引き合わせれば万事解決
――はは……、じゃあ、さっきまで本当に遊んでただけなのか。
「その可能性はあります。子供を傷つけたくないと言う心理が働いていたのかもしれません。ただ、魔造ウトサの暴走付近から、感情の変化が見られ、今ではどす黒い感情に呑み込まれています。このままだと、マルチスさんが危ないかと」
ベスパはマルチスさんがいる方向を見て、呟いた。
――そ、そうか。マルチスさんに復讐とか言ってたもんね。今、マルチスさんはどこにいるの?
「今、マルチスさんは何年も休んでいなかったバレルさんの様子が気になったらしく、市場の方にやって来ています。運が悪く、すでにバレルさんと目と鼻の先です」
――そんな……。じゃあ、今すぐアレス王子と同じようにマルチスさんも空に逃がして。
「了解しました」
ベスパは光った。すると市場がある方向から、光学迷彩で身を隠しながら空に飛んで行くビーの塊が見え、マルチスさんを保護した。これで、バレルさんの行動が少しでも止まってくれればいいんだけど……。
「ラッキー君。バレルを止める方法はあるのかい?」
キースさんは私に訊いてきた。
「いえ……。今のところは実力行使、又はバレルさんの改善のどちらかしかありません。もしかすると、特効薬が利くかもしれませんが、今、飲んでくれるかどうか」
「なにか方法があるなら、教えてくれ」
私はキースさんにバレルさんが暴走している原因を教えた。まだ、はっきりとわからないが、魔造ウトサが原因なら、ライトが作った特効薬を飲ませれば、少なからず状況が改善されると思ったのだ。だが、近づくだけでも困難な、バレルさんに液体を飲ませるなんて……。でも、キースさんなら。
「キースさんなら、飲ませられるかも……」
「そうだな、もしかしたら飲ませられるかもしれん。だが、ギリギリのところだ。あの手の速度をどれだけゆっくり動かしても、目の前に行くだけで精一杯だ。飲ませた後にわしの体が刻まれてしまう」
「なら、キースさんを囮にして私が操っているビーに距離を取らせます。少しでも距離が離れれば魔力の消費を押さえられるんじゃないですか?」
「うむ……。だが、上手く行くだろうか。いや、やらねばならんな」
キースさんは立ち上がり、体を動かす。
「キースさんに付与魔法をかけます。体の動きが少しは楽になるはずです」
「おお、ラッキー君は付与魔法まで使えるのか。何という優秀さ……。欲しい」
キースさんはまたもや、薄気味悪い笑顔を浮かべた。変態の一歩手前。何なら、変態かもしれない。
私は寒気を覚えながらも、指先に魔力を溜める。人差し指の先が黄金に輝き、辺りを照らした。
キースさんの頭上と指先に『転移魔法陣』を出現させ、練り込みまくった私の魔力を注ぐ。
「『女王の輝き(クイーンラビンス)』」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
キースさんは滝行をしているのかと思うほどの雄叫びを上げながら、魔力をあびた。
八秒後に『クイーンラビンス』が完了すると目の前に超絶イケメンのキースさんが立っていた。
若見えと言うにはあまりにもカッコよすぎる。
いや、どう考えても若返っているようにしか見えない。
黒髪短髪のイケメンが作業服を着ているのは少々違和感があるが、それもまたいい。
「なんと……、ここまで体に魔力が満ちるとは……。これなら、全盛期同等に戦えそうだ!」
キースさんは私のことを置いてけぼりにして、バレルさんがいる市場へと箒で飛んで行った。
――あまりにも早い移動……、ベスパの眼が無かったら見逃していた。
Sランク冒険者の経験と若さを手に入れてしまったキースさんはバレルさん同様に意気揚々としており、戦闘狂に戻ってしまった。
「はぁ……、なんで冒険者ってこうなの」
「まぁ、三度の食事よりも戦いが好きな者が冒険者になると言いますし、バレルさんとキースさんは冒険者の先頭を走って来た、また走っている者達ですからね。動けるようになったらそりゃあ、血気盛んにもなりますよ」
ベスパは頭を縦に振りながら呟く。
胃が悪くなり、脂っこい物が食べられなくなった病人が、病気が治って揚げ物や天丼、焼肉のホルモンなどをガツガツ食べられるようになる感じと似ているのかな。
「とりあえず、私達もバレルさんのもとに向かうよ。どうも、さっきの声が悪魔っぽかった。私達のことが見られているかはわからないけど、お面は一応しておこう。少なからず効果があるはずだよ」
「そうですね」
ベスパは黒いお面を私に渡してきた。ゴムはついていないが、顔に当てるだけで吸盤のように吸いついてくる。そのため、落ちない。もう、自分の顔になってしまったような着け心地の良さだ。ただ、周りからは白い目で見られた。でも、周りを気にしている場合ではない。
私は人の間を通り抜けながらキースさんとバレルさんのもとに向かう。周りには人だかりができており、何かしらの戦いが行われているような打撃音が鳴り響いていた。
「ははははははははっ! どうした、バレル! その程度でイキ(粋)っていたのか!」
「ははははははははっ! 何を言いますか、キース殿! まだまだ上げられますよ!」
「…………」
私の目の前で繰り広げられていたのは、ただの喧嘩だった。
なんなら、普通の戦いよりも遅い。バレルさんもさっきより攻撃の速度が落ちているように見える。でも、なぜ二人はあそこまで楽しそうに戦っているのだろうか。
「き、キララ様……。ここは危険です……。今すぐに離れた方がよろしいかと」
ベスパは苦笑いをしながら警告音を発する。
「どうして?」
「皆さんには遅く見えているかもしれませんが、早すぎて逆に遅く見えているだけです。魔力の残痕を見れば、わかりますよ」
「ええ……」
私はベスパと視覚共有をして戦いを見た。すると、私のすぐ横を魔力の刃が通る。隣の人の頬が切れており、血が流れていた。
目の間に広がるのは、幾千ものゆっくりと動く斬撃と、全てを安全な方向に跳ね返すキースさんの魔力だった。
今はキースさんのスキルの影響で、攻撃が全てゆっくり動いているが、スキルを解いたらどうなってしまうのか。何なら、キースさんの顔が元に戻ってきている。大量の魔力を使っている証拠だ。
「ベスパ、このままだと、辺り一帯に斬撃の嵐が起こるよね?」
「間違いなく。キースさんがなるべく空に斬撃を向けていますが、全てを防ぐのは難しいようです」
「あの人、特効薬を持って行ってないし、突っ走りすぎなんだよ。全くもう……。ベスパ、斬撃が魔力で見えると言うことは全て魔法の類ってことだよね?」
「はい。スキルも魔法の一種ですし、体の魔力を超高速で放っているのと変わらないかと」
「なら……。ディア。ドームを作ってくれる。キースさんは戦いで周りが見えなくなっていると思うけど、なるべく見られないようにね」
私はブローチになっているディアにお願いした。
「わかりました!」
ディアは胸から飛び降り、王都の人びとの足の隙間を塗って大量のブラットディアを呼んだ。
私もサモンズボードから、大量のブラットディアを呼び出す。直径一〇メートルの半球が出現し、バレルさんとキースさんを包んだ。
キースさんの方に魔力を送り続ければ、いずれバレルさんの魔力がゼロになるはずだ。その時、特効薬を飲ませればいい。
「なんて完璧な作戦。やっぱり私は他の人に働かせた方が上手く行くな~」
「ただサボりたいだけなんじゃないですか?」
「なんか言った?」
ベスパが耳障りな言葉を呟いたので、燃やそうとすると頭をブンブン振る。
私は自分で作った意志がない魔力体を一匹呼び、キースさんの背後にくっ付ける。すると、魔力体はキースさんに魔力を渡し始めた。一匹で私の膨大な魔力一日分が補えるのでキースさんの体も長い間保ってくれるだろう。
「じゃあ、ベスパ。私達はクレアさんのもとに一度戻る。ずっとあの場所に放置しておくわけにもいかない」
「そうですね。戦いも長引きそうですし、時間を潰しましょう」
私は最恐の相手に最強の相手をぶつけて力を相殺した。
自分が戦わなくても引き合わせれば万事解決。私は主人公じゃないし、あんな化け物みたいな人に勝てる気しないし、こういう立ち回りの方が向いてるよ。
私はバートン笛を吹き、レクーを呼ぶ。周りのバートン車に配慮し、何も壊さないですぐに戻って来た。
「レクー、いったんウルフィリアギルドに戻る。人やバートン車に注意して走るようにね」
「わかりました」
私はレクーの背中に乗り、お面を取ってウルフィリアギルドに向かう。移動中は何も悪いことが起こらず、取引先の者を待たせているような感覚になりながら走っていた。
「ルドラさん、ルドラさん。無事ですか?」
私はビー通信で音信不通のルドラさんに連絡する。何度か連絡しているのだが繋がらない。死んではいないと思うが、気を失っているのかもしれない。なんせ、バレルさんのすぐ近くにいたのだ。気絶させられていてもおかしくない。
「ベスパ、ルドラさんに危険が及ばないよう、見張っておいて」
「了解です」
私達はウルフィリアギルドに到着し、レクーは荷台と同じ場所で待機してもらう。
私はクレアさんがいるウルフィリアギルドの建物に走って向った。
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