢い頭脳と状況判断能力を使って最適な場所に剣を打ち込む。これが出来ればキララさんでも剣で戦えます」
「な、なんかそう言われると出来そうな気がしてきました……。バレルさん、教えるのが上手ですね」
――シャインの指導力がほぼ皆無のせいで、剣を毛嫌いしていたけどバレルさんからなら、ちょっと教わってみたいと思える。これが指導者の違いによる意欲の振れ幅か……。
「まあ、昔、アレス王子の剣の指導もしたくらいですから、それなりに経験があります。始めての方が鍛錬ばかりでは辛くなりますし、目標を見定めて確実に達成していきましょう」
「は、はいっ!」
私はバレルさんから剣を習い、息を整えてから呼吸を止め、剣を振ると言う動作を面打ちの素振りのさいに取り入れる。
息を整えると言うのは瞑想に近く、精神統一と同じ考えで行えた。
一回一回超特大の魔法を打ち込むかの如く集中し、剣を振るう。
「えっと……、キララ様。大変申し上げにくいのですが、これ以上集中されると魔力が増えすぎて体が破裂します……」
ベスパは様々な場所に魔力を投げまくっていた。そのため疲れ果て、息を切らしている。
「え……。た、確かに体が動きにくいと思った。魔力が増え過ぎちゃったのか」
ベスパが言うには剣を振るさい、精神を統一して振るっていると私の体の中で魔力が莫大に膨れ上がると言う。もう、魔法で魔力を無くしても剣術で増えると言うとんでもない体になっているため、どんな時でも戦えてしまう戦闘体らしい。私は効率が良すぎる体のようだ。
「バレルさん。魔力が増えすぎたので、いったん発散します」
「魔力が増えすぎた?」
「えっと、私の体は魔力が異様に多い体質でして、集中しすぎると増えるんです。なので、いったん発散しないと、体が破裂してしまうんですよ」
「た、大変な体ですね……」
バレルさんは苦笑いを浮かべ、いったん休憩にすると言ってくれた。
私は両手を合わせ、魔力を体から出していく。体の中に入っている魔力を液体状に集め、頭上に直径八〇メートル以上の球体を作った。外側から超圧縮していき、小さな小さなビーに形作った。大量の魔力で作られた魔力体はぶーんと飛び、実家の方に向かう。
「さ、さっきの黄色い液体はいったい……」
「あれは私の魔力です。ああやって、魔力を大量に消費しないと体が破裂するんです」
「あの大きさが全て魔力……。飛んでもない量ですね……。あそこまで量が多いと、体が辛いんじゃないですか」
「まあ、すぐに消費出来る方法があるので、辛くはないです。日課なので気にしないでください」
私はバレルさんに苦笑いを向け、剣術の続きを行う。
「ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……。ふっ……」
私は疲れてから、一〇回本気で振った。
額から汗がだらだらと流れ、腕の感覚が遠のいていく。だが、剣筋がとてもよくなった気がする……。本当に気がするだけだがバレルさんは毎日続ければ、入学時には周りの者が息を飲むくらい剣を綺麗に振れるようになると言う。
私はシャインのような剛健から生み出される超火力は出せない。なら、確実な一撃を決められる剣を掴もうと努力すると決めた。
鎖剣を一〇回振ると息を切らしながら尻もちをついた。もう持てない鎖剣を手放す。
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