魔物の大群
バレルさんは剣の柄を握り、上に向って引き抜く。
銀の剣身が日の光を反射し、あまりにも美しい。心が洗われるような動作で、武道の極みを感じる。
私には到底到達できない領域何だろうと、ど素人の私ですら感じ取れるのだから、実力差はとても開いているとわかる。
辺りの風が止み、草木の掠れる音すら聞こえない。動いているのはバレルさんの体のみ。だか、無駄な動きがないため音がせず、とても静かだった。
頭上に剣を構え、一気に振り下げる。すると、音叉が鳴ったような甲高い音と共に、親玉の角が根本から綺麗に落ちた。
もう、斬首刑と言ってもいいその光景が、なぜかとても煌びやかに見えるのはなぜだろうか。彼らの生活がこれからいっぺんする瞬間を見届けたから、はたまた何かが変わったからか……。理由は定かではないが、わかるのは皆が生きたかったという事実だけ。
「角が折れた。これで私はこの群れのかしらではなくなった。小娘。あなたが我々のかしらになる。これから、よろしく頼む……」
親玉は頭を下げ、角が折れた部分をありありと見せて来た。
「別に私があなた達のかしらになるつもりはないです。親玉はこれからも皆を纏める頭役をしっかりと引き受けてもらいます。それがあなたの仕事の一つです。わかりましたか?」
「わ、わかりました」
ウォーウルフの親玉は目を丸くし、ぽつりとつぶやいた。間抜けな顔になり、恐怖心が一気に抜ける。
「じゃあ、今にも死にそうな子供達を前に出してください」
私は雌に向って声を上げた。すると、しゃがんでいた者達が我が子の首根っこを咥え、前に持ってくる。子供達は皆ぐったりとしており、全く動かない。もう、電池切れの玩具のようだった。
「ふぅ……。魔力を分け与えていきます……」
私は体の中の魔力を練り込み、手の平に集める。回復魔法とは違うが、魔力不足と言うことは魔物にとって血液不足と同じこと。また、鉄分不足だとすると貧血の状態に近しい。なら、私の魔力を体に流してあげれば、さっきの子供のように体調が回復するはずだ。
「『女王の輝き(クイーンラビンス)』」
私は子供達が集まっている頭上に大きな『転移魔法陣』を出現させ、手の平に溜まった魔力を滝のように注ぐ。地面に横たわっていた子供の数は一八頭ほど。
皆、子犬のような小ささで、今にもこと切れそうだったが、私が魔力を注ぐと体が輝き、黒い体毛へと変化し、むくりと起き上がる。
「パパー、ママーっ!」
子供が親元に駆けていく。どうやら、魔力によって回復してくれたようだ。私の考えは間違っておらず、魔力を与えたら、子供達は皆元気になった。つまり、この周りにいるウォーウルフに魔力を分け与えたら、皆、体調が回復するはずだ。
「じゃあ、皆さん。今から、魔力がふんだんに入った水を飲ませます。これさえ飲めば、皆さんはすぐによくなりますよ」
私はベスパに作ってもらった器に大量の魔力を含ませた水を注ぎ、ウォーウルフの群れに飲ませていく。
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」
魔力水を飲んだウォーウルフ達が歓喜の雄叫びを上げた。すると灰色の毛がたちまち黒っぽくなっていく。目を疑う光景に、私とバレルさん、クロクマさん、ベスパは息をのんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。魔力が体にあふれてくる……。なんたる高揚感……、満腹感……、ここまで心地いいのはいったいいつぶりか」
親玉は尻尾を大きく振り、面白いくらいに笑顔になっていた。垣間見える牙が恐ろしいが、襲ってくる様子はない。
「皆さん、体毛が黒くなりましたけど……。いったいどうなっているんですか?」
「私達は魔力が満ちると、黒い毛に変化する。水を飲んだだけで毛色が変わるは思わなかった」
真っ白なフェンリルとは全く違い、もの凄い漆黒。もう、クロクマさんと同じくらい。闇に溶け込んでしまいそうなほどの毛色は日に当たり、魔力の輝きと同調して艶やかだった。
私は親玉の頭を撫でる。魔物とここまで近づいたら普通、大きな口でぱっくんちょされるはずだが、私に噛みついてくる気配はない。
「よしよし、いい子だねー」
「お、おおぉ……。こ、これが温もり……」
ウォーウルフの親玉はすってんころりんと、腹を見せ、臍天の状態になる。私はお腹をわしゃわしゃと撫でてやると、くーんくーんと人懐っこい犬っころの鳴き声を発し、心地よさそうに尻尾を振った。そんな姿を見た多くのウォーウルフが私の周りに集まり、俺も、私も状態。ウォーウルフ達の押しくらまんじゅうに会い、私の体が潰れそうだ。
「ちょ、皆、止まって。お座りっ!」
私が犬の芸を言うと、皆ピタリと止まり、ざっとお座りする。あまりにも忠犬になりすぎな気もするが、躾ける必要がないため、とてもありがたい。
「もう、私は皆を甘やかすわけじゃありませんからね」
「はいっ!」
ウォーウルフ達は大きな声を出した。
「おっほん。えー、皆さま、初めまして。私はキララ様の側近にして、あなた達の上司となります、ベスパ・マンダリニアと申します。皆様はキララ様にお仕えする新たなる従者として、生と仕事を全うしていただきますゆえ、末永くよろしくお願いします」
ベスパは、ポールダンスをするように空から降りてきて私の左横に静止。胸に手を当てて軽く会釈をした後、首元の真っ赤な蝶ネクタイを引っ張り、挨拶をした。
「キララ様、お伝えしなければならないことがあります」
ベスパはすーっと私の方を向き、満面の笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「えっとですね……。キララ様が使用した『女王の輝き(クイーンラビンス)』の魔力量が多すぎて、北西方向から、キララ様の魔力に反応した大量の魔物が押し寄せてきております。早く避難した方がいいでしょう。ただ、キララ様が駆除を申しつけくださるのなら、私達は戦いますよ」
「魔物が……来てる?」
「はい。数で言うと、ざっと八〇〇頭ほどの魔物や動物が押し寄せてきています。皆、魔造ウトサを取り込み、アンデッドになりかけの魔物達です。放っておくと危険かと」
――八〇〇頭……。相当な数だな……。でも、戦わないと、私のせいで森の外に魔物が出て行ってしまうかもしれない。
私はバレルさんのもとに向かう。
「バレルさん、今、北西の方角から八〇〇頭の魔物が押し寄せています。この数は多いですか?」
「八〇〇頭……。ものすごい数ですよ。種類にもよりますが、ホーンラビットだとしても面倒です。他の、ワイルドボワや、ブラックベアーなどだとしたら、少人数の冒険者では手に負えません。若いころの私なら、倒せたかもしれませんが……、今は体力が持つかどうか……」
「じゃあ、二〇〇頭以上のウォーウルフとバレルさん、私、ブラックベアーだったら勝てますか?」
バレルさんは目を丸くしたあと、覚悟を決めたかのような鋭い目つきをしながら口角をやんわり上げる。あまりにもイケオジで惚れてしまいそうだ。
「勝てます。まあ、この数がしっかりと連携すればの話ですが」
「なら、大丈夫ですね。ふぅー。よし! 皆さん、仲間になっていただいてあまりにも早い初陣がやってきました。今から、八〇〇頭の魔物が押し寄せてきます。皆で力を合わせて立ち向かいますから、心の準備をしてください」
「しゃっ! 戦えるっ! 俺、めっちゃ戦いますよっ! キララ様見ていてくださいっ!」
さっきまで不貞腐れていたウォーウルフがいきなり新入社員のように煌びやかになり、うぉんうぉん言って擦り寄ってきた。体長がデカい新入社員に押しつぶされそうになりながらも、頑張ってとの合図に頭を撫でてやる。
「じゃあ、役割分担をします。ウォーウルフ達の雌と子供達は私達の背後で身を隠していてください。雄は五頭一組を作り、一対一に持ち込まず、一対五で戦うように。相手は連携をとって来ません。なし崩しにしてやりましょう」
「はいっ!」
ウォーウルフ達は大きく吠え、すぐに五頭一組を作る。
「バレルさんは単独で魔物の討伐をしてください。何か欲しい物があれば用意しますけど」
「なら、キララさんが使っていた糸を貸してもらえないでしょうか。罠や拘束に最適ですし、攻撃力や耐久力も優れた見えにくい糸です」
「わかりました。今、用意します」
――ベスパ、バレルさん用の手袋を作って。ネアちゃんの糸を仕込ませた特別性のやつ。
「了解しました」
ベスパは森の中を移動しバレルさんの手袋をたったの八〇秒で作ってきた。
「バレルさん、どうぞ」
「早い……」
バレルさんは手袋が出て来たことに驚いていた。手にぴったりと嵌り、何もつけていないように感じる。かつてのお面の材料らしいので、伸縮性、通気性も抜群だ。
「おお……。これは……、あまりにも着け心地の無い手袋。手もとの感覚が狂わずに済みそうです」
「拳を作っていただいて、第三関節辺りの四つの小さな輪を引いてもらうと、糸が仕込まれています。とても切れやすいので気を付けてくださいね」
「ありがとうございます。歳のせいか、握力の低下で剣が滑る時がありましてね。血で滑る時もありますし、危険が減りました」
バレルさんは会釈をして感謝した。
「いえいえ。安全に戦えるようになったのなら、何よりです。怪我をした場合はすぐに非難させますから、安心して戦ってください」
「離脱させることも出来るとは……。キララさんは本当に援助係として優秀過ぎますね。先ほどの矢の威力も相当な腕前……。あなたはいったい何者なのですか?」
「まあまあ、今はその話よりも、魔物の方が優先です。いずれじっくりと話せる時が来ますよ。私は空から援護します。疲れすぎない程度に頑張りましょう」
バレルさんは頷き、ウォーウルフが走って行った方向に駆ける。
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