用務員のおじさんのトラウマ
「はぁ、はぁ、はぁ……。ぶ、ブラットディア……、ブラットディア……」
用務員のおじさんは眼を細め、険しい顏で辺りを見渡す。
――ブラットディアが相当嫌いなんだな。
「用務員のおじさんはどうしてブラットディアが嫌いなんですか?」
「あんな気持ち悪い生き物が好きな者はおらんだろ。わしの苦手な生き物、堂々の第一位だ。あいつらにはどうしても勝てなくてな。昔、魔法の天才なんてもてはやされていたころ、あまりにも強すぎるわしは鼻が伸び切っていた。ドラゴンを狩りに出かけて森で出会う魔物や生き物を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返す日々。そんな時に現れたのが、ブラットディアだ」
「へ、へぇ……」
――私は用務員のおじさんの武勇伝を聞いている訳じゃないんだけどな。
「ブラットディアはわしのスキルを貫通してくるとわかった。その時、わしの目の前に何万匹という野生のブラットディアが現れ、飲み込まれたせいで窒息しかけた経験がある。わし唯一のトラウマだ」
「どんなに強い人でもトラウマの一つくらいありますよね」
「にしても、ラッキー君。君はいったい何をしたのだ? 一撃目も早すぎて避けるので精いっぱいだったのだが……」
用務員のおじさんは膝に手を当てながら立ち上がり、腰をトントンと叩いて年寄りの動きをする。
「私は用務員のおじさんのスキルをなるべく受けないように考えた結果、一撃目で倒すという方法を思い付きました。一八メートルほどなら、魔法の矢を放っても一秒の発動時間に間に合うと思ったんです。躱されるとは思わなかったですけど……」
「なるほど……。わしの戦いを見てすぐに対策を立てたのか。何という戦闘脳。素晴らしい」
「い、いえ。褒められるほどのことじゃありません。実際、おじさんがブラットディアのことが苦手じゃなかったら普通に倒されていましたし」
「ん? 今思ったが、なぜラッキー君はブラットディアを従えていたんだ。君が操れるのはビーのはずだろう」
用務員のおじさんは腕を組み、訊いてきた。
「えっと……。スキルの恩恵と言いますか、ブラットディアを助けたら仲間になりました。スキルの管轄外なので、ブラットディアの方から私に力を貸してくれていることになります」
「そんなことが起こりえるのか……」
用務員のおじさんは顎に手を当て、考え込む。
「簡単にいえば友達になっているんです。人と人が友達になれるように私も虫達と友達になれるんですよ」
「なるほど……。そう言う考えか。なら、合点が行くな。最弱のビーを従えながら他の虫とも仲を深められる。最弱のビーを従えるだけなら弊害はほぼない。そのビーを従えている本体が大量の魔力を保持している。訊くが、ラッキー君はどれだけの生き物と繋がっているんだ?」
「…………えっと、一匹」
「一匹? 普通だな……。だが、さっきは大量のブラットディアが動いていただろう」
「繋がっているのは一匹です。ただ、その一匹からどれだけ繋がっているかは……もう、把握しきれません」
「…………………」
用務員のおじさんは無言になり、私の頭に手を置く。
「ふむ……。特に魔力が浸食されているわけでもない……。たの虫に干渉しても本体には無害なのか」
「なにをしているんですか?」
「使役スキルというのは、使役する生き物が増えるほど、体から魔力が失われる。すると体が魔力枯渇状態になり、普通は一匹から二匹。多くて三匹操れたらいい方だ」
「…………へ、へぇ~」
――ベスパ、今王都に何匹のビーがいるの?
「ざっと八〇〇〇〇〇匹ほどおりますよ」
ベスパはサラダ油以上にさらっと言った。
「ラッキー君は何匹操っているんだ?」
「えっとえっと……、三匹です」
――嘘は言っていない。ベスパとディア、ネアちゃんの三匹だ。
「三匹……。すでに優秀な少年じゃないか。まだ、スキルについて学んでいないのに三匹も操れるとなると、学んだら何匹操れるようになるのやら……。ルドラめ、本当に面白い者を送ってきおって」
用務員のおじさんは顎に手を置いて微笑む。面白いおもちゃを貰った少年のようなキラキラとした瞳で、とても無垢だ。
「さてと、もう五限目の講義も終わるな。ラッキー君、ドラグニティ魔法学園はどうだったかな?」
「いやぁ~、楽しそうですね。普通に通いたくなりました」
「そうか、そうか、そう思ってくれるのなら何よりだ。わしは伸びている子供達を送らなければならんから、いったんさようならだ」
「はい。私はリーファさんから乗バートン部を見に来て、と言われたので、行こうと思います」
「わかった。では、帰る時にまた会おう」
用務員のおじさんは杖を振り、無詠唱で学生を浮かせた。
私は『フロウ』の無詠唱を使っている人をライト以外で初めて目にする。用務員のおじさんはカッコいいだろ~とでも言いたそうなどや顔をしているが、見慣れた光景なので苦笑いをして返した。
私が用務員のおじさんと話している間に、ドームの壁が直っていた。外部から同じ物質をくっ付けて直したそうだ。
強度の方は私の魔力が練り込まれたネアちゃんの糸が張り巡らされているので問題ないのだとか。
用務員のおじさんは学生たちを連れてドームを出て行った。
「じゃあ、リーファさんの部活を見に行こうか」
「ははははっ! 一人の人間を恐怖のどん底に突き落としてやった! 何という高揚感! 素晴らしい!」
ディアは高らかに笑う。
ディアがあまりに大声だったので、私は胸からむしり取って地面に投げつける。気分が高揚しすぎているディアを冷静に戻すため、靴裏でディアを踏みつけた。
ぱちゅんっという卵が割れたような音が鳴り、ディアの声がしなくなった。どうやら死亡したようだ。だが、私の魔力を大量に吸っているディアは魔力体になっているので、本体が死んでも蘇生する。
「はわわぁ……、キララ女王様に踏みつぶされてしまいました……。何たる幸福……」
ディアは仰向けになりながら手足を擦り合わせ、喜んでいた。私に踏まれて一度死んでいるのにこの態度。命があまりに軽すぎる。
「はぁ、ディア。落ち着いた?」
「すみません、キララ女王様。強敵を倒してつい興奮してしまいました。ほんと、私もまだまだおこちゃまですね。一人の人間を倒して喜ぶなんて情けないです。大変見苦しい姿をさらしてしまい申し訳ございませんでした」
ディアは飛び、知能指数が三〇〇に跳ね上がる。飛ぶ速度があまりにも遅いので、私の方から手で迎えに行く。
ディアが手の平に乗った。
「はぁ~! キララ女王様万歳、キララ女王様万歳!」
私の手の平に乗った瞬間、ディアの知能指数が八に下がる。
私はディアをブローチに擬態させ、服に付け直した。
「まったく、ディアは困りものですね」
ベスパは頭を振りながら、自分は何もしていないのに偉そうな態度をとっている。
「ベスパ、ディアだけに仕事をさせず、働きなさい」
「私は管理職なので、下の者を働かせるのが仕事なんですよ」
「管理職だとしても、自ら働いている姿を見せないと、誰もついてこないよ。私がいなくなったらベスパを従ってくれる者がいなくなるかも」
「…………それは困りますね」
ベスパは蝶ネクタイを締め直し、服装を整えて私の頭上に移動する。
「では、キララ様。リーファさんのいるバートン術部がある部室に向かいましょう」
ベスパは私が命令するよりも先に行動を起こした。私の思考が読まれている。これはこれで楽だが、気分がよくない。
ドームから出るとブラットディア達が地面に八匹ずつ二組並んでいた。
「どうしたの?」
「キララ女王様の移動をお助けいたします。どうぞお乗りください」
ブラットディア達が呟き、乗ってくれという。まあ、靴裏で踏みつけるわけだけど……。私の体重が一六匹のブラットディアに分散され、彼らは潰れなかった。
「では、皆さん。向かいますよ」
ベスパはアラーネアの糸で私の体を支え、人形のように操られる気分になる。
「はい!」
ブラットディアたちが返事をすると、ベスパとブラットディアが同じ速度で移動し始めた。すると私はアイスホッケーのように地面を滑りながら物凄い速度で移動した。体感八八キロメートル出ている。風が強く、眼を開けていられない。
「ちょ、ちょっと早すぎ!」
「失礼しました。では、これくらいでどうでしょうか」
ベスパは平謝りした後、時速四八キロメートルほどの速度に替える。
「ま、まあ。これくらいなら……。にしても、これ物凄い楽なんだけど……」
私は無重力空間を等速直線運動している状態に近く、体に力を全く入れていないのに、勝手に進んでいた。もう寝ていてもいいんじゃないかというくらいだ。荒道を進む場合は向いていないが、綺麗に整備された道なら振動もなく快適に移動できる。
私はバートン術部と書かれた札が立てかけられている建物の前にやってきてブラットディア達から降りる。彼らは黒子のようにサッと身を隠した。
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