バートン術とマルティさん
「悪くないね……」
「お褒めいただきありがとうございます」
ベスパはペコリと頭を下げて、執事の仕事をしていそうな雰囲気を醸し出す。
バートン術部の建物は年期が入っていた。学園が建てられた時からあるんだろうなというほどの築年数を感じる。いや、さすがに八〇〇年間は立っていないか。
建物の高さは二階建てなので六メートルほど。幅は八メートルくらいか。場所は校舎から案外遠く、校舎が他の建物で見えないくらいの位置にある。
「さてと、中に入ってみますかね……」
私はバートン術部の扉を三回叩く。
「すみません。誰かいますか?」
私は声をかけるものの、建物の中から誰かが出てくることはなかった。
「あれ、誰もいないのかな……」
私は横開きの扉の取っ手に手をかけて力を加える。だが、開かない。どうやら、今は誰もいないらしい。
「来るのが少し早かったのかな。ちょっと待っていようか」
「そうですね。あ、キララ様。こちらの細道を行けば、奥のバートン場に入れますよ」
ベスパは建物と木々の隙間を指さし、飛んで行く。私もベスパの後を追って細道を歩いた。私の体が小さいお陰で身を横にしてカニ歩きをすれば何とか通れるほどの道幅。巨乳だったら通るのは絶対に無理だと少し優越感に浸り、ほくそえむ。ぺったんこな胸が初めて役に立った。
「おぉ……。なんか古い……」
私が細道を通り過ぎると目の前に広がるのは荒れた地面だった。ダートとでも言ったらいいのか、乾いた土が敷き詰められている広いバートン場だ。でも雑草が生えまくり、どうも廃れている。
「あれ~? なんか思っていたのと違う……。さっきの大きなバートン場は芝生だったし、もっと綺麗だった。なんでここだけ西部みたいな……」
視界に映るバートン場はアメリカの西部劇でも撮るのかな? と思うほど、殺風景で面白みがない。でも学園の中にこんな場所まであるのかと私は感心する。
私はダートに踏み入れないよう、周りを見回った。広さ的に村の牧場にあるバートン場とほぼ同じ広さで、なんら不備な部分はない。バートン達ものびのび走れる良い場所だ。
「ふぅ~、じゃあ、少し待ってみますか~」
私はリーファさんが来るまで観覧席っぽいベンチに座って待つ。だが、一八分ほど経っても人が来ない。
「ベスパ? 本当にここで合ってるの?」
「合っているはずです。パートン術部はここにしかありません。似た部活が乗バートン部と言う施設もありましたけど……」
「ん……、乗バートン部? あれ、ここはバートン術部……。えっと、リーファさんの言っていた部活は乗バートン部じゃなかったっけ……」
「………………」
ベスパは眼を丸くして八の字に飛ぶ。私の頭上に来た地点で止まり、ベスパは苦笑いをした。
「あはは~、キララ様。リーファさんは乗バートン部という建物の方に到着しておりました。バートン術部は廃部になり、新たに作られた部活が乗バートン部のようです。早とちりをしてしまったようですね」
ベスパは仕事を早く終わらせるために焦ったせいで失敗を犯した。まあ初めてのことではないので、怒りはしないが、せっかちな部分が私とよく似ているのは少々不愉快な点である。
「はぁ、じゃあ、乗バートン部の方に……」
「…………」
私の目の前に見覚えがある男子がいた。いじめられ、不意打ちで勝利を収めていたルドラさんの弟である、マルティさんだ。
「君! バートン術部に入りに来たいのかい!」
マルティさんは私の両肩を持ち、大きな声で叫ぶ。
「い、いえ、そう言う訳ではなく……。乗バートン部の方に向かおうと思っていたら間違って来てしまっただけで……」
「そ、そうなのか……」
マルティさんは視線を落とし、眼鏡をずらす。
「ごめん。引き留めてしまったね。じゃあ、僕は掃除があるから」
マルティさんは鎌と麻袋を持って雑草を刈り取っていく。
「えっと……。マルティさんですよね?」
私はルドラさんの弟さんに話しかける。
「え? 何で僕の名前を……」
マルティさんは振り返り、私を見た。
「初めまして。ラッキーと言います。今日はドラグニティ魔法学園の見学にやって来た者です。加えて、ルドラ・マドロフさんと知り合いでもあります。あなたのお名前はルドラさんから聞きました」
「ルドラ兄さんから……。はは……、いや、すまないね。ルドラ兄さんと比べたら僕なんて小物でしかないんだ……」
マルティさんは眼鏡を掛け直し、視線を下に向けながらくらい顔をする。
「なんでそんなに落ち込んでいるですか? マルティさんとルドラさんを比べる理由がわかりません」
「えっと……。学園の教師からよく言われるんですよ。ルドラ君は優秀だったのにマルティ君は~、とか。こんなことも出来ないの~、ルドラ君は一回で出来ましたよ~とか。そんなふうに一年のころから言われてて……」
「確かにルドラさんは優秀ですけど、比べる必要なんてありませんよ。そんなことをしてくるのは相手が悪いです。勝手に比べさせておきましょう。マルティさんはマルティさんの赴くままに生きればいいんです」
私はマルティさんの両頬に手を置いて上を向かせる。
「下を向いていたら心も下を向いてしまいます。極力上を見ましょう。そうすれば心も上を向きます」
「はは……、そうかもしれないね……」
マルティさんは不貞腐れてそっぽを向く。どうやら重症のようだ。
「はぁ~、ほんと私ってお節介ですね……」
私は自分の性格を熟知しているので、困っている者がいるとついつい助けたくなってしまう。マルティさんが何に困っているのかわからないが、とりあえず話しだけでも聞こう。
「マルティさん、悩み事があるなら聞きますよ。少し話しませんか?」
「いや……、ラッキー君に話しても解決する話しじゃないから……」
「そうやって心の中でずっと溜めこんでいるといつか爆発して心が傷ついてしまいます。今のマルティさんは治療が必要です。さ、ベンチに座って話しましょう」
私はマルティさんの腕を持ってベンチに戻る。
そのまま座らせて私も隣に座った。
「さ、さ。何でも話してください。私、こう見えても人の話を聞くのが得意なんです」
「…………えっと、本当にいいの?」
「はい、構いませんよ。どんな小さなことでも構いません」
「じゃあ……。僕はバートン術部の部員なんだ」
「へぇ~、廃部と聞いたんですけど、まだ残っていたんですね」
「はは……、えっと、三年生の方達がいたんだけど去年抜けてちゃって、僕一人になったんだ。去年は一年生が僕だけしか入らなくって……、二年前は一人も入らなかったから、廃部になった」
「まあ、部員がいない部活を残しておいても経費の無駄ですからね」
「そうだよね……。えっと、部員が入らなくなったのは理由があってバートン術部の後に創設された乗バートン部というのがあるんだけど、多くの者がそっちに行っちゃったんだ」
「えっと、何が違うんですか? どちらもバートンを扱う部活ですよね」
「乗バートン部というのは貴族がバートンを優雅に扱う技術を高めていく乗バートンを意識した部活でバートン術部って言うのはバートンを競わせたり険しい道を走らせたりする技術を高めていくバートン術を意識した部活なんだ」
「あぁ~、なるほど。お遊びと競技の違いって感じですね」
「理解が早いね……。正しくその通りだよ。貴族は皆バートンに乗れるのが当たり前と言われている。でも最近はそうじゃないんだ。多くの者がバートン車にばかり乗り、バートン本来には乗らない場合が多い。騎士の家系は皆、上手く乗れるけど、政治関係や他の業績で貴族になった者はバートンに乗る必要があまり無いから、そうなるのも仕方ないんだ」
「ん~っと、例え遊びと競技の違いがあれど、何で皆は遊びの方を選ぶんですか? 別に競技の方を選んでもいいと思うんですけど」
「遊びと言っても貴族にとって需要が高いのは乗バートンなんだ。なんせ、危険な場所をバートンに乗って走るなんて貴族はしない。騎士家系の子は皆、騎士養成学校に行くから必然的にバートン術を習う者が学園からいなくなってしまったんだよ」
「なるほど……。貴族ばかりの学園だから、廃部した訳ですね」
「そうなるね……」
「じゃあ、何でマルティさんはバートン術部に?」
「えっと……。マルチス・マドロフって言う祖父がいるんだけど、バートンの扱いにきびしいというか。考えが古いというか。『商人は! バートンが一体いれば十分稼げる!』とか言うくらいバートンが好きなんだ」
――はは、マルチスさんならものすごく言いそう……。
「祖父が教えてくれたバートンで稼ぐ方法が『バートンに乗って様々な土地を駆けまわれ!』って言う脳筋戦法なんだ。『危険な場所にほど、売れる品が残っている!』ってね」
「はは……。想像できますね」
「ラッキー君は祖父にもあったの?」
「昨晩に会食しましたし、今日も朝食を一緒に取りました」
「えぇ……。あの祖父と一緒に会食を取れるなんて……。すごい精神の持ち主なんだね。僕は緊張しすぎて手が震えちゃうよ」
「そこまでですか? 威厳はありましたけど……、良いお爺さんでしたよ」
「マドロフ家を一人で貴族にまでの仕上げ、ルークス王国の高額納税者の内、八本の指に入るほどの資産を築き上げた人なんだよ。そんな人と会食するなんてとてもとても……」
マルティさんは首を振り、身震いしていた。
――あのお爺さん相当すごいな。そりゃあ、ルドラさんも優秀になるわ。
「ルドラ兄さんも最近は王家と取引を始めたし、僕との差が凄すぎて……、毎回自己嫌悪に」
マルティさんは眼鏡を外し、涙をぬぐう。眼鏡を外した方が何倍もイケメンだな……。まあ、別に気にしなくていいか。
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