教育会
「お疲れさまでした。何と同着との結果になってしまいましたね。えっと両者共に勝ったので芝を一周して来てください。別に競い合わなくてもいいですから」
「わかった」
「わかりました」
マルティさんとリーファさんはイカロスとファニーと共にコースを走り、会場の熱を一身に受ける。イカロスとファニーの脚はどこか軽い。
二組が走り終わり、観客に頭を下げる。すると多くの者が拍手を送り、大喝采となる。
二組が芝を離れると声が止み、観客たちは満足した表情でバートン場をあとにする。
多くの者がいなくなった後、私はビーに硬貨を拾わせた。学園の経費にでもしてもらうか。
「なあなあ、ファニー。俺が勝ったんだから、良いだろ。あんなどこのバートンの骨かもわからねえ奴となんかより、俺との方が絶対に良いって」
「なに勘違いしてるの。私が勝ったんだから、イカロスは顎で使われるの決定なんだから。今すぐ私の干し草持って来なさいよ」
イカロスとファニーは頭突きをしあうように頭を合わせ、話合っていた。
「えっと同着となると三競技の成績でも同点になるのか」
「その場合どうするか決めてなかったね」
マルティさんとリーファさんは結果をどうしようか考えていた。
「二人共、勝ってしまったと言うことで、両方の意見を聞くと言うのはどうですか?」
「両方の意見を聞く……」
マルティさんとリーファさん、イカロス、ファニーは全く同じ発言をした。
「はい。許容できる範囲で互いにお願いを聞き入れるんです」
二組は見合って考えていた。バートンの方はため息をつき、人の方は頷く。
「両方の意見を聞くようにする」
またしても皆、同じ発言をした。仲良しだな。
――ほっ、よかったよかった。血みどろの戦いにならずに済んだよ。
「キララさん、キララさん。僕も走りたいです。体がうずうずしてきました~!」
レクーが四肢を動かし、やる気を私に見せてくる。
「もう、仕方ないな。すみません、二組とも。いったん芝から出てもらえますか。私のバートンが二組の競バートンを見て、やる気になっちゃって」
「は、はい」
二組は芝を出て休憩所に移動する。
私は初めて芝の上でレクーを思いっきり走らせてみる。なんせ、今までダートのような荒道でしか走らせてこなかった。
牧場のバートン場もここまで綺麗な芝じゃないし、広さが全然違う。
村にあるバートン場はポニーが走る場所で、学園のバートン場は世界大会が開かれそうなほど大きさに差がある。
レクーの気持ちが上がるのもわかった。こんな場所で走ったらさぞかし気持ちいいだろう。なんせ、レクーの背中に座っている私でも心地いいのだ。
「さっきの二組の三〇〇〇メートルを走った時間が三分一八秒。レクーは何分で走れるかな?」
「わかりませんけど、全力で走ってみます」
レクーは私を乗せた状態で、足踏みし、芝の感覚を掴む。
「きゃぁあああ~! レクーさん、頑張って~!」
ファニーは黄色い声援をレクーに送る。
「けっ、あんなバートンのどこがいいんだ。ただデカくて筋肉がすごくてカッコイイだけじゃねえか」
イカロスは唾を吐くような発言をしながらも、レクーの走りを見たいのか、視線は離さない。
私達はビー達が用意したゲートに入る。
「では、キララ様、レクーさん。信号が青になったら、扉が開きます。準備はよろしいですか?」
ベスパが旗を持ちながら言う。カーレースじゃないんだから、旗は使わないのに……。
「いいよ。いつでも」
「僕もです」
「では、信号を良く見て気を引き締めてください」
ベスパは昇降機のように上空へスーっと移動した。
私の視界の先に信号が見える。赤い発光が二つ付き、青い発光がついた途端、扉が開く。
「はっ!」
レクーは扉が開いた途端飛び出した。低姿勢で走る。もう第一コーナーに差し掛かり、早い速度に耐えられる体のおかげで、外側に流されず、完璧な対応を見せ、最短距離で曲がり切った。
「す、すごい。なにあの走り……」
「本当に同じバートンなの?」
マルティさんとリーファさんの驚く声が聞こえたような気がするが、レクーの速度が早すぎて私も気楽にいられない。
体勢をしっかりと整えないと振り落とされる。
隣に誰も走っていないが、姉さん(レクーの母)の姿が浮かんで見える。背中にはお爺ちゃんが乗っており、最後の試合を思い返していた。
あの時程完璧な騎乗が出来た覚えが今のところがないからだろうか。長い間、バートンに乗ってきたが、ただ乗るのと意識して乗るのとではやはり全然違う。
「はははははははっ! 早い早い!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。走るの楽しい、心がこれを求めていたとでも言っているようです!」
私とレクーの心はすでに一致し、三〇〇〇メートルの距離を、精一杯楽しんで走った。
なんせ、今は勝負じゃないのだ。気楽に走ってもいいじゃない。そんなくらいで走っていたのに、三〇〇〇メートル走り切ったころには時間が二分四八秒と言う、好記録を叩き出す。
「ふぅ~、気持ちよかった。お疲れ、レクー。すごく調子が良かったね」
「はい。もう、足が軽くて軽くて。こんなに気分がよく走れるんですね」
レクーはゆっくりと歩いた。
「あぁ……、レクーさんの走り、カッコよすぎて頭がくらくらする……」
「ちょ、ファニー、水を飲め!」
ファニーさんはレクーの走りに熱狂しすぎて水を飲むのを忘れていた。あんなに激しい運動をしたのに、水を飲まないなんて危険すぎる。
私はレクーに水を飲ませた。加えて牧草も与える。運動後の食事は大切なので、欠かせない。
イカロスとファニーも同じように水を飲んでもらい、牧草を食べてもらった。それだけでも回復速度が全然違う。
「ラッキーさんのバートン、すごく早いんですね。あまりにカッコいいので見惚れちゃいましたよ」
リーファさんもバートンが好きなのか、表情が明るい。
「こんなすごいバートン、どこで手に入れたの?」
マルティさんはレクーの出身地を聞いてきた。
「レクーは私が住んでいる村の牧場で生まれました。なので、子供のころから一緒に練習していたんです。バートンに乗るのが上手いお爺ちゃんがいてレクーのお母さんに乗っていたんです。そのお母さんが物凄く厳しい性格で、レクーをめためたに鍛えました。レクーも強くなりたかったようなので、ここまで逞しく成長できたんですよ」
「なるほど……。ここまで育てるのは大変だったんだろうな」
マルティさんはイカロスの体を撫でて感心していた。共にバートンを育てたことがある者同士、皆、意気投合してしまった。
「リーファさん、マルティさんのお願いですけど……」
「はい。バートン術の大会に出てほしいって言うお願いですよね。あれは聞き入れますよ。なんか、乗バートンもいいですけど、血気盛んな戦いもいいかなって思うんです。何なら、競バートンも大会種目に入れていいんじゃないかと思うくらい楽しかったので、お父様に掛け合ってみます」
リーファさんの親はルークス王国でのお偉いさんだそうだ。まぁ、大貴族なので、相当な権力を持っているのだろう。昔、神父から聞いた話では、魔王討伐のさい、多くの功績を残したことを称えられて貴族になったそうだ。その後も順調に昇格し続け、大貴族にまで上り詰めた本物のエリート。
リーファさん曰く、ただの熱い人なんだそうだが、私はそう思えない。なんせ、歴史を重んじる国家で高々三〇年足らずで大貴族に昇格するなんてただ者じゃない。
――よくよく考えたら魔王って結構な確率で現れるんだ。もう、現れてるって言うし、悪魔と同じくらいやばい奴らだったらどうしよう……。
魔王と言う言葉を思いついて私は身が氷りそうになった。なんせ、アニメや漫画でよく出てくる存在だからだ。世界を滅ぼさんとやってくる悪の権化みたいな人……ではないな。魔族とでも言うのだろうか。
魔王についても私は全然知らない。
「リーファさんのお父さんって戦果を挙げて王に認められたから出世したんですよね? 何か武神祭に関係があるんですか」
「お父様はドラグニティ魔法学園の教育会に入っていまして会長をしているんです。なので武神祭の運営にも拘わってくるんですよ。なので話しをすれば教育会で話し合ってくれるんじゃないかなと思ったんです」
「なるほど……。そう言う繋がりがあるんですね」
教育会の話を聞いてみると学生の父親や母親が集う会らしい。言わば学校のPTA(父母と教師の会)役員みたいな係りだ。学校に必要あるのか問題でもおなじみのPTAだが、ドラグニティ魔法学園の教育会は大変重要な役割を担っている。
なんせ、大貴族の集まりなのだ。大貴族の子息がドラグニティ魔法学園に集まると言うことは、上に立つのももちろん大貴族の親になる。もう、ルークス王国の会議場になるのではないかと思ってリーファさんに話しを聞くと、仕事の愚痴をだべる息抜きの時間だと言っていた。
仕事を意識せず、相手と交流を深め、親同士で助け合いを行っていると名目上言っているらしいが、自分の子が好きすぎるあまり、どのようにして自慢しようか探っているらしい。
「えっと……、思ったんですけど、ルークス王国の国王の息子。いわゆる王子もドラグニティ学園に入学しているんですよね。つまり、王様も教育会に入っているんですか?」
「王が入ると皆が何もしゃべれないので、入っていません。逆に王が入ったら学園長とだべりっぱなしになる未来が見えますけどね」
リーファさんはやれやれと言った表情で、頭を振った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




