話合いが出来る魔物
「さてさて……。弓の威力、試させてもらいましょうか」
私は肩に糸を付けられ、宙ぶらりんになる。糸に座りながらだと弓が物凄く引きづらかったのだ。
「ベスパ、一応ウォーウルフの声を聞かせてくれる」
「いいんですか?」
「いいんですか? って……、何かまずいことでもあるの?」
「いえ……、ウォーウルフは賢いですから、人と同じように思考を持っている可能性が高いです。お人よしのキララ様が話を聞いたら、倒さないほうがいいかもー、などと言うかもしれません」
「た、確かに……。でも、話合えるのなら、話し合ったほうがいい」
「わかりました。では、聴覚共有を行いましょう」
ベスパにより、ウォーウルフの声が聞こえて来た。
「はぁー、腹減ったー。腹減って死にそうだよー。何か食べ物くいてー」
「まじそれなー。腹減って仕方ねえよー。魔力の質の高い食べ物でも欲しいよなー」
「人間とか糞不味いしよー。食ってられねえけど食うしかしねしなー」
「ほんとほんと、あんな骨しかなくて肉が無い生き物なんて食ってられねえよー。あー、魔力が欲しいー。魔力食いてー」
ウォーウルフの声が聞こえてくると男子高校生かと言うくらいはっきりとした声が聞こえた。なかなかここまではっきり聞こえることも少ない。どれだけウォーウルフが賢いかわかる。
――お腹が空いているのか……。そりゃあ、食べないと生きていけないもんな。
「でもよー。なんで、奥の森に行ったら駄目なんだろうなー。もっと奥に行けば魔物と動物がいるらしいじゃんか」
「でも、奥の方は滅茶苦茶臭いじゃん。あんな臭い食い物食ってられねえよ」
「だよなー。もう、いっそのこと移住した方がいいんじゃね? 荒野に出て魔物や動物を狩ったほうが効率良さそうだけど、なんでしないんだろうなー」
「さあなー。森を出たら人間に倒されるからだろ。昨日も美味そうな子供に寄り付いたバカが、剣でめっためたにされたそうじゃねえか。強い人間には勝てないぜー」
「はー。でも、いつかは何もかもなくなっちまう……。子供達を食わせていかねえといけねのに、こんなことやっていけないぜ……」
ウォーウルフの話を聞き、私は矢を引っ込める。
「ほらほらー。キララ様、お人よしすぎますよ。このまま、倒した方が楽ですって」
ベスパは両手両足をブンブン振り、いつも通りと言わんばかりだ。
「でも、あれだけ賢いなら、話し合いが出来そうだよ。人を殺した魔物は容赦なく倒すけど、それ以外の個体はまだ殺人を犯してない訳だから、話し合いで何とかなる。クロクマさんとだって話し合えたんだもん。賢い魔物には救いの手を差し伸べても神様は悪く言わないよ」
「はぁ……。誰が人を殺したかなんてわかりませんよ。全員で分けて食しているかもしれません。そうなったら全滅させるんですか?」
「うぅ……。そうだな……、でも、私達もウォーウルフを殺して売ろうとしたわけだし、お相子……と言ったら道徳が欠けるか。でも、人が一番偉いと言う訳でもないでしょ。一度話し合えば解決できるかもしれない。親玉と話し合えれば、人を襲わないようにお願いできるかもしれない」
「まあ、無きにしも非ずですが……」
私はバレルさんのもとに向かう。
「バレルさん。ウォーウルフを殺すのは話し合って解決されなかったときにします」
「話し合い? どういう意味ですか? 魔物と話せるなんて、訳がわからないんですが」
バレルさんは首を傾げ、当然の反応をする。
「私のスキルを通すと、生き物と会話が出来るんです。なので、ウォーウルフに人間を襲わないようにお願いしてみます」
「い、いや。危険すぎますよ。魔物は危険な生き物です。女や子など関係なく襲ってきます。駆除すべき対象なんですよ」
バレルさんは妻を魔物に殺されているため、本気で心配していた。私はバレルさんを安心させるため、クロクマさんのサモンズボードを胸もとから取り出し、転移魔法陣の出口を出現させる。
「ぐわーっ」
私の頭上から三〇センチメートルほどに縮んだ、クロクマさんが飛び出してきた。あまりにも可愛く、威圧感が全くない。
「な、なんですか、この黒い生き物……。んん、え、もしかしてブラックベアーですか?」
「はい。この方はブラックベアーのクロクマさんです。私の友達で、すごく仲良しなんですよ」
私はクロクマさんに頬擦りする。すると、八〇秒もしない間に、魔力が送り込まれ、膨張を始めた。
「う、うぉぉ……」
木の枝がクロクマさんの体重に耐えられず折れ、私達は真っ逆さまに落ちていく。ビー達が、クロクマさんを引っ張り、地面に衝突するのを防いだ。
私達はクロクマさんの背中に座っており、バレルさんは何が起こっているのか理解していないらしく、未だ口を開けながら茫然としている。
「この子は正真正銘のブラックベアーです。私の言うことを何でも聞いてくれます。試しに……クロクマさん、前進してください」
「わかりました」
クロクマさんは四足歩行で、地面をしっかりと踏みしめながら移動する。
「ほ、本当に前進した」
「バレルさん、魔物とも意思疎通が出来れば、理解し合えるんです。バレルさんにとっては理解しがたく、辛い現実かもしれませんが、私は意思疎通ができる相手を無差別に殺したら犯罪だと思っています。私の信念の問題ですが、許してください」
「…………はぁ、キララさんの瞳は何が何でも、王都で商売をやりたいと言っていたマルチス殿と同じです。きっと止めても無駄なのでしょう。なので、私はキララさんの守りに専念します。その間、キララさんは好きなようにしてください」
バレルさんは折れ、私に従ってくれると言った。
「ありがとうございます。絶対に良い方向に持っていきます」
私とバレルさんはクロクマさんの背中に乗り、正面から堂々とウォーウルフの群れに向かう。
「キララさん、正面に沢山のウォーウルフのにおいがするんですけど……」
クロクマさんは鼻を鳴らしながら、舌なめずりをして呟く。食べたいのかな?
「はい。この先にウォーウルフの群れがいます。数にして二八〇頭ほどです」
「二八〇頭……。そんなにいるんですか……。普通、八頭から一〇頭くらいですよ」
「爆発的に増えてしまったようですね。何かしら原因がありそうです」
「二八〇頭もいたら、食料がとんでもなく必要になりますね」
「彼らも困っているようなんです。だから、私が手を貸してあげようと思って」
「なるほど、キララさんの魔力量なら、賄えるかもしれませんね」
クロクマさんは私の意図をすでにくみ取っていた。やはりウォーウルフにも負けない頭脳の持ち主……。ブラックベアーは侮れない。
「ウォーーーーッツ!」
ウォーウルフが私たちに気づき、野太い遠吠えが、やまびこのように連続で放たれる。まだ四八〇メートルくらい離れている気がするが彼らの鼻からは逃げられないようだ。
「ウォーーーーッツ!」
あらかた吠え終わると、数頭がまた吠えだした。どうやら、親玉に連絡しているようだ。何と言っているかと言うと……。
「ブラックベアーだっ! ブラックベアーが現れたぞっ! 肉だ、肉っ!」
「人間もいるぞっ! 人間が二体いるぞっ! 昨日、襲った人間と同じ匂いだっ!」
と言う感じだ。どうやら、私達の正体はすでに割れているらしい。
「バレルさん、私達の存在がウォーウルフに気づかれました」
「そのようですね……。はぁ……、本当に大丈夫なんでしょうか……」
バレルさんは未だに信用ならないらしく、私を抱えてすぐに逃げる準備をしていた。バレルさんに抱かれていると、田舎のお爺ちゃんを思い出す……。
お爺ちゃんっ子だった私は物凄く懐かしい感覚になっていた。だが、今はウォーウルフの方に集中。それ以外の気持ちは遮断だ。
「キララさん、来ます……」
クロクマさんは目を吊り上げながら警戒心を強め、戦闘状態に入る。毛が逆立ち、全体の筋肉が酸素の吸引によってさらに膨張していた。
「バレルさん、耳を塞いでください。そうしないと、鼓膜が破れます」
私は両手で耳を塞ぎ、バレルさんの方を向いて呟いた。
「なっ……」
バレルさんは私と同じように両手で耳を塞ぐ。その瞬間、ウォーウルフの八頭がクロクマさんを囲み、襲い掛かって来た。話し合う前提なのに、相手の方はお構いなし。相当お腹が空いているらしい。
「クロクマさんっ! 咆哮っ!」
『グラアアアアアアアアアアアアアアアッツ!』
クロクマさんの巨大な声がウォーウルフの立った耳に直撃。音波が、鼓膜を突き破り、八頭が地面に蹲る。辺りの木々が共鳴し合い、音が波紋状に広がっていった。
ウォーウルフは耳から黒い血を流し、口から泡を吹き出していた。やはりブラックベアーは相当強い。まあ、クロクマさんと私の魔力が合わさった結果かもしれないけど。
「うぅ……。とんでもない咆哮ですね……。耳を塞いでいても頭がガンガンします……」
私が耳から手を放すと、バレルさんも同じように放した。私の方も耳の奥で未だに咆哮が鳴り響いている。もう騒音と言うレベルではない。公害よりも酷いな。ほぼ兵器だ。
「私の声、気分が悪くなるほどひどいですかね……」
クロクマさんは大声を出し、しょげてしまった。中身はとても乙女なので気難しい。
「いえ……、そう言う訳じゃないんですよ。って、クロクマさん、次来ます!」
目の前から、群れたウォーウルフが現れる。だが、すぐには襲ってこない。加えて耳をヘたらせ、音を直接入れないようにしていた。もう、学習したらしい。ものすごく早い成長速度だ。
「皆さん。聞いてください。あなた達を襲うつもりはありません。話し合いをしましょう!」
私はクロクマさんの上から、ウォーウルフに話しかける。
「…………」
だが、ウォーウルフは困っていた。話していいのかいけないのか自分で判断できないようだ。
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