この強さが八人……。
「はあああああああああっ!」
バレルさんが右足を一歩踏み出した。すると地面が一段階陥没。
どんな踏み込みの力だよ……。そう思った次の瞬間、バレルさんの周囲の地面にひび割れが発生し、蜘蛛の巣状に広がった。
真上に振り上げられている木剣すら輝きを放ち、聖なる一撃を振るうのかと言うほど眩い。
「千斬」
バレルさんがゆっくりと剣を振るった。いや、私にはそう見えたが、本当に遅かったのだろうか。疑わしいほど、黒いマンドラゴラの周りが輝き、いくつものシャッターが切られているような光景が目に入ってくる。このまま目を開けていたら瞳孔が焼けそうだ……。
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
マンドラゴラが叫んだ瞬間は攻撃かと思ったが、ただの悲痛な叫びだった。
シャッターのような眩い輝きが消えると、マンドラゴラの体に深い傷が生まれていた。シャッターの輝きはいったい何回起こったのだろうか……。
マンドラゴラの体に着いた傷を見ると、一〇〇〇カ所くらいは優に超えている。
だが、まだ終わりではなかった……。
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
マンドラゴラの叫びと共に視界が白くなると、木々が割れるバキバキと言う快音が一瞬の間に数えきれないほど鳴った。考えたくないが一〇〇〇回の攻撃が一〇〇〇回起こったということだろうか。
これが剣神全盛期の力かと思うと、背筋に怖気が走る。
こんな人間が、今この世界に八名ほどいるのだ……。
なんなら、剣聖や勇者はバレルさん以上に強いのだろう……。悪魔たちお疲れ様……。と言う言葉を掛けたくなるほど、今の私から見たら強い。まあ、街を破壊させる悪魔たちも相当やばいのはわかるが、人も負けていない。希望が少々見えた気がする。
「あ、ああ……。魔力……。魔力が欲しい……」
バレルさんはマンドラゴラの首に集中攻撃をしたのか、首は鉛筆一本分程度しか残っていない。
マンドラゴラの食欲に満ちたか細い声がズタボロの体から発せられる。
鉄の剣を粉砕するほどの硬さを持っていたマンドラゴラの体が、今や、どこを見ても深い傷を負っていた。
魔石は売れるからか狙いから外し、傷ついていなかった。
枯れた小枝が軽い弾みでぽきりと折れるように、重そうな頭を支えていた細い首がぱきっと折れた。
そのまま長く太い髪すら塵にされた丸坊主の頭が地面に落ちる。人の頭ほど重くなかったのか木魚を落としたような軽い音が鳴った。中身は空洞だったのかな……。
――木剣でこの威力。もっと質の良い武器なら、どれほどの威力になるのやら……。
「ふぅ……。やりました、キララさん。それにしても凄い付与魔法ですね。全盛期くらいの力が出せた気がします」
バレルさんが着ていた服は先ほどの技によって吹き飛ばされ、全裸姿になっていた。
彼の肉体に当たらたしい傷が一つもついておらず、大量の古傷や浮き出た筋肉、血走った血管が男らしさを増加させていた。この男性を見ていったいだれが、七十代間近だと気づくだろうか……。
私はバレルさんの男らしすぎる肉体美を見て鼻血が出そうになるのを堪えながら、彼にそこはかとなく言う。
「ば、バレルさん、服が消し飛んでます……」
「ああ、すみません。久しぶりの全力過ぎて加減が……」
バレルさんは堂々と仁王立ちしているわけだが、パンツすら履いていない状態。今、ぴかーっと輝いているベスパが退いたら、完全に見えてしまう。
「と、とりあえず服を着てください……」
私はネアちゃんにバレルさんの服を作ってもらった。目立たないよう、村人がよく着ている服装に寄せる。私が与えた魔力は全て使わなければ八時間は持続するため、バレルさんは少々若々しいままだろう。
「さて、状況の整理として得られた品を見て回りましょうか」
私はひび割れた地面を歩き、傷だらけのマンドラゴラの死体に近づく。バレルさんが近くにいるため、安全だろう。
――ベスパ、魔造ウトサの反応があるか調べて。
「了解です」
ベスパはマンドラゴラの体に針を刺し、魔造ウトサの痕跡が無いか探す。
「ふむふむ……。魔造ウトサの痕跡がありました。ですが、そこまで多くありません」
「なるほど。でも、魔造ウトサの反応が出ると言うことはこの森も、魔造ウトサの影響を少なからず受けていると言うこと……。応急処置になるかわからないけど、河川に特効薬を流しておこう。ベスパ、お願い出来る」
「おやすい御用です」
私は特効薬が入った試験管八本の内、二本をすでに使っていた。この先に何があるかわからないため、一本は残し、五本をベスパに渡す。
ベスパは五匹のビーに試験管を持たせ、北西方向に飛んで行った。川を辿って上流に向かう。
八〇秒後、空になった試験管を持ったベスパ達が、戻ってきた。
「これで、この森の魔造ウトサによる被害は減るはずです」
「そう、よかった……。じゃあ、周りの村も安全になるね」
私は魔物の被害が減ってくれるはずだと信じ、胸をなでおろす。
ライトの特効薬と私の大量の魔力が溶けた液体は川の水に流すと、地面や木の根を通じて多くの魔物や動物の体内から魔造ウトサの成分を体外に放出してくれる。上手く行けば、森が元に戻る。
「このマンドラゴラはなかなか手ごわかったですよ……。これだけ大きな魔石なら、そこそこいい値段になります」
バレルさんはマンドラゴラの胸から、赤い魔石を掴む。魔石の周りは切り刻まれており、簡単に取り外せた。大きさはハンドボールくらい。私の手では両手を使わないとつかめないがバレルさんは片手で掴めるくらいの大きさだ。
「いい値段になれば、万々歳ですね。えっと、このマンドラゴラの死体は素材に使っても大丈夫ですかね?」
「問題ありません。ですが、ここまで切り刻んでしまったので、商品にはならないかと……」
「中心部分さえ残っていれば十分です。あと、杖にもできますし、小さな品なら十分加工できます」
――ベスパ、このマンドラゴラの素材で木剣を作れる? 凄く硬い素材だし、出来るだけ無駄にしないようにしてくれるとありがたい。
「やってみます」
ベスパは、マンドラゴラの死体の周りをハエのように飛び、観察する。表面はバレルさんの斬撃によってボロボロだが内部は外部より使えそうだと言う。
ベスパはバレルさんの切り裂いた傷に入り込み、深さを確認。その後、出てきてビーを呼んだ。
木をガリガリと削り始める。だが、とんでもなく硬いらしく、ディアの溶解液を使い、無理やり腐食させ、噛み砕いて行った。
残ったのは半径一〇センチほどの円柱。長さは頭の部分が無くなり、一八〇センチメートル。
脚の部分が、傷が浅く、何とか一本の木剣は作れそうだ。
余った部分は杖や荷台の素材などに仕えるはずなので残しておく。なんなら、マンドラゴラの頭に繋がっていた管は使えないかと思い、ビー達が持っていた木偶人形を見て見ると皴皴になり、枯れていた。もう、灰も同然だ……。使い道が無さそうに思えるも、捨てるのはもったいない。
死ぬ思いで手に入れた素材なので全て『転移魔法陣』の中に収納し、残しておく。
太い木の根は魔法だったらしく、マンドラゴラの死亡と共に朽ちてしまった。ただ、この朽木が中々栄養が無さそうで、ズミちゃんの餌にすれば畑がさらに耕せそう。
魔力から生み出された土なわけだから、害虫はついていない。細菌も付着していないはずだ。魔造ウトサの成分さえ抜いてしまえば、良い土壌になるだろう。
私は『転移魔法陣』に朽ちた太い根も入れた。もう、乞食かと言うくらい、何でも持って帰る。いらなくても『転移魔法陣』を消せば、全ての素材は異空間に放置される。まあ、宇宙にゴミを捨てるのと同じだ。誰も気にしないだろう。
「ふぅ……。マンドラゴラで売れそうな素材は魔石だけですかね。薬草が頭についているとのことですが、全然見当たりませんね……」
「マンドラゴラがアルラウネと近しくなったせいで、薬草部分が消えてしまったのでしょう。もったいないですが、仕方ありません」
――突然変異で、元からあった性質が消え、新しい性質が増えたと言うことか。良い部分が増えてくれればいいけど最悪な部分が加わったらこんな悲惨な魔物になっちゃうのか。アメリカ原産のハチミツを作るけど弱い西洋ミツバチとアフリカ原産の気性が荒く強いナイルドミツバチが合わさって生まれたキラービーみたいな……。魔物でも最悪な掛け合わせが生まれないと良いけど……。
私は突然変異で、ブラックベアーとビーが合わさった個体が出てきたらどうしようかと言う不安に駆られた。全く種族が違うので、ありえないと思うが、無きにしも非ず……。見た瞬間に気を失うのは間違いない。
「キララ様。出来ましたっ!」
ベスパは木剣を手にし、息を荒げていた。相当疲れたのだろう。黒く艶やかな光沢を放っている剣身が下を向いた木剣があり、私の顔が映っている。
もう漆黒の刃と言っても過言じゃない。墨汁以上に黒く、全ての光を吸収してしまいそうなくらいだ。でも、強度を増すためにネアちゃんの細い糸が巻き付けられているからか、光が反射している。
剣の形は一般的な品と同じで、柄と相手の剣から手首を守るための両端に飛び出た鍔、剣身と言う構成。
聖剣と言うには質素すぎる。でも逆に使い勝手はとても良さそうだ。
「ありがとう」
私はベスパから、木剣を受け取る。まあまあ重い。でも、日本刀に比べれば十分軽い。
「キララ様、魔力を流してください」
「え……。なにをしたの?」
「いやー、別に何もしていませんよ。ただの木剣ですって」
ベスパはただの木剣に魔力を流せと言って来た。別にただの木剣なら魔力を流す必要はないだろう。
「はあ……。まあ、一応流すけどさ……」
私は柄を握り、魔力を流す。すると木剣が光り輝く。魔力を流せば大概の品は光るが……、この木剣はどんな効果があるのだろうか。
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