募る話
「バレルさんは悪魔によって暴走させられてしまいました。その影響で市場を壊したんです。もとから魔造ウトサの悪影響があり、重なるように悪魔のささやきが聞こえました。その瞬間、バレルさんの体が変化し、暴れ出したんです」
私はバレルさんと悪魔の話をルドラさんにした。
「な……。悪魔。ここで悪魔が出てくるんですか……」
「はい……。なので慎重に行動してください。魔造ウトサに耐性がある者は悪魔によって心の弱い部分を掴まれます。その影響を受けた場合、あのバレルさんでも耐えられませんでした。だから、ほぼ誰も魔造ウトサと悪魔の攻撃に対抗できません。なので魔造ウトサを食べないことを徹底する必要があります」
「バレルでも、悪魔に逆らえないのか……。じゃあ並大抵のものは誰も逆らえないな」
私は暴走したバレルさんは正教会が倒したとルドラさんに伝える。そのため死んだと判断されたと言うことも教えた。
「じゃあ、バレルはもうこの世に存在していないんですか?」
「いえ、今は屋敷の部屋で眠っています。時期に目を覚ましてくれるといいんですけど」
「そうですか……」
ルドラさんは視線を下げた。
「もし、バレルさんが目を覚ました場合は私の方で預からせてもらってもいいですかとマルチスさんにお願いしたところ、目を覚ましてからじゃないと何ともと言われました」
「暴走したバレルを預かるなんて、正気の沙汰じゃないですよ。まあ、田舎にいた方が安全でしょうけど……」
「とりあえず、ルドラさんは怪我を治してください。私とクレアさんはバレルさんが目覚め次第、村に戻ります。待てても七日ほどですかね。それ以降はバレルさんが目を覚ましていなくても帰ります」
「わかりました。私は怪我を治すことに集中します。父だけに仕事を任せていられません」
ルドラさんは凛々しい表情で呟いた。私も頷き、クレアさんを呼ぶ。
クレアさんにルドラさんを好きなだけ抱き着かせたあとマドロフ商会の屋敷に戻った。
門前にバレルさんではない別の男性が立っており、特に操られている様子はない。
私達は門から庭に入り、クレアさんを荷台から降ろす。
レクーと荷台はベスパに移動させ、私はクレアさんを家の中にエスコートする。入口で手洗いうがいをした後、クレアさんは部屋で出発の準備をしてもらう。
「キララさん、私、少し不安……。ルドラ様、大丈夫かしら」
クレアさんは部屋に入る前、私に話しかけてきた。
「心配いりません。ルドラさんは強い方ですから、きっと生き残ります。頭がいい者は最善策を思いつき、一番生き残れる方法を取れるんです。なので、安心してください」
「そ、そうよね。ルドラ様だもの、絶対に大丈夫よね」
クレアさんは部屋の中に入り、大きな革鞄の中に荷物を詰め込む。
私はクレアさんから離れた。
「ベスパ。バレルさんがいる部屋に連れて行ってくれる」
「了解です」
私はマルチスさんの寝室だと思われる部屋に来た。扉が頑丈で、とても高級そうだ。でも質素で趣がある。良いお金の使い方をしているな、なんて思いながら扉を叩いた。まだマルチスさんは帰って来ていないらしく、返事がない。
「ベスパ、鍵を開けてくれる」
「了解です」
ベスパは壁をすり抜け、反対側から鍵を開けた。ほんと犯罪能力だけはいっちょまえだ。
私は取っ手を持ち、押し込む。扉が開き、大きなキングベッドが置かれていた。
一人の男性が使うには大きすぎる。奥さんと寝ているのだろうか。いや、マルチスさんの奥さんを見た覚えが無いので違うかな。
周りの壁には特に何もなく、本当に寝るためだけの部屋だ。
大きなベッドに目をつぶっているバレルさんが横たわっていたる。先ほどは魔人のように変化し、もう元に戻らないかもしれないとまで思ったが、始めて見たころと変わらぬ寝ているだけで色気を放っているイケオジの優しい顏だ。
私はバレルさんに近づき、太い手首に私の細い人差し指と中指をあてる。脈の速さは一分間に五八回。丁度いいくらいだ。
「ベスパ、魂を食べられたマザーと領主の二人の心拍数を覚えてる?」
「はい。一分間に八回程度しかありませんでした。もう、本当にいつ止まってもおかしくない速度です」
「じゃあ、バレルさんは魂を食べられていないと考えるのが妥当かな。悪魔に食べられる前に薬を飲ませたからか。普通に食べる気が無かったからか……」
「私の推測としては、悪魔に取りつかれていなかったからだと思われます」
「あぁ、なるほど。マザーと領主はブラックベアーの中で悪魔に取りつかれていたもんね。バレルさんの魂は取り付かれかったから無事だったんだ。はぁ、よかった……」
私は布団に頭を付け、一安心する。またしても魂が無い植物人間が生まれるところだった。
私がバレルさんのもとに訪れてから八〇分後。私が勉強をしている時だった。
「…………ここは」
「あ、バレルさん。眼を覚ましたんですね」
「…………キラリ? キラリか?」
私は顔を横に振り、バレルさんの娘さんでないと知らせる。
「私はキララですよ。さっき戦っていましたし、覚えてますよね」
「あ、ああ……。キララさんですか……。私はいったい……」
私は記憶があいまいなバレルさんに今日の話をした。
「なんと……、私がアレス王子を暗殺に、キース殿と切り合って、暴走したあげく、市場を崩壊させたと……。すべて真実ですか?」
バレルさんはほぼ覚えていなかった。不幸中の幸いか、心が傷付けられすぎて記憶に残らなかったのかもしれない。
「はい。すべて真実です」
「そうなると……、私は死刑確定ですな……」
バレルさんは呪縛から解放されたような笑顔を浮かべた。ようやく死ねると言った表情だ。あまりにも見ていられない。妻と子に会いたい気持ちもわかるが、それを愛する方達が望んでいるとは思えなかった。
「バレルさんの過去は、マルチスさんから少し聞きました。お悔やみ申し上げます」
「はは……。キララさんが気にすることじゃありませんよ。もう、二八年も昔の話です」
「でも、バレルさんの心には今もなお、傷が残り続けているんですよね……」
「まぁ、そうですね。いくら剣の修行をしようとも、美しい女性と会おうとも、主の活躍を見ても、ずっと心に傷は残っていました。今も残っています。なぜ、もっと早く動けなかったのかと、悔やみ続けた時間に意味はなく、ただただ多くの方を危険にさらしてしまった。許されることじゃありません……。死刑でも、潔く受け止めるつもりです」
「バレルさん、もうすぐ、マルチスさんが来ます。積もる話もあるでしょう。二人でしっかりと話し合ってください。マルチスさんが憎い気持ちもわかります。でも、だからってずっと突っぱねていてはわかり合えません。今のバレルさんとマルチスさんなら、わかり合えます」
「はは。今更、マルチス殿と顔を合わせることなんて出来ませんよ……。一代で中級貴族にまで上り詰めたと言うのに、私が全て台無しにしてしまった……。もう、死んで詫びるしかない」
バレルさんは覇気なく呟く。
「バカ野郎が……。なにが死んで詫びるだ」
バレルさんのつぶやきを聞いた、マルチスさんが部屋に入って来た。
「マルチスさん、寝室に勝手に入ってすみません」
私はマルチスさんに頭を下げる。
「気にせんでいい。特にやらしいものは置いてないからな」
「はは……」
マルチスさんは椅子に座り、バレルさんと対面した。
「じゃあ、私はお暇します。話し合いが済んだら、呼んでください」
「なにを言っている。キララも聞いていなさい」
「え? いいんですか」
「また呼ぶことになる。なら、ここにいてもらったほうが早いだろう」
「わ、わかりました」
私は書記のようにマルチスさんとバレルさんの話を聞くことになった。
「なにから話すか……」
「マルチス殿……、今回の件、誠に申し訳ございませんでした」
バレルさんは小さく頭を下げる。体が動かせないようだ。
「ほんと、いつもお前には世話を掛けられてばかりだ。まあ、そんなの今にかぎった話じゃないだろう。今更、こんなことでわしが怒るとでも思ったか?」
マルチスさんは満面の笑みでバレルさんを見ていた。
「……ものすごく怒っていらっしゃいますね。その笑顔を見たのは何十年ぶりでしょうか」
「はははっ、わしもここまで怒っているのは何年ぶりかわからん。思い出せるのは四八年前の火薬庫爆破事件くらいか。バレルが剣を抜いた瞬間だったな」
「はは……。あの時はもう、何度も死にかけましたね」
「うむ。火薬庫が連鎖に次ぐ連鎖。保管していた地域が全焼する事態にまで発展したな。今思うと、余興としては美しい爆炎だった」
マルチスさんは頭を動かし、私の年齢の四倍以上昔の話をして笑っていた。歳をとると思い出に花が咲くようで、つらつらと話し合っていた。
「いや……、バレルがいきなり結婚すると聞いた時は驚いたな。腹に子供までいると言うじゃないか。わしの時とほぼ同じ時期に付き合っていた女性がいたとは全くわからなかった」
「妻とは一目惚れでしたね……。酒場であってその日にって感じで、もう体と心が求めあっていましたよ。ほんと若かったですね……」
――年寄り同士の話を聞いている一一歳の少女ってどうなん。まあ、楽しいけど、ぶっ飛び過ぎてよく理解できないんだよな。
マルチスさんとバレルさんはざっと三時間くらい話していた。女性か、と疑うほど話しが弾んでいるのを見るに、やはり親友同士なんだなとわかる。長い間話をしていなかったと言うから、その影響もあるだろう。
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