魔物達の親玉
「キララさん。私は何をしたらいいんでしょうか?」
クロクマさんは大きな体をもたげ、訊いてきた。
「クロクマさんは敵の魔物の進行を止めてください。巨大な咆哮で相手を威嚇するんです」
「えぇ……。私、また大声を出さないといけないんですか……。あれ、はしたないからあまり好きではないのですけど……」
クロクマさんは大きすぎる声が自分でもはしたないと思っているらしく、少々渋っていた。
「家に帰ったら、コクヨにクロクマさんの勇姿を話しますから、一緒に頑張りましょう。あと、エッグルもいっぱい食べさせてあげます」
「えっ! 本当ですか。わかりました。私、頑張りますっ!」
クロクマさんはやる気を出し、どっすんどっすんと地面を揺らしながら時速六〇キロメートルの速度で走り出し、皆を追いかける。
この場にいるのが私とベスパ、雌のウォーウルフ、子供のウォーウルフだけになった。
「さてと、ディア、ネアちゃん。あなた達の主戦上の森だよ。たくさん活躍してね」
「はいっ! キララ女王様の命令になんでもしたがいます! 腐った食い物や死骸でもなんでも食い尽くしてやりますよっ!」
「私は罠を沢山作ればいいんですね。仲間たちにも強力してもらって、被害が広がらないようにします」
「うん。二名とも、しっかりと自分の役割がわかっているようだね。じゃあ、よろしく頼むよ」
私はディアを地面の下ろす。すると急速発進。周りから黒い物体がぞろぞろ現れ、ディアを先頭に巨大な三角形が生まれた。あれが全てブラットディアだと思うと背筋に怖気が走る。
木々にぶつかってもブラットディアが避けるので三角形の形が崩れず、時速二〇〇キロメートルの速度で移動していった。
「ふっ!」
ネアちゃんを空に投げると、糸を木々に飛ばし、振り子の原理を使って木から木へ飛び移っていく。脚を使う移動は遅いが、糸を使って空中を移動したりするのはとても速い。猿のようにひょいひょいと飛び移っていく。糸を切り離しながら森の中を自由自在に移動する姿は何とも優雅だ。
「ふぅー。じゃあ、私達も移動を始めますか」
「はい。では、キララ様を空へと安全にお運びいたします」
ベスパは私の体にネアちゃんの糸をくっ付け、マリオネットのように釣り上げる。足裏にネアちゃんの糸が滑り込まされ、体が安定した。もう、映画のワイヤーアクションと言ってもいいだろう。
「上昇。木のてっぺんまで」
「了解です」
ベスパが飛ぶと私の体が浮かび、二〇メートルほど移動した。すると、辺り一面緑色。空の青い景色が目に入り、痛いくらいだ。視界が確保されているのでありがたい。
「北西の方に移動」
「了解です」
私の体はクレーンゲームの腕みたく、スーッと動き、皆の行動を見て行く。
八分後、何やら木々が倒れてくるのが見えた。どうやら魔物が進行し、木なんて気にせずに突っ走っているらしい。
「うわあ、なんて数……。私でも潰されちゃいそう……。でも、エッグルのためにたくさん頑張らなくちゃ」
クロクマさんはウォーウルフ達やバレルさんより前に出て二足歩行になる。高さ四メートルを超える巨体を大きく使い、肺に沢山の空気を吸い込んだ。
私は両耳を塞ぐ。バレルさん、ウォーウルフ達も皆が耳を塞いだ。
『グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
大音量が森の中で響いた。大きな木々が共鳴し、音が波紋状に広がっていく。八〇〇頭の魔物は耳を塞ぐなんて行為を取らなかったため鼓膜が破れるほどの咆哮をまともにくらった。その結果、耳から黒い血を流し、大声で叫ぶ。この一発目で戦いの流れがこちら側に一気に傾いた。
「五頭一組、隊列を崩さぬよう、魔物の討伐に掛かれ!」
親玉はウォーウルフ達を纏め、指示を出していた。
「了解っ!」
五頭一組のウォーウルフ達は、纏まりから一気にばらけ、魔物達の首根っこに噛みつき、硬いものを噛んだ時のゴリっという嫌な音を発生させる。なんなら、噛みつくだけでなく噛み千切っていた。
顎の力が強くなりすぎている……。魔力の影響だろうか?
ウォーウルフに首と胴体を切り離された魔物はアンデッドのように復活せず、死に絶えた。地面に転がる死体をブラットディア達が貪り食い、肉や骨、血液の一滴も残さず消し去る。
賢いのが素材になる部分は一切食べず、残しておいてくれるのだ。そのため、毛皮や魔石などが転がっていた。ビー達は何食わぬ顔で地面に落ちた素材を拾い、ウォーウルフの群れがいた広地に集めていった。ビーが一番楽な仕事をしているよな……。
「おらおらおらおらおらっ!」
バレルさんは全身を黒い血に染めながら、鬱憤を晴らすかの如く、剣を振るった。
大量の敵が押し寄せてくると糸を使い、脚を切断してからの剣で斬首。容赦が全くない。
数は魔物の方が圧倒的に多く、ほぼ四倍の差があった。だが、バレルさんがすでに百人力なのと、ウォーウルフの団結力のおかげで四倍の差が無くなっている。
「しゅるしゅるー、しゅるしゅるーっと」
ネアちゃんの糸が、森の中に張り巡らされていく。
伸縮性と粘着質がある強靭な糸が木々の隙間や足下に設置される。ウォーウルフは理性を保っているため、見え見えの糸に引っかからず、理性を掻いた敵の魔物だけが面白いくらいに罠にはまった。
罠にはまった者はもう一生抜け出せず、もがきながら体力を削られる。なんなら、ネアちゃんに繭状に縛り上げられ、一切の行動を封じられた。
「グオオオオオオオオオっ!」
魔物の中にも親玉っぽい存在がおり、動く木が太い根を地面から伸ばし、魔物を背後から脅して接近してくる。
体長は木とほぼ同じ一八メートルもあり、巨木だ。枝から草が枯れ落ち、冬の街路樹のような風貌をしている。だが、体が腐った黒紫色をしており、毒々しい。
「ベスパ、あれは魔物?」
「そのようですね。木の魔物なので、トロントと呼ばれる存在かと思われます」
「トロント……。ものすごく火属性魔法が弱点に見えるけど、森の中で火は使えないし、あんなに大きいんじゃ、魔石がどこにあるかもわからない」
「グオオオオオオオオオっ!」
トロントは木々を掘り返しながら進んでくる。私の魔力が目的なのかな? 魔力を求める魔物の特質があの魔物を動かしていると推測する。
「クロクマさんとバレルさん、ウォーウルフ達はそのまま、魔物の駆除をお願いします! 私はあのトロントを止めてきます」
「キララさん、トロントには顔があります。眉間辺りに魔石があるはずです。それを破壊すれば、倒せます」
バレルさんは剣を振りながら、私に情報を教えてくれた。敵を見ずに、剣が振れるなんて相当自信がないと無理だよな。
「ありがとうございます」
私は矢筒から矢を一本手に取り、弦に掛ける。矢を弦と共に引き、牽制の一矢を放つ。
魔力で強化された矢は光りの道筋を残しながら飛び、トロントへと向かった。風を切る音が心地よく、耳が擽ったい。
私とトロントの距離は約八〇メートル。相手の体が巨体なので、どこかには当たるはずだ。
「グオオオオオオオオオっ!」
トロントは私の攻撃に気づき、地面から太い根を何本も出現させ、矢の軌道上に持ってくる。
たこ足のようにウネウネと動く木の根はあまりにも気持ちが悪い。だが、トロントの防御は虚しく、私の矢は木をもろともせず貫通していく。
トロントは矢の威力が予想外だったらしく、進行を一瞬止め、巨木の体を傾けた。だが、矢は幹に直撃し、直径八〇センチメートルほどの穴をあける。黒い血液は流れず、他の魔物とは違うようだ。地面から魔力を吸い取り、力にしているのだろうか? そうなると魔石を壊すくらいの対処しか出来ず、倒すのが面倒臭そうだ。
「よくよく考えたら植物の魔物に外で出会うのは初めてなんじゃ……。マンドラゴラはフリジア魔術学園で見たけど、植物の魔物も魔石を持っているのか……。でも魔石が無かったら魔物とは言わないのか」
私は思考を回しながら矢筒に手を持って行く。矢筒から矢を引き抜き、弓に掛ける。
「キララ様。魔石の位置を発見しました。私が誘導します」
「よろしく」
ベスパは小さくなり、矢先にくっ付いた。私は気にせず、矢を引き、魔力を込めて放つ。すると矢が弧線を掻きながら曲がり、せまりくる木の根を躱しながらトロントの幹へと直撃する。破壊音と共に、トロントの幹に大穴が空き、紫色のガラス質な物質が垣間見える。どうやら矢が魔石を貫いたようだ。
「グオオオオオオオオオっ!」
「トロントの叫び声、うるさい訳じゃないけど……。なんか、怖いな。呪われそうだ」
魔石が破壊されたトロントは動かなくなり、宙に浮いていた根は軒並み地面に打ち付けられる。どうやら、倒せたみたいだ。
「案外あっけなかったな……。やっぱりブラックベアーが強すぎたのか……。いや、私が強くなってるのかも。弓のおかげもあるか。うん、着実に強くなってる。うぉーっ!」
私が両手を上げ、喜んでいると地面が盛り上がり、黒い木の根が勢いよく現れた。
あまりの速さに私の周りが一瞬で囲まれる。辺りが木の根で覆われ、頭上から逃げようとするも、先端が尖った木の根が前から八本降り注いできた。完全に私を狙った攻撃。トロントを囮に使い、私だけを確実に狙い撃つ絶好の機会を狙っていたわけか……。
――どこかに別個体がいるのか。
私は上空に指を向ける。『転移魔法陣』と『ファイア』の魔法陣が展開される。そのまま奴を待った。
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