漆黒のバートン
「えっと、僕は祖父の教えを守り、バートン術を習おうと思っていったんだけど、このありさまという訳」
マルティさんは苦笑いを浮かべ、バートン場を見つめる。
「理解しました。でも、バートン術部は廃部になったのに何で活動を続けているんですか?」
「なんでかな……。まぁ、僕もバートンが好きだし、バートン術はルドラ兄さんに唯一勝てる部分だから、諦めきれなくて……」
「確かにルドラさんがバートン本体に乗っている場面を見た覚えがない。えっと、バートン術って言うのを見せてもらえますか?」
「今日は出来ないんだ。バートン場の整備が悪すぎてバートンをいきなり走らせたら怪我をさせてしまうかもしれない……」
「じゃあ、バートン場の整備を終わらせればいいんですね」
「え?」
マルティさんは口を開け、驚いた。
「どの程度に整備すればいいですか?」
「えっと雑草をある程度空いてもらえれば……」
「了解です。じゃあ、私はバートン場の整備をするので、マルティさんはバートンの用意をしてください」
「は、はい……、わかりました……」
マルティさんは空気に流され、私のお願いを聞いた。近くの厩舎に走って行き、私は雑草の処理をする。
「ベスパ。仕事の失敗を取り返す好機だよ」
「ありがたき幸せ。キララ様の期待に応えられるよう、最善を尽くします」
ベスパは頭上で光り、ビーを呼び寄せる。私は耳を塞ぎ、地面に蹲りながら目を瞑る。
八〇秒後、ベスパからの合図があった。どうやら整備が完了したようだ。
目を開けてバートン場を見る。すると、生えまくっていた雑草が一定の長さで切り取られ、邪魔にならない程度に伸びている。柵がボロボロだったのに綺麗な木材で作り直されており、新品のような見栄えになっていた。
「うん、良い仕事ぶりだね」
「お褒めいただきありがとうございます」
ベスパは頭をペコリと下げて感謝してきた。
「え、えぇ……。いったい何がどうなって……」
「ぶるるるる……」(おいおい、こりゃどういう状況だよ……)
マルティさんと漆黒のバートンがやって来た。
マルティさんがバートンに乗っているととてもしっくりくる。先ほどの弱々しい雰囲気ではなく、背筋がしっかりと伸び、眼を見開いた状態でカッコよさが増していた。
「マルティさん。整備を終わらせました。このような感じでよろしかったですか?」
「う、うん。完璧だよ……。いったい何をしたらたった数分でここまで綺麗になるの」
「ぶるるるるるるる」(なんだ、このちっこガキンチョ。食ってやろうか)
黒いバートンが口を開けたので、顎下を撫でてやる。
「ぶ、ぶるるるる……」(な、何しやがる……。ちょ、そ、そこは……、あぁ……)
漆黒のバートンは尻尾を大きく振り、穏やかな表情で気持ちよさそうに撫でられていた。
「い、イカロスが……、初対面の人に懐いてる。ラッキー君、君はいったい何者なんだい?」
「この子の名前はイカロスというんですね。毛並みがいいし筋肉もしっかりと付いている。体の大きさも抜群にいいですね。よしよ~し、イカロス君。よろしくね~」
「ぶるるるるうう~!」(か、勝手に撫でてんじゃねえぞクソガキ。あああぁ、そこ、そこそこ……)
イカロス君は体を撫でられて上機嫌になった。
「ここまで調子がいいイカロスも珍しい……。これなら、走れそうだよ」
「よかった。じゃあ、バートン術を見せてもらえますか」
「うん!」
マルティさんは手綱を一度引っ張りイカロスを走らせる。手綱を引くと、イカロスが前足を持ち上げて後ろ脚で地面を蹴った。そのまま柵を飛び越えてダート内に入る。
「おぉ……、一八〇センチメートルくらいある柵を飛び越えた……」
「よし、走るよ、イカロス!」
「ぶるるるるうう~!」(しゃっ! ぶっ飛ばしてやるぜ!)
マルティさんとイカロスは荒い地面を走り出した。
黒い稲妻とでも称せる動きで地面に置かれた木箱や俵を軽々と回避していく。飛び越えたり、蛇行したり。人間が行う障害物競走のようで、迫力満点だ。
置いてある品を回避する第一コースを抜けると階段を上り下り、細い道を走る。バートンの体より細い板の上を走るなんて、なかなかできることじゃない。イカロスも鍛え上げられたバートンなんだな。
泥水が溜まっている第三コースに差し掛かり、イカロスの足首が隠れるくらいまで埋まっているのにも拘わらず、力強い走りを見せ、泥を後方にまき散らす姿はまさに暴れ馬……。だがその力をマルティさんが上手く制御し、最後の第四コースに差し掛かる。
助走が難しい短い間隔にいくつものハードルが設置されていた。始めは小さいが、少しずつ大きくなっていき、最後は二〇〇センチメートルもある。あんなの、普通のバートンが飛び越えられる訳ない。そう思っていたら、マルティさんが杖を持ち、地面に杖先を向けた。
「『ストーンブロック』」
地面に正方形の足場が生まれた。イカロスは足場を思いっきり踏みつけ、跳躍。すると、体が二〇〇センチメートルのハードルを見事に超えた。
最後の直線に差し掛かり、マルティさんが杖でイカロスのお尻を叩き、全力疾走。すでに疲れているはずなのに、速度は落ちず、出発地点に帰ってきて終了した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。よし! よく頑張ったな、イカロス!」
「ぶるるるるる~」(はぁ、はぁ、はぁ……。まぁまぁな出来だな)
マルティさんとイカロスは互いに息を切らし、微笑み合っていた。先ほどの暗い表情はどこに行ってしまったんだ、と言うくらいカッコいい顏をしている。
マルティさんは眼鏡を外し、腕で額の汗をぬぐう。
「ふぅ……、ラッキー君、どうだった? なかなか激しい競技だったでしょ」
「は、はい。すごくカッコよかったです。震えました!」
「いや~、そう思ってもらえてありがとう。少しでもバートン術を知ってくれる人が出来て、頑張った甲斐がある」
マルティさんは眼鏡を掛け直し、微笑む。うん、良い笑顔だ。
「ぶるるるるうう~!」(マルティ、体をさっさと洗え)
イカロスはマルティさんの顔を舐めながら言う。
「あ、体を洗わないと」
マルティさんは杖をイカロスに向け、詠唱を放ち、水で体に付いた泥を落としていった。
「私も手伝いますね」
イカロスの体が大きいので一人で洗うのが大変だと思った私は手を貸すことにした。
「ありがとう。でも、背後には立たないようにね。イカロスは、よく蹴っちゃうから。僕も何回も蹴られて死にかけたよ~」
「ぶるるるるうう~!」
(そりゃあ、背後に立たれたら本能で蹴っちまうだろうが。あと、ケツを見られて良い気はしないだろ)
イカロスは照れながら言う。どうやらただの恥ずかしがり屋なだけのようだ。
私は杖でヒートとウォーターの魔法陣を展開し、お湯を作って、イカロスの体を洗う。
「ん……。なんか暖かい……。おい、ガキ。何、かけてやがる」
――ただのお湯だよ。水よりも気持ちいいでしょ。
私はベスパを使ってイカロスに直接話しかける。
「な……。お前、俺の言葉がわかるのか? と言うか、なんか頭に話かけられて……。いったい何者だ?」
――初めまして。私の名前はキララ・マンダリニア。マルティさんにはラッキーと言う偽名を使ってる。よろしくね。
「キララ・マンダリニア……。俺の名前はイカロスだ。イカした名前だろ。イカロスだけに」
「笑いの才能がキララ様と同等……」
ベスパはイカロスの頭上に止まり、けなす。
「な……、なんだこいつ? ビー?」
「いやはや、初めまして。キララ様の部下。ベスパ・マンダリニアです。よろしく。あなたの声を私がキララ様に届けているのですよ。だから会話が出来ています」
「な、なんかよくわからねえが、お前らは何しに来たんだ?」
――ちょっと色々あってね。にしてもイカロス、イカした走りをしてたね。すごくカッコよかったよ。
「ははっ、当たり前だろ。俺にかかりゃ、こんな道、へでもねえぜ」
イカロスは鼻息をふんっとだし、胸を張ってほこる。
私とマルティさんはイカロスの体を洗い終わり、乾いた布で水気を拭き取った。
「よし。ありがとう、イカロス。本当は競い合わせてあげたいけど、対抗バートンがいないから、走らせてあげられない。大会にも出たいけど……、難しいかな」
「大会? バートン術の大会があるんですか」
「もちろん。ドラグニティ学園は優勝を何度もしたことがある強豪の学園だったんだよ。でも、貴族の性格が変わっていって汗水たらし、泥をかぶるような汚らしい行為は廃れていったんだ。でも、市民や騎士達の間では今でも人気があって王様も好きなんだよ」
「へぇ~。もしかして、バートン術の大会って八月の武神祭に行われるんですか?」
「そうだよ。多くの学園が集まって競い合うんだ。その時は王都の中を走り回るんだよ。すごい迫力なんだから」
マルティさんは大好きな列車の話をする子供のように身振り手振りで説明した。
「でも、僕なんかが出ても……勝てっこないんだけどね」
マルティさんは一瞬にして暗くなり、しずむ。浮き沈みの激しい性格らしい。
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