お土産を買い忘れていた
「悪くありません。逆に、ものすごくいいです。と言いますか、この服装、もう何十年ぶりに着るのですが、おかしくないですかね?」
バレルさんは自分が冒険着を着ている状態に違和感を覚えていたらしい。だから、険しい顏をしていたようだ。
「おかしくありません。ただ、カビ臭いので『クリーン』で綺麗にしますね」
私はバレルさんに『掃除』をかけ、カビや塵、埃などを綺麗にした。
「おお、一気に体が軽くなりました。相当湿気っていたようですね。ありがとうございます」
バレルさんは私に頭を下げる。子供にも忠誠心を出せるのがすごい。
「バレルさん。王都を出るまでは荷台の中で大人しくしていてください。そうしないと死んでいる人が生きていたらおかしいですから」
「そうですね。わかりました」
バレルさんは帆から荷台の中に身を隠す。ブラットディアの半球で包み、魔力を完全に遮断し、悪魔や正教会の監視から逃れさせる。
「はぁはぁはぁはぁっ、何とか間に合った!」
クレアさんはメイドさんが選んだ民族衣装のような質素な茶色のロングスカートと綿製のクリーム色の長袖服を着ている。目立たず、目に優しい色合いだ。傍らには大きな旅行鞄が置かれ、呼吸を整えていた。
「クレアさん、おはようございます。今日も良い天気ですね」
「おはよう。ほんと、出発するにはちょうどいい天気ね」
私達は王都の人たちに悟られないように、マドロフ商会から出ていく。メイドさん達は一人もおらず、マルチスさんやケイオスさん、テーゼルさんの三名は朝食の時に話しをしたので、ここにはいない。会社の上層部の方達が見送りに来ていたら不自然だ。
私が御者、隣にクレアさんが乗り、荷台の中でブラットディアに囲まれたバレルさんが揃い、いつでも出発できるようになった。
「クレアさん、私、家族にお土産を買っていきたいんです。お時間を少し貰えますか?」
「ええ。構わないわ」
「ありがとうございます」
――ベスパ、ウルフィリアギルドに向って。
「了解です」
ベスパはレクーの前を飛び、ウルフィリアギルドに向った。
バレルさんとレクーを駐車場に残し、私とクレアさんだけウルフィリアギルドの敷地に入る。私の所持金は……。所持金は……。
「私のお金は?」
「キララ様、実家に財布を置いて来たんじゃないですか?」
ベスパは苦笑いをしながら呟く。
「…………」
私は財布を持って来ていなかった。ほんと、お金を使う場所がないから、全く持ち歩いていなかったのがあだとなった。
「あ、あの……。クレアさん……」
「ふふふ……。任せなさい、キララさん。私の財力を思い知るがいいわっ!」
クレアさんは胸もとから、革の袋を取り出した。
「ててっーんっ! 金貨一枚! 私のお小遣いよ!」
クレアさんはあまりにもしょっぱい金額を見せてきた。
「う、うわー、すごい金額だー」
――逆の意味ですごい金額だ。まあ、金貨一枚でも大金なんだけど、王都で金貨一枚で何が買えるの……。
私は辺りの品を見渡した。すると、どれもこれも金貨一枚以上する品ばかり。冒険者の初心者を全然考慮してないよ。
――はぁ……。仕方ない。お金が無かったら稼ぐしかないな。
私はどうにかしてお金を稼ぐ必要があった。シャインとライトにお土産を買わなかったら一体何を言われるか。お姉ちゃんだけ王都に遊びに行ってずるい……、と私の評価がだだ下がりになってしまう。
「クレアさん、私、何かすぐに稼げる仕事が無いか見てきますね」
「待ちなさい、キララさん。金貨一枚あれば、十分お買い物ができるわ」
クレアさんはスタスタと歩いて行き、マドロフ商会の支店に入る。私もクレアさんの後をついて行った。
「さ、キララさん。好きな物を買ってちょうだい。私が許可するわ」
クレアさんは腰に手を当て、胸を大きく突き出しながら言う。
「で、でも、金貨一枚じゃ……」
「大丈夫。これは包装用。あとはルドラ様が払ってくれるわ」
「…………なるほど」
私は悪いと思いながらも、クレアさんが言うのだから仕方がない。お言葉に甘えさせてもらおう。お金はあとで返せばいいのだ。
私はマドロフ商会の品を見回っていく。どれもこれも高すぎず丁度いい。
「よしっ、ライトには羽ペンとインク。シャインには腕輪の防具。お父さんとお母さんに葡萄酒。お爺ちゃんお婆ちゃんには甘めのお酒。子供達には文字を書くための炭棒っと。悪くない」
ライトに羽ペンを買った理由としては王都の品は書き味がよく、引っ掛かりが滑らかで長文を書くライトに丁度いいと思ったのだ。
シャインに腕輪を買った理由としては剣士ゆえに手首をやられたらおしまいだ。お洒落で使い勝手がいい腕輪なら女の子らしさと強さを両立できる。
後は皆が好きな物から選んだ。
籠に品を入れ、私は木製の台に持っていく。クレアさんも共に同行してくれている。
「えー、羽ペンとインク、腕輪、葡萄酒、果実酒、炭棒三〇本。合計で金貨八枚です」
「ルドラ様払いで。あと、この金貨一枚で全て包装してくれるかしら」
クレアさんは「クレジット払いで」と言うのと同じように話し、店員さんは頭を下げる。
「了解しました。では、どのように分けて包装しましょうか?」
「えっと、羽ペンとインクはまとめて、腕輪と葡萄酒、果実酒は分けて、炭棒は三〇本纏めてもらって構いません」
私は渡しやすいように包装を分けてもらった。
「では、八分ほどお待ちください。包装が完了しだいクレア様のお名前をお呼びいたします」
「わかったわ」
私とクレアさんはカウンターから離れ、支店の仕事ぶりを見ていた。
「スミマセン、ケンヲトグトギイシガホシインデスケド」
(すみません、剣を研ぐ石がほしいんですけど)
「えっとえっと……。ケンヲトグイシはこっちです」
店員さんはビースト語をむりくり話し、獣族の冒険者さんを誘導していく。
どうも、マドロフ商会の店員さんはビースト語を取り入れるようにしたらしい。どこのお店よりも早く、導入し、他の国から来る冒険者さん達を根こそぎ奪う作戦をしっかりと決行しているようだ。
ただ、ビースト語がなまじ難しい言語なので、皆苦戦していた。でも、ルークス語とビースト語は近しい発言がいくつもあるので話すのは難しくない。
獣族さんの発言があまりにも訛っているので聞き取りにくいと言う問題点はある。
日本語ですら訛ると何を話しているのかわからなくなるので、他種族が混とんとする獣族さん達が使うビースト語が訛らないわけなかった。
言うなれば猫や犬、鳥、などが「ニャーニャー」「ワンワン」「カーカー」と鳴いている状況でも同じ言葉で会話をしている。それを人が上手く聞き取れと言うのと同じこと。
ルークス語やプルウィウス語は人が話している言語なので、ある程度聞き取れる。だから、皆、ビースト語は習わないのだ。
「クレア様。包装が完了いたしました」
クレアさんの名前が呼ばれた。私達はカウンターに戻り、定員さんから紙袋に入った品を受け取る。品は革袋に包まれており、とても高級感が溢れていた。
値段が控えめでも革袋で包まれているだけで高級なお店で買ったような雰囲気が出ている。
――お土産なんだ。これで十分。
「ありがとうございました」
私は店員さんに頭を下げる。
「えっと、ラッキーさんでしたっけ?」
「は、はい……。ラッキーです」
私は昨日も来ていたので、偽名を覚えられていたようだ。
「皆、ビースト語を勉強して話そうと思っているんですけど、驚くほど聞き取りにくくてですね。どうしたら覚えられて聞いて話せるようになりますか?」
「んー、一番いいのは獣族さんとたくさん話をすることです。脳内のシナプスが……って言っても意味ないか。えっと頭は賢くてですね、何度も使うと勝手に覚えてくれるんです。なので、一度覚えたと思ったら何度も使ってください。こんにちわと言う言葉も獣族さんが通るたびに「コンニチハ」と発音すれば、自然になっていきます」
「なるほど……。つまり、反復練習以外、覚える近道はないと」
「はい。なので地道に勉強してください。仕事だと割り切ってしまえば勉強も意外と苦じゃありません」
「わかりました。ありがとうございます」
店員さんは頭をペコリと下げて来た。お役に立てたようで何よりだ。
「じゃあ、私は一年間くらい顔が出せないから、皆、仕事を頑張ってね!」
クレアさんは手を振り、支店の店員さん達に笑顔を振りまく。店員さん達は頭を九〇度まで下げ、お辞儀をした。
私達はお店を出て、レクー達がいる駐車場まで戻る。
「…………」
入口付近で眠るは大きな大きなフェンリルさんだ。見かけは怖いが、眠っているとあまりにも可愛らしい。毛がモフモフで超大きなベッドみたい。
――怒らせると怖いし、刺激しないようにしないと。
私は強面の人の隣を歩くように知らんぷりをしながらスタスタと歩く。
「…………人の子よ」
「…………」
――ど、どうしよう。なんか話かけられている気がする。ハンカチでも落としたかな。
「お主、今、どれだけの魔力を持っている? われにありったけ食わせろ。われは腹が減って仕方がない」
フェンリルさんのおっさん声が脳内で響く。どう考えても私に言われているようだ。
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