首を垂れる
「…………この話はバレルが起きてからにしよう。それまでは判断できない」
キースさんはぽつりとつぶやく。アレス王子と、マルチスさんはキースさんの発言に頷いた。
「さて……。話を戻すが、わしは具体的に何をしたらいい。意見を聞かせてくれ」
マルチスさんはバレルさんの件をいったん脳の端に置き、本題に戻る。
「マルチスさんもアレス王子と同じように、正教会と戦ってください。まあ、正面から戦うと確実に圧死しますので相手の攻撃を上手く避け続けるんです。この話はルドラさんにもしました。ケイオスさんには少し重たい話だと思うので、話すのは控えた方が良いかと」
「はは……、あいつは一部ずば抜けているが、それ以外は普通の人間と変わらないからな。はぁ、爺と若頭が手を組むときが来たか……。さっさと引退して田舎暮らしでもよかったが、死ぬまで商人。この気持ちは変わらないな」
マルチスさんが若々しく見えるのは、仕事によって活力があるからかもしれない。
「よし、ルドラに他国との道を学ばせてきたかいがあるな。まずは他国の検問に所持品検査の強化をお願いしてみよう。魔造ウトサだったか。その悪質なウトサを少しでも発見してもらわんとな。キララ、通常のウトサと魔造ウトサを見分ける方法はあるのか?」
「実は魔造ウトサは通常のウトサよりもすごく白くて安全そうに見えるんです。でも魔造ウトサを燃やすと大量の瘴気が発生します。検査方法はまだ開発していませんが、燃やして調べれば、見分けるのが難しくないと思います」
「なるほど……。目視での判断は出来ないのか。そうなると検問を抜けた魔造ウトサが店の者に見分けられるかどうか難しい所だな」
「はい。なので、正教会が装っている危険な商人から魔造ウトサを買わないようにしてもらうのが一番効果があると思います。今、マドロフ商会で行っている本人だとわかる販売なら、安全性が高まるはずです。まあ、物の流れは物凄く遅くなりますけど……」
「ムムム……。こりゃあ、正教会との殴り合いだな……」
マルチスさんは腕を組み、笑っていた。やはり頭のねじが一本どこか緩んでいるのかもしれない。
「わしは子供が正教会を信仰しすぎないようにするのが大きな目標になるかの……。王をあがめるように教育していく方針が良いか……」
キースさんはブツブツと呟きながら考えていた。
「キースさんは子供が危険にさらされないように守ってあげてください。以前、フリジア魔術学園に売られているお菓子の中に魔造ウトサが含まれている品が混入していました。本当にごく微量で普通の生活を送るには問題が無いほどです。ただ魔造ウトサは少量でも取り込めば、特効薬で体外に出さない限り、体の中に残り続け、精神をむしばんでいきます。子供達が殺人を犯す可能性も起こりえます。バレルさんのように心に闇を抱えた子が暴走するかもしれません。子供は大人緒と同じくらい病みやすいですから」
「なんと……。魔造ウトサはますます危険視しなくてはならないな。だが、大きく動けば正教会に目を付けられる。わしも今回の件で、何かを疑われるだろう」
「でも、キースさんは暴走していたバレルさんと戦っていただけにすぎません。たまたま通りかかった最強の魔法使いが暴走していたバレルさんと鉢あっただけに思ってもらえるはずです。きっと正教会にとっても予想外の事態だったのでしょう。バレルさんにアレス王子を殺させたあと、暴走したバレルさんを勇者か剣聖のどちらかが倒せば、一国の英雄になりますからね。正教会は死亡したアレス王子ではなく弟さんのキアン王子へと王位継承権を移すという魂胆だったのでしょう。加えてバレルさんはマドロフ商会の人間。そうなれば必然的にマドロフ商会が窮地に陥ります」
「ほんと手の込んだ作戦だったんだな……。まあ、成功したのは英雄の茶番劇だけか」
アレス王子は顎に手を当てて、ほくそ笑む。どうやら、ほぼ失敗した正教会に心地よくなっているっぽい。
「いや、全て失敗したわけじゃない。マドロフ商会は今、岐路に立たされている。このままでは、没落もあり得るほどのな。そんな時、バレルほどの用心棒がいなくなったのは大きい。街の者にバレルが暴れていたと知られているのか?」
マルチスさんは、自分の子供のように育てて来た商会の未来のため、私に質問してきた。
「えっと、バレルさんは他の人に気づかれていませんでした。だいぶやつれていましたし、剣神のころとは大違いだったんでしょう。なので、彼は魔人のように変化し、殺されたただの一般人として知らされるはずです。まあ、正教会はバレルさんと知っているでしょうけど、他の目撃者がいないのに勝手に犯人にでっち上げは……」
「するだろうな」
アレス王子とマルチスさん、キースさんの発言は面白いほど被った。
「ですよね……。適当な人を雇って証人にすることもありえそうです。そうなるとバレルさんが市場を襲った者として国で報道されるでしょう。バレルさんが所属していたマドロフ商会は多くの民から、顰蹙を買うはずです。逃げる方法としては、バレルさんはすでに解雇した他人と位置付けるのが一番得策ですかね。すでに赤の他人だったと説明するしかありません」
「ああ……、そうなるだろうな。店がますます危険になってきた」
マルチスさんの顔がどんどん険しくなる。
「最悪、父上に買収してもらうという手もある。なんせ、牛乳を売っているのはマドロフ商会だけだからな。マドロフ商会が消えることは父上が断固反対するはずだ。だから、どれだけ糾弾されても今は耐えるしかないな」
アレス王子はまたしても瞬時に策を考え、マルチスさんに助言した。やっぱり賢い。
「そうだな。まさかここでルドラが国王と繋がっていてくれたことで首の皮が一枚繋がるとは……。牛乳を売っている者にも感謝しないといけないな」
「ん? 何を言って……」
アレス王子がまた口走りそうだったので、私は手で自分の口を塞ぐ。加えて頭を振った。その動作だけで察したのか、アレス王子は咳払いをしながら話を流す。
「よし、話を纏める。俺は弟、キアンの暗殺を掻い潜り、時間を稼ぐ。マルチスは正教会からの攻撃を耐え、他国に魔造ウトサが入り込むのを抑制する。学園長は子供達や親に正教会は危険だと諭し、他の国の学園にも同じように説明する。で、キララは何をするんだ?」
「私は……、勉強します!」
周りの三名は空中後方三回転捻りを繰り出し、アクロバットな驚きを見せた。なかなかできる人はいないだろう。
「はははっ、そうだったそうだった。キララ君はまだ一一歳だったのだな。すっかり忘れていたよ」
マルチスさんは笑い、お腹を抱える。
「子供……。どう見ても子供だよな?」
アレス王子はもう、キス出来てしまうほど近くまで顔を近づけ、私の瞳を覗き込んでくる。
「こ、子供ですよ。どこからどう見ても子供でしょ……」
「そう言えば、キララ君は学園を見るために王都に来たんだったな。なのに、こんな大騒動に巻き込んでしまってすまないね。でも君がいなかったらわしたちが知らぬ間に国が終わっていたかもしれない。感謝するよ」
キースさんは子供の私に頭を下げていた。
「そうだな。キララがいなかったら、私もバレルに確実に殺されていた。キアンが王位を継いだらそれこそ戦乱の世に逆戻りだ。それだけは絶対にさせない。そう誓った。ありがとう、キララ。恩に着る」
アレス王子も私に頭を下げて来た。
「うむ……。ルドラの弟子と聞いて優秀なのはわかっていたが、まさかここまでとは。バレルを追い込んでしまったのはわしの失態だ。その尻拭いまでしてくれようとしているキララに最大限の敬意を払おう」
マルチスさんも頭を下げて来た。
私の周りに次期国王、学園長兼最強の魔導士、各国に繋がる商人と言う、なんとも豪華な皆さんがいる。加えて、その方達が頭を下げている。この光景がどこか、王に首を垂れる場面に似ており、ベスパがくっくっくっと笑っているように感じた。
「ああ、キララ女王様。何という素晴らしい配下を得たのでしょうか。着々とキララ女王様が世界を統べるにふさわしくなっておられる」
ベスパは八の字にブンブン飛び回り、何回転もしながら踊り狂う。狂気さえ感じてしまうほどだ。
「えっと、皆さん。頭を上げてください。私はただの女の子ですよ。皆さんと出会ったのは偶然で私の首を突っ込むと言う悪い癖が出ただけです。でも、そのおかげで国は維持されています。ただ……、正教会が大きな力を手にしているのも事実。私達も力を合わせて国を、世界を守りましょう。そのためには繋がりが必要です。多くの者が繋がれば、大きな力になる。私はそれを、身をもって知っています。広く深く強く関係を根付かせましょう」
私は右手を差し出した。皆も右手を前に差し出し、手を重ね合わせる。
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