利用された
「ラッキー君。わしは君の命に責任が持てない。だから、何が起ころうとも自己責任だ」
「はい。自己責任なのはわかっています」
私はキースさんに背を向けて苦しんでいるバレルさんの方を見る。
「バレルさん、出会って数日ですが、お世話になりました。あなたがどんな人生を歩んできたかわかりません。でも、私はあなたを殺す気にはなれません。なので助けたいと思いました。もし、人としてまだ生きたいなら、心の中で願ってください。必ず助けます」
私は特効薬の入った試験管を持ち、バレルさんのもとに移動する。
「ぐあああああああああああ……、ぐあああああああああああ……」
「ベスパ、バレルさんの口を開けさせて」
「了解です」
ベスパやビー達がバレルさんの口の中に入り込んでいく。質量で無理やりこじ開ける気だ。大量のビーが詰まった口内には試験管一本が丁度入りそうな穴が開いており、無理やり胃の中に流し込む作戦を決行する。
私は試験管のコルクを取り、光り輝く液体を穴に入れていった。
「うががああああああああああああっ……。ああああがあがあああああっ!」
バレルさんの胃の中に特効薬を入れていくと壊れかけている洗濯機のようにガタガタ揺れ出し、黒い瞳から光が漏れ出した。どす黒い雰囲気だった体は、金メッキが剥がれるようにボロボロと崩れ落ちていき、人肌に戻っていく。
「はは……、ライトの魔法と私の魔力で強化された特効薬の効き目は抜群だ……」
特効薬を飲んだバレルさんは気を失い、力なく吊るされている。
魔造ウトサと悪魔の囁きによって人が魔人のような形態に変化してしまうと言う新事実を得た。だが、ライトの特効薬は魔人になってしまった相手も助けられる。
――これだけ効き目が強いなら、悪魔にだって効くかもしれない。まだ確信は持てないけど倒せるかもしれない。
私は悪魔の討伐方法を確立しつつある。戦いになってもただではやられない。そう心の中で鼓舞し、身が震えるのを堪えた。
「キースさん、ほら、治りましたよ」
「ラッキー君! 下がれっ!」
「えっ……」
私を移動させていたビーが即座に反応し、身を八〇センチメートル後ろに動かした。すると巨大な斬撃が、私の長い髪を八センチ切る。加えてベスパが八センチ後方にずらしたバレルさんの脚を切り裂く。もし停滞していたら、バレルさんの体が確実に真っ二つになっていた。
ビーにバレルさんの脚を回収してもらうも下方向からバレルさんに向って放たれる斬撃の量は減らない。
「ベスパ! 地上から八八八八メートルに移動! ネアちゃんはバレルさんの脚を繋ぎ合わせて!」
「了解です!」
「わかりました!」
ビー達によってバレルさんは最高高度にまで上昇。
――地上から狙ってここまでとどくなんて、あり得ない。普通の魔法使いは一〇〇メートルが限界だって言っていた。ここは一八〇〇メートル。しかも斬撃を正確な位置に飛ばしてくるとか……ただ者じゃない。ディア、地上に誰がいるの?
私は地上にいるディアに頭の中で呼びかける。
「見覚えがありません。ただ、いきなり現れ、剣を目にも止まらぬ速さで振り、巨大な斬撃を放ちました。少年で、キララ女王様とほぼ同じ年齢だと思われます」
――私とほぼ同じ年齢の少年でこの攻撃を放てるなんて……、ますますただ者じゃない。
「白服の男が、倒せたかいと剣を持つ少年に聞いています。少年は攻撃は当たったと答え、死んだと言いました。白服の男が、君が言うなら確実に死んだな。戻ろうかと言ったとたんに消えました」
――もう、いなくなったの。早すぎ。死んだと確信してるのも、あまりに自信家だな……。でも、もう攻撃は飛んでこないみたいだね。よかった。
私はすっぱりと切れた髪はまた伸びると割り切り、命がある現状にただただ感謝する。
「ラッキー君、危なかったな。今の斬撃はいったいなんだったんだ?」
キースさんは箒に乗り、私のもとに移動してくる。
「わかりません。ただ、私と同い年くらいの者が斬撃を放ったらしいです」
「……ラッキー君と同じくらいの年齢。あの大きさと威力が高い攻撃からして、考えられる人物は勇者か剣聖のどちらかか」
キースさんは顎に手を置き、考え込んだ。
「勇者か剣聖……。そうか、それなら一八〇〇メートルの的を正確に狙えるだけの力を持っていてもおかしくないですね」
「ああ。だが、そう言うことか……。バレルは良いように使われた……」
「え?」
「街を襲った恐ろしい敵を勇者、又は剣聖が倒した。悪い者が現れたさいはまた現れてくれると言う暗示を掛けられる。民の人々は安堵し、逆に悪は動きにくくなる」
「確かに……。でも、悪が動きにくくなるのならいいんじゃ……」
「人々に対しての悪ではなく、正教会にとっての悪と言うのはどういう者か、君にはわかるんじゃないか?」
「……反対勢力とかですかね」
「その通り。これで正教会は王都の民の心を更に掴み、他の勢力との圧倒的差を見せつけた。強力な政権を持っているにも拘わらず、正教会は武力まで手にしてしまった。こうなると簡単に解散させることは出来ない。王都には正教会が必要だと言う民の心が纏まってしまえば、更なる権力を持ってしまう。王よりも、国民の支持を集めてしまったら……、国が崩壊するやもしれん」
「一大事ですね……」
「うむ……。このまま放っておいたらこの国はいずれ正教会が治め、政策を握るだろう。そうなれば、ますます正教会を中心とした国が作られてしまう……。独裁国家ほどすぐに低迷していくと歴史が物語っているからな。何とかせねば……」
キースさんは顎に手を置き、深く考え込んだ。
あまりにも頼もしすぎる味方で涙がちょちょぎれそうだ。全部このお爺さんに任せたい気持ちでいっぱいだが、私はそんな無責任なことはできない。
「キースさん、とりあえず、避難させている者達と合流しましょう」
「合流……?」
私達は地上一八〇〇メートルに浮かぶ、球体を目指しやって来た。
――ベスパ、バレルさんの手足をしっかりと縛り、魔力をほぼ抜き切ってから一八〇〇メートルに戻って来て。
「了解です」
ベスパは八〇秒ほどで、私達と合流した。バレルさんは未だに気絶して顔色が悪いが死んではいない。
「無駄なビー達はいなくなっていいよ」
私が呟くと玉になっていたビー達が離れていき、バレル王子とマルチスさんを浮かせている警ビーだけが残った。空中に浮きながら面会をするなんて天使みたいだ。
ただ、最強のおじさんが一名、商会を作り出す天才のおじさんが一名、お兄さんっぽいイケメン王子が一名、世界を揺るがす超絶美少女が一名。もと剣神の剛腕剣豪が一名。
私以外何とも天使っぽくない人たちだ。
「これはこれは、アレス王子。こんな所で再会するとは」
キースさんはアレス王子の姿を見て目を丸くさせた。
「よ、用務員のおじさん……。と言うことは学園長先生……」
アレス王子は身を引き、キースさんから離れる。どうも嫌な思い出があるようだ。きっとアレス王子もドラグニティ魔法学園の生徒だったのだろう。
「キース殿……、ラッキー君……、バレル、アレス王子まで……。いったい何が起こっているんだ」
見た目が一番お爺さんっぽい、マルチスさんは私達を見回し呟く。
「いやはや、久しいなマルチス。相当老けたじゃないか」
「キース殿が老けなさするだけですよ」
キースさんとマルチスさんの仲がよさげで、旧友と言った雰囲気を放っている。
「えー皆さん、今は高度一八〇〇メートルの空に浮かんでいます。ここの会話を聞いている者は、周りにほぼいないでしょう。でも最悪盗聴される可能性があるので結界を張ってもらえるとありがたいんですけど」
私はキースさんにお願いする。
「そうだな。安全面を考慮して、強めの結界を張ろう」
キースさんは杖を振り、魔力を溜める。
「『強化結界』」
キースさんが詠唱を放つと、五人の中心に小さな点が生まれ、一気に膨張した。シャボン玉の中に入ったかのような感覚に陥り、魔力や魔法の干渉を受けなくなった。
「はぁ……。何とも濃い人選だな。皆、実力派ぞろいじゃないか」
アレス王子はため息をつき、面倒臭そうな表情を浮かべる。一国の第一王子が、面倒臭がりでどうするんだ。
「えっと、アレス王子。私以外の皆さんとの繋がりはありますか?」
「ああ、ある。で、この集まりはいったいなんだ?」
「そうですね……。正教会の恐ろしさを知る者達の会と言う所でしょうか」
「なんだそりゃ。正教会が恐ろしい……。確かにな。キアンと繋がっているのがいい証拠か」
アレス王子は額に手を置き、空を仰ぐ。
「今、王都で深刻な問題になりつつある正教会の独占問題ですが、このまま行くと世界を巻き込む可能性があります」
「世界……。はっはっはっ、何とも子供らしい考え方だ。まあ、わしは嫌いじゃないぞ」
マルチスさんはあまり危険視していないのか、大口を開けながら笑った。
「マルチス、子供の話しをバカにするのはよくない。年季が入ったわしらよりも頭がずいぶんと柔らかいんだ。未来がどうなるか柔軟な発想が出来ているのだろう」
キースさんは子供の凄さを知っているのか私を舐めずに話しをしっかりと聞いてくれている。さすがルークス王国一の学園を纏めている学園長だ。
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