律儀な村長
「ウォーウルフ達は、私達と一緒に森の入り口近くまで移動。村を襲うような魔物がいたら撃退して。万が一、人に見つかっても攻撃せず、逃げるように」
「了解しました!」
ウォーウルフ達は風のように森を走り、木々や凹んだ地面など何のその。子供達は母親に噛みつかれながら移動し、きゃっきゃと楽しそうに吠えていた。
「クロクマさんは『転移魔法陣』の中で休んでいてください」
「わかりました」
クロクマさんは『転移魔法陣』の中に自ら飛び込み、姿を消す。
「ほんと、キララさんは色々な魔法が使えるんですね……。御見それします」
「いやいや、私なんてまだまだです。私以上にぶっ飛んだ弟がいるので、いつも手を焼いています」
「キララさん以上の魔法使い……。はは……、想像できませんね」
バレルさんは苦笑いを浮かべ、嘘半分正直半分と言う所だろう。
「別に悪い子じゃないので、警戒しなくても結構です。剣術に全く興味がないので、バレルさんとの絡みは仕事関係になると思います」
「なるほど……。男児で剣に興味がないのはもったいないですね」
バレルさんはむっとしていた。剣の楽しさを教えたいと言わんばかりだ。
「まあ……。もう一人の妹の方は剣が好きなので、バレルさんの世話になると思います。あと、強くなりたいと思っている少年もいますから、剣の指導をして欲しいと言われたら引き受けてあげてください」
「もちろん。私が教えられることは教えます。魔法はからっきしですが、剣なら教えられる自信がありますよ」
バレルさんは木剣を振り、いつの間にか木々を切断した。だから、木を簡単に切ったら駄目なんだって。
私達はクレアさんがいる村に移動する。
私はバレルさんの背中に乗り、人間ジェットコースターを再度経験しながら、舌を何度噛んだか……。口の中が血の味がして痛い。もう、何個血豆が出来てしまっただろう……。まあ、すぐに治ると思うけど、痛いのは痛いんだよな。
バレルさんは一時間走り、村に到着した。森のガタガタ道を八〇キロメートルも移動しているのに、一時間で着けるとか、早すぎる……。
ただ、体力を大量に消耗したのかイケメンからイケオジに戻っていた。全力疾走をしながら一時間走ると、魔力が大分消費するらしい。やはり運動をしても魔力は消費するようだ。
村に戻ると、金髪ロン毛のクレアさんが顔を顰め、仁王立ちしながら待っていた。もうすでにお母さんの貫禄が出ている。ルドラさんやクレアさんのお子さんはさぞかし恐怖するだろう。
「キララさんっ! バレルっ! 私がすやすやと眠っている間に、どこに行っていたのか教えてくれるわよねっ! 二人だけ抜け駆けするなんてずるいじゃない!」
「は、はい……」
私はクレアさんに森の出来事を話した。
ウォーウルフに会ったとか、魔物が沢山現れたとか、そんな話をするとクレアさんは羨ましがり、自分も戦いたかったと言う。
だが、貴族の奥さんを戦わせるわけにはいかない。バレルさんは、ただのお遊びではなく本当に殺し合いなのだと本気で伝えるとクレアさんは少々縮こまり、シュンとしてしまった。
その夜、村長の家に向かい、村長にウォーウルフを倒して多くの魔物を駆除してきたから魔物の被害はもう起こり辛くなったと伝えた。すると大変喜んでくれて冒険者に払う予定だった金貨を渡してくる。
「あの、受け取れないんですが……」
「なにを言っている。魔物を駆除してくれたのだろう? なら、こちらは価値を払うのが普通だ。逆にこれっぽっちしか払えなくて申し訳ない」
村長が手渡してきたのは、革製の袋だった。中に金貨が五〇枚入っており、なかなかの大金だ。村の人々から少しずつかき集めたのだろう。
「金貨五〇枚って村にとっては大金ですよ。受け取れませんって」
「魔物を倒した証拠を見せてくれたんだ。疑いようもない君たちの実績だろう。なら、受け取ってもらわなければ困る。横領をするような村だと思われたくないんでね」
何とも律儀な村長さんだった。まあ、そこまで言うのならありがたく貰っておく。
加えて冒険者さんの死亡届けなる書類を書かないといけないとバレルさんが言った。
冒険者がいつまでたっても帰ってこない場合は死んだとみなすそうだ。
村長さんが持っていた依頼書に書かれている冒険者さん達の名前にバッテンを付け、別の冒険者の名前、まあ今回は私の名前を書き込んで依頼完了の欄に押し印を記す。もう、死んでいるってことになっているので元剣聖の名前を書くわけにはいかなかった。
「これを、ギルドに持っていけば、冒険者ランクを上げるための加点が貰えます。あと、金貨五〇枚が全て貰えるわけではなく、一割がギルドに入るので、四五枚がキララさんの手に戻ってきます」
「へえ……。なるほど。なんか、依頼を取っちゃったみたいで複雑な気持ちです……」
「今回の依頼のランクが……、Cランクとなっていますね。これは冒険者ギルド側の失態です。さすがにあの量のウォーウルフはCランク冒険者にはどうすることも出来ません。BかAランクが妥当でしょう。突然変異したマンドラゴラや八〇〇頭以上の魔物の群れも含めると普通にSランクに入るかと……」
バレルさんは苦笑いを浮かべていた。ギルドに事実を言えば一一歳の少女がSランクの依頼を完遂したということになってしまう。そんなの目立ちすぎる……。
「……ウォーウルフ五頭を討伐したと言うことにしておきましょう」
「そうですね……」
私達は村長の家で食事をいただいた。
野菜と魔物の干し肉、芋類と言った品が出された。まあ、味はしないが、ビーの子だけを食べるよりも栄養の偏りはない。村長さんに宿まで貸してもらい、恐怖におびえることなく、眠りに付ける環境が整った。
「ベスパ。ビー達に村の周りを見張らせておいて。今回はサボったらダメだからね」
「了解です」
ベスパは光り、ビー達に村の周りを回らせ、魔物の接近に備えてもらう。
「ああーん、もう、お風呂に入りたーいっ! 髪がべたべたするの気持ち悪いー!」
クレアさんはすでにホームシックならぬ、お風呂シックになっていた。体がベタベタするのは汗のせいなので、汗を拭き取れば多少ましになるが、それでもお風呂に比べれば疲れが取れるわけでもなく、綺麗になった気もしない。
「クレアさん、これが庶民の生活なんですよ。王都で暮らす人達が恵まれているだけです。クレアさんは物凄く恵まれている人間なんですから、他の人のようにわがままを言ったらみっともないです」
「う……、そうね……。確かにその通りだと思う……。でも……、なんかごわごわして絶対眠れないわよ……」
「じゃあ、頭だけでも洗いましょうか」
私は桶を用意し、ヒートとウォーターでお湯を作り出す。
「ささ、クレアさん。髪をお湯につけてください。私が頭を洗ってあげます」
「よろしくお願いするわ」
クレアさんは桶に髪を入れ、仰向けになり、桶の縁に頭を乗せた。
透明だったお湯に綺麗な金髪が入ったことで、金色の温泉のように見える。カンデラの明りだけでは心もとないのでベスパに光ってもらい、視界を確保した。
長い髪を解しながらお湯をかき混ぜ、油や皮脂を浮かせて落とす。
頭皮を優しく揉み込み、血流を促進して抜け毛予防もしておいた。
石鹸と言う神アイテムがクレアさんのもとにはあり、手用の固形石鹸だが油を落とす効果は健在だ。ならば、髪に使う分には問題ない。頭皮に使う場合は手の平の皮膚より弱いので出来る限り水で薄めてから使ったほうがいい。
綺麗に洗ったあと、乾いた布で髪と頭皮に付いた水分を取る。ヒートとウィンドで乾かせば終了だ。
「どうですか、クレアさん。気分が大分晴れたんじゃないですか?」
「ええ……。すごく心地よかった。もう、髪だけを洗う仕事をしても儲かるんじゃないかしら……」
クレアさんは満面の笑みを浮かべていた。痒かった頭皮がすっきりしただけでも気分が全然違う。これで睡眠の質も向上し、今日、置き去りにしていったことは水に流してくれるだろう。
「バレルも同じ部屋で寝てもらってもよかったのに、別の部屋で寝るなんて護衛としてどうなのかしら?」
「それを言うなら、少女たちのいる部屋におじさんがいる状況もどうかと思いますよ……」
「そう? 私が幼い頃は護衛が一緒の部屋にいたわよ。着替える時とか、お風呂に入る時とか、何があるかわからないから、護衛を外せなかったわ」
――その護衛さん。大変だっただろうな……。いや、何を思っていたかは知らないけど……。でも、大貴族のご令嬢に手を出したら首が飛ぶから恐怖の方が強かったのかな。
「大人になってからはメイドだけでよくなったわ。学園にいる時もメイドに監視されているようで面倒だったけど、いないといないで物寂しいものね」
クレアさんは時おり、後方を振り返り、その場にいるはずのメイドさんがいないと気づき、前を振り向く。
そんな動作を繰り返している状況から察するに、メイドさんに沢山お世話になっていたと言うことだ。その事実を知ったクレアさんは少々成長したのではないか。
私達は部屋の中にある二台のベッドで眠る。もちろん、マットレスは無く硬い木の板だ。「敷物でもあればもっと寝やすいのに」と思いながら寝ころんでいる。硬いベッドは慣れているため問題はないが、家のふわふわのベッドが恋しい。
「ううん……。うぅん……。寝過ぎて眠れないわ……」
クレアさんは午前八時頃まで寝て、昼寝も長いことしていたせいか普通に眠気が襲ってこなかった。このまま、夜更かしすれば体内時計が狂い、睡眠負債を抱えてしまう。
「ベスパ……。クレアさんに少量のハルシオンを……打ってあげて」
私は寝言のように呟く。と言うか、もうほぼ寝言だった。
「了解……」
ベスパは音もなくクレアさんに近づき、首元にお尻の針を刺して睡眠薬の成分を注入。
「うぅ……、ね、眠れ……、眠れな……。くかーっ!」
クレアさんは薬の効果で眠りにつき、いびきをかく。何ともおじさん臭いが、私の睡眠の深さに掛かれば気にならない。
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